十二 弱者の葛藤
口角を上げながら、アリンクスは飛びかかる!
それはアラックとは真逆の戦い方だった。技術なんて関係ない、力任せな戦い方。けれど……そもそもの基礎能力に大きな差があれば、技術をかなぐり捨てても簡単に勝てるのだろう。
「……っ」
あんな高威力の一撃を止められる猛者はここにはいない。誰が受け止めるか、目配せし合うと、不意にガンム君が言った。
「二の力を受け止めるんだったら、一足す一すりゃいいだろォが。ファー、付いてこい」
「御意」
ガンム君は目線だけでファーさんに意思疎通をする。二人同時に詠唱。
「凶の煌めきィ!」
「狂の騒めき」
アリンクスの重い一撃が、ガンム君とファーさんの二人の斬撃がバツの形となって受け止める。
「ぐ……っ」
「……ぅっ」
だがそれは重すぎた。二人がかりでも尚余りある威力。少しずつ押されていく。
少しずつ押すのが嫌になったのか、アリンクスはガンム君に蹴りを入れる。ガンム君は仕方なく下がり、ファーさんもガンム君に合わせて下がった。
アリンクスは空振りに終わった足を蹴り上げると、その勢いのまま、大きくバク宙を決める。その予測される着地地点は、なんとガンム君たちを飛び越えた先だった。ガンム君は嵌められたことを知った。
「おい、お前らァ!狙いはそっちだァ!」
空高く舞うアリンクスは、最後尾にいる標的の目を覗き込む。ーーー僕、だった。
アリンクスは泣いていた。破剣はおろか、剣も素人の僕を哀れむように。その目からは絶え間なく涙の粒が落ちる。
だが、僕は見た。その目の奥に、嘲嗤う色を。
「かわ、かわい、可哀想に……」
「ラルクッ!」
ハロンド君の叫ぶ声が聞こえるが、誰も間に合わない。僕が何とかしなくちゃいけないんだ。
空中で体勢を整えたアリンクスは剣を構える。ぐんぐん僕に近づいていく。アリンクスの目の奥が悦びに変わった瞬間、彼女の本命を見破る。
蹴りだ。あの剣はフリで、強烈な蹴りが来る。
僕はもう助けられてばかりの人間じゃない。助ける側になるんだ。ママに誓っただろ!
構えろ。軌道上に全力の斬撃を放つことで防ぎき……
パァン
無理な話だった。
いくら奇跡が起きて相手の動きが見えたとしても、それを迎撃する実力がなければ無意味なのだ。
僕は高速キックで飛ばされる。何回もバウンドしてやっと止まった。
「かは……」
痛い。当たり前か。
「うぐっ」
止まった瞬間にアリンクスが僕を足で床に縫い付ける。胸への圧迫感が僕を襲う。
アリンクスはハンカチを取り出して涙ぐんだ。
「はぁ、可哀想に……。思いっきり足で蹴っ飛ばされた挙句、こうやって足にぐりぐり、ぐりぐりと!縫い付けられて、ああ、ああ……!痛そう、痛々しい、哀れだぁぁぁ!ァァァァ!」
より一層激しく嗚咽する。けれどその口はだらしなく歪んでいた。
同時に足で僕の胸を踏みつけてくる。さすがに加減はしているのだろうが、それでも強過ぎる。痛い、やめろ……。
「仲間は私の滞空中も、一人も貴方を助けようとしなかったの!この中で最弱の貴方は、みんなに見捨てられたのぉぉぉっ。可哀想、可哀想っ。薄情な人間にばかり恵まれたせいで、自分が弱すぎたせいで……!この子は何にも悪くないのに!うううぅぅっ!」
見捨てられた。そうとも言えるなと僕は思ってしまった。けれど、それはーーー
「見捨てた?お前は今、そう言ったか」
ハロンドだった。怒気の籠もった低い声。周囲の生徒がびくっとするほどだった。けれど当然、アリンクスは動じず涙をこぼす。
「言ったわ……。それが事実だから!私、びっくりするくらい何の障害もなくこの子に切り込めたからぁぁぁ!!」
わぁぁぁと片腕で目を覆って泣き出した。その瞬間、ハロンド君は我を忘れてアリンクスに斬りかかる。
「アアアァァァァ!」
「っ!」
「ぅぉぇっ!」
アリンクスは片腕で持った木剣で受け止める。片腕のみでハロンド君の全力の一撃を止めるのには流石と言うよりない。
だが、アリンクスが踏ん張ったせいで、圧迫感がさらに強くなる。これ以上強くされると死にそうだ。必死に身体をよじるが、あまり効果は無かった。
そんな僕は蚊帳の外で、アリンクスとハロンド君が舌戦をしていた。
「な、何……?そんなことを、してもっ、事実とっ、受けた心の傷はっ、変わらないのに……。可哀想な坊やなの……」
「黙れ!」
ハロンドはアリンクスをねめつける。
「お前に何が分かるっていうんだ……!人を痛めつけることが趣味のお前に……!」
「ああっ……、図星を突かれて逆上して、教師にもそんな口を聞くようになるなんて……。おいたわしいのぉぉぉっ」
「いい加減に、黙れ」
ハロンド君の怒りが、最高潮に達しようとしていた。
「でも、いいの?自分でも分かってるのでしょう?これ以上は斬り込めないって。ああ……何て残酷な……」
「……」
ハロンド君は答えない。無言の肯定と取れた。
……そうだ。
彼とアリンクスの間に間接的な障害はないけれど、アリンクスには人質がいる。それも、最悪の状態で。
ハロンド君はハロンド君に呼応して走っていた生徒たちを手で控えさせると、冷徹に言う。
「止まれ」
「あァ?んだとォ?」
ガンム君がハロンド君にかみつく。
「ラルクが踏み潰されるぞ」
『……!』
斬撃を受ける時、人間は足で踏ん張る。その足で僕を踏みつけているアリンクスは、斬撃を受けると同時に、最悪の場合踏ん張りすぎて僕の体に穴を開ける可能性さえあるのだ。
ハロンド君は我を失いながらも、破剣を使うほど判断力は鈍っていなかったのだろう。そのおかげで僕は一命を取り留めていた。
ガンム君はギリッと歯軋りする。
「クソがァ……」
「ああ、ああ、教師に人質を取るという卑怯な手を取られて悔しそうにしている……!なんて、可哀想に……。あああああっ、なんて哀れなんでしょう……」
アリンクスは変わらず哀れむ仕草を続ける。欠片も思っていないその言葉は、一々ハロンドの神経を逆撫でした。
「黙れ」
「泣いている女の人に向かって黙れとは……。あああ、どうかこの者を、せめて地獄には……」
「黙れと言っているんだ!」
ハロンドの怒声がこだます。アリンクスでさえも喋るのをやめた。
ハロンドは怒りを抑えて、努めて冷静に言った。
「僕たちは生徒で、あんたは教師。その関係は理解しているから、とやかく言う気は無いけれど……せめて謝れ!僕の仲間の一人を最弱と言ったこと。仲間が見捨てたと言ったこと。仲間を薄情だと言ったこと。取り消せ。そして、ラルクを放せ」
一切の拒否も許さない物言いに、生徒たちは緊張する。
「どうして……?」
アリンクスはわざとらしくひっくひっくしながら言った。
「これ以上は耐えられない。ーーー引き返せなくなる」
それを聞いたアリンクスは、すぐに僕を解放して、思いきり突きとばす。この瞬間、アリンクスの目から涙は流れていなかった。
「さあ、おいで。引き返せなくなっても、私が負けるはずないの」
彼女はにっこりと笑って、頬に溜まっていた涙が流れた。
結論から言うと、ハロンド君が引き返せなくなるほどの力を出すことはなかった。僕を助けるための策略だったのかもしれない。申し訳ない気持ちと、ハロンド君の僕を想った言葉への嬉しさでいっぱいだった。思わず涙がこぼれる。
ハロンド君やガンム君、サラン君、ガンム君、ファーさんも、みんな奮戦していた。目に見えた働きではなかったけど、剣が巧くない人も一生懸命戦っているのが分かった。
けれど……圧倒的な戦力差は、たったそれだけで縮まるものではなかった。
昨日と同じように淘汰されていき……その授業は、終わってしまった。
泣き、笑いながら目は狂喜に染まる。そんなアリンクスの姿だけが脳裏に焼きついたのだった。
夜。
みんな、布団に寝転がっている。
ガンム君がふと呟いた。
「どうしたらシンスの奴、止まるのかなァ?」
「……」
誰も答えられない。それは全員の心からの願望だから。
連日午後にある剣技科では、拷問に等しい訓練をさせられて、レリックで身体は全快でも、僕たちの精神はボロボロだった。
「俺たちをこんなに虐めるシンスの目的がわかりゃ良いんだけどなァ」
なんか、苦しいからかは分からないけど、ガンム君、少し優しい口調になっている気がする。
「僕たちをいたぶりたいだけじゃないの?」
サラン君が首を傾げた。僕もそうだと思う。卑屈じゃ無くて、ここの教師。とりわけシンスの性格は終わってるから。
けど、ガンム君は即座に否定した。
「それは可能性がひくいんだよなァ」
サランが首を傾げた。
「どうして?」
「規則3-1……教師は生徒を理由もなしに無闇やたらに殺害してはならず、校長の意向の範囲内でのみ生徒を弄ぶことを許される。シンス以外の授業はシンスに比べりゃ軒並みマシだァ。つまり、シンス以外は普段の校長の意向に沿っていて、シンスのみ校長の特別な意向があると推察できるゥ」
ガンム君は丁寧に説明してくれた。やっぱり、性格が丸くなっている気がする。
サラン君は納得がいったようだ。
「なるほどね」
「……小便に行ってくる」
そう言ってガンム君は立ち上がり、お手洗いに行った。
彼がいなくなってから、それぞれが彼の言葉を考えていた。すると、ハロンドはハッとして顔を上げた。
そんな彼を僕らはじっと見た。何か、あるのか。そんな希望を抱いて。
「聞いて欲しいことがある」
「……」
僕たちは無言でハロンド君を促した。
「シンスは、僕たち全員に破剣を習得させようとしているんじゃないかな?」
どういうことだろう。僕みたいな愚鈍な人間にも分かるように言って欲しい。
サラン君は首を傾げた。
「どういうこと」
「【奇剣】の習得方法は二つあるよね。そのうちの一つに、『精神的苦痛を経験すること』ってあるでしょ。それを狙ってるんだと思う」
「確かに、シンス先生の授業は肉体的、精神的にもえげつないダメージを与えてくるものばかりだね。……ん?でもさ、だったら僕たちもう経験したんだから、もう使えてもおかしくないんじゃないの?」
「もう破剣が使える人はーーーもちろんサランも含めてだーーーどんな経験をしたと思う?」
「……」
サラン君は黙り込んだ。自分の嫌な過去を思い出したのだろうか。
「それにもしそうだとしたら、最強を創り出すはずのこの学校に、これまで剣さえ一度も触ったことのない人間がいることにも一応説明がつくんだ。ある程度剣ができたって、奇剣が使えなかったら話にならないしね」
確かに、多少剣を使えても、奇剣の一つも使えないとすぐに死ぬだけだろう。
それに、忘れてたけど、何故かここには僕含め素人が混ざっているんだったね。確かにそうだとしたら、筋は通る、かな。
「今から話すことは、僕の推測するこの状況を打破する方法についてだよ。別に興味が無ければ聞いてもらわなくてもいい」
ちゃんと聞くことにした。全員シンスを止めたいのだから、聞かない人の方が少数かもしれない。
「少し、僕の昔話をしようか」
ハロンド君は、曇り気一つ、屈託のない笑みを浮かべた。
アリンクスの人物設定、過激にしすぎたかなと思案しております。
評価とかよろしくねッ!(唐突で露骨な評価ポイント稼ぎ)




