マツリ•キリーク中尉の過去
クロノが奇跡のメロキと呼ばれるようになった、反乱軍の輸送船による襲撃事件から3週間が経った。
第35艦隊・第1分艦隊は、帰還して通常業務に戻っていた。
クロノは、輸送船襲撃の際の的確な判断が評価されて准将に昇進した。
ハルマ・コウサは、空母ストライクの艦長としての働きを評価されて少佐に昇進した。もちろん、ハルマを無謀な作戦に参加させてから、戦死させた時に階級が上の方が宣伝効果が上がるからである。
マツリ•キリーク中尉は、空母ストライクの自室で、共和国軍最高司令長官のサマール・メロキ元帥から与えられた、極秘任務の報告をしていた。
通信は、特別なネットワークを使っているので感知はされない。
「メロキ准将は、昼休憩をコウサ少佐と過ごす事が多いです。休暇の時に、コウサ少佐の実家に行って、コウサ少佐のお母様と仲良くなって、直筆でやり取りをしています」
「そうか・・・キリーク中尉は、クロノとコウサ少佐の関係をどう見る?」
マツリは、少しだけ考えた後に答えた。
「友達以上恋人未満のような関係・・・だと思います。コウサ少佐との会話が、楽しいと言っていましたが、恋人同士になったら報告をしてくれると思うので・・・」
「そうか・・・分かった。クロノは、准将になってから、何か変わった事はないか?将官というのは、足の引っ張り合いや派閥の勧誘等の色々と面倒な事に巻き込まれる事が多いからな」
「昨日、勤務が終わった後に、少しだけ話しましたが・・・何かに困っている様子はありませんでした。私に、心配をかけないように配慮してくれたのかもしれませんが・・・」
「分かった。次は、3ヶ月後に報告をしてくれ」
「了解しました!」
通信が終わったので、マツリは、緊張が解けた。
マツリは、部屋に飾っているクロノとツーショットで写してある写真を見た。
「クロノちゃん・・・ごめんね」
マツリ•キリークは士官学校の1年生の時に、クロノと出会った。
クロノとは、クラスは一緒だったが、クロノは元帥の孫娘だったので周りにはいつも人集りが出来ていた。
一般の民衆の家庭であるマツリとは、接点は殆ど無かった。
マツリは母子家庭で、母親のナータル・キリークは、パスタ屋を個人で経営していた。
マツリが、士官学校に入校したのは、学費が無料で母親に負担をかけたくなかったからと、広報官に頑張り次第で高収入になれるという勧誘を受けたからである。
士官学校では、学費は無料だが、制服代と講義に使う教材のデータと修学旅行にはかなりの料金が必要となる。修学旅行は、経済状況から行けない士官候補生も多い。
マツリは同じクラスの、一般の民衆の家庭のキリエ・ハーツと仲良くなった。2人は、親が店を経営しているという共通点があった。昼休みは、学生食堂のテラスで過ごす事が多かった。
「マツリの家は、パスタ屋さんなんだ。あたしの家は、パン屋をやってるんだ」
「キリエちゃんの家は、パン屋なんだ!」
「あたしのお父さんが作る、サンドイッチ・バレは、バーシン星のテレビ局で去年紹介されて有名になったんだ」
「えっ!あの!サクサクした食感が良いって有名な、サンドイッチ・バレ!?凄いね・・・あの噂話は本当なの・・・トップアイドルのラキュー・スミレちゃんが時々買いに来るって本当?」
キリエは、小声でマツリに話しかける。
「あの話は、嘘ではないけどね」
「えっ?」
「アイドルとしてデビューする直前まで、結構頻繁に買いに来てたの・・・それと、ここから先の話は内緒だよ!」
「うん」
マツリは、キリエと秘密を共有する間柄に、なった事が嬉しかった。
「ラキューちゃんの実家は、あたしの実家のパン屋の隣なの」
「そうなの!」
マツリとキリエは、テラスの隅っこで、ラキューの話で盛り上がった。
マツリは、楽しい士官学校の生活を送っていたが、入校から半年が過ぎた頃に事件が起きた。
マツリは、母親が倒れて病院に搬送されたと連絡を受けたので、士官学校に許可をもらってから病院に向かった。
「お母さんが、マイクロ・ガン!?嘘ですよね!先生・・・嘘って言って下さい!!」
医者は、暗い表情で答えた。
「検査の結果は、マイクロ・ガンになって1ヶ月だと分かりました・・・まぁ、体調にもよりますが、5ヶ月前後で亡くなる可能性が高いです」
マツリは、言葉が出なかった。医療技術が進んでも簡単には治せない病気は、複数存在する。その中で、一番治療費が高額だと言われているのが、マイクロ・ガンである。
マイクロ・ガンでは、癌細胞がある臓器を摘出して、マイクロ・ガンに対応した人工臓器を移植しないといけないので高額になるのと、発症から半年で命を落とすと言われている。
絶望の表情で、士官学校の学生寮に帰ってきたマツリは、部屋に帰らずに誰も居ない寮の食堂に居た。
「2億ガル・・・なんて大金何処にあるのよ!共和国は、税金を取りすぎなのよ!反乱軍が略奪する?それに対応する為の予算!ふざけ・・・うっ!」
マツリは、自分が士官学校の士官候補生だと思い出して涙がこぼれた。
数分ほど泣いたあとに、マツリは遠くを眺めながら呟いた。
「お母さんの・・・パスタ・・・食べたいな・・・」
「キリーク士官候補生・・・何かあったのですか?」
マツリが、声が聞こえた方向を見ると、クロノが心配そうな表情で見ていた。
「何も・・・ありません・・・メロキ士官候補生」
「いつも、学生食堂のテラスで楽しそうにハーツ士官候補生と、お話をしているのに・・・」
マツリは、自分の事を見ていてくれた事に驚いた。そして、気が付いたらクロノに抱き着いて泣いていた。
2分程して、落ち着いてら母親のマイクロ・ガンの事を話した。
クロノは、士官学校に外出届けを出して、タクシーを呼んでから、マツリを祖父のサマールの屋敷に連れて行った。
クロノとマツリは、サマールの部屋に入る。
「クロノよ、何があった?」
「おじい様。私の友人のお話を聞いて頂きたいのです」
サマールは、マツリの方を見ると、深刻そうな表情をした。
「良いだろう。クロノは、部屋を出ていなさい」
クロノは、お辞儀をしてから部屋を出ていった。
「何か困っているようだね?」
マツリは、緊張していたが、話さなければ母親の命が無いと思った。
「母が・・・マイクロ・ガンになって・・・治療には、2億ガルが必要なんです。私も母も、2億なんて大金は持っていません・・・病院は、ローンは認めていません。自己破産で逃げられ可能性があるとかで・・・」
マツリは、土下座をした。
「時間は、かなりかかりますが、必ずお返し致しますので、二億ガルを貸して下さい・・・お願い致します」
「立ち上がりなさい。お金は、返さなくていい。代わりに、やってもらいたい事がある」
ドラマや映画だったら、暗殺や重要な書類を敵から奪ったりするだろうが、マツリには、どんな頼みなのか想像も出来なかった。
「はい!どんな事でも、全力で頑張ります」
「クロノの様子を、私にこっそりと報告して欲しい。怪しまれないように、深くは探らなくていい」
「えっ?」
マツリには、拒否という考えは浮かばなかった。
「分かりました」
サマールは、バーシン星・第1総合病院に電話をして、2億ガルを病院の口座に送金して、ナータル・キリークの治療が開始された。
1週間後に、ナータルは退院した。マツリは、母親を抱きしめて喜びを分かち合った。
マツリは母親に、治療費は軍の特別枠を得るとこが出来たと嘘を伝えた。特別枠の事は、公表しない決まりになっているので、周りには話さないようにと強く言った。
マツリは母親を救う為に、母親にも恩人も話せない秘密を抱えた。
補足ですが、共和国の通貨の単位はガルになります。1円=1ガルの価値になります。
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