十七 脱皮に失敗した寄生虫
キリがいいので今回は短め
「……お前たちー、よーく頑張ったねぇ」
気怠げに引き延ばされた語尾。なのに場違いにピリピリとした雰囲気は、もう慣れたものだ。
「僕の目論見通り、破剣は扱えるようになったんだねえ」
ハロンド君の言った通り、シンスの目的はそれだったんだ。
「いや、よく頑張ったねー。いやー、うん、すごいと思うよー?」
全くすごいと思って無さそうな口調でそう言った。僕らはシンスの言葉の全てを無表情でやり過ごす。
「まずは破剣。この学校の第一関門といっても過言ではないねえ。これができなければここで生き残るのは不可能だ。ここまでは努力やら何やらで誤魔化せるからなあ。第二関門として授業の実技内容。これから徐々に難易度が上がるよ。誰かが魔剣を使えるようにならないときついかもねー。ここで君たちがふるいにかけられるんだー」
シンスは面倒臭そうにしながら言う。シンスは長いこと喋ると、よりだるそうな素振りを見せる傾向がある。
「最終関門。精鋭三十人での一人の先生討伐だー。授業で雑魚から死んでいき、先生殺しで馬鹿から死んでいく。いいシステムだよねえ。ちなみにー、最終関門は失敗すれば生徒全員撫で斬りになるからねえ。ふつーは成功しても五人以上は死ぬから、人選はちゃんとした方がいいよー」
言い切ると、シンスは大きな欠伸をする。寝起きのように、目をこすった。
「あーあ、疲れたー。で、最終的に何が言いたかったんだっけ?……ああ、そうだ。第一関門さえ突破できない奴はいらねえって言いたかったんだー。ねえ、ダーラルク?」
そう。
この七日間で、唯一僕だけが破剣を習得できなかったんだ。
どんなに頑張っても。
どれだけ激しくママのところに帰りたいと思っても。
どれほど強く剣を握ろうと。
その奥義は、ついぞ出せなかった。
みんなは、ハロンド君やガンム君の叱咤激励のおかげで覚醒できたのに。
僕は、シンスのいらないという意味が分からなくて、つい聞き返してしまう。
「……え?」
「いやー、え?じゃなくてさー。最初に破剣使えなかったら生き残れないって言ったじゃーん?それってつまり、死ぬまでずっと仲間の足引っ張るってことじゃーん?だったらさー、足引っ張る前に死んだらどうですかって提案ー。別にちょっと死ぬの早くなるだけじゃん」
「あ……いや、」
冗談、だよな?
「と、いうことで、死刑執行でーす」
シンスは手を振り上げた。
嫌だ。死にたくない。僕はもう誓ったんだ。生きて、ママを抱きしめるんだって。今度は僕がママを守って、幸せな家庭を作るんだって。
けど、仲間の足を引っ張るのは、もっと嫌だ。
脂汗が止まらない。口を開けてもまともな言葉が出てこない。ああ、もう、終わりなのか……?
「待ってください」
その声の主はハロンド君だった。ああ、いつだって君は、僕を、僕たちを助け、守ってくれる。それがパララのためだったとしても、僕はたまらなく嬉しいよ。
「んー?どうしたー?」
「確かにラルクは破剣を使えません。ですが、彼は僕を何回も助けてくれた戦友です」
「確かにそうかもしれないねー。けどさー、君、ダーラルクのこと何回助けたのー?」
「……」
そうだ、ハロンド君が僕のことを助けてくれた回数の方が圧倒的に多い。そして今回も助けようとしてくれている。僕はまだ、『寄生虫』のままだった。
「おい、ハロンドよォ」
今度はガンム君が絡んできた。
「そろそろ善人ぶるのはやめたらどうだァ?本当は裏切り者のくせによォ」
違う。彼はそんなんじゃない。共闘しながら僕は気づいた。あれは彼だけの、優しい、最高の剣技だと。
だけど、今回はハロンド君にも味方がいた。
「授業中に突っかかってくるのはやめてくれよ」
「鳩尾かこめかみか、選ばせてあげる」
ロファ君とタラさんだ。とっても頼もしい、ハロンド君の友達だ。彼らはガンム君のことを睨んだ。
「あァ?」
「やるの?二対一だけど」
「こっちには従者のファーもいるぜェ」
だが、ロファ君とタラさんは戦闘経験に乏しい。ガンム君を相手にしては勝てないので、気持ち消極的だった。
一触即発の状態に、シンスが介入した。
「喧嘩しないでよー。今はダーラルクの処遇について話してるんでしょー」
それを聞き、彼らは大人しく引き下がった(ガンム君は舌打ちしていた)。
「さてと。じゃあ死刑っつーことで。斬っちゃうよ?」
――ああ。
僕は、死ぬのか。
当たり前、なのかもしれない。
寄生虫は寄生主にとって生きる価値はない。だから僕は死ぬべきだ。
きっとシンスの判断は間違っていない。
「だめだ!」
ハロンド君は叫び、柄に手を当てる。
どうして彼はそこまで僕を助けようとするのか、考えてしまう。
寄生虫を助けても利点はない。パララさんのためか。いや、違う。そういうのとは少し違う気がする。
――そっか。これは『優しさ』だ。ハロンドの先天的な優しさ。後天的な何かじゃなくて、ハロンド君の人格によるものだ。
「先生には敬語を使おうねー。あとこれはもう決まったことだから。昔の物語の台詞で言うのならーーーお前はもう、死んでいる」
ハロンド君の優しさが沁みて、涙が出そうになる。
だからこそ、ハロンド君は、僕が殺されるのを止めてはいけない。
僕は死ぬべき存在で、ハロンド君は今後永劫生きるべき存在。
それは覆らないのだから。
シンスは僕の首の真上に剣を振り上げた。ハロンド君は尚も迎撃しようと構えるが、僕は手で控えさせた。
ああ、でも、まだ死にたくないな。
まだまだしたかったことも沢山ある。お花を摘んで、初恋の人に手渡して、告白してみたい。いじめられていたから、自信がなくてできていなかった。
ママを抱きしめたい。彼女の優しさを一身に受け止めて、自分の全てを彼女に捧げたい。
そう望んでしまうのは、罪だろうか。
ハロンド君は怪訝そうに僕の顔を見てーーー絶句する。何故ならそこには、がくがくと震え、恐怖に涙や鼻水を垂らし、顔をぐしゃぐしゃにした、壮絶な顔があったから。
「お前ーーー」
それでも、僕はハロンド君に微笑んで見せた。絶対にきちんと笑えていない。でも、そんな顔だからこそ、ハロンド君は僕の顔にある覚悟を読み取った。ハロンド君は悔しそうに歯噛みしながらも、引き下がってくれた。
これから僕は、死ぬ。
怖くて怖くてたまらない。それとママに申し訳なく思う。真っ先に、ママよりも早く逝ってしまうことに。
そんなぐちゃぐちゃな感情の中、僕は一つだけ、ハロンド君に言いたいことがあった。
「いいかい?じゃあ、お別れだ」
シンスが剣を振り下ろす。僕の首を掻っ切るまでに、僕は近くにいたハロンド君に囁いた。ハロンド君は大きく目を見開いた。
その剣は僕の首を容易く落としていった。真っ赤な血が飛沫を上げ、近くにいたハロンド君にもかかる。けど、ハロンド君は避けようとはしなかった。真っ白な髪を、僕の真紅の血が染めていく。まるで、僕のことを血で髪に刻むように。
ハロンド君は、僕よりも力強い覚悟を目に宿して、もう動くことのない僕に目を向ける。
「それは違う。僕は、ラルクという一人の人間さえ守れない、ひ弱な人間だ。ーーーだが、その言葉は一生、この胸にしまっておく」
その目は誰かを射抜けるかのように強く。生徒たちは初めて見る死に騒然として。シンス先生は顔を伏せながら、愉しそうに顔を歪ませて。
本当のデッドエルブ学校生活が、幕を開けることになった。




