十五 魔物殺しは真剣に①
みんな体力の限界が近づいていた。やや遅めに戦闘に介入したため、まだ体力のあるガンム君とファーさんを中心に粘り続けている。けど、一向にマーササの体力が減る兆しがない。止まらないマーササの哄笑を前に、みんな歯を噛み締めた。
「あっーーー」
一人、マーササに背後をとられ、斬られそうになる。肉薄するその鋭い刃を、かろうじてハロンド君がフォローした。
ハロンド君はあちこちを奔走して、誰よりも仲間を助けていた。やっぱり一番のファインプレーは彼だ。
けど、ハロンド君の息は荒く、そう長くは保たないことは明白だった。
「ハーッ、ハーッ、ハー」
「いいぞぉ、もっと追い込めぇ!そーんな状態のお前らが、正月に拝む太陽よりも美しいなぁ!」
教師の体力は無尽蔵なのだ。さらにハロンド君に斬りつこうとする。けど他の生徒数人がそれを許さない。マーササの背後から襲ったんだ。
「破剣・下弦遷変&上弦刧落!オーラァ!」
破剣二連撃で生徒たちの全ての斬撃を跳ね返す。いや、跳ね返すどころか押し勝ってさえいる。彼らはかなりの疲労が溜まっているのだろう、大きく後退した。マーササはその勢いのまま振り返り、鋭い突きをハロンド君に放つ。
「破剣・緩急灼微」
だが、ハロンド君は緩急のある動きで巧みに避ける。避けた後、歩くような遅い速度になり、マーササがそこに剣を届かせようとした瞬間に、ハロンド君は急加速。マーササに接近するが、
「破剣・緩急灼微」
マーササも同じ技を使ってきた。早めに使ったハロンド君の方が先に効果が切れる分、圧倒的に不利だ。僕らが固唾を飲んで見守る中、ハロンド君はまたゆっくりとマーササに近づいて、急加速すると、マーササから離れた場所にいた。
マーササもゆっくりと歩んでハロンド君に近づこうとするが、ガンム君とファーさんの協力プレイがそれを許さない。マーササは加速して二人を迎え撃つ。
巨大な鉛の塊を足に括りつけられているかのような疲労の蓄積。ハロンド君は一旦戦線離脱して、剣を地面に刺して(床は木製なのに突き破れてはなかった)、半分体重を剣に預け、荒い息で休憩していた。けど、もちろん戦況を見守っていて、警戒は怠らない。
マーササはけたたましい哄笑を上げた。
「きゃっはははははは!いいねいいねえ楽しいねえ!興が乗って来ちゃったわぁ、アタシの特殊技、いっちゃうよ〜?」
「っ!?」
ここの教師の放つ特殊技なんて想像ができない。セロの特殊技も見たけど、あれと同等か、それ以上と考えた方がいいと思う。
狙われたガンム君をフォローしようと、三人の生徒がマーササに斬りかかる。意外にもマーササは迎撃せず、それはマーササに届く……!
(いや、マーササに限ってそれはおかしい!まさか……)
ハロンド君が警鐘を鳴らす本能のままに叫ぶ。
「気を付けろ!これはきっとーーー」
「破剣・散花集晶ッ!」
マーササが破剣行使を宣言したその瞬間、マーササは消えた。違う、これは知覚不可能なくらいに速く動いているんだ!
次、マーササはどこに現れるか。そう僕が思考した瞬間、マーササはハロンド君の背後にいた。
「ーーー破剣」
ハロンド君が驚愕したように振り返る。だが絶望的に、誰の助けも間に合わない距離だ。マーササの顔が愉悦に染まってーーー。
「破剣・真破剣華!!」
その剣は何者かによって受け止められる。だがマーササの斬撃に耐えうる威力はなく押し切られるが、もう一人が受け止めた。
「破剣・業火豪豪!!」
助けてくれた二人を見て、ハロンド君は大きく目を見開いた。
「お前ら……!」
そう。助けたのはロファ君とタラさんだった。今まで使えなかった筈の破剣が、使えるようになっている。ああ、と僕は思った。
二人は、僕よりも先に一歩踏み出してしまった。
喜ばしいことなのに、釈然としない僕がいる。
ロファ君は振り向かずに言った。
「なあ、ハロンド。もう俺は迷わねえ。お前にもう、絶対に迷惑はかけねえ。だから安心しろ。俺は今から、お前の盾だ」
「あーあ、かっこいいのロファにとられたなー。そういうわけで、私もあんたの剣になるから。いくらでも頼ってね」
そう言うロファ君とタラさんは、とっても輝いていた。
ハロンド君は息を詰まらせながらも、「……ああ」と答えた。
「面白い面白い、面白い!さあ、来い!もっとアタシを楽しませろぉ!」
「戦いはこれからだぜ、マーササ先生?」
ロファ君とマーササの視線が交錯する。マーササは口角を思いきり吊り上げた。
「うあっ!?」
教室を走り回っていた一人の生徒が、疲労のあまりもつれた。マーササはその隙を逃さず、一瞬で詰める。とどめを入れるところで、ダーラ君の剣が介入した。ちなみにダーラ君はここ数日で作った僕の親友だ。
けど彼の剣は破剣じゃなくて、ただの普通の剣だ。なのに受け止められてるのは、ゼロコンマ秒遅れて来た数人の生徒と協力しているからだ。
僕だって、僕なりに戦っている。数人の生徒のうちの一人が僕だ。どれだけ助けになっているかは分からないけど。
つまりこういうことだ。僕らのような雑魚は、頼れる人間がピンチの時に、一時的にピンチヒッターとして前に出ること。頼れる人間を延命させることが、僕らの使命だった。
「いくぜっ!破剣・散花集晶!」
マーササが消える。どこに来てもいいように、数人ごとに固まって待ち受ける。マーササの特殊技が速すぎて、単独で対応するのは不可能だから。
果たして、マーササはガンム君の方に襲来した。ガンム君たちはその斬撃をちゃんと受け止め、退路をなくすように、周囲から生徒全員が殺到する。
数人が跳び上がって上の退路を無くし、残る全員で隙間を埋めるようにマーササを囲みながら斬りかかる。全ての退路を防がれたマーササは、困ったように目尻を寄せてーーー。
今日一番嬉しそうに、顔を歪めた。
「私の本気を、その目で焼き付けろ」
確かに、その言葉を聞いた。発動する技は、
「破剣・緩急灼微」
なんと、魔剣ではなく破剣だった。それも通常技である。それを聞いて、僕たちは僅かに勝利を期待するがーーー。
みんな、身体のどこかに衝撃を受けて、倒れた。
「なっーーー!?」
僕は訳も分からず倒れた。だんだん意識が薄れていく。ああ、だめだな。やられた。完全な負けだ。見えもしなかった。けれどーーー。
少しでも戦闘に加わり、ハロンド君たちの力になれて、悔いはない。
ハロンド君は歯を食いしばる。
破剣・緩急灼微とは、動きの緩急で相手を惑わせる剣技。動きがゆっくりであるほど、その後の動きを相手により速く見せられるという特性がある。マーササは困ったような演技をしながら静止していた。つまり、その後の動きはどんな時よりも速くなるのだ。
やられたな。
猛烈な悔しさと共に、彼は意識を失った。
次の日、午前。
「特別授業」という授業を受けるため、僕たちは教室にいた。
何が「特別」な授業なのか。
戦々恐々に想像していると、突然教室の扉が開いた。
「……っ」
生徒は、登場した教師のいかつさに息を呑んだ。
身長は2mはあるだろう。筋肉隆々で、まさに巨漢だった。髪型はモヒカンで、襟元の大きく開いた黒の服を着ている。睨むような目つきで、口は不機嫌そうにややへの字になっていた。
「号令をしろ」
とてつもなく低い声。
威圧するためだけの声だと言わんばかりのものだった。
例のごとく、ハロンド君が号令をかける。
号令が終わると、また低い声で話し始めた。
「これより特別授業を始める。俺の名前はサワヲンド=ゴロ。ゴロと呼べ。名で呼ぶことは許さん」
生徒たちは緊張する。どの教師にもなかった、校長とはまた種類の違うこの圧倒的な威圧感は何なのだろう。
「特別授業はその名の通り特別だ。特別な方法で強くなってもらう。今回だと、奥まで行けば魔獣まで出る森で、俺がいいと言うまで奥まで行ってもらう」
「っ」
ハロンド君は目を見開いた。魔獣まで出る森というのは本当なのか。
「ここで基礎知識を教える。もう知っている者は聞き流しておけ。――森で出現する敵性存在はその強さで大きく三つに分類される。一番弱いのが獣。奇剣なしで討伐できるほど弱い。猪や熊など、どこにもいる凶暴な動物がこれだ。次に魔物。その体躯に似合わない身体能力を持ち合わせている。奇剣でなければ討伐は困難だ。最後に魔獣。魔剣か、それ以上の技でしか対抗できないほど強い。今のお前らなら、十秒もかからず全滅するくらいだ」
ーーハロンドは一度、魔獣と対峙したことがあった。
訓練と称してハランセルと森を歩き回ったことがあった。当時破剣は使えなかったが、ハロンド一人でたくさんの獣や魔物に近い強さの獣をなんとか討伐することが出来た。だが、それ以上に強い魔物などの敵は全て、ハランセルが斬っていた。
その中に、魔獣に分類されるヤツがいた。そいつの放つプレッシャーだけで倒れてしまいそうな程だった。
二足歩行をする熊だった。その熊が硬直効果のある咆哮を上げる。それだけで、ハロンドは気を失ってしまった。
その後、何があったかはわからないが、気がつくと目の前に熊の腑が外に飛び出た状態で死に絶えていた。
「どの動物がどれに分類されるか。それは見ただけで分かる。座学は終わりだ」
ここ一週間の授業で一番簡潔だとハロンド君は思った。
そして、ゴロは生徒に命令した。
「お前ら、今から絶対に一歩も動くな」




