ラル派閥
奇跡のメロキと呼ばれるようになってから、1ヶ月が経過していた。
巡洋艦トールのクロノの自室では、クロノの祖父の共和国軍最高司令長官のサマール・メロキ元帥とクロノが通信で会話をしていた。
「クロノよ・・・准将まで、階級が上がったのだからもう満足だろ。退役してから結婚をして幸せになりなさい」
「おじい様!共和国は、まだ平和になっていません!私が、軍人になったのは共和国の人々を救いたいという気持ちからですわぁ!」
サマールは、純粋なクロノの思いを聞いて心が揺らいだ。
クロノの思いに嘘はない、クロノは必要最低限の犠牲で共和国軍のトップになって、共和国議員も裁判官達も反乱軍をも操って、必要最低限の犠牲しかない世界を作りたいと思っている。
世界を維持する為には、どうしても犠牲がでるが、今の共和国のやり方では、多くの民衆が苦しい生活になっている。
「クロノよ。まだ、将官になって1ヶ月しか経ってないから分からないだろうが、将官とは、派閥争いや出世争いばかりでっ・・・とにかく、クロノには過酷過ぎる」
共和国軍の派閥争いや出世争いは、戦死に見せかけた殺人もあったりする。その争いに巻き込まれて、多くの士官や下士官・兵士が犠牲になったりしている。
サマール自身も元帥になるまでに、10人の将官を事故や戦死に見せかけて殺している。殺してなくても、犯行を黙認することは多くあった。
初めての殺人は、准将だった頃に敵対しているリーン派閥とのトラブルが起きて、サマールの命が狙われた。
要塞内でのレーザーガンの暴発で、事故に見せかけて殺害されるはずだったが、サマールの妻が衣類を届けに来ていた時に起ったので、結果的に妻がサマールを庇って撃たれて亡くなった。
その事件の首謀者の将官を、戦死に見せかけて殺害している。
サマールは、妻を失っているので、孫娘のクロノは失いたくないと心の中で思っている。
「共和国軍は、反乱軍と戦わずに内輪揉めばかりしている現状は知っています!」
「お前は、純粋すぎる。それにっ・・・っ」
サマールは、お前の事が大切だ、という言葉を言えなかった。その言葉を妻に伝えた瞬間に、妻を失っている。
「いや・・・何でもない」
「おじい様、大丈夫ですか?休暇を取られた方が良いのでは?」
心労の原因の一つである、クロノが言ったので、サマールはため息をした。
「話は変わるが、コウサ少佐の事だが・・・昼休憩を一緒に過ごす事が多いそうだな!」
「はい!その通りですわ。それが、何か?」
「距離を、置きなさい」
サマールは、ハルマを英雄にして戦死させる計画を、クロノは、知らないと思っている。
もしも、クロノとハルマが恋人にでもなったら、サマールは、孫娘の恋人を殺す事になると思っている。
「おじい様!用事を思い出したので、失礼します!」
通信が切られたのを確認してから、サマールは、ため息をついた。
ハルマは、第35艦隊・第2分艦隊の司令官に任命された。
第2艦隊の旗艦は、空母ストライクであった。
空母が旗艦なのは、上層部が奇抜な方が印象的に残りやすいと考えて決定をした。
第35艦隊の司令部のある、超大型戦艦ビッグカンの幹部食堂で、昼食を食べながらハルマとクロノが会話をしている。
超大型戦艦は、数隻の戦艦を収容できるだけのスペースがあるので、艦隊の司令部になりやすい。
超大型戦艦は、共和国軍の力を見せつける為に製造された艦である。
戦場では、敵の標的になりやすいので、反乱軍が頻繁に表れる宙域には、配置はされない。
製造コストが高くて、一部の軍人や民衆からは、税金の無駄だと思われている。
「少佐で分艦隊の司令官か・・・何か、出世し過ぎて怖いですよ」
「コウサ少佐。これは、軍の人事の決定ですよ。自信を持って下さい」
周りの幹部達は、一緒に昼飯を食べる事が多いので、ハルマとクロノは婚約をしているのでないか等の噂が広まっていた。
クロノには、結婚願望が無いので、噂が広まって、お見合いの話が少なくなったので喜んでいる。
「楽しい会話をしている所、申し訳ありませんが失礼しますね」
ハルマとクロノが、食事をしているテーブルに、背が低くて、黒髪の男が話しかけてきた。
「カーサ中将、ご無沙汰しております!」
幹部食堂の中なので、二人は、敬礼はせずに軽く会釈をする。
休憩室や食堂等の一部の場所では、軍人の精神的な緊張をなくす目的で、敬礼を省略する事ができるようになっている。
「久しぶりだね〜今は、奇跡のメロキと呼んだ方が良いかな〜?」
「メロキ准将で、大丈夫です」
トリノ・カーサ中将の年齢は49歳で、氷のカーサの二つ名を持っている。
過去の戦闘で反乱軍の兵士達を、氷で作った武器で殺害した際に付いた二つ名である。
カーサ中将は、席に座ってから5分程、日常会話をしてから本題に入った。
「3日後に、私が所属しているラル派閥の通信での会議があるのだが、メロキ准将も参加しないかな?」
これは、派閥の勧誘であり、人目に付く場所でやっているのは、敵対するリーン派閥への牽制である。
共和国軍には2つの派閥があり、殆どの将官はどちらかの派閥に属している。属していない将官も数人いる、第1艦隊の司令官の軍神のゼファールの二つ名を持つラグナ・ゼファール大将と、同じく第1艦隊の参謀の智将のラザーの二つ名を持つミンサー・ラザー中将の2人が有名である。
ラル派閥の代表はサマールで、もう一つの派閥に入るとクロノを見殺しにするこ事もあるかもしれないと考えて、自分の派閥に勧誘する事にした。
クロノは、少しだけ考えた後にハルマに話しかけた。
「コウサ少佐、この勧誘を受けた方が良いと思いますか?」
「えっ!?」
ハルマは、相談されるとは思ってもいなかったので驚いた。
「ほぉ~。大事な事を相談する仲とは・・・メロキ准将は、コウサ少佐と恋人同士かな?」
「ご想像に、お任せします」
クロノが、笑顔で言ったので、ハルマはかなり混乱をした。
ハルマは、英雄の孫だと勝手に期待されたり、距離を置かれたりするので、深い人付き合いをする人はあまりいなかったので、クロノが仲良くしてくれたのが嬉しかった。
「あの!?メロキ准将!?誤解されますよ!?」
ハルマが、かなり動揺をしたのを見てカーサ中将は、友達以上恋人未満という関係なのだと思った。
「友達以上恋人未満というやつですかな?はっはっ!最近の恋愛事情は、分からないな〜」
クロノは、焦っているハルマを可愛いと思った。
「まぁ、恋愛事情は置いといて、コウサ少佐は、メロキ准将の派閥の件をどう思うかな?」
「はい!?ラル派閥は、メロキ准将の祖父である、サマール・メロキ元帥が代表だと聞いていますので、安心だと思います・・・個人的な意見ですが・・・」
クロノは、ハルマが嘘を言っていないと感じた。
「コウサ少佐、ありがとうございます・・・私は、ラル派閥の通信会議に参加させて頂きます。カーサ中将、宜しくお願い致します」
カーサ中将は笑顔で、挨拶をしてから食堂を出て行った。
ハルマは、クロノの派閥を決めるのを、自分の意見で決めてよかったのかと少し考えたが、クロノが嬉しそうなので何も言えなかった。
3日後に、ラル派閥の会議が通信を使って始まった。
会議の参加者は90人で、殆どの者が艦隊の通信室を使って、盗聴防止の処置をしてから参加している。
逃げのスナキ・赤い薔薇のナード・先読みのアソークも、ラル派閥に属している。
「今日は、派閥に新しいメンバーが加わった。皆も知っていると思うが、私の孫娘のクロノ・メロキ准将だ」
クロノは、敬礼をしてから話し始めた。
「皆様、クロノ・メロキ准将です。ご指導ご鞭撻のほどを宜しくお願い致します」
ラル派閥に属している者は、普段でも交流があるので、クロノの事を昔から知っている者もいる。
「クロノちゃんも、准将か・・・はやいねぇ〜」
「こらこら、クロノちゃんはダメだろ〜ちゃんと、メロキ准将と呼ばないとな〜」
「噂では、コウサ少佐と仲が良いらしいね!英雄とのラブロマンスもあり得るかもな」
ラル派閥のメンバーでも、ハルマを英雄にしてから、わざと戦死をさせる計画を知っている者は少なかった。
少しだけ世間話をした後に、サマールが中心になって本格的な会議が始まった。
「では、本題に入ろう。サーカ中将、説明を頼む」
「畏まりました。2週間前の会議で、議題になったリーン派閥のコン・パル少将が不審な動きがある件での調査の結果を報告する」
共和国軍の2つ派閥には、それぞれ特色がある。ラル派は、現体制を維持したいと考えている保守派で、リーン派閥は、共和国議員から賄賂を受け取って動く事が多くある議員寄りの派閥である。
サマールは、共和国議員の発言力が強まれば、共和国が終ってしまうと思い恐れている。
ラル派閥とリーン派閥とは、仲が悪いので将官同士の言い争いや、暗殺事件が起きる事が多い。
「パル少将は、最新の超大型戦艦のデータと共和国軍の戦艦のメンテナンス予定のデータを、反乱軍の将官に賄賂を貰ってデータを流していた」
ラル派閥の全員が、ため息をついてから文句を言た。
「メンテナンスの予定を知られると、手薄な艦隊がバレてしまうな」
「まっくだ!」
「リーン派閥は、まとまりが無いな〜。しかし、超大型戦艦のデータか?何で欲しがったのか・・・少し気になりますな~」
こういった問題は、年に数回は起きている。
共和国の民衆が問題を知ると、デモが起きる可能性もある。
サーカ中将は、皆が静かになったのを確認してから話を始めた。
「パル少将については、イワーノ・タング少将が対応しているので、報告を頼む」
「イワーノ・タング少将です。ご報告をします」
タング少将の年齢は41歳で、筋肉質で無表情で何を考えているのか分かりにくい男性だった。
「パル少将は、最新の超大型戦艦のデータとメンテナンス予定のデータを、自室のパソコンから反乱軍の戦艦に送信した事が確認出来た」
タング少将が、右手に持っていた小型の電子機器を操作したら、会議に参加している全員に見えるように、モニターが映し出された。
「これが、証拠の操作履歴です。反乱軍がこのデータを使って何をするかまでは、知らないと言っていました。パル少将は、先日の演習中に事故にあって死亡した事になっています。データを送信した履歴は、全て消去しています。報告を終わります」
通信会議に、参加している者達はざわついた。
「タング少将は、優秀だな〜」
「的確な判断と実行力を持った男だな!」
殆どの者が称賛をしたが、一部の者達は、次の共和国軍最高司令長官の地位が、取られるのではないかと警戒をした。
それから、連絡事項や冗談を交えながらの会議が終わったので、クロノは通信を終えてから、巡洋艦・トールの自室に戻った。
クロノは、タング少将の事は噂で知っていたが、直接話した事はなかった。
タング少将は、滅多に個人的な飲み会等には、顔を出さないので接点がない。
(タング少将を、部下に出来ないかしら・・・)
クロノは必要最低限の犠牲で、共和国を手に入れたかった。
クロノは、タング少将の戦歴を確認にした。
「かなり優秀ね・・・けど活躍が地味で、階級は少将か・・・」
クロノは、もっと活躍をアピールすれば、大将の階級くらいにはなっているだろうと思った。
「タング少将は、出世に興味がないとか?」
クロノは、出世に興味がない人間なら部下にするのは安全だと考えている。
野心がある人間は、出世する機会があれば裏切る可能性が高くなる。
「後は、人間関係ね・・・部下にするなら、部下同士の相性も重要になってくるから・・・他の、部下候補との折り合いも考えないと」
クロノは、野心家だと思われると敵を作るので、情報収集も最低限度しか行っていない。
クロノが、共和国軍最高司令長官の孫娘だという理由でスムーズに出世できたのは、敵も見方も作らなかったからである。
「そろそろ・・・本格的に動き始めるか・・・」
クロノは、共和国軍最高司令長官の地位を手に入れる為に、全力で動き出すタイミングを考えていた。
高評価・ブックマークの登録・最後まで読んで頂きありがとうございます!