有害図書
太郎の周りでは、物心ついた頃から、テレビのドラマでも、流行りの歌の中でも、漫画の中でも、みんなが声高に叫んでいた。
「勉強が出来るよりも、もっと大切なことがある!」
「女の子にモテるのは頭のデキは悪いけど心のデキがサイコーなやつ!」
「学校の成績なんかよりも友達がたくさんいることのほうが価値がある!」
なるほどそうかと思った太郎は勉強よりも友達作りを頑張った。
勉強がデキるやつはカッコ悪いんだと信じ、女の子にモテるためにちょいワルな男の子を目指した。
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ユウキとユウカの姉弟は、同じ漫画をいつも読んでいた。
主人公がなんでもデキるスーパーでハイパーな高校生で、成績は常に学年トップ、バスケ部のエースで生徒会長、やがて戦国時代にタイムスリップし、無双してあらゆる名将を配下につけて、やがて日本に彼のハーレムを築き上げる物語である。
ユウキが呟いた。
「いいなぁ……。憧れるなぁ……。僕も高校生になったらこんなふうになりたいなぁ」
ユウカが呟いた。
「いいなぁ……。憧れるなぁ……。私、大人になったらこんなスパダリと結婚するの」
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のぶおはエログロ満載の漫画を愛読していた。父の書斎で見つけたものだ。
小学生の彼は、血が飛び散り首が空を舞う描写に興奮し、おじさんが美少女を無理やり犯す場面に夢を描いた。
やがてアルバイトができる年齢になると、過激な描写のある漫画や映画、小説を自分で買い漁り、コレクションするようになった。
のぶおの購入するような作品は、後に有害作品扱いされ、次々と発売禁止になった。
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現在、太郎は工場勤務をしている。
開業医をしている彼の父の病院は、跡継ぎがなく潰れることだろう。
引っ込み思案の性格は子供の頃から変わらず、休日には趣味で集めた人形を鑑賞して一人で過ごしている。
彼は一人、人形を見つめながら、呟いた。
「勉強して、医者になってたら、もっと高価な人形もたくさん買えたかなぁ……。女性にもモテてたのかなぁ……」
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現在、ユウキはサラリーマンをやっている。
ふつうに働き、ふつうに生きながら、挫けそうになった時にはゲームの中で無双する。
子供の頃に読んだあの漫画の主人公のように、ゲームの中でだけはなれていた。ほんとうは自分がこの世で一番スーパーでハイパーな男でありたいと思いながら。
現在、ユウカは39歳で独身だ。
スパダリとしか結婚しないと決めていたので、理想が高くなりすぎて結婚できないのだった。
きっと死ぬまで独身だ。
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現在、のぶおは漫画家をやっている。
彼の描く純愛ラヴ・ストーリーは多くのファンから支持され、実写映画化もされた。
のぶおはインタビューで『心に残ったこの一冊』を聞かれ、今では有害図書として発売禁止になっているある漫画作品を挙げた。そして、語った。
「あの漫画は僕に大切なことを教えてくれました。主人公は一般市民を殺しまくり、美少女を強姦しまくるんですが、それを僕に疑似体験させ、それについてどう思うか? を僕に問いかけてきたんです。あの漫画は、僕に自分の頭で考えることを教えてくれたんです」