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センセー殺しは神剣に  作者: ぷー
一年生一学期編・序章
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十四   不壊の微笑み

 







《ダーラルク視点》



 この日は保健の授業だ。

 たった今、授業が始まろうとしている。

 先生が教室に入ってきた。


「どうも、どうも!アタシの名前は、サササ=マーササ!これから始めるのは、保健の授業!腕切られて中身ほじくられた時の対処法とかを習うんだよ。はーい号ー令っ!」


 とても陽気な先生だと思う。ただ、もしかしたらサイコパスな一面もあるのかなとも思う。だって、腕切られた後に中身ほじくられるとか聞いたことないし、想像しただけで寒気がするもん。

 ハロンド君は冷静に号令をかけた。

 マーササ先生は陽気に授業を始める。


「はーいどうもありがとー。今日はねえ、戦闘時によくあるケガの対処法とか?をやるらしいよ〜」


 らしいという前にお前が先生でしょ、と僕は思った。


「えーと、戦闘時によくあるケガは、打撲とか、ちっちゃな切り傷とかだねー。まーそこら辺は唾でも臓器混じりの血でもつけときゃ治るから置いといて、戦闘に支障が出るくらいのケガでよくあるものをやっていくよー」


 やはりサイコだ。血に臓器が混じることは無いと思うんだけど。


「んー、代表的なものはやっぱ指切り落とされたーとか、アキレス悲鳴上げてるーとかだよね。そんな時に第一にするべきなのは、その部位が使えなくなる訳だから、一刻も早く代替案を捻出することだなー。切り落とされたら、その分戦力が落ちる訳だから、どんな場合でもこれは必須事項だねぇ。出血が酷ければ服の布でも使って止血するのも大事ー。上達するほど、長期戦は必定だからねー。だーから私は、布地の少ないエロい服装より、全体を覆える戦闘服を推奨しまーす。だってエロい服装だったらさー、破いちゃったらさらーにエロくなるじゃん。キャハッ」


 何が面白いのか、奇声を発して笑った。というか、そっち方面の発言に躊躇とか無いんだなあ。さすがというか、ここの教師という感じがする。


「ちなみにこれ体験談ね」


 だから笑ったんだ。


「いーまあそこが元気になった男子共。あとでボコしてやんよー」


 そこが元気とはどこが元気になることだろう。あと、ボコすのはやめてほしいな。

 こんな感じで、座学は終わりを迎えようとしていた。

 マーササ怖い。




「ほーれほれ、くだらねえ座学は終わりだ。みーんなお待ちかねの、コロシアイを始めようぜェ!野郎共、きれーな噴水みたいに血飛沫あげろよー!?」


 サイコパスだ。僕はガタガタ震えた。


「剣は抜いたな?じゃ、スタート!どっからでもかかってこーい!いつでも新鮮な血を噴出させてやんよ!」


 その顔は、悦びに満ちていた。


「くそ、どうするゥ?」


 ガンム君が舌打ちした。たしかに、ただ切り込みに行くだけでは、いつもと変わらず返り討ちにされるだけだ。

 僕たちが張りつめた表情で構えていると、ハロンド君が空気とは違う明るい声音で言った。


「君たちに大切な家族はいるかな?」


「なんの話してやがるゥ。今話すことじゃ……」


「いいから答えて」


 ハロンド君の有無を言わせない強い言葉に、ガンム君は押し黙る。

 すると、ロファ君はおずおずと言った。


「……いるぞ。両親が唯一遺してくれた、こんなちっぽけな命よりも大事な妹が」


 ロファ君のそんな言葉に危うさを覚えたが、何も言わなかった。


「そうか。だったら、守りたいか?その妹を」


「何言ってるんだ、当たり前だ!俺の命なんかよりも遥かに大事なんだぞ!?」


 だが一旦置いておいて、ハロンド君は、当然のように続けた。


「ならば、ここで生き残り、成果を教師に示し続けなければいけないな」


 その言葉に、ロファ君の顔が強張る。


「どういう、ことだ」


 己の命と比べてどうかは置いておいて、同じく大切な人がいる人間はハロンド君の話から耳を背けられないようだった。


「おーい、話の中断はしたくないからまだ攻撃してないけどー、あんまり長いと介入しちゃうよー?」


 マーササが催促してきた。

 ハロンド君は言った。


「僕たちが誘拐されたってことは、普段一緒に暮らしている人たちを殺すのも容易なはずさ。つまりだね、万一僕らの中にどうしようもない人間がいれば、そいつだけじゃなくて、そいつの親族とか関わりのある者全員が殺されるんだと思う。証拠隠滅のために」


 僕らの顔色が、変わった。

 僕の母さんが、死ぬ?


「薄々とお前らも気づいてたんじゃないのか。だっておかしいじゃん。当事者だけ殺されるなんて。この学校にしては甘すぎる」


 僕もおかしいとは思っていた。

 風の噂よりも厳しい所が多いが、ここだけちょっと甘いなと勘づいてはいたんだ。自分が死ぬっていうのがまだ甘いっていうのも異常だと思うけど。

 だけど――それが、明確な事実として降りかかってくると、僕はもう耐えられなかった。


「ほ、本当かよ……」

「は、はは、は……」

「これは夢なのよ、そう、そうよ……!」

「ごめん、母さん……。一生許さないでね」


 僕は膝から崩れ落ちた。破剣を未だに使えない人はみんな、心が折れたんだ。

 誘拐された。それだけで、普通の子供に恐怖心を抱かせるには十分だ。僕だって、とてつもなく怖かった。ブルブル震えてた。ママが死ぬのが、怖い。

 

 体は小さいけど、睨んだだけで殺せそうな校長。この人が一番やばかった。吐きそうだった。自分がクマに食べられそうなカブトムシになったような感覚だ。体が金縛りにあったように動かなかった。

 

 そこから、持ったこともない剣を持たされて「戦え」と言われた。頭がどうにかなりそうだった。人を切ったらどうなるのだろう、間違えて隣の子を切っちゃったらどうしようと思うと、冷や汗が止まらなかった。

 

 最後に、シンスに地獄を味わされた。地上で再現できる地獄はあれが限界だと思う。あれでさえ壊されるすれすれだったから、あと一カ月も続いたら人格が変わる自信がある。

 弱虫な僕は、初めて死んでもいいと思ったんだ。

 

 けれど今、死ぬことが出来なくなった。絶対、絶対にママは殺させない。ママが死んじゃうくらいなら、死んでからもう一回地獄に送られてもいい。

 だけど、出来ないんだよ。

 僕たちが奇剣、つまり破剣を撃つことは、天地がひっくり返ってもできないことだ。

 どうすれば、いいの。

 僕は、どうすれば、ママを助けられるの?

 進めば奈落、退がれば封鎖された壁。残された道は、どこにあるのだろう。

 気づいたら、僕は恥知らずにも泣いていた。


「実は僕、親と暮らしてた時の記憶が無いからさ、どれだけ親が尊い存在なのかよく分からないんだよね」


 そっか。ハロンド君、森に捨てられる以前の記憶ないんだったね。可哀想に。


「そんな僕から客観的に言わせてもらうとさ、何してんの、って」


 え。どういう、こと?


「正直、羨ましいんだよ。親の顔を見たことがあって、たくさん親に可愛がってもらって、たくさんの愛情を受けて育った君たちが。もっと正直に言えば妬ましい、かな」


 そう言って、彼は自分に向けてか失笑した。


「だからさ、そんな存在の親が危ないって言ったら奮い立ってくれるかなって思って言ったんだけど。今のお前らを見てると、はっきり言って憎いね。その理由?おいおい、そこまで聞くなよ。お前らの脳味噌はカニ味噌なの?」


 彼の口調には、嘲笑が色濃く滲んでいた。普段優しげな彼だから、余計に心に響いた。

 ああ。僕らは何て厚かましいんだ。そうだよね、破剣を使える人たちは今の僕の方が一万倍マシっていう人が全員だよね。

 だけど、それでも辛いよ……!

 

「お前らを守りたいわけじゃない。親がいる時点で僕より幸せそうだしね。けどさ、パララに約束したんだよね」


 それはどこか遠くを見る、危うげな目。


「あーと十秒で凸りまーす。我慢の限界」


 マーササの最後通告。ハロンド君は厳かに言った。


「破剣が扱える者たちよ。僕に続け」


 ハロンド君は駆け出した。破剣をまともに使えない僕は立ち尽くすしかなかった。

 二十五人の中から、破剣を使えるたった数人が飛び出す。圧倒的に戦力が足りてないのを百も承知で、だった。

 

 嬉々として戦いに飛び込むマーササを相手に、互角の戦いを強いていた。

 破剣を使えるのも関わらず、ガンム君とファーさんはまだマーササと戦わず、僕の一歩前にいた。彼らの戦う姿を見ながら、ガンム君は腹立たしげに言った。


「けっ。思いやりっつーもんを利かせてハロンドの野郎に好き勝手にいわせりゃ、クソみてえなことをばら撒きやがって」


 隣に佇むファーさんは黙ったままだった。

 前方で繰り広げられる戦闘は、生徒がそれぞれがそれぞれを守り合うような戦い方をしていて、信頼関係というものがそこにはあった。

 それは、弱者である僕たちが戦いの場で絶対に勝ち取れないものだった。

 だから僕らは彼らがやられ、自分たちも蹴散らされるのを待つしかないんだ。

 ガンム君は呟くように言った。


「まァ、あいつが言ったこともうぜェがあながち間違いじゃねェんだろうなァ。お前らさァ、はっきり言って図々しいぜェ」


「……っ」


 分かってるよ。分かってるけど、それでも、失うのは怖い!


「まァ、俺も何かを喪失する悲しみ?恐怖っつーのか、そォいうのはまァ分かる。俺も経験したしなァ」


 郷愁の目。僕も、ああいう目をすることが出来るようになるのだろうか。


「目の前でむざむざと殺られてよォ。赤ん坊よりも激しく泣き叫んで、必死に抵抗したんだァ。まァ、糞ほどにも効果はなかったけどなァ」


 ガンム君は続けた。


「ハロンドの野郎も、ハラなんちゃらに何回も凸ったんだってェ?か、ゴキブリみてェな抵抗だなァ。でもよォ、」


 ガンム君は一旦切って、冷たい目を僕らに向けた。


 


「お前ェらは抵抗さえしねェのかよ。今まで育ててくれた親が自分たちのせいで殺されそうになってるのに?お前ェらがなりてェのは世界一の親不孝者かよォ?違ェだろ!」


 


 彼は静かに、事実を述べた。

 


「こんな俺でも数十秒、母ちゃんの余命を伸ばしたぜェ」

 


 ガンム君は踵を返すと、僕らに背を向けて、ファーを引き連れて戦闘に加わっていった。

 数瞬後、一人の男子生徒が呟いた。


「眠気が覚めた」


 眼前で行われている戦闘は、徐々に劣勢へと推移している。今だって、一番粘っているハロンド君の頬に裂傷が入った。

 それでもハロンド君は喰らいつく。粘りつく。

 他の生徒やガンム君、ファーさんも戦闘に加わったおかげで押し返してはいるが、いずれ桁違いの威力の奇剣でまた押し返されるだろう。たった二人が戦闘に加わったからといってひっくり返るような戦力差ではないんだ。


「俺は、あの戦闘に入り込むよ。死にそうになっても、とち狂ったマーササの剣を噛みちぎってでも生き残ってみせるさ」


 若干声が震えているが、誰も責めないよ。むしろかっこよかった。


「わ、私も参加するわ。どれだけ足しになるか、分からないけど……」


 怯えながらも女子生徒が参加を表明する。彼らに続いて、「僕も!」「私も」「少しなら」と、続々とみんなも決意する。

 

 僕は、弱虫だった。

 そんな性格をカモとしてか、けんかの強い子にいじめられることもよくあった。

 そんな僕を慰めてくれたのは、いつだってママだった。

 

 弱くて情けない、自分でも嫌になるような僕を見るその目は、いつだって聖母のような優しさを湛えていた。いつまで経っても彼女の庇護に依存したままの不甲斐ない僕を、いつでも慰めてくれた。

 嫌な顔をせずに、隠された片方の靴を草原で真夜中まで探してくれた。一回、僕を庇おうと矢面に立ち、標的が僕からママに変わったこともあった。一人ぼっちの僕が寺子屋に耐え切れず、午前中に帰って来たこともあった。


 どんな時だって、その笑みは壊れなかった。

 不壊の微笑み。壊れない。壊れて欲しくない。そんな微笑みが、僕の宝で、光で、道しるべだ。

 

 今、僕は彼女の守護から離れている。

 今だって、ハロンド君とガンム君に叱咤され、前線で戦い僕を守ってくれている。

 ママは僕を助けられない。僕のせいで、一瞬で死んでしまうかもしれない。

 ここで戦わなくて、どこで、


「……戦うんだよ」


 自分でも聞いたことのない、決意と戦意に満ちた声が漏れた。

 誰かが言った。


「決まりだな」

 

 決意したのはいいものの、僕らはつい最近まで剣を握ったことさえなかった人たちばかりの烏合の衆だ。

 そんな僕らが、あの高度な戦闘に加わるにはーーー。

 


 

 


 


 

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