十六 魔物殺しは真剣に②
「お前ら、今から絶対に一歩も動くな」
「……っ」
唐突な命令に、僕は息さえ止めて静止する。
頭を高速で回転させる。
何かやらかした?いや、何もなかったはずだ。静かにゴロの話を聞いていただけなのだから。
ならば、何故ゴロは動くなと言ったのか。
「メタスターシス」
ゴロがそう呟いた次の瞬間、教室に僕たちの姿はなかった。
「……っ!」
突然変わった視界に、僕は驚愕のあまり口をあんぐりと開けた。
ここはどこだ?森だ。それは見れば分かる。何の変哲もない、ただの森だ。
ならば何故僕は、ここにいる?
「転移の遺存宝器を使った。精密に座標を指定しなければ作動しないので、動くなと言った」
僕は遺存宝器という可能性をすっかり見落としていて、つい「ああ」といってしまった。
「これより、俺を先頭にして突き進む。但し、俺は敵に襲われなくなる遺存宝器を使い、戦闘には一切関与しない。敵は全員お前らが倒せ。分かったな?」
あまりの威圧に、僕たちは頷くことしかできなかった。
「ウオオオオーーーン!」
狼が遠吠えをした。リーダー格らしいその狼の周りに、数十匹の同胞が現れる。森なので奥までよく見えないが、三十匹はいるんじゃないだろうか。かなりの数である。
だが、その狼は獣だった。つまり、個々の能力はさほどではないということだ。
「突っ込むぞォ。俺に続け」
ガンム君が表立って突っ走った。それにぴったりとファーさんが続く。彼らに遅れて、ハロンド君たちも切り掛かっていく。
ガンム君やファーさん、ハロンド君、サラン君など、もう奇剣が使える人間は全く苦労せずに討伐していく。パンをスライスしていくかのように。
ただ、奇剣が使えない人間はそうではない。狼の機動力に翻弄されたり、威力が足りなかったりしていて、多少剣を握ったことのあるニ人でタッグを組んでようやく一匹倒せるような感じだった。
僕のような奇剣を習得していない人間の実力不足は否めなかった。
狼の集団を無事倒すことが出来たことを確認すると、ゴロは言った。
「スピードを早める。ついてこい」
狼がゴロの間をすり抜けて疾ったのには驚いた。これが遺存宝器の力なのだろう。
ゴロは早歩きくらいの動作だが、僕たちにとっては走らなければいけない速成だった。
まだ運動慣れしていない生徒は、もう息が上がり、疲労が蓄積していく。
奇剣が使え、毎日鍛錬を重ねていたハロンド君はまだ息は上がっていないが、今のこの状況には危機感を覚えた。
(疲労の蓄積がすごいな……)
対して、疲れた兆しさえ見せずに走る、破剣が使える者。
どうしてもそこに格差を感じざるには得なかった。
「魔物が出た。さっさと対処しろ」
不意にゴロはそういうと、それきり動かなくなった。
自分たちでどうにかしろ、ということだろう。
だが、生徒たちは破剣を使えなければ倒せないという魔物が出現したと聞いて、心配そうにざわついた。
こそこそと、自分の身を案じる声がたくさん聞こえてくる。それはそうだろう。どのような敵かも分からない今、不安がるのは当然だ。
しかし、そうしたくなるのは僕も分かるが、全体の士気の低下にも繋がる。極力騒がずにいて欲しいものだ。僕だって我慢しているのだから。
ガンム君も思うことがあったのか、言った。苛ついたような声だった。
「不安かァ、お前ら。でもよォ、俺にとっちゃ、とち狂ったここの教師の方が百倍は強いと思うぜェ」
「……!」
まさしく正論だった。
ガンムはさらに何かを言おうと口を開いて……閉じた。
「俺は現れたという魔物を探し、討伐しに行く。足引っ張るつもりがねェんだったら、ついてこいやァ」
代わりに、これからの自分の行動を表明し、歩いていった。
ガンム君はもう、振り返らなかった。
「よろしかったのですか?」
ファーさんがガンム君に隣で問う。
「何がだァ?」
「雑に吹っ掛けたままで、よろしいのかと」
「あァ。――いくら言葉を重ねてもよォ、動かねえんだよなァ」
「何が」
「人間の心だよォ」
それは人間が判断を下す時に使うものであると同時に、奇剣の力の源だ。故に、あそこであれ以上の言葉を重ねることは、彼らにとって良くないと考えたのだ。
「……」
ファーさんは何も言わない。だが、ガンム君はファーさんの態度が気に入らなかったようだった。
「で?たかが従者がこんな口の聞き方をしてよォ。覚悟はしてんのかァ?」
ファーさんは一瞬空を見上げて、また目線を戻した。
決してガンム君は善意で生徒を吹っ掛けたのではない。教師と殺り合うのに必要になるかも知れないと考えたからだ。善意など一欠片もない。ただの打算だった。
「おい、ファー。後で覚えとけよ?」
「来ます」
ガンム君が言い終わると同時に、ファーさんが言った。少し先に、確かにゴリラがいた。
確かに妙な風格のある、大きなゴリラだ。ファーさんはゴリラと目が合った。
ファーさんは肩を小さく震わせる。それがガンム君を恐れてか、ゴリラを恐れてかは、誰にも分からない。
「け。命拾いしたなァ、ファー?」
ガンム君はそう言うと、ゴリラに向かって走り出し、ファーさんもほぼ並列してついていった。
「かっこいいね、ガンム」
ハロンド君は置いてけぼりにされながら言った。
奇剣の使えない僕らは、「は?」と言いそうになるのを堪えた。
お前、置いてかれたんだよ?それに何回か、寝室でケンカしてる。もはや敵対関係である彼をかっこいい、だって?胆力にもほどがあるだろう。
「僕が思ってたことを言ってくれた。ちょっと性格があれだから言い方はきついけどさ。教師たちにも慣れてきた君たちなら、何ら怯える必要はないはずだ」
そう言うと、彼は身を翻し「みんなは待機。多分僕らだけでやれる。魔物は単独行動が多いから」と伝えてから、ガンム君を追いかけていく。
後ろ姿を眺めながら、ぼんやり思う。
やっぱり頼もしいな、と。
ガンム君の背中も、ハロンド君の背中も。とても大きく見えて、頼りがいがあった。
けれど、それは破剣を扱うにふさわしい壮絶な経験の裏付けのもと、強固な精神を育んできたからだ。
そう考えると、僕は後ろめたくなってしまうんだ。
だって、今の僕は『寄生虫』だから。
――辛いことを経験した強者に寄生し、辛いことのない、永遠の安心を貪ろうとする寄生虫。
よく言えば狡猾で、悪く言えばずるくてせこい。
――そんな人間に、僕はなりたくない。
だから、僕は独立するために『成虫』になる必要があるんだ。
「キキーッ!」
「ッ!?」
背後から猿の鳴き声が聞こえて、僕らはバッと振り返る。
そこには一体の猿が、木にぶら下がっていた。
その猿は異様の一言だった。紫色の体毛、赤い眼光。体格も普通の猿の比ではない。
「ッ……」
その風格と単独であることから、その猿は魔物に分類されることを直感する。
僕らを護るように、昨日破剣に覚醒したロファ君やタラさんと、破剣を使える人が前に出る。
「チ……。ハロンドたちもいないのに、追加の魔物かよ」
ロファ君が悪態をついた。
「しょうがないわ。でも、こっちには十数人もいて、圧倒的に人数有利よ。勝てなくはない」
タラさんが言った。
「そうだね。とりあえず、出来るだけのことをしよう」
サラン君が言った。
こうして、主力三人の抜けた一組の、魔物討伐が始まった。
「破剣・真破剣華!」
ロファ君が近づいてきた猿に高速で斬撃を繰り出す。だが猿は身軽にひょいと避けてしまう。
「破剣・業火豪豪!」
タラさんの威力重視の一撃が猿の避けた先を狙って繰り出されるが、猿は掴んでいた枝を頼りにまたしても避けてしまう。
「くそっ」
ロファ君が悪態をついた。
猿は木の枝を伝って移動する。猿らしくすばしっこく走るので見にくい。
気づけば破剣の使えない女子生徒に飛びかかるところだった。
「破剣・獄中突破!」
幸い近くにいたサラン君の破剣が間に合った。その突きは当然避けられたが、女子生徒を助けることが出来た。
「ああもう、ちょこまかと……!」
破剣使いの少女、キャリアさんが悔しげに唇を噛む。
ヤーノ君も眉をしかめて言う。
「見事に翻弄されてるな。森は完全にあいつのテリトリーだ」
「そうだな。どうやって木から下ろすか。それが鍵だな」
ロファ君も言った。
「でも、どうしよう」
ロファ君やタラさん、サラン君は、破剣が使えるという面ではハロンド君と同じだ。けど、経験が足りていない。こういう厄介な敵の適切な対処方法が分からないのだ。
しかも、それは僕らというお荷物を守りながら、という条件付きである。厳しい戦いになるだろう。
「……っ」
なんなんだよ、それ。
結局、僕はお荷物なんだ?寄生しているんだ?
せこい人間になりたくないとか嘯いておいて、結局せこい人間なんだ、僕は?
なんだよ。
ただの、最低じゃないか。
「僕は……」
掠れた声が出る。
成虫になれないのなら、せめて脱皮しろ。しようとしろ。その過程で猿にやられて死んでしまったとしても構わない。寄生虫のまま生きるよりずっといい。
僕は単身、猿に斬りかかった。
「……っ!おい、お前」
ロファ君が僕の凶行に気づいた。けど、僕は止まらない。あれ。猿が消え――――。
世の中は、やっぱり不条理だった。
「……ッ……」
止める間もなかった。
ラルクは猿に突っ込んで、いとも簡単にあしらわれて倒れた。
分からない。どうしてラルクは無鉄砲に突っ込んだのか。彼は自分がひ弱なのを自覚しているから、戦えば確実に負けることを理解していた筈だ。
「どうして……!」
ロファは拳を握る。
結果的にラルクがいい陽動となり、猿がラルクを攻撃している隙に、ロファやタラ、サランらの破剣が刺さり猿を倒せた。
だが、代償としてラルクはやられた。決して小さくはない代償だ。
ロファが上目遣いにラルクを見つめていると、サランが明るい声で言った。
「ラルク、殻を破れたんだね!」
「……?」
タラはサランの言っている意味が分からなかった。
「何にも出来ない弱虫から、僕達のような強者になるべくもがいた。その結果がこれさ。うん、弱いなりに頑張ったと思うよ。褒められて当然の行動だと思う」
ラルクは『弱者』という殻を破ろうとした。彼はそう言いたいのか。
「剣を握ったこともなかった彼がこんな勇気ある行動をしたんだ。君達はどうする?最低限は僕らが守ってあげることを約束するよ」
サランはそう、破剣が使えない者に語りかけた。
ああ、と一人の男子生徒が言った。
思えば、これまでハロンドやガンムにも、こうやって励まされていたと思い出す。
そして、サラン。
何回、自分は人の手を借り続けば気が済むのだろう。
済ませるのは、今ではないのか。
『お前らを守りたいわけじゃない。親がいる時点で僕より幸せそうだしね。けどさ、パララに約束したんだよね』
『不安かァ、お前ら。でもよォ、俺にとっちゃ、とち狂ったここの教師の方が百倍は強いと思うぜェ』
『剣を握ったこともなかった彼がこんな勇気ある行動をしたんだ。君達はどうする?最低限は僕らが守ってあげることを約束するよ』
こんなにも励まされ、挑発されて。
それでも動かないなんて、そんなのーー
男じゃ、ないだろ。
心の中で、男子生徒はラルクに感謝する。
これまでお荷物状態だった生徒たちの目つきが変わった。




