五 イサーシャの影響力
今回は短め。前半のは誰かの回想です
彼は、私のヒーローだ。
どん底もいいところの私を掬い上げて、いかなる邪魔者も、傷つきながら必死で私を守ってくれた。
だけど、ヒーローみたいに特別強かったりはしない。そこにあるのは、ヒーローのように燃える気概だけ。
大きな背中を見せてくれた彼は、私に優しく微笑んでくれた。
だけど、傷つきながら浮かべたそれは、どうしようもなく儚げで。だから私は、それを守りたくなったの。
それから、私は彼に認められるように特訓を始めた。
彼には絶対に知らせたくない、秘密の特訓。
それを始めてから――彼は、だんだん、不機嫌になっていった。
それを、私はまだ私が弱いからだと勘違いして、私はもっと特訓する。
また、彼は不機嫌になる。
負のサイクルが続いて、いつかサイクルが耐え切れずに壊れてしまった時、私も壊れた。
でもね、後悔はないの。
だって、いくら変わってしまっても、あの頃のことは、この胸の中で生きてるから。
壊れた人形は、壊れていなかった時代を彩るために、
今もこうして、彼の下にいる。
❄︎ ❄︎ ❄︎
今日、ハロンドが朝食を食べに食堂に足を運ぶと、なんだかがやがやと騒がしかった。
ハロンドが入り口から一目見ると、唖然とした。食堂の奥の席の辺りで、誰かを囲むようにして密集していた。
誰も彼もが中に入ろうと躍起になっていて、それはまるで、砂糖にたかるアリのようでもあった。
「なんかあったのかよ?」
ロファが訝しげに言った。
「ま、行ってみよう」
ハロンドはその理由をなんとなく分かっていた。
「わっ!」
タラが群衆の中から弾き出された。
不満げに群衆を睨むタラに、横から声をかけた。
「タラ。これは一体?」
タラは目当てのものに熱中するあまり、ハロンドたちに気が付かなかったようで、とても驚いたように跳ねた。
「びっくりさせないでよ、もう!」
今度はハロンドを睨んできた。
ハロンドは苦笑した。
「そんなつもりはなかったんだけどね。で、あれは?」
「今日、女子寮に突如ものすごい美人が現れてね、その人見たさにみんな押し合いへし合いしてるの」
ものすごい美人と言われれば、思い浮かぶのはあの人しかいない。
「あー。学年会議にいたなー。確か名前はイサーシャだっけ」
「え!知ってるの!?」
「そりゃあね。いたし」
「ええー。いいなー」
タラは心底羨ましげに言った。
「いや、これから嫌でも見れるぞ。授業とか、たくさん機会がある」
「なんか元気になってきた」
ロファが茶々を入れる。
「単純すぎるよな、タラって」
「ロファは引っ込んでなさい」
「俺だけ扱い酷くない?」
無駄話をしながら、自然と足はカウンターに食べ物をとりに行っていた。
ハロンドたちが氷のように無表情な食堂のおばさんの前に立つと、注文なしで高速でお盆に乗った朝食が出てきた。もちろん、朝食はほかほかだ。
一週間もあれば、このシステムにも慣れるものである。
お盆に乗った朝食メニューを受け取り、手頃な席に向かっていると(今日はイサーシャに人が群がっていたため席がガラ空きだった)、綺麗な声がハロンドの耳に入った。
「ハロンドさん」
昨日聞いたばかりだ。間違える理由もない。これはイサーシャの声である。
反射的に振り返ると……すぐに後悔した。
イサーシャは群衆を掻き分けてこちらに向かってくる。その堂々とした雰囲気に、彼女の進路上にいた生徒が、思わず道を開けていた。
その立ち振る舞いに、思わず目眩がした。もしかして、この少女は自分に色目を使うつもりなのか?
「……なあイサーシャ、それに男を誑かす意図はないんだよな?」
その問いに、イサーシャはきょとんとした面持ちで答えた。
「何をおっしゃってるんですか?」
ああ駄目だ。無意識だ。自分の溢れんばかりの魅力に気がついていない。
「まあそれは良いとして、どうし……」
「なあなあ、今日一緒にご飯食べないか?みんなと食べる方が断然良いだろうしよ!」
ハロンドはロファに割り込まれ、ロファに冷たい視線を送った。ロファは気づかないふりをして、イサーシャの返答を待った。
「そうですね。一緒に食べましょうか」
いや、ロファはハロンドの視線に気づけなかったのかもしれない。なにしろ、それとは比べ物にならないほどの妬みと嫉妬の目線が、後ろから突き刺さっているのだから。
イサーシャはそれさえも気にならないのか、微笑を浮かべて了承していた。
タラもロファに冷え冷えとした目線を送っていた。
「なんだか、質素な食事ですね。最強を目指す学校なのですから、もっと食には力を入れているのかと思っていました」
「ああ、それは俺も思ったぜ!けどまあ、順調に強くなれてるし、問題ないだろ」
「そうなのですか?素晴らしいです!」
「えへん」
イサーシャに褒められたロファを、ハロンドとタラ、その他大勢が冷めた目で見ていた。
「とはいえ、栄養バランスなんて欠片もない食事をして、体調を崩したりしないのでしょうか?」
「ああ、それは大丈夫だと思うよ?」
今度は、目玉焼きにこしょうをかけていたハロンドが答えた。
「そうなのですか?」
「うん。みんな、緊張が張り詰めて発熱したとか、破傷風とかも一切かかってないしね。多分、体調管理のレリックでも仕組んでるんじゃないかな?ここ、レリック天国だから」
「なるほど。ここには、たくさんレリックがあるのでしょうね」
イサーシャは行儀よくご飯を口に運んだ。
その時、タラが少し大きな声で言った。
「そういえば、自己紹介がまだだったよね?私はハロンドの親友の、タラです!」
親友、というくだりを強調して言った。イサーシャに分からせているようだった。
「俺はロファだぜ。こいつらの親友してる」
イサーシャは頷いて、返事をしようとした瞬間、邪魔が入った。
「ああ、俺も自己紹介が必要かァ?俺はガンムだ」
「……っ」
ハロンドはガンムを警戒しながら、目玉焼きの黄身にかぶりついた。ロファとタラも警戒心を丸出しだ。
しかし、イサーシャは気にせず笑みを浮かべて返事をした。
「ご存じかもしれませんが、私はイサーシャ。お願いいたします」
純粋無垢なその笑顔に、タラ、ロファ、ガンムは息を詰まらせた。完全に毒気を抜かれたのか、タラはむぅという顔になり、ロファはやれやれといった風に頭を振りながらも顔を赤く染め、ガンムでさえけっと舌打ちして去っていった。
イサーシャの凄まじいスマイルパワーに、ハロンドは笑いを堪えていた。
その後、質問してみた。
「なあイサーシャ、何で僕らと食べようと思ったの?」
「私に唯一群がって来なかったので、静かに食せるかなと」
妥当な答えが返ってきたのだった。
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