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センセー殺しは神剣に  作者: ぷー
一年生一学期編・序章
10/38

九   アラック=サージの考略科







 その日、剣技の授業を終えた生徒は、砂のようなごはんを食べて、機械のように風呂などの諸々を淡々と済ませた後、倒れるようにして布団に入った。

 倒れたままにならずに用意を済ませるのは、ひとえに死が怖いからだった。

 あんな授業の後だと、スケジュール通りにしないと、殺されてもおかしくはないと思えてくる。

 全員同じ寝室なので、みんなの表情がよく見える。全員、顔が真っ青だった。

 そこに在れるのは、深淵のような絶望のみ。

 寝もせず、光の宿らない目を開いたまま、ピクリとも動かずに横たわっていた。

 廃人のようだった。

 そのまま、朝まで過ぎた。



 朝になった。

 用意を諸々済ませると、今日の授業を受けに教室へ行く。

 受ける授業は一日で二つ。午前と午後で分かれている。

 一週間は六日で形成されており、一か月は五週間で過ぎることになる。

 受ける科目は基本的に午前が数学、保健のような専門科、午後が全て剣技科となっている。ただし、一週間の最後の一日だけは例外で、午前が剣技科、午後が自主鍛錬の時間となっていた。

 

 そして、今日の午前の授業は考略科、というものらしい。

 

 全員が座ると、教師用の扉から細い男が入って来た。教師は教卓の前に立った。

 その教師は驚くほど細かった。メガネをしている。何よりも目を引くのが腰に凪いだ剣だった。とても分かりやすく帯刀している。


「号令」


 その男は早口でそう言った。

 ハロンドが号令をかけた。

 終わると、男は愉快そうに口を歪めた。


「いい顔をしている」


 そして、彼は自己紹介を始めた。


「私は考略科担当のアラック=サージだ私は早口なのできちんと聞き取ること」


 彼に、句読点などというものは存在しなかった。

 生徒は集中して彼の言葉を聞き取ろうとする。

 (読者に分かりやすいように句読点を()内に打っておきます)


「一般人ではどれだけ剣が巧くても複数人相手では敵うことは少ない(。)剣は巧くても基礎身体能力に差が少ないからだ(。)だが奇剣使いが一般人複数人相手にすると打ち勝つことは容易いだろう(。)奇剣によって一時的に身体能力を底上げできるからだ」


 そこで彼は一旦切った。

 ためになる話だったのかもしれないが、早口すぎてあまり響いてこなかった。


「ここでは常識外の奇剣について(、)扱い方や戦術を学んでいく(。)考略科ですることは大きく分けて三つ(。)戦闘前の作戦の立て方(、)戦闘時の判断(、)普段の思考について」


 戦闘前の作戦の立て方、戦闘時の判断、普段の思考について。

 なんとかハロンドは聞き取れた。


「戦闘時の作戦の立て方とは(、)どういう布陣でどう戦うかということを考えていくものだ(。)戦闘時の判断とは(、)想定外の事態が起きた時の対処方法について(。)普段の思考とは(、)常日頃からあらゆる攻撃を警戒すること(。)簡単にいえばこんな感じだーーーそこのお前私の言ったことを要約してみろ」


 突然名指しされた男子生徒、ラルクはびっくりした。

 生徒は互いに自己紹介しあっているので、名前は把握している。


「へっ!?え、えーと、どういう夫人で戦うか、想定外の時代が変わった時の対処方法、常日頃からあげ攻撃を警戒すること、だったと思います」


「ふざけるなよ実技中お前に集中的にヘイト向けてやる」


 みんながくすくす笑い、男子生徒は顔が赤くなるのを感じた。


「何笑ってるんだ(、)お前ら今ここで殺してやってもいいんだぞ?」


 一瞬だけ、アラックから殺気が漏れる。全員が青い顔になり一斉に押し黙る。


「今日は『先手を打つ』ことについて解説していく(。)分類的には普段の思考に入るだろう」


 そう言ってアラックは板書に『先手を打つ』と書いていく。そのまま続きを言った。


「昨日お前たちはセロと戦った(。)その時に翻弄され続けていたのは常に後手を打っていたことと(、)大きく開いた実力差が原因だ(。)大きな実力差は現状どうしようもないかもしれないが(、)後手を打っていたことは違う(。)先手を打つこと(、)それを意識していれば戦闘は大きく変わるだろう」


 そこまで言うと、アラックは少し考えこむようにあごに手をかけ、また言った。


「具体例を出そうか(。)お前たち剣を持て(、)私と戦え(。)私も使用するのは破剣の通常技だけとし(、)実力もお前たち程度しか出さない」

 

 アラックは瞬時に剣を抜き、生徒たちもあわてて剣を抜く。

 そうして戦闘が始まった。



「では行くぞ」


 アラックがこちらに向かって走ってくる。だがその速度は宣言通りハロンドと同じくらいだった。一体、この速度で何ができると言うのか?

 ガンム君は舌打ちして、前に飛び出した。


「舐めんなよクソがァ!」


「ガンム!」


 何をするか分からないアラックに対して、無防備に飛び出すのが危険だと思ったハロンドは叫んだ。


「破剣・上がり昇天」


 アラックの唱えた『上がり昇天』という破剣技は、真上から剣を振り落とすだけの単純なものだ。故に、ガンムは何の疑いもなく上からの斬撃に備えて、斬撃を受ける技である「破剣・散受散龍!」と唱えて……腹に衝撃を受けて倒れた。


「……ッ!?」


 ……は?

 アラックが破剣を使った瞬間を、ハロンドは目で追えなかった。

 アラックは倒れ伏すガンムに木剣を向けながら、なんてこともないように解説する。


「私は上がり昇天と呟く前にごく小さな声で『獄中突破』と呟いていた(。)上への警戒しかしていなかったお前は陽動にまんまと引っかかり(、)本命の腹への一撃に気づかなかったのだ」


「……ッ!」


 後に知ったことだが、破剣は一回唱えるとそれを発動するまでキャンセルも何もできず、長時間発動しなければ全身に激痛が走るのだという。つまり、アラックの言ったことも可能という訳だ。


「言っておくが(、)私はまだお前たち程度の力しか出していない(。)違うのは頭脳だけだーーー行くぞ」


「……っ」


 来る。

 けれど対処方法がまるで分からない。

 どうすれば……!

 焦りが全員の表情に浮かんだ。


「狼狽えるな!落ち着いて対処すればきっと道はある!」


 ハロンド君が叫んだ。アラックは一人、生徒はまだ二十三人。圧倒的な人数差に加えて、彼は生徒程度に力を抑えている。落ち着けばどうってことはない。

 彼のおかげで生徒は持ち直した。


「果たしてどうかな?」


 一直線にハロンド君めがけて迫り来るアラック。どうやら、彼の統率力を警戒して先に潰そうと考えたようだった。

 でも、おかしい。生徒たちには彼の動きが遅く感じられた。いや、本当に遅いのか。


「破剣・緩急灼微」


 動きが遅いのはそれを発動させるためか!いやでも、それさえもカモの可能性がある。緩急灼微を使わずとも、遅い動きの後に破剣を使えば、動きの緩急で相手を惑わすことは出来る。

 ハロンドは受け切れるのか。


「違う!()()()だ!」


 生徒たちは困惑する。

 何がそっちなのか。

 その時だった。


 ラルクの目の前に、アラックがいた。


「言ったはずだお前に集中的にヘイトを向けると」


 破剣を使えないラルクがろくな抵抗も出来るはずはなく……。

 切り伏せられて気を失った。


「大丈夫か!?」


 ハロンドは叫んだ。


「あと二十二人」


 背筋が凍った。

 きちんと戦略を練り、先手を打ち続けるだけでこうも違うのか。

 これが、今の生徒たちの差だった。


「今のもお前らの読み間違えだ(。)お前らはガンムを潰す時に私が使った(、)本命の破剣技を悟らせない方法に気を取られすぎて(、)フェイントまで気が回らなかった」


 本当に緩急灼微を発動するのかということを直前まで考えていたせいで、アラックの本当の狙いに気づくのにハロンドでさえ遅れてしまった。

 (済まない……!)

 ハロンドは心の中でやられた男子生徒に謝罪した。


「次はきちんと読めるかな?」


 アラックはもう一度、ハロンドに向かって駆け出す。その速度はハロンドの全速力といっても差し支えないほどだった。


「破剣・獄中突破」


 彼の唱えた破剣は速い突き技だった。

 果たして本当に行使する破剣はそれなのか。そもそも狙いはハロンドなのか。それとも、この破剣は何でもなくて、狙いは別のどこかにあるのか。

 いくつもの迷いが、ハロンドの思考と行動をがんじがらめにする。

 結局、刃が目前に来るまで本気であることは見抜けなかった。

 宣言通りの突きが、ハロンドを突き破ろうとして……。


「……ッ」


 ハロンドはその突きをすれすれで避けた、はずだった。

 だがその木剣はもといたハロンドの場所よりも少し前に寸止めされている。ならば、本当の狙いはーーー!?

 蹴り、だった。


「うううぅっ!?」


 股間への蹴り。男のそこへの蹴りは普通に蹴っても痛いものであり、ましてや破剣時の能力向上も伴っていれば尚更だ。ハロンドは遠く吹き飛ばされ、股間を押さえて呻く。

 これは……戦闘不能といっていいだろう。


「ハロンドは脱落あと二十一人」


 剣術において、蹴りなどは論外。反則の極みだ。

 だがこれは違う。ダウンしたら終わりの、生き残りを賭けた戦いだ。

 何でもありの斬り合いなのだ。それを常識として定着させろと、アラックは言外に言うのだ。


「さあ学べ(、)そしてその顔を私好みのものに染め上げろ」

 


 頭脳戦を圧倒したアラックは、能力差のない一対二十四の絶望的な戦いを、涼しげな顔で制覇したのだった。


 アラックは未だ起き上がれずにいる生徒に向かって、授業の続きを伝える。


「分かったか(、)常に先手を打つということは(、)常に自由に戦略を実行出来るということ(。)多少の実力差もこの方法で捻じ伏せられる場合がある(。)稀に頭脳面において大きな差があれば(、)今回のように大番狂わせもできるというわけだ」


 ハロンドはまだ股間を押さえていた。


「人は相手にたくさんの手札を見せられた時(、)どれを出されるか疑心暗鬼になる(。)人間と他の生物との大きな違いは心があるかないかだが(、)そこを突かれた人間は脆弱なものだ」


 実際、戦闘において真上から斬撃が来ると分かっていても、正確に真上のどこに来るかなど分かったものではない。その前の動作も何処から斬撃が来るか、はたまた狙いは別かと惑わされれば、対応は後手に回るだろう。いずれそれは常時後手に回らされることになり、結果、対応が追いつかなくなりゲームオーバー。

 

『常に先手を取る』とは戦闘の基本だ。どちらが早く攻撃を繰り出せ、どちらが素早く相手を見切るか。将棋の格言に『攻めは最大の防御』とあるように、決してただ防御に徹することが悪いというわけではないが、どのような戦いにおいても、攻撃こそが最大の武器であり、防御なのである。


「三年間(、)お前らはここで(、)教師は代わるかもしれないが心理戦を学ぶ(。)実力では足元にも及ばないお前らも(、)少しはましになれることを願う」


 アラックは木剣を柄に納めた。


「さて(、)傷は癒えたか(。)実技を始めるぞ(。)無論(、)この短時間で完治するはずがない(、)などという無駄な言い訳は許さない」

 

 情け容赦ないその言葉に、全ての生徒がぴくりとした。

 くそ。ハロンドは小さく毒づいた。

 ハロンドはようやく股間から手を離し、震える足で立ち上がった。

 アラックの言葉『常に先手を取る』ことを念頭に、どのような動きをするか戦略を練りながら。



「はぁ一分も待つとは私も甘くなったなーーーでは行くぞ」


 最後の一人、ラルクがのろのろと立ち上がったのを見咎めると、アラックは短く嘆息して剣を構えた。


「もちろん実技分野なので実力を抑えたりはしないさすがに魔剣クラスは出さないがな」


 そう言って、先程とは比べ物にならないスピードでアラックが駆けてくる。

 そこにガンムではなくハロンドが割り込んだ。


「ほう?」


 アラックが興味深そうな声を出す。ハロンドに似つかわしくない、ハイリスクな動きだったからだ。

 ハロンドがどう動くのか興味が湧いたアラックは呟いた。


「面白い」


 ハロンドの刃先が動いた。一応、アラックはこの場面から予測できるどの攻撃からも対応出来るよう、控えめな出方をする。

 ハロンドは事前に考えておいた作戦を実行しながら思う。


 (『先手を打つ』って、とても大事なことだったんだな……)


 アラックでさえ、後手に回ってしまえば一瞬くらいはハロンドの攻撃を待つしかないのだ。もし強引に刃を合わせにいきすれ違えば、勢いのあるハロンドの刃先が先に届くのが(アラックが魔剣を使わない限り)必定だからだ。

 故に、アラックは()()()()()


「ハロンド(、)教え忘れていたことを教えてやる(。)先手は打つものではなく強奪するものだと」


 アラックは事前詠唱しておいた破剣を発動し、一転ハロンドに肉薄する。ハロンドはまだ破剣を使用しておらず、回避はおろか視認も不可能な状態であったため、呆気なく倒れた。

 

 通常、破剣はどのような場面にも対応できるよう使用する直前に詠唱するものだ。だが、受ける側は受け止める技である『散受散龍』、反撃したいなら『鮫咬み』などの汎用性の高い破剣を、事前に詠唱しておくことが可能だ。これが唯一、後手に回った者の利点である。

 

 アラックはこれを利用して、ハロンドから先手をうばった。いや……元からアラックが先手番だったのか。なにしろ、元からアラックは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ハロンドは読み合いに負けたのだ。


 アラックは大きな音を立てて倒れるハロンドを冷酷に見やる。


「まだまだ私の手の上で踊っている……せめて私の手よりは大きくなってもらわねばな」


 見るまでもなくその状況は分かるが、ちらりとガンムら生き残り目をやる。

 がたがたと震え、目に見えて畏怖する彼らに、アラックは不敵に言う。


「さあ至高の頭脳戦の始まりだ」

 今日は休日だが、今は夏休みなのだと自分に言い聞かせる俺は滑稽だろうか

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