十一 アリンクス=サーリーの悍ましい性癖
これ描いてる途中で胸が痛くなった……。
次は歴史の授業だった。
担当はアリンクス=サーリー先生だった。
「うっ、うううっ、こっ、これよりっ、歴史の、授業をっ、始めますぅっ、ううううっ……」
ハンカチを片手に号泣する彼女を、僕たちは怪訝な目で見ていた。
「ああ、可哀想な子たち。よりにもよって、私の授業を受けることになるなんて。うううううーっ……」
自分で自分の授業がひどいものだと自覚してるんだな。
「えーっ、今日はあっ、遺存宝器についてぇっ、やっていくわ……ああ、ギリシャの神ユピテルよ……涙が止まらないわ……」
ユピテルはローマ神話だよね。
本当になんなんだろう。
“ここからは本当に涙声がすごいので、僕の訳したものを書こうと思う”。
「遺存宝器は、科学では考えられないような効果を持つ道具の総称なの。形や効果はさまざまで、よく切れるナイフのようにありふれたものや、いまだに腐肉がこびりついたままの骸骨の形状をしたものもあるの。また効果も様々で、ほんの一滴の血を作り出すだけのものや、この学校にあるように、人にどれだけ臓物を掻き出されても死なない、いわゆる不死属性をつけられる『不死のトーテム』なんていうのもあるの」
そこで彼女は一旦切った。
例がサイコパスじみていると思ったのは僕だけじゃないと思う。
だけど、遺存宝器についてこんなに詳しく聞くのは初めてかもしれない。というか不死属性って何。訳が分からないんだけど。遺存宝器ってそんなに効果高かったっけ。そんなすごかったんだ。ますますその正体が分からないんだけど。
アリンクスは唇を湿らせ、涙を拭いてから続ける。
「それらは歴史的建造物や、洞窟の中に在ることが多くて、そういった場所から私たちは入手しているの。けれど、それらの製造方法や、製造された場所っていうのは、全く分かっていないの。ただ、書物は残っていたから、どれくらいの時期に造られたのかはある程度推測できるわ。それはーーーおよそ五千年前なの」
かなり昔だ。そんな昔に、一体何があったのか。
「遺存宝器の価値は、唯一無二という点で無限大なの。その価値をこの学校の昔の教師たちはいち早く見抜いたの。だからこの学校では昔からたくさん買い集めているの。たとえドクロの形をしていたって、血のこびりついた元名画だって、臓器を練り潰してできた、ミートハンバーグだって、なの。だから授業でもビビらずに大盤振る舞いができるの」
国でも数個しか所有していないような希少なものを授業で潤沢に使ってるのには驚いたけど……五千年もかけて蒐集したのなら納得だね。
「いろんな遺存宝器があるよっていう例として、幾つか出そうか、なの。まあ、不死のトーテムとかを実体験してる君たちにとっては意味は無いかもしれないかもなの。あああ、不死のトーテムを必要とするほど痛めつけられるなんて……!なんて……なんて、可哀想……!」
泣き笑いとは今の彼女の表情のことを言うのだろうか。いや、泣き笑いとはこもっている感情が違うか。とにかく、彼女はそんな表情で泣いた。
アリンクスは一つの遺存宝器を取り出した。
「これは死者の心臓ってアイテムなの。ほら、今も脈打ってるの!」
「ひっ……」
僕たちは怯えた。というか、吐きそうになる。あまりにグロすぎて。
初めて見る臓器が、今も力強く脈打ってるんだよ。気持ち悪過ぎる。
僕は口を押さえて何とか耐えた。
「そして、心臓を握り締めると……こうやって、さらにさらに力強く鼓動するの!どれだけ握り締めても規則的に!握り締めるほどより力強く鼓動するの‼︎最っ高の心臓なの!」
「おえぇぇぇっ」
僕含んだ数人がたまらず嘔吐する。だが、それさえもアリンクスの興奮材料でしかない。
「吐いた!吐いたよこいつら!きったないねえ!……けど、それもいいなぁ」
アリンクスは涙目のまま(もちろんまだアリンクスは涙声がすごい)、うっとりした表情で言った。
僕の背筋がぞわりと粟立った。ダメだ。これは関わっちゃいけない人種だ。人間の苦しみを求める生粋のサイコパス。血肉を切り刻むことこそ最上の褒美と考える怪物……!
「おえええ……!」
吐き気が止まらない。ほとんど胃に入らなかった朝食はもう吐き終えて、もう胃酸しか残ってないというのに。なんて狂人なんだ、このアリンクスという教師は……!
吐瀉物を嫌がってか、生徒たちが吐き始めた人間からじりじりと遠ざかっていく。当たり前だ。汚物に触れたい人間などいない。
そんな中で。僕の背中をさする人間がいた。
ハロンド君だった。
「大丈夫だ、落ち着け」
「おえっ」
だめだよハロンド君、靴に、僕の汚いのがついてるよ。
そんな僕の目線を感じ取ってか、ハロンドは微笑んだ。
「大丈夫さ。こんなのは洗えば落ちる」
優しいなと、僕は思った。
他にも気の毒にと思っている人はいるかもしれないが、ゲロに触れてまで心配してくれたのはハロンド君だけだった。
「ありが、とう……」
「どういたしまして」
にっこりとハロンド君は笑った。
今まで見た中で一番優しげな微笑みだった。
そんな彼に安心してか……
「おええええっ」
さらに激しく胃酸を吐き出してしまった。
このことから、ハロンドがラルクに嫌われていると誤解したのは、また別のお話。
アリンクスによれば、あの心臓は相手のハートを撃ち抜く遺存宝器らしい。……あんなグロくて気持ち悪い心臓で相手の心を掴めると思ってるの?っていうか使う人絶対良い人な訳ないじゃん。
この後、アリンクスは人間の骨で骨組部分を、臓腑で装飾部分を作ったという杖を取り出した。
効果は……『相手を骨や臓腑が見えるレベルにまで透視すること』らしい。何その見た目。何その嫌がらせみたいな材料。何その絶対使いたくない効果。
僕たちはずっと青い顔で黙り込んでいた。
次に、彼女は筒状の何かを取り出す。表面には薔薇のような花が柄として描かれていた。見た目だけはまともだな。だけは、だけど。
アリンクスはおもむろにそれを握り潰す。えっ、何して……。
「オエエエエエエ」
生徒の半分くらいは吐いたんだと思う。信じられない……!
アリンクスが筒の側面を潰すと、上下から何が飛び出したかというと……。
人間や、それに似た動物の臓腑や血、その他etc……だった。
もう胃酸は吐き出し終えたと思ったのに、まだこんなに出るのかと、他人事のように考えながら吐き続ける。
ハロンド君は絶句していたが、我に返ると「おい、落ち着け!直視するな!あれは文字通り目に毒すぎる!」などと声をかけるが、果たして効果はあったのか。
「見てほしいの。もう一回握ると……ほら!」
アリンクスが力を緩めると、筒は元の形に戻る。そして、もう一度握る締めると……。
どろっどろのものが、堪らず筒から溢れ出る。
「オエエエエエエエエエエエエエエ」
より一層力を込めたのか、よりたくさんの臓物が流れ出る。
ダメだ!これ以上何も出ないのに、まだ吐き気がするっ。
なんか……出っ
『……』
僕たちは何も見ていない。
余談だが、この床には触れている無機物を一定時間経過で消し去る遺存宝器を使っているらしい。なので僕らの吐瀉物は気づいたらなくなっていた。
青を超えて真っ白の顔で、到底戦えそうにない顔色の僕らに、アリンクスは鼻をすすりながら言った。
「では、これから実技分野に入りますの」
生徒の白い顔が、紫に近づこうとしていた。
哀れんだ目で泣いていたアリンクスだが、僕たちを圧倒する姿を想像したのか、楽しげな表情だった。
「あまり憐れな姿にならないでくださいね。私って泣き虫だけど、泣きたくて泣いてる訳じゃないの」
その涙は、あごから滴り落ちる。
「ああ、ああ、今までの哀れで惨めで憐れで可哀想で痛々しくて…………最っ高な…………生徒たちの事を想うとっ……。うっ、ううっ、ううううっ」
腐ってるよねこの教師。想ってはいても想像して喜んでるだけだよね。よくあんな偽善の塊みたいな涙をぽろぽろと流せるよね。
「ですのでぇっ……。少々、過激にしようと思いますぅっ。ううっ、その鞘は飾りなのですか?可哀想に……」
「っ」
アリンクスの最後の一言で我に返ると、僕は急いで剣を握る。
「いきますのぉっ。ああ、可哀想っ」
口角を上げながら、アリンクスは飛びかかる!




