十九 残酷な世界
ハロンドが話し終えると、神妙な空気が流れた。
どう反応すればいいのか分からないといった感じだ。
ハロンドは構わず続ける。
「と、いうわけだ。何が言いたいかというと、僕は親しい女の子が残酷にいたぶり殺される姿を見て、奇剣の一つ、破剣に目覚めた。その時の感覚と今の感覚が似ているんだよね。生きていたくなくなるほどの絶望感とかさ。つまりシンスはーーー」
「ションベン、終わったぜェ」
話の途中でガンムが帰ってきた。ガンムは今まで話していたハロンドに今気づいたというふりをして、ハロンドを睨む。
「ションベンしながら考えてたんだけどよォ」
ガンムは言った。
「この学校は、『最強を創り出す』っつー大きく掲げている教育方針から大逸れた内容のことをするはずはねェ。もし逸れたらこの学校の存在意義がなくなるからなァ。つまり、あの授業も最強を創り出す一環だということになる。だったら簡単だろーがァ。あいつらの掌の上で踊ってやるだけだよォ。ただがむしゃらに、全力で剣をふるってれば、奇剣も身につくだろうしなァ」
ハロンドの言っていたことと、最終的には大して相違なかったため、ハロンドは口を挟まなかった。
彼らのするべきことは決まった。
あとは、彼らが心を決めるだけである。
本当に、みんなよく頑張ったと思う。
デッドエルブ学校での生活が始まってからちょうど一週間で、ほぼ全員破剣を使えるようになったのだから。
破剣はとてつもなく扱うのが難しい絶技だ。それが一週間で為せるようになるとは、伊達にここに呼ばれるだけのことはある。
そう思いながら、ハロンドはシンスの前に並んでいた。
「……お前たちー、よーく頑張ったねぇ」
気怠げに引き延ばされた語尾。なのに場違いなピリピリとした雰囲気は、もう慣れたものだ。
「僕の目論見通り、破剣は扱えるようになったんだねえ」
やはりこいつは、破剣を修得させるためだけにあのえげつない授業を受けさせたんだな。ハロンドは顔を顰める。あれは決して破剣を使えるようにするためだけに実行されていいものじゃない。
シンスは薄っぺらい言葉を重ねていく。「よく頑張ったねー」「すごいと思うよー?」と。そうとは微塵も思ってない声音だった。
次にデッドエルブの教育プログラムを明かしていく。最終関門失敗で全員撫で斬りになると知ると、首筋に冷や汗が垂れた。
「あーあ、疲れたー。で、最終的に何が言いたかったんだっけ?……ああ、そうだー。第一関門さえ突破できない奴はいらねえって言いたかったんだー。ねえ、ダーラルク?」
唯一、ラルクだけが破剣を使えるようにならなかった。
昨夜、ハロンドはラルクのために、シンスに懇願してやると言っておいた。彼を見捨てることはできないし、何よりパララとの約束がある。ラルクは申し訳なさそうに身体を縮こまらせていた。
約束通り、ハロンドはシンスに命乞いをした。
本心ではわかっていた。それは容易なことではないと。けれど、ハロンドは絶対にやり遂げようと思っていた。
だがシンスの返答によって、それは到底無理なことだと理解させられた。
「確かにそうかもしれないねー。けどさー、君、ダーラルクのこと何回助けたのー?」
確定事項のようだった。シンスの中で、ラルクを殺すことはもう確定している。今はそれに反対する剣士を諭す時間であると。口調がそんな感じだった。
反論する前にガンムがしゃしゃり出てきて、ロファとタラが応戦する。シンスが仲立ちして止まったが、もうラルクの救出は絶望的だった。
ハロンドは尚もシンスに抵抗しようとするがーーーラルク本人に止められる。
ハロンドは怪訝に思い、ラルクをまじまじを見つめるが、目を大きく見開いた。
ーーーそこには、一人の圧倒的弱者の、壮絶な覚悟があった。
涙に濡れ、鼻水は顎まで滴り落ちて。かっこ悪いといえばそうなのだろう。けれど、それはまさしく漢の顔だった。
(お前は強いな……)
たとえ破剣が使えなくても、彼ほど強い者はそういないだろう。
だからこそ助けたい。己の何に代えてでも。彼のためなら死んでも良かった。
そんな顔をして欲しくない。きっと彼はこんな場所で死ぬべき存在じゃなかったんだ。
だって、そんな顔をする剣士なんて存在しないから。
「……っっ」
瞬間の刹那の葛藤。見捨ててはいけない。だが、シンスも、ラルクの覚悟も、折れることはない。ラルクの覚悟も、踏みにじりたくない。
「お前……っ」
ーーーごめん、パララ。僕の来世は、どうやら地獄行きの大罪人みたいだ。
ハロンドは引き下がった。
「いいかい?じゃあ、お別れだー」
シンスはそっけなく言うと、ついに剣をラルクの首に振り落とす。それがラルクの首を引きちぎる刹那、ラルクは微笑みを湛えて言った。
「パララさんが天上から君のことを見ているとしたら、彼女はハロンド君のことを誇りに思ってるんだろうね……」
剣は首を掻っ切って、刃先は地面に向いた。炭酸飲料が吹きこぼれた時のような音が出て、真紅の血が噴き出す。それはハロンドの真っ白な髪と顔、服を彩っていく。
少しだけ離れた場所にいた他の生徒たちに被害はなかったが、初めて見る死に悲鳴が上がる。泣き喚く声、絶叫する声、その場にへたり込む生徒。一気に場は騒然とする。
そんな中で、ハロンドは血を浴びたまま、微動だにもしなかった。罪状を認め、その血でもって己の身に刻んでいるかのようだった。
「それは違う。僕は、ラルクという一人の人間さえ守れない、ひ弱な人間だ。ーーーだが、その言葉は一生、この胸にしまっておく」
パララとの結末は、ちっぽけな人間の一生で濯がれるものではない。地獄に落ちて、彼女の何万倍もの苦しみを余すことなく全身で受けて、初めて小指が浄化されるのだ。それが全身に及んでようやくパララに触れることが許されるというものだ。
まあ、死んだ後の世界が存在すればの話だが。
全てを受け止めるようにハロンドが俯いていると、首を落とした張本人であるシンスが手を叩いた。
「はーい静まれー。邪魔者を抹消したところでえ、君たちに伝達がありまーす。今日『学年会議』があるのは知ってるー?」
規則について書かれている紙にそうあった気がする。最近色々ありすぎてよく覚えていない。
「で、こっから三人自分たちで決めろっていっても厳しいと思うからー、今回は僕の独断で決めるねー。ハロンド、ガンム。授業が終わったらおいでー」
ハロンドとガンムが選ばれたということだろう。基準は剣の巧さだろうか。彼らはこのクラスでトップレベルである。
だが、疑問は残る。
「シンス先生、あと一人は……?」
生徒の中から一人が聞いた。
「あと一人はもう決めてるよー。ただ、この中にいないだけー」
「いないって……。まさか、転入生!?」
この時期で?その思いは生徒共通だった。シンスのきつい授業が終わった直後に来るとは、恨まれてもしょうがないのかもしれない。
「あー。違うよー?いやいや、このクラス元から二十四人しかいなかったこと、気づいてなかったのー?この学校の派遣した人員がー、拐ってくるのをしくったんだー。それで一週間も入学が遅れちゃった。もちろんその人員は斬ったよー。
期待してもいいんじゃないかなあ。何しろ、彼女はデッドエルブの手の者を一週間も手こずらせたんだから」
「……っ!?」
一瞬耳を疑った。手こずった?この場の全員はなす術もなく連れ去られたというのに。
どのような剛の者なのだろうか。
「ま、そういうわけだからー。僕たちの誰かを抹殺するための会議、せいぜい頑張ってよー。他のクラスの人間もなかなかクセが強いからねえ」
シンスは半ば怠げに言う。
「ああそうだ。これからの剣技科の授業内容についても言及しておかないとなあ。だる」
今も血の海をじわじわと広げるラルクは、もはや忘れ去られているかのようだった。
「クラスランキング戦というもので戦ってもらおうと思うー。一対一の模擬戦闘を行なって、クラス内順位をつけるー。とりあえず、上位六人と下位十八人に分けておいたから、それぞれ一から六位、七から二十四位を決めるんだー。その時、遊び半分で戦うことを禁ずるー。真剣に、戦うこと。いいねー?」
シンスは言う。協力して立ち向かうべきのハロンドたちに、互いに敵対し斬り合えと。悪魔だと、ハロンドは思った。
「それと、学校生活が始まってから一カ月後ーーーつまり今から三週間後だーーーこのクラス全員で、殺し合いのバトルロワイヤルを行ってもらおうと思うー。三人が死んだ時点で終了だー」
「……っ!?」
バトルロワイヤル。つまり、その時限りでも敵同士となるのだ。そんな関係となれば、もはやまともな協力関係を維持できるかは分からない。
しかもその結果、最低でも三人は死ぬのだ。これほど最悪の授業はない。
(マジかよ……)
ロファは驚いていた。あまりに現実が非情だったから。
「クラスランキング戦はバトルロワイヤルに向けた、互いの実力を知るためのものだー。それと、教師抹殺に誰を行かせるかの参考にもなるようにねえ。バトルロワイヤルは何人でも死ぬ可能性はあるからねえ、楽しみにしてるよー。それらのルールとかは、まあその時に話すよー。今は準備期間さー」
シンスは言い切ると、深くため息をついた。
「はぁ、終わったー。だりーから剣技も早めに終わっとくしー、自主練でもしとけば?じゃあね、僕は疲れたし、せいぜいがんばりなー」
そう言って、シンスは煙に巻かれたようにいなくなった。見えないくらいに速く動いたのだろう。
残された生徒は動かない。与えられた情報を整理しているのか、ラルクを直視できず固まっているのか。少し経って、ガンムは大きめの声を出した。
「自主練習をするぜェ。破剣の“型”ってやつを教えてやるよォ。俺とやりてェ奴ぁついてこい」
彼に一拍遅れて大多数の人間がガンムについていく。適当な場所で破剣を振り回すのだろう。
ロファとタラがハロンドにかけ寄った。
「ハロンド、大丈夫か!?」
髪から滴る返り血を拭こうともせず、ハロンドはただそこに佇んでいた。
「……ああ」
ハロンドは力なく頷く。その表情は俯きがちなせいでよく見えない。
「残酷だな」
「……そうだね」
タラは静かに同意して、ちらっとラルクを見る。もう自力で動くことのない、空っぽの人体。切り離されてあらぬ方向を向く不気味な首をじっと見つめた。
「何も、できなかった」
その握りしめた拳は、ぶるぶると震えていた。
「そうだな」
受け止めるような同意に、ハロンドは唇を噛み締め、ロファを見やる。ーーーその拳も、握りしめられたまま震えていた。ハロンドは目を見開いた。
「私たちはハロンドの味方をした。できたことは、たったそれだけ」
後悔の念の滲む声でタラは言う。
この場にいない者は言うのだろう。
『しょうがない。シンスは絶対に曲がらないのだから』と。
違うのだ。彼らには、まだ抵抗する術があった。決して力が無かった訳じゃないんだ。破剣が使えるのだから。
なのに何だろう。この、どうしようもない無力感は。
ハロンドたちは、破剣という新たな力を得た。けれど、まだまだ弱きに過ぎた。
「早く、強くなるんだ。そして、彼らを食い止める影響力を持とう」
ハロンドは力強く言った。力が全てのこの学校で、彼らの暴挙を止めるには、それしか無いんだ。
「そうだな」
ロファはハロンドの肩に手を置く。筋肉質の、武人の肩だった。
ハロンドはガンム主導で自主練習を行う生徒たちを見た。
「彼らはーーーいや、僕もお前もーーーなんて、残酷なんだろうね」
「そういう世界なんだよ、きっと」
残酷さの代償を受けた一人の死を、ハロンドはゆっくりと消化した。
ダーラルクの死を以って、これにて完結となります。
ここまでの数万文字はほんの序章に過ぎません。
これから、彼らはいずれ『最強』の真実を知るだろう本章へと移っていきます
それと……言わないと評価いらないと勘違いされるらしいので、ぜひとも評価、ブックマーク、あと、なんだ?各種色々よろしくお願いします!!




