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unnew - アン・ニュウ - さまざまな愛のかたち

作者: 星賀勇一郎





 会社を辞めた。

 辞めた理由……。

 それは上司との不倫。

 それ自体に後悔はないし、それで失ったモノも無い。

 逆に不倫相手の海野次長からは慰謝料として三百万頂いた。

 それを断るなんて理由は私には無い。

 三年続いた不倫だったから、一年百万。

 一日にすると約二千七百四十円。

 時給にすると……。

 とにかく安いモノ。


 それで六年働いたデザイン会社を辞めて、先に辞めた先輩と、頭の切れる同級生と一緒に会社を立ち上げる事にした。

 もう男の下で働いて、こんな目に遭うのは沢山。


 女三人で立ち上げる会社。

 もちろん不安もあるけど、とりあえず面白おかしくやっていければいいかと思い、先輩の話に乗り、同級生のアイコを誘って共同出資する事にした。


 私の場合は海野次長からの慰謝料が無ければ到底出資なんて出来なかったけど、美奈代先輩とアイコは百万円ずつポンと出した。

 美奈代先輩の知り合いがやっているという不動産屋が格安の事務所を探してくれた。

 保険の代理店をやっていたというちょうど良い広さで家賃も安い。

 内装は私の幼馴染に任せて、休日に一日で済ませてくれた。


 そこにリサイクルショップで買った机と棚、会議用のテーブルを運び込む。


「始めは無理しなくていいのよ。何でも使えるモノ探してきて使おう」


 美奈代先輩は口癖の様にそう言いながら、リサイクルショップの軽トラで机を運んで来た。

 女でも三人集まれば、そんなに運び込むのに苦労する事も無い。


 私と美奈代先輩がデザイン会社を辞める事で、着いて来てくれるクライアントも数軒あって、紹介もしてくれると言っている。

 本当にありがたい話で、とりあえずは経費を稼ぐ事から始めようと三人で缶ビールを飲みながら昨夜も話をした。


 あらかじめ美奈代先輩がパソコンで描いたレイアウトで机と棚を並べた。

 ただホームセンターで買ってきた観葉植物の鉢が少し大きすぎて、毎朝入り口の外に出す事になったのは誤算だったかもしれない。






 事務所が出来るまではパソコンを触る事も無く、ジーパンとTシャツに軍手、首からタオルをかけ、タイルカーペットを敷いた床に座ってほか弁を食べる毎日。


 今日は美奈代先輩は朝から法務局に行ってくると言うので、事務所には私とアイコの二人だけだった。


 机もテーブルもあるけど、椅子がまだ無い。

 椅子だけは座っているとガタが来るので、新品を買おうという美奈代先輩の意見に私たちは二つ返事で賛成した。


「トイレなんだけどさ……」


 アイコが定番ののり弁を食べながら突然言い始める。


「私、どうしてもお尻洗いたい派なんだよね……」


 私はチキンカツ弁当を食べる手を止めた。


「あー、ウォシュレットね……」


 アイコは頷く。


「でもあれだけはどうしても中古品は嫌じゃない……」


 それは同意見。

 口に入れるモノや直接触れるモノに関してはやはり中古品は避けたい。


「それくらい良いんじゃない。美奈代先輩に言って買おうよ」


 なかなかイケるチキンカツを口に入れた。


 立ち上がり自分のマグカップに、午前中に届いたばかりのウォーターサーバから水を注ぐ。

 それを見てアイコも立ち上がった。


 午前中は中古の机や棚を重層を付けた雑巾で力を入れて磨く重労働をしていた。

 それですっかり疲れてしまった。


 今日は午後からやってくる電話会社と電気工事の会社。

 電気工事会社は私が名刺と会社案内を担当した会社で、その会社の専務が取り計らってくれた。


 弁当を食べ終えて、部屋の隅に置いていたゴミ袋にその弁当の空を突っ込み、給湯室に入る。

 給湯室は喫煙所になっていて、強で回す換気扇の下で二人で並んでタバコを吸った。


「シノさぁ……。何で別れたの……」


 タバコの煙を吐きながらアイコがいきなり核心を突いてきた。


「えっ……」


 タバコを吸う手を止めてアイコを見た。


「何だっけ、その不倫の上司……」


 私は短くなったタバコを灰皿で消した。


「もう限界だったんだよ。奥さんにもバレてたしね……」


 アイコもタバコを灰皿に押し付ける。

 いつもアイコのタバコはちゃんと消えずに燻っている。


「限界ね……。やっぱ奥さんの存在とか気になるんだね……」


 アイコは給湯室を出て行く。

 アイコの燻る吸い殻に蛇口から水を垂らして消した。


「そりゃねぇ。向こうは法律上も正妻だからさ、訴えようと思えば訴えれる訳だしね」


 アイコはさっきまで座っていた場所にまた座った。

 私も同じように座る。


「けどさ、不倫なんて言ってみればセフレみたいなモンじゃん。たまに会ってセックスしてそれで良ければ良いんじゃないの……」


 そうだけど、そうじゃないんだよ……。


 アイコにそう言おうとして止めた。

 不倫はした事無い人には理解できないのかもしれない。

 言われてみれば、ホテルで会ってセックスして別れる。

 それの繰り返しでアイコが言う様にセフレと何も変わりはしないのかもしれない。

 ただ、体の相性とかそれだけでセックスするセフレとは違い、不倫にはちゃんと愛情が存在する。


「相性は良かったんでしょ」


 アイコは口紅を塗りながら訊く。


「相性……」


「セックスの相性だよ……」


 私は少し考えた。


「悪くはなかったと思う」


 アイコは口紅をポーチに入れながら私を見た。


「セックスの相性が良い相手ってそんなにいないんだよ。あれだけはやってみないとわからないしさ、探すの大変だよ……」


 そんな事言われなくてもわかっている。

 わかっているけど、別れてしまったモノは仕方ない。


「割り切ってセフレとしてキープしとけば良かったのに……」


 割り切ってセフレ……。

 そんな選択肢は無かった。

 むしろセックスがどうのって言うよりも気持ちの整理の方が大変だった。


「まあ、また一緒に男探しから始めようか……」


 アイコは私の肩を叩いた。

 私はアイコを見て苦笑した。






 宅配便を受け取る。

 まとめて来てくれればいいのに、何故か宅配便も何人もやってくる。

 カウンター越しに何度もハンコを押して受取り、それを事務所に奥に積んだ。

 重いコピー用紙、デジカメ、デザイン用のソフト、ペンやノートなんかの文具の類がどんどん届く。

 美奈代先輩がネットで安く見つけた様だった。


 それに対応している間にアイコは棚にネームシールを印刷して貼り付けている。

 置く場所は決めて、そこに置きたいタイプ。

 しかし美奈代先輩は片付けが超苦手で、この先、アイコがブツブツ文句の言うのが目に浮かぶ様だった。


 表に軽トラが停まった。

 その運転席から美奈代先輩が降りてきた。


「ちょっと手伝ってー」


 と美奈代先輩の声が聞こえる。

 私とアイコは表に出て、軽トラの荷台に積まれた椅子を下ろし、事務所の中に入れた。

 私たちの座る椅子と会議テーブル用の椅子が四つ。


 美奈代先輩はホームセンターに軽トラを返しに行くと言ってすぐに出て行った。

 私とアイコは段ボールを開けて、椅子の組み立てを始める。

 日本製では無い椅子の説明書は怪しい日本語でいっぱいで、それを見つけると私とアイコは笑いながら組み立てた。


 もう電動ドライバーを使わせたらなかなかの腕前になった筈だ。


 三人の椅子は同じモノで、長時間座っても疲れにくいモノだと書いてあったが、会議用の椅子は簡単なモノで長時間の会議では絶対にお尻にダメージがある硬い木製の椅子だった。


「これはキツイな……」


 アイコはその木製の椅子に座って呟く。


「私、痔主なんだよね……」


 私は自分の机の前で椅子に座って、クルリと一周回ってみた。


 うん。

 悪くない……。


 そこに電気工事の人がやって来た。


「すみません。滝田しのりさんは……」


 その工事の人は入り口で私の名前を呼んだ。

 私は立ち上がって、カウンター越しに挨拶した。

 早速二人の男が事務所の中に入り、予め渡しておいたレイアウト図の上に赤ペンで書き込まれた場所にコンセントを設置してくれる。

 壁や机の下など、少し多めにコンセントを用意した。


 電気工事をしていると電話会社の人が二人でやって来た。

 その人たちも狭い事務所に入ると、電話機の設置や、電話線をカーペットの下に這わせ始める。


 流石に女三人が入る予定の事務所に、大の男が四人いると狭い。

 私とアイコは給湯室に入り、タバコを吸いながらその工事の様子を見ていた。


 そこに美奈代先輩が帰ってきた。


「何か、すごい狭っ苦しいね……」


 美奈代先輩も給湯室に来てタバコを吸い始める。

 女三人がタバコを吸う事務所で、いつまで給湯室でタバコを吸うのだろう。

 気が付くとデスクでタバコを吸っているなんて事になる日は近い気がした。


 工事はほぼ同時に終わり、一気に撤収した。

 その工事の後を掃除機で掃除した。

 掃除機は美奈代先輩のお古のダイソン。

 吸引力は変わらないが音はうるさい。


 掃除が終わるとそれぞれに自分の椅子に座ってみる。


 上座に美奈代先輩、その横に私、そしてその前にアイコが座る。

 一応社長は美奈代先輩という事になる。


「あ、そうだ……」


 美奈代先輩は思い出したかの様にバッグから名刺の入った箱を取り出して、私とアイコに渡した。


 株式会社ブラッシュデザイン、取締役、デザイナー、滝田しのり。

 これが私の肩書。

 美奈代先輩らしいシンプルでカッコいいデザインで出来上がっていた。

 部屋の隅に置いたFAX兼プリンターがけたたましい音を上げた。

 受診ランプが付いてFAXを受信した。

 一枚の紙が吐き出される。

 その紙には走り書きで書かれた「会社設立おめでとう」の文字があり、さっき電気工事をしてくれた会社の専務からだった。


 私たち三人はそのFAXを見ながら微笑んだ。


 何とか事務所らしく仕上がった部屋を見て、気分は高揚していった。





 早めに事務所を閉めて、三人で近くの居酒屋に入った。

 この数日の疲れからか、三人とも良く酔いが回っている気がした。


「美奈代さんは彼氏いるんですか……」


 酔ったアイコは美奈代先輩に訊いた。

 私は美奈代先輩に彼氏がいない事を知っているので、黙ってそれを聞いていた。


「あ、私、彼氏は作らない派なのよ……」


 半開きの虚ろな目でアイコは更に美奈代先輩に絡む。


「でも、ほら……。あの、アレ……したくなったりするじゃないですか……」


 私は酔っているアイコに苦笑した。


「アレって何よ、ウノとかジェンガとか……」


 そう言った私をアイコは睨む様に見た。


「アレはアレよ……」


 アイコはそう言って同意を求める様に美奈代先輩に頷く。


「ああ、セックスね……あるわよ……」


 美奈代先輩は何杯目かのハイボールを飲みながら言う。

 私は周囲を気にしながらきゅうりの浅漬けを口に入れた。


「そう。そのセックス……。したい時、どうするんですか……」


 アイコはやたらとセックスにこだわる。


 美奈代先輩は微笑んでアイコの耳元で囁くように何かを言った。

 アイコはそれを聞いて声を上げた。


「えー。やっぱりそうなんですか、私と同じだ」


 アイコは声を上げて笑い始めた。

 美奈代先輩がアイコに何を言ったのかわからなかったが、アイコも同じらしい。


「じゃあ、大変なのはシノだけだね……」


 アイコは完全に酔っていた。

 もう前後に体が揺れ始め、今にも寝そうな感じで、私はアイコが手に持っていたグラスを取り、倒さない様に遠くに置いた。

 その後、すぐにアイコはテーブルに伏せて寝てしまった。


「ここのところ、ずっと重労働だったからね……」


 美奈代先輩はハイボールのお代わりを大声で頼んでそう言った。


「そうですね……。アイコには色々とやってもらってますからね……」


 私はジョッキに残ったビールを飲み干して、冷めてしまったから揚げを食べる。


「もう大丈夫なの……海野さん」


 美奈代先輩は少し身を乗り出して小声で言った。

 その美奈代先輩の顔を見て微笑んだ。


「ええ、大丈夫ですよ……」


「でも、三年も付き合ってたんでしょ。そんな簡単じゃないんじゃないの……」


 私は小さく頷く。


「簡単じゃないですけど、そんな複雑でもないです。不倫だし、いつか終わるって事もずっと考えながら付き合ってましたから」


 美奈代先輩はハイボールのジョッキを受け取ると、また私の顔を見た。


「私はさ、不倫も立派な恋愛だと思うのよ。だって、同じように嫉妬したりドキドキしたり……。ただ、大人だけが出来る恋愛でさ、体の関係がずっと纏わりつくのよね。それだけで別れられないような人たちも沢山いるわ」


 そう言うとハイボールを飲んだ。


「私も以前、そうだったしね……」


 初耳だった。

 美奈代先輩が不倫してたなんて、聞いた事もなかった。

 そして仲間意識が生まれた気がした。


「ほら、若い頃ってさ、誰々の元彼だから付き合えないとかさ、少なからずそんな事もあったじゃない……。けど、大人になるとそれも薄らいで来てさ、奥さん抱いた次の日に抱かれても何とも思わなかったり……。大人になるって鈍感になるって事なのかもしれないわね……」


 海野次長と付き合っている時にそんな事を考えた事があった。


「セックスの価値も大人になると下がるしね……。もったいぶってやらないより、その時やってスッキリする方が楽だったりするし」


 美奈代先輩の言葉がよく理解できた。

 やるかやらないかなんて考えている間は子供で、そのやるって事の価値が無くなって行く。

 それを私も気付いていた。


「だってさ、女だって性欲あるもん。やりたい時だってあるわよ」


 美奈子先輩はそんな話を普通に話す。

 酔って話すアイコとは少し説得力が違ってた。


 美奈子先輩の話が途切れたところでジョッキを掲げて生ビールのお代わりを頼んだ。


「何年も前から男なんていらないって言ってるから、今じゃ立派なオナニストだわ」


 美奈代先輩のその言葉をビールのお代わりを持ってきた店員が聞いたようで、立ったまま固まってた。


 私はその店員の顔を見て笑った。

 そりゃそうだ。

 女だってオナニーくらいするわよ。


 店員は私に回りの凍ったジョッキを渡しながら微笑んだ。


「俺もオナニストです」


 そう言って戻って行く。

 それを聞いて私と美奈代先輩は声を上げて笑った。






 翌日、朝九時に事務所に行くと、もう美奈代先輩は中に居て、開業案内のハガキを会議テーブルに並べていた。


「おはようございます」


 美奈代先輩に挨拶して自分の机にバッグを置いた。


「開業案内のハガキですね……」


 それも美奈代先輩らしいシンプルでカッコいいデザインに仕上がっていた。


 そこにサンドイッチを食べながらアイコが入ってくる。


「おはようございます」


 私と美奈代先輩もアイコに挨拶した。

 アイコは会議テーブルの上のハガキに気付き身を乗り出した。


「やっぱりセンス良いですね……」


 美奈代先輩はアイコにセンスを褒められて嬉しそうに笑った。


「これも宣伝だからね。センス悪いハガキ送ってくるデザイン会社に仕事頼んだりしないもの……」


 それは正論。

 デザイン会社ってそれが命だからね……。


「二人にもらったリストの分は宛名も印刷してるけど、増えた分とか抜けがあったら言ってね。すぐに宛名印刷して送るから」


 美奈代先輩はテーブルの上のハガキを揃えると自分の机に戻った。

 そして、


「今日はパソコン買いに行くわよ。高性能パソコンの中古品揃えてる店があるのよ」


 そう言った。

 事務所の前に美奈代先輩の車が停まっているのはそれでだとわかった。


 デザインで遣うパソコンは高性能であればある程良い。

 デザインに限らずかもしれないけど、処理をする度にブラックアウトするようなパソコンは使えない。

 ただ、そんなパソコンを新品で揃えるとかなり高額になってしまうので、初めから議題に上がっていたのだけど、美奈代先輩はそれも見付けてきたみたい。


「午前中にドアに入れる社名を貼りに来るから、それが終わったら三人で行きましょう」


 美奈代先輩は椅子に座ってコーヒーを飲み始めた。


 アイコも鼻歌を歌いながらコーヒーをサーバから注いで、私の分も用意してくれた。


「あ、そうだ美奈代さん」


 アイコは美奈代先輩の机の前に立った。


「トイレのお尻洗うやつ……買って下さい」


 美奈代先輩は真剣に言うアイコの顔を見て笑った。


「ウォシュレットね。良いけどあれだけは中古品は嫌よ……」


 美奈代先輩も同じことを言う。

 私とアイコは顔を見合わせて笑った。


 三人で話した結果、パソコンを買いに行った帰りに近くの家電量販店に寄る事にした。


 しばらくすると入り口のガラスのドアにカッティングシートで作った社名を貼りに業者がやって来た。

 美奈代先輩のデザインをそのままカッティングシートで切り抜き、センス良く仕上げてくれていた。

 作業は十分もかからずに終わり帰って行った。


 事務所の鍵を閉めて、美奈代先輩の車に乗り込んだ。

 買い物は殆ど美奈代先輩に任せていたので、何かを買いに出るのは初めてかもしれない。


 車は高速に乗って東に走る。

 平日の昼間だけど、結構高速は混んでいて、思ったより時間は掛かりそうだった。


「美奈代さんはウォシュレットでオナニーしますか」


 アイコが突然言い出す。


 酔ってもいないのに何を訊くかと思ったら……。

 私は少し慌てた。


「もちろんするわよ」


 美奈代先輩も普通の会話の様に答える。


「でも事務所ではほどほどにしてね」


 ってこれはもはや普通の会話じゃない……。


「あ、私は休日専門なんで……」


 アイコはそう言うと舌を出して笑った。


「あら、私もよ」


 美奈代先輩は後部座席に座る私とアイコにルームミラー越しに微笑む。


 そこまでオープンにされちゃ……。


 呆れて窓の外を見た。

 渋滞する車の流れを見ていると、最近は女性の運転する車の方が多くなった気がした。


「私も車欲しいなぁ……」


 小さな声で呟くと、


「あ、良い車屋知ってるから紹介しようか」


 と美奈代先輩が言う。


「オークションで良いの探してくれるわよ」


 中古車でももちろん構わないのだけど、美奈代先輩の中古にこだわる執念のようなモノには敬服する。

 是非お願いしますと頼み、どんな車にするかを考えていた。


 渋滞を抜けて、私たちはほぼ予定通りに中古のパソコンショップに着いた。


 パソコンショップに入ると数人の店員が「いらっしゃいませ」と声を上げる。

 妙なマニュアルで働いている店だと思った。

 居酒屋じゃあるまいし……。


 アイコが一人の店員を見て声を漏らした。


「あ……」


 店員の方もアイコを見て声を出す。


「あ……」


「知り合いかしらね……」


 そう言う美奈代先輩と一緒にアイコを置いてパソコンが積まれている棚を見て回った。


「すごい量ですね……」


 その棚からいいパソコンを探し出すのが不安になった。


「県下で一番の品揃えらしいわよ……」


 美奈代先輩は色々とパソコンを見ながら言う。

 その量に納得して、棚を見て行く。


 そこにアイコがやって来た。


「ごめんごめん……」


「自分の使うパソコンは自分で見付ける事にしましょう」


 美奈代先輩はそう言うと隣の列に移って行った。


「こんな数の中から探し出すって大変よね……」


 アイコは溜息を吐く。


「スペック伝えて店員に見付けてもらう方が良いんじゃない」


 私も同意見。


「さっきの店員さん。知り合い……」


 私はアイコに訊いた。


「うん。元カレ……」


 それをサラッと言うアイコを二度見した。


「そうか。じゃあ頼み難いか……」


 そう言う私をアイコは冷静な目つきで見て、


「何で……。別にいいわよ……」


 と言った。

 そして通りかかったアイコの元カレを呼び止めた。


「このスペックに近いモノ。探せる……」


 流石は店員で、すぐに欲しいスペックのパソコンが見つかった。

 アイコの元カレは台車を持ってきて、そのパソコンを積み込んだ。


 モニターやマウス、キーボードなどは消耗品だから新品を買うと美奈代先輩は言う。


 すぐ傍に少しスペック的には落ちるが、新品で値段も変わらないパソコンが積んであるのが見えた。


「これは新品ですか……」


 私はアイコの元カレに訊いた。


「ええ、今朝入ったばかりでなかなかお買い得ですよ……」


 そのパソコンをじっと見た。


「このスペックなら新品でもいいかもしれないですね……」


 そう言った。


「良いのよ……。中古品で……」


 美奈代先輩は笑って言った。


 中古品にこだわる美奈代先輩が不思議に思えた。


 何故こんなに中古品にこだわるんだろう……。


「だって、私もあなたも海野次長の中古だし、アイコちゃんだって、この彼の中古なんだもの……」


 私は美奈代先輩を呆然と見ているしかなかった。


「中古女には中古品がお似合いなのよ」


 美奈代先輩はそう言って微笑んだ。








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