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9/9

エピローグ

次に目が覚めた時、私は今度こそ自分の部屋のベッドの上にいた。

推しも筋肉もいない、普段と変わらない日常。

そんな久しぶりの平穏にぼんやり抱かれていると、息を切らしたお母さんが部屋に入ってきた。

なんでも、私を家まで送った濱を探して近所を走り回ったけど、結局見つけられなかったとのこと。

「ほんと残念……。じゃあ私、晩ご飯の用意に戻るから。……はぁ」

「う、うん。分かったけど、濱に会えなかったくらいでそんなに落ち込む?」

哀愁すら漂う背中を見送ると、私は再び一人に。

このやり取りで分かったけど、私が『悪ワタ』の世界に行っていた間、現実世界の時計は進んでいなかったようだ。

向こうで何日も過ごし、さらには時間を行ったり来たりしていた分、強めの時差ぼけがやってきたみたいで頭が少し痛い。

「しかも明日は普通に学校かあ。なんか最終回を見た後の儚さを感じる……」

三ヶ月おきに必ずこの感情に襲われているので、慣れ自体あるにはある。

だけど、今回のはやはりアニメで感じるものとは少し違う。

私が見て聞いて話して体験したのは、フィクションではなく、紛れもないリアルだったのだから。

「……よし! 暗いのは終わりにして、小説書こう!」

こっちの世界の時計だと数分前になるのだろうか。それまで私は自分が表現するものだけでなく、自分という存在自体に自信を失っていた。

だけど今なら前よりも良いものを書ける気がする。

向こうの世界で代えがたい経験を多く積んできた今なら。そして、五十嵐の『最推し』になれた私なら。

「じゃあ早速執筆に――」

パソコンが置かれた机に向かおうとベッドから腰を上げた瞬間、枕の横に置いておいたスマホがピコンと光った。

それを何気なく手に取ってロックを解除すると……。


大島市西区甲午町で声かけ。

四月十五日夕方、帰宅途中の十代男性に対して声をかけた。

「君が○○(個人名)? ちょっと家に来ませんか?」

実行者の特徴・四十代から五十代の女性。白色服装。


そんな文字列が目に飛び込んできた。

「……お、お母さん⁉ お母さああぁぁん‼」

執筆再開は、もう少し先になりそう。



「うぇーい濱! 今日も元気にやっていこう!」

「……えぇ。どうしたの部長? 昨日の今日でそれはちょっと怖いよ」

陽気に部室に入った私を迎えたのは、濱による辛辣な評価と引き気味の苦笑い。

私としては、久しぶりの部活+自信復活ということで高めのテンションも当然なのだけど、確かに濱からしたら違法性すら感じてしまう豹変だったかもしれない。

「べ、別に怖がる必要なんてないから。普通に元気になっただけ! 変な想像はするなよ!」

「それなら、まあ良かったよ。昨日の部長より、今日の部長の方がやっぱり部長らしいし」

濱はそう言うと、慣れや計算とは縁遠い、下手くそな笑みを向けてきた。

……こいつにも、言うべきことは言っておかないと。

「部長部長うるさいっての。……で、でも昨日はありがと」

「ん? 何が?」

「何がって、その……。昨日はわざわざ遠回りして家まで送ってくれたし、その間もずっと私を励ましてくれてたから……」

「あー、なんだそんなことか」

濱の正面に座ると、ちょうどそこで目が合った。

「俺はたった一人の平部員だからね。部長を支えることも仕事のうちだよ」

「……ふっ。かっこつけんな」

「あれっ、返事間違えちゃった?」

いつか私も『部長ですから』とか似たようなことを言った気がするけど、客観視するとこんなにもくさかったとは。

結果的に二人で笑い合って和んだとはいえ、今度からちょっと気をつけないと……。

「はいはい、じゃあ部活始めるぞ。今の私はモチベーションの塊だから、濱も負けずについてこいよ」

「なんか運動部みたいな勢いだね。ほんとに昨日何が……。あっ、あれか!」

「おぉ。ど、どうした急に……?」

「いや、部長が元気になった理由ってあれでしょ? 昨日『悪ワタ』の更新があったからでしょ?」

「おっ! 濱も知ってるんだ! まあ理由は当たらずとも遠からずって感じだけど……。昨日更新のやつ濱も読んだの?」

「うん、この前は割と辛口なこと言ったけど、一応読み進めてたら結構面白くなってきたよ。……あっでも、昨日の二回目に更新されたぶんはまだ読めてないや」

「そっかあ。それは薦めた私としても……。ん? 二回目?」

濱が私と同じ沼にはまりつつあることを聞いて顔をほころばせていたのもつかの間。聞き捨てならない言葉が耳に飛び込み、私の意識は全てそっちに持っていかれる。

「ちょっと待って! 昨日二回も更新があったの⁉ 私そんなの知らないんだけど!」

「『悪ワタ』のことで部長が知らないなんて珍しいね。昨日の夜九時ぐらいだったかな? それくらいの時間に読んでたら、ちょうど新着の通知がきたよ」

「あぁ、それくらいの時間は警察署に行っててバタバタしてたからな……。見逃してた」

「け、警察署⁉ えっ部長、昨日の夜に何が――」

「こうしちゃいられない! 新作の執筆は後回しで更新分を読もう!」

ごちゃごちゃ騒ぎ出した濱はいったん無視し、今日もしっかり持参しているタブレットから『悪ワタ』のページへと飛ぶ。

「ほんとだ。昨日の二十一時七分に更新されてる……。あれっ? でも本編じゃなくて、作者あとがきか。ちぇっ」

以前の私なら絶対にしないであろう反応。

 というのも、作者の本性を知ってしまった今では、大神少年ことエリッキの個人的な話に対する興味はだいぶ薄れてしまっている。

 前まではイケメンで脳内再生されていた顔があの強面フェイスに強制上書き。ユーモラスに感じていたあの癖しかないあとがきの文章も、アレが書いているのかと思うと、途端にイラついてくるのだから不思議なものだ。

 ただ、エリッキの我が出ない作品のファンであることには変わらないわけで。

本編のこぼれ話が書かれている可能性もある以上、ファンとしてはこれをスルーするわけにはいかない。

私はワクワク半分、嫌なドキドキ半分といった心持ちで、画面をタップした。


――あとがき

 みなさんどうも、作者の大神少年です。今回も最後までお付き合いいただきありがとうございます。

新たな展開に入った新章はいかかでしたか……といきたいところですが!

ここでちょっと近況報告いいですか? いいですよね? (やるならさっさとやれ)

実は最近私、初めて作品を応援してくれている人と会う機会がありまして。

その方は私を見るなり感極まって涙を流し、サインをしてあげると『家宝にする』と言いいながら飛び跳ねて喜んでくれたんですよ。

いやあ、本当に生の声ってのは良いですね。

しかも、『こんなにかっこいい人だったなんて』とかも言われちゃって……。

ん? 嘘じゃないですよ。嘘じゃなくて、最初から最後まで盛っただけ。(おいおい)

まあ、冗談はこれくらいにして。

私はその方からモチベーションはもちろんのこと、今後の作品に関するインスピレーションも多くいただきました。

この場をお借りしてお礼を言わせてください。ありがとうございました。

……さてさて。

らしくない真面目なことをつらつら書かせていただきましたが、ここで緊急ニュース!

なんと大神少年、引っ越します!

最近は執筆に行き詰まることが多く、何千何万年と同じ環境っていうのもどうかと思っていたところ、良いきっかけがありましたので決心しました。(敬礼)

これからは新たな環境で〝良い刺激〟を受けながら、快調に筆を進められそうですのでご期待ください。

それでは、次の更新でお会いしましょう。


「……引っ越し? そんなこと言ってたっけ?」

「ねえ部長! 昨日は警察署で何してたの⁉ そんな気になること言うだけ言って放置はひどいって!」

本格的にうるさくなってきた濱の声が、狭い部室の中で響く。

すると、そんな騒音を切り裂くように、メンテナンスの行き届いていない古い引き戸が、ガタガタと音を立てながら勢いよく開かれた。

「はーい! どうもこんにちは!」

そして何やら聞き覚えがある声まで聞こえてきて……。

「ありとあらゆる矛盾や不都合をゴリ押してこの部活の顧問になったエリッキでーす! 二人ともよろしくね!」

あっけにとられる私たちを前に、『新たな環境』に殴り込んできた神様は高らかに笑った。

「見た目のインパクトすごっ……。ねえ、部長? 新しい顧問とか、そんな話聞いてた?」

「……聞いてない。だからこれは返品しよう」


私が静かに執筆に取り組めるのは、一体いつの話になるのだろうか。


最初から最後までお付き合いいただいた方はもちろん、一度でも一行でもこの作品を読んでくれた全ての方にお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。本作は一度ここで完結となりますが、次回以降の作品の参考にさせていただくので、よろしければ評価の方もよろしくお願いします。最後になりますが、本当に、本当にありがとうございました! それではまた次の機会に!

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