第6章 ネタバレって時々予想外のところからくるよね
私事の方が忙しくなり、予定通りの更新ができず、大変申し訳ございませんでした。
投稿再開の目処がたったため、更新を再開させていただきます。
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前回と違って『カウンセリング三時間コース!』などと教室で叫んでしまったせいか、三十分のカウンセリング延長を食らってしまったが、その後の流れに大きな変化はなかった。
それもそのはず。だって私が〝意図的に〟前回の流れに沿って行動をしたのだから。
カウンセリングを睡眠不足の一点張りで突破した後は、人気の無い校舎裏に行ったり、昼休みが終わる直前に私を見つけてくれたキャサリーンと健くんに二重人格の言い訳をしてみたり。
まあ、さすがにビンタの懇願は省略したけど。
そうやって前回の流れを踏襲したのは、二人とかなり良好な関係を築けた実績のあるルートを崩したくなかったからなのだけど、ここに来て一つの分岐点がやって来た。
「――はい、今日の授業はここまで。古文は来週の水曜に試験だから、ちゃんと勉強しておけよ」
授業の終了を告げ、気だるげに教室から出て行く先生。
そして私の机の上にあるのはエリッキからの手紙……ではなく、シンプルな古文単語のまとめプリントだ。
つまり、メモがびっしり書かれている(ように見える)プリントをきっかけに会話が進んだ前回のルートは進めない。
ここからは自分自身の力で道を切り開いていかなければ。
「……あの! 二人ともちょっといいかな?」
私は意を決して立ち上がると、何やら楽しそうに雑談をしていたキャサリーンと健くんの方へと向き直った。
驚いたような表情を浮かべて私の顔を見つめる二人。
今から二人との関係を深めるための土台を作っていくと考えると、緊張で冷や汗をかいてしまいそうだ。
「さ、さっきはありがとね。せっかくの昼休みなのに、私を心配して探してくれて」
「いや、そんなの気にしなくて大丈夫だよ。こっちが勝手にやったことだし、小宅さんが突然暴れ出しちゃった理由も分かったから……。ね、榊原くん?」
「そうだな、だから小宅もそんな暗い顔すんなよ」
「そっか……、それなら良かった……」
あれ? 会話が終わった?
予定では一緒に帰る約束を取り付けるところまでいくはずだったのに、ワンターンで完結しちゃったんだけど。
キャサリーンから話しかけられた時は自然に三人肩を並べて帰る流れになったのに、私発信だとこうも違うとは……。
想定外の事態に、『しまいそう』で止まっていた冷や汗が一気に額から吹き出る。
……いつも友達ゼロの濱と絡んでるから気づかなかっただけで、高校に入ってできた友達が二人の私も、普通に友達作りが下手だったりする?
「まあ、小宅も今日はゆっくり休めよな。……じゃあキャサリーン、俺たちはそろそろ帰ろう――」
「あっ! ちょっ、ちょっと待って!」
会話終了どころか一瞬で別れの危機が訪れ、私は慌てて声を上げる。
ただ、肝心の会話プランの方は依然として真っ白。
「お、小宅さん……、どうしたの?」
「えっと、そうだなあ……」
明らかに挙動不審な私を、不思議そうに見つめるキャサリーンの視線が痛い。
ここはとにかく会話のきっかけになるようなことを言わないきゃ駄目なんだろうけど、一体何を言えばいいのやら。
こうなってくると、キャラたちの生みの親であるエリッキから少しはアドバイスを貰えば良かったと今更ながら後悔……
『君は君らしく楽しんでねー』
会話のヒントを得るためにエリッキとのやり取りを思い返してみると、ふと頭に浮かんだのは最後に聞いたあの言葉。
そういえばエリッキは、自然体の私がどうキャラたちと関わっていくのかが見たいとか言ってたっけ。
……私らしく、か。
「おーい、小宅? 急に黙ってどうしたんだよ?」
だったら考えすぎず、現実世界で友達や濱としゃべる感じで行けばいいのかもしれない。
そうなると、やっぱり話題は。
「二人はさ、好きなアニメとかある?」
「あ、アニメ……?」
二人そろってのきょとん顔。
普通ならこれで心が折れるところだけど、私には二人と親友になったという前回の実績があるんだ。
だから『なんとかなるっしょ』と高をくくれるし、心の傷も浅くて済む。
「いやー実はね、私は深夜アニメを毎日平気でリアタイしちゃうぐらいアニメが好きなの。だから二人ともそういう話ができたらなーって……。もちろんアニメに限らず、二人の趣味とかも知りたいって思いもあるよ! バンドとかキャンプの趣味をきっかけに仲を深めていく、きらきら系の友情ストーリーにも憧れがあるし」
「……えっと、結局小宅は何が言いたいんだ?」
「あっごめん、突っ走っちゃった。か、簡単に言うと、二人のことをよく知って仲良くなりたいなーっていうのと、一緒に帰れたら嬉しいなーってこと……かな?」
ふわっとした話の締めと共に、精一杯の笑顔を二人に向ける。
少し自分を出しすぎたような気もするけど、これで失敗すれば全部エリッキのせいということで……
「えっ⁉ 小宅さん、それほんと⁉」
すると、さっきまで固まっていたキャサリーンの表情がぱっと明るくなり、同時に大きな声を上げた。
「きらきら系? ってのはよく分からなかったけど、小宅さんは私たちと仲良しになりたいの?」
「う、うん。自分でも突然こんなこと言って気色悪いってのは分かってるんだけど……」
「いやいや、そんなことないよ! 小宅さんとこんなにしっかり話すの今日が初めてな気がするし、私もせっかくだから一緒に帰りたいな。榊原くんもいいよね?」
「全然いいよ。俺もクラスメイトで席も近いのに小宅と話した記憶がなぜかあんま無いけど、なんか小宅面白そうだから」
「ほんとに……? やった!」
私は状況の急な好転に戸惑いながらも、自然と湧き出る喜びを抑えきれずに小さくガッツポーズをする。
健くんが笑いを目的にしてるとか前回との多少の違いはあるけど、三人一緒の帰宅を取り付けることに見事成功したんだから、これはもう言うことなしでしょ。
「それじゃあ、三人で帰ろっか!」
キャサリーンの弾けるような声を合図に、私たちは各々鞄に教科書を詰めるなどして帰りの準備へ。
これでようやく、エリッキから託された作戦を遂行するための土台は完成した。
「で、まだ答えを貰ってないから聞くけど、好きなアニメの方は……?」
こんな風に素のしつこさを見せ続けていたら、すぐに愛想つかされるかもしれないけど。
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「なるほど、二人はアニメもラノベもあんまり見なくて、健くんが少年漫画をギリ読むくらいかあ。イメージ通りだね」
「イメージ通りってなんだよ。意外性がなくて悪かったな」
「わ、私も、小宅さんの期待に添えなくてごめんね」
どうにかして再び実現させることに成功した三人並んでの帰宅。
その道中にて。
「いやいや、二人とも全然気にしなくていいからね。知らないなら知らないで布教する楽しみがあるし、健くんみたいな爽やかーなイケメンは努力・友情・ビクトリーが詰まった作品しか見ないってのは、端から分かってたから」
「おい、なんか俺を褒めてるようで結局はイジってないか?」
「別にイジってなんかないよ。……ただ、ちょっとからかっただけ」
「一緒じゃねえか!」
自分を解放するようになった結果、前回の最後にとんでもない解釈違いをしでかした健くんに対するあたりが強くなっているが……。
「榊原くんってば、そんなに怒ることないのに……。ねー?」
「なんでキャサリーンもそっち側なんだよ⁉」
「ほんとほんと、短気な男はいくら顔が良くてもモテないよ」
「……まじで、小宅と一緒に帰ったのは失敗だったか? なんか嫌なコンビが完成しちゃってるし」
顔を見合わせて笑う私とキャサリーンを見てため息を漏らす健くん。
こんな調子で、フランクな態度が功を奏したのか、私は前回とは比べものにならない早さで二人との距離を縮められていた。
私の肌感覚としては、もう普通の友達と言っていいレベルだと思う。
一切の寄り道も許されない決められたルートを歩いていても、喜びの余り足も声も弾んでくる。
今の私を見て健くんが間違いを起こすとは思えないし、前よりもずっと楽しく、素晴らしい日々を過ごせそう……だけど、今回は一つ気が重い仕事があるのだから喜んでばかりはいられない。
頭に浮かんでくるのは髭面と嫌がらせ野郎。
私は首を振ってそんな嫌なイメージを振り払うと、いつの間にか渋くなっていた表情を元の気のいい笑顔に戻し、二人に新たな話を振った。
「……それで突然話が変わって悪いんだけど、二人は隣のクラスの五十嵐のこと、なんか知ってる?」
「五十嵐? ……あぁ、知ってはいるけど、せいぜい顔と名前が一致するくらいだぞ。でもなんで急にそんなこと聞くんだ?」
「べ、別に大したことじゃないんだけどね。ただちょっと気になることがあるというか……」
メインキャラの一人とはいえ、あれが好きでこれが嫌いといった情報を、主人公の二人ほどは原作知識から得られない五十嵐。
そんなあいつと話をする前に情報収集をしておこうと思って聞いたはいいものの、あまりに唐突に名前を出したせいで、少し変に思われてしまったようだ。
質問の意図を聞かれて言葉が詰まる私を見て、健くんはさらに首をかしげている。
でも、エリッキのこととかを馬鹿正直に全部話すわけにはいかないし……。
「……! なるほどね」
すると、キャサリーンが一人でハッとしたような表情を浮かべると、私の後ろを通って小走りで健くんの隣へ。
そしてそのまま、私とは反対側の耳へと囁きかけた。
「きっと小宅さん、五十嵐くんのことが気になってるんだよ。だからあんなこと聞くんだって」
「えっ? 気になるってどういう……?」
「そんなの決まってるでしょ。……好きってことだよ」
「……はい⁉」
ギリギリ耳に届いた二人の会話からとんでもない言葉を聞きつけ、受けた衝撃がそのまま声となって口から飛び出した。
「ちょっ、ちょっと。二人とも……?」
お願いだからさ、健くん。納得したように『あぁー』とか言わないで。
それにキャサリーン、ニヤニヤしながらこっちを見るのは本当に勘弁して。私が五十嵐を好きとか、完全なる勘違いだから。
「あの、誤解があるようだから言っておくけど、私は五十嵐のことなんて全く――」
「はいはい、分かってるよ! 別に好きとかじゃないよねー」
「いやそれ、絶対分かってないやつ……」
私の心からの困惑を知ってか知らずか、キャサリーンは笑顔で話を続ける。
「それで、五十嵐くんのことをもっと知りたいって話だったよね? 私も知り合いってわけじゃないけど、少しなら小宅さんの役に立てるかも」
「『もっと知りたい』ってのはニュアンスが……ってキャサリーン、五十嵐のことでなんか知ってることあるの?」
また五十嵐に恋してるみたいなことを言われて否定をしようとしたが、キャサリーンから聞き捨てならない言葉が飛び出し、それを中断。
私は誤解を解くのを後回しにして、エリッキから与えられた仕事の方を優先した。
「そうなの。私はこっちに転移……というか、引っ越してきたばっかりの頃、とにかく早くこっちに慣れるために始業の一時間くらい前には学校に行くようにしてたんだけどね。そうしたら五十嵐くんも大体同じ時間に学校に来て、一人で自分の教室にいるんだよ」
「あいつが? そうなんだ……」
キャサリーンがこっちに来たばかりの頃というと、(この世界での)今年の四月。
その頃は五十嵐も健くんに嫌がらせなんてしていないし、普段から朝早くに学校に来ているということか。
キャラクターの登校時間なんて些細な情報は原作をいくら読んでも知りようがないし、これは結構良い情報を聞いたかもしれない。
「だから早めに登校すれば五十嵐くんと二人きりで話せるかもよ。頑張ってね、小宅さん!」
「本当にそういうのじゃないんだけど……まあいっか」
私が五十嵐のことを好きなんていう屈辱的な濡れ衣、普通なら全力で晴らしにいくところだけど……
「ふーん、今日の姿を見てだいぶ変な奴だと思ってたけど、小宅も普通の女子な部分もあるんだな。ちょっと安心したわ」
こうして私にはすでに思い人がいると思わせることで、健くんが過ちを犯す可能性を少しでも減らせるなら、我慢する甲斐がある。
エリッキも『恋愛系』の絡みはもういいとか言ってたし、私の趣味だけじゃなくて仕事の方にも好都合だ。
「いったん変な奴呼ばわりは置いておくとして……。ありがとね、キャサリーン。おかげであいつと話す勇気が沸いたよ!」
恋する乙女を演じるべく、両手をあごの下に持ってくるぶりっ子ポーズをしてみる私。
……我ながら気持ち悪くてしょうがないけど。
「おっ、やっと素直になってくれた。こんなの大したことじゃないから、また何かあったら遠慮無く相談してね!」
「うっ! あ、あぶなかった……」
私のなんちゃって可愛いとは大違いの『本物』を間近から浴びた結果、あやうく卒倒しかけたけど、どうにかして踏ん張った。
多分、免疫がついていなかった前回の序盤あたりにこれを喰らってたら死んでたと思う。
そして変な演技のせいでストレスがたまっていた私はその流れで、邪な欲望の解放を二人に仕掛ける。
「……そ、そうは言っても、私としては何かお礼がしたいし……。せっかくだから、これからみんなで――!」
「そろそろ小宅さんの家に着くね。それじゃあまた明日!」
「いろいろ大変そうだけど、小宅、頑張れよ」
あっ、これはまずい……。
と思って二人の方を見るも、もう遅い。いつか見た光景と同じように、そこには二人の影も形も残っていなかった。
この場に残っているのは、明るい感じで二人を家に誘おうとしたはいいものの、その誘う相手を失った哀れな女だけ。
ぱっと両手を広げたまま固まっているこの姿は、さぞかし滑稽なことだろう。
この場に鏡もカメラもなくて本当に良かった。
「……よおし! じゃあ私も明日に備えて早めに帰るとしますか!」
誰も見てないのは分かってるけど、一応効いてないアピールだけはやっておく。
私は熱を帯びた頬をそのままに、自分の家へそそくさと入っていった。
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「ねっむいな……。なんであいつのために、こんなに早起きしなくちゃいけないわけ……」
翌朝、私はキャサリーンから聞いた話を基にして、普段ならやっとベッドから起き上がるような時間にはすでに学校へと到着していた。
そのせいで、不機嫌さがにじみ出ているのはご愛敬。
「そもそも、なんでエリッキは五十嵐とも絡めとか言うの? そんなの私の勝手でしょ。信者集めに協力してあげてるのも、言っちゃえば私の完全なる厚意だし」
そして自分の教室に向かいながらこぼしていた愚痴の矛先が、この声もどこかで聞いている神様にまで向いた頃。
「うわっ、本当にもういるし……」
私のクラスの隣、つまりは五十嵐がいるクラスの教室を通った時に、足を止めないまま中を覗いてみると〝奴〟がいた。
一人しかいない教室で、席に座って何かの本を読んでいる姿だけ見ると大人しい文学少年に思えてくるが、その正体が恋のライバルに陰湿な嫌がらせをしたり、追い詰められたら二階の窓から飛び降りたりするイカレ野郎なんだから、人間ってものは分からない。
私は五十嵐を横目に捉えたまま通り過ぎると、いったん荷物を置きに自分の教室へ。
そこで心を落ち着かせ、考えてきた会話のプランを頭の中で確認し、むかついても手は出さないと心に決めてから、五十嵐が陣取る教室に入った。
「お、おはよー。えっと、五十嵐……くん、だよね?」
「……おはよう、てか誰?」
「あん⁉ ……じゃなくて、私は小宅永遠子。隣のクラスの同級生なんだけど、ちょっと時間いいかな?」
「それは別にいいけど……、さっき俺にガンつけた?」
「つ、つけてないよ」
私は思わず口から飛び出した汚い言葉を弁明しつつ、五十嵐が座る窓際の席へと近づく。
「実はさ、私はずっと五十嵐くんのことを陰ながら見てたんだよ。だから、どうしても話してみたいことがあってね」
「陰ながら見てたってなんだよ……、めっちゃ怖えーじゃん」
読んでいた本を閉じて露骨なしかめっ面を浮かべる五十嵐。
そんな顔をしたいのはこっちの方だわ、と心の中で呟く私。
互いに良い感情を抱いていないこのタイマンは、空いていた五十嵐の前の席に私が座った後、さらなる暗雲が立ちこめ始めた。
「あのさあ、告白とかするつもりならやめてくれね? 俺、今そういうの興味ねえから」
「いや、そういうつもりじゃないけど……」
「だったら何だよ? いきなり監視してたみたいなこと言われて気味悪い思いしてんだから、さっさと終わらせくれよ」
「……チッ。まあ、そう言わずにちょっと聞いてよ」
「い、今舌打ちしたよな⁉ まじでなんで話しかけてきたお前が不機嫌なんだよ⁉」
あまりに失礼な言動を舌打ち一発で我慢してあげた寛大な私に、五十嵐はなぜか不服そうな声を上げる。
そんな空気の読めない無礼者を『どうどう』と言ってなだめてから、被っていた上っ面を外して放り投げた。
「さっきは恋愛に興味ないとか言ってたけど、それ嘘でしょ? 私知ってるんだよ、あんたが恋してるってこと」
上手くいけばテスト騒動を未然に防げるし、五十嵐をキャサリーンに告白させて玉砕、そのまま五十嵐が失意のままにフェードアウトすることだってありえる。
そんな青写真を描きながら、私は修学旅行の夜にやるような微笑ましいものとは程多い『恋バナ』を始めた。
その瞬間、五十嵐の頭がピクッと動く。
「はあ⁉ お前、何言って――」
「しかも、多少は顔が良いあんたでも一筋縄ではいかない、大きな障害のある恋」
キャサリーンとほとんど両思いだと言える超絶イケメン、榊原健という高すぎる壁が。
「……えっ? なんでお前がそんなこと……」
「ほら、否定しない」
「あっ、いやそれは……」
五十嵐は慌てて視線を逸らすが、もう遅い。
ここで私が弱みを握っていることがはっきりとして、この場における力関係が明らかになる。
つまりは、話を進めるなら今がチャンス、ということだ。
「別に怯えなくていいよ。脅したりゆすったりするわけじゃないんだから」
「……じゃあ、一体何の用があって俺に話しかけたんだよ?」
目の奥に不安を宿した五十嵐に、できるだけ穏やかな口調で言う。
「もちろん、五十嵐の役に立ちたいからだよ」
「役に立つ……? 俺の?」
「うん。ちょっと私に話してみるだけでも、相当楽になると思うよ。だってあんた、恋愛のことなんて誰にも相談とかしてないでしょ? バカみたいな嫌がらせとかやりだしたのも、一人で抱え込んだ結果だろうし」
「! お前、そんなことまで知ってんの⁉」
「さっき言ったでしょ。ずっと見てたって」
まあ、『見てた』よりは、『読んだ』の方が正しい表現だけどね。
私は五十嵐の口から本音を引き出すべく、ここぞとばかりに立ち上がって、話す言葉に力を込めた。
「だからあんたが今抱えてる不安や悩み、一回私に全部ぶちまけて――」
ガラッ
すると、後ろの入り口の方から扉が開けられる音がして、私の名演説はいったん中断。
音の方向に目を向けてみると、そこには教室に入ってきた女子三人組がいて、見慣れない存在である私にチラっと目を向けてきた。
ただ、私にはもちろんのこと、クラスメイトの五十嵐にもおはようの一言も掛けてはこないので、こいつと親交があるというわけではなさそうだ。
三人は自分の机にそれぞれ荷物を置くと、何かをささやき合いながら教室から出て行った。
「……もう普通に人が来るような時間か」
気づけば廊下から人の声がちらほらと聞こえるようになっているし、恋バナなんてものは人の耳に入るような場でやるものではない。
いくら五十嵐相手でも、それくらいの配慮はあってもいいだろう。
「じゃあ、続きはまた後ってことで。あんたは今日、暇な時間とかある?」
「……今がいい」
「えっ、今? 今から話すと人が来ちゃうけど……」
「だからこっち来て」
「ちょ、ちょっと! おいお前、ざけんな!」
俯き加減で席を立った五十嵐は私の手を引いて歩き出し、私の怒号が響き渡る教室を突っ切っていく。
そのまま廊下まで出ると、登校してきた人たちの目もお構いなし。
五十嵐はどこか目的の場所があるのか、迷い無く足を進めていく。
「ついて行くからとりあえず手は離せ! 人が見てるんだって!」
しかし私の叫びは当の五十嵐には届かず、周囲にいた人の視線を集めるだけだった。
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五十嵐によって強引に連れてこられたのは、人目を避ける時の定番スポット、体育館裏。
壁の向こう側からバスケだかバレー部の朝練の音こそすれ、入り口は丸っきり反対にあるので、人がやって来るような気配はない。
「おい、まずは私に謝れクソ野郎。なめた真似しやがって」
「す、すみませんでした……。ほんと、自分のことで一杯一杯になっちゃってて……」
なので、私の言うことを無視して暴走しやがったバカを思う存分絞ることができる。
「ったく、次あんなことしたら、お前まじで覚悟しろよ」
「はい。あのようなことは二度としません……」
「……はあ、それならこの話はもうおしまい。それで、悩みの方は?」
「えっ? 悩み?」
「いやいや、『えっ?』じゃなくて。お前が話したいことがあるから、わざわざこんな場所まで私を引っ張ってきたんじゃないの?」
「確かにそのつもりだったけど……。いつの間にか『お前』とか『クソ野郎』とか口が悪くなってるし、態度が急変してて話しづらくなったというか、なんというか……」
「お前意外とナイーブだなぁ。……悩みの方はちゃんと優しく聞いてあげるから、心配しなくていいよ。聞いた話は誰にも言わないし、五十嵐が言いたくないことを無理やり聞き出したりもしないから」
「それなら良いけど……」
五十嵐はそう言うと、それまでずっと逸らしていた目を、ようやく私の顔に向けてきた。
なんだか小さな子どもと話してるみたいで、少し疲れる。
弟や妹がいる人はこういうのにも慣れているんだろうか。一人っ子の私としては、なかなか味わったことのないような感覚だ。
「まあ、とりあえず話してみ」
「……分かった。俺、小宅のこと信じるわ」
私が落ち着かせるための笑顔を再び向けると、五十嵐はおもむろに自らの悩める心うちを語り始めた。
「まず最初に言っておくと、俺はさっき小宅が言ったとおり、恋……してる。好きな人がいるのも間違いない」
「それは百も承知だけど、問題は嫌がらせの方でしょ。好きな人に振り向いてもらえなくてモヤモヤする気持ちは分かるけどさ」
「うぅ! そうだよな、普通に考えたら嫌がらせ……になっちゃうんだろうけど、他の方法が分からないんだよ!」
「……うん、いったん飲み込むか」
優しく聞くと言った手前、この場における最適解『あんたバカぁ?』は我慢しておく。
その代わりとして、冗談でもなんでもなく本気で言ってそうな五十嵐の気持ちになって考えてみよう。
えーっと、ただでさえ好きな相手が見た目も中身も圧倒的な可愛さを持つキャサリーンで、恋のライバルがイケメンかつキャサリーンとも仲が良い健くんとなれば、正攻法でいっても厳しいと考えるのは確かに自然だ。
で、代わりに『邪魔な男に陰湿ないたずらをして気持ちを参らせる』という結論に至るのも、ある意味仕方ない……とは言えないね、さすがに。
「改めて考えたけどさ、やっぱ靴濡らしたりするのは駄目だって。どんなに分が悪くても、真っ正面から気持ちを伝えるのが一番相手に響くし、自分にも後悔が残らない。私はそう思うけどなあ」
「で、でもネットで調べたら、『好きな人を振り向かせるには意地悪すると効果的』って書いてあったぞ! ただでさえハードルが高いんだから、それくらいのアグレッシブさは必要じゃないのか⁉」
またもや的外れな主張を熱弁する五十嵐。
一体どこのアホサイトを見たのか知らないけど、そんな小学校低学年レベルの情報を信じるなんて……。
「確かに好きな子に意地悪しちゃうってのは聞いたことあるけど、それって多分もっとポップなやつだと思うよ。目の前で『バーカ!』とか言ったり、変なあだ名つけたりとか。それに引き換えお前がやったことと言えば、陰でコソコソ靴濡らしたり教科書隠したり、終いにはテストの解答用紙を書き換えるとか、陰湿が過ぎるでしょ⁉」
「そういうものなのか……。でも、テストのくだりは俺やってないぞ! ちょっ、ちょっと計画はしてたけど……、なんでそのことを小宅が知ってんだ?」
「……えっ? それは、その……。そ、そんな浅知恵、私にはお見通しってことだよ!」
そういえば、この時の五十嵐はまだ教科書隠すまでしかやってなかったっけ。
テストのくだりを知っている本当の理由なんて言えるはずがないので、私はボロが出る前にさっさと話題の転換を図った。
「しかも、その意地悪も匿名でやってたら意味ないでしょ! 振り向かせようにも、どこに振り向けばいいのか教えてないんだから」
「そ、そこは一応考えてるから。身近で次々変なことが起こって、その理由も分からず不安になるだろ? そこへ満を持して現われた俺が言うんだよ、『ぜーんぶ、俺がやった』って。どうだ? すげー印象に残るサプライズだろ?」
「残るのは印象じゃなくてトラウマだよ。何その史上最低のサプライズ?」
「さ、最低⁉」
あまりに馬鹿馬鹿しいことを言われ続けて、だんだんと本音が隠しきれなくなってきた。自然とため息も漏れてくる。
「あのさ、そんな通報不可避の言動で恋愛に発展するとか本気で思ってたの? 確かに少女漫画では、最悪の出会いから徐々に相手の良さを知って……みたいな展開はよくあるけど、出会い方がそこまで犯罪じみてたら一瞬で怖がられて即終了だよ。女の子は繊細なんだから」
「まあ、女子相手の場合はそうかもしれないけど……。今回はほら、相手が榊原じゃん? だから多少強引でもいけるかなって」
「ああそっか、五十嵐が嫌がらせしてたのって健くんだったか。……えっ? ちょっと待って、なんか違和感」
自分の頭で考えていたことと話の内容の齟齬に気づき、脳から警告が発せられる。
えーっと、ここで落ち着いて状況を整理してみよう。
五十嵐が嫌がらせを仕掛けたのは健くんで、そんなことをしたのは、好きな人には意地悪した方が良いという情報をネットで見たから。
だとすると、恋のライバルである健くんに嫉妬して嫌がらせをやった、という私の仮説は崩壊していることになる。
……五十嵐の『恋愛年齢の幼さ』の部分に気をとられて気づくのが遅れたが、これは大変なことになったかもしれない。
「あのー、五十嵐が好きな人って……?」
「榊原……だけど、なんで今さら?」
五十嵐は当然とばかりに平然としているが、私はそうではない。
頭の中がぐちゃぐちゃで、手も少し震えてきた。
「そう、だったんだ……」
「お、おい、なんでそんな顔してんだ? 小宅は知ってたんじゃないのか?」
「……ごめん、五十嵐はキャサリーンのことが好きなんだと思ってた。それに――」
原作を最新部分まで読んでる私が知らないということは、つまり〝アレ〟だ。
「ああもう最悪だあぁ! ネタバレ喰らったあぁぁぁ‼」
「ネタバレ⁉ と、突然何言ってんの⁉ とりあえず落ち着けよ!」
今後の『悪ワタ』の展開に大きく関わっていくであろう情報を変なタイミングで知ってしまい、膝から崩れ落ちて頭を抱える。
キャサリーンのことが好きって、原作では五十嵐が自分で言ってたけど、あれは本音を隠すための嘘だったってこと?
それに私が窓から飛び降りたあいつをとっ捕まえた後、無理やり嫌がらせをした理由を話させた時には、好きな人がいるとだけ答えて『誰が好きか』を言う前に逃げてたし。
あれはキャサリーンの隣に『好きな人』本人がいたから……だよね。
そこまで考えが及んだ時、心臓がギュッと握りつぶされるような痛みが全身を駆け巡った。
「……最低だ、私」
自分が楽しいこと、自分のやりたいことにだけ目を向けてたせいで、私は人の気持ちを知らない間に踏みにじっていた。
しかも、五十嵐とあの二人には仲良くなれる未来があることを知っていたのに、わざわざ五十嵐を二人から遠ざけるようなことまでして。エリッキと会った後の二回目でも……。
今更ながら、書評に書いてあった『キャラクターへの理解が全く足りていない』という私の評価が、完全に正しいことを知った。
私は作家として、そして何より人として、失格以外の何者でもない。
「……もしかして、泣いてる?」
「…………泣いてない。だから私のことなんて気にしなくていいよ」
なかなか顔を上げられずにいたせいか、上から五十嵐の心配げな声が聞こえてきた。
私は少し強めに目をこすってから、立ち上がって五十嵐へと向き直る。
どこか悲しげな表情を浮かべて健くんのもとから逃げていった前回のあいつにはもう心の中で謝るしかできないかもしれないけど、今目の前に居るこいつにはしてあげられる、しなきゃいけないことがあるのだから。
「そんなことより、五十嵐はこれから何がしたい? 自分の気持ちとどう向き合いたいの?」
私を頼ってここまで引っ張ってきた、五十嵐の期待に今答えなければ。
「いや、ちょっと待ってくれよ……」
しかし、当の五十嵐は眉間にしわを寄せて渋い表情。
「俺は小宅が全部知ってるって言うから……す、好きな人のことも相談できるかもって思ったんだよ。それなのに、俺の恋愛の対象が男だって知らなかったとか……。そりゃねえって!」
「……悪意が無かったとはいえ、だまし討ちみたいな形で、五十嵐が人に言いたくないって思ってることを言わせちゃったことに関してはまず謝る。ごめん」
五十嵐の心を傷つけてしまったことに対して深く頭を下げる。
その傷の痛みが分からないぶん、しっかりと。
そして再び顔を上げて五十嵐と目を合わせると、私は何も分からないなりに、思い切って口を開いた。
「でも五十嵐。失礼を承知で言うけどさ、お前は少し気にしすぎ」
「は、はぁ⁉ 小宅に俺の気持ちの何が――」
「じゃあ聞くけど! お前が健くんを好きだって思うことは、人に知られたらまずいような悪いことなのか⁉」
「……えっ?」
私の迫力に気圧された五十嵐は、声にならない声を上げてそのまま固まる。
そして私は、目が点になっている五十嵐に向けてゆっくりと近づきながら、さらに言葉をつないでいった。
「五十嵐はもともと私に恋愛の相談がしたかったんでしょ? つまりお前は、『好きな人がいる』ことを知られたことじゃなくて、好きな人が『同性』だっていうことを知られたことに引っかかってる。そうでしょ?」
「いや、その通りだけど……」
「だったらお前は堂々としてればいいんだよ! お前が後ろめたいと思いをする必要なんて、どこにも無いし、人に迷惑をかけたわけじゃ……ってお前はかけてたわ。そこは普通に反省しろよ」
「そ、それを言われると、返す言葉もないけど――」
「でも、そんな方法に頼っちゃうくらい追い込まれてたってことなんだよね」
「えっ、ちょっ、ちょっと小宅⁉」
五十嵐の肩にそっと両手を置くと、戸惑いの色をした目をまっすぐ見据える。
「いいか五十嵐? 今までひどい言葉を言われたり、聞いたりしたことがあるかもしれないけど、私の前ではそんなバカなこと言わせたりしないし、お前を傷つけたりなんか絶対させない。だから私といる時くらい、自分で自分を隠そうとなんかするな」
「……は、はい」
私が言いたいことを言った後、少し遅れてうなずきと共に返事が来た。
どうやら私の身勝手な一人語りも、多少は五十嵐の心に響いてくれたみたいだ。
「今、俺史上初めて女子相手にキュンときたんだけど……。小宅って、すげー男前なとこがあるんだな」
「ふっ、そんないいものじゃないよ。それに……」
これではまだ、私の罪滅ぼしには全然足りていない。
心の中にあった苦しみ気づかずに、自分勝手な理由で冷たく排除した私には、五十嵐が五十嵐らしく生きられるように手助けする義務がある。
「……それに?」
「……いーや、なんでもない」
私は五十嵐の肩から手を離し、一度大きく手を叩いてみせた。
そして、
「じゃあ二人で、健くんへのまともな告白方法でも考える?」
キャサリーンや健くんの前でしてきたものと変わらない、自然な明るい笑みを、嫌いなキャラの筆頭格だった五十嵐に向けた。
下駄箱の方からはガヤガヤとした話し声が聞こえてきて、上から差し込む朝の日差しは、しっかりと熱を帯びてきた。
もうすぐ、新しい一日が始まる。
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五十嵐から秘密の告白を受けた怒濤の時間も束の間。
すぐに始業の時間はやって来てしまい、五十嵐との『恋バナ』は、あまり深い部分まで掘り下げることはできなかった。
そのため、授業を受けながら考えているのは、勉強とは全く違うこと。
「……五十嵐」
どうすれば本当に五十嵐の役に立ってあげられるのか。
そのことばかりが頭を巡り、とてもじゃないが授業なんて受けてはいられない。
「小宅さん、授業中にまで五十嵐くんの名前を……。ふふっ、可愛いなあ」
自業自得とはいえ、もう取り返しのつかないレベルで勘違いしているキャサリーンの呟きを、気にしている暇すらない。
……ほんと、五十嵐のためにここまで頭を悩ませるなんて、少し前の自分に言っても信じてもらえないだろう。
あいつの本心を知るまで私は完全なる『アンチ五十嵐』だったし、エリッキが私に五十嵐ともちゃんと話すように言ったのも、もしかしたら私の誤解を解くためだったりして?
いや、あんな態度とノリの軽さが浮かれた大学生並のエリッキに限って、そんなことはありえないか。
多分……というか絶対、信者獲得のことしか考えてないに決まってる!
「その、はず……」
五十嵐の恋をどういう風に応援するかを考えないといけないのに、ここに来てエリッキのことが気になりだして集中が乱れる。
私は一度軽く頬を叩いて気を引き締め直すと、五十嵐が実践できる、健くんに対するアプローチ作戦の考案取りかか……
「じゃあ小宅、問3の答えを言ってみてくれ」
「……? は、はい!」
ろうとした瞬間、先生からのご指名が入ってしまった。
そこで授業の最初に開いたまま放置していた教科書を慌てて見てみるが、肝心の『問3』が見当たらない。
(ていうか、今数学の授業だったんだ。授業聞いてなさすぎて初めて知ったんだけど……)
答えの代わりに頭に浮かんできたのは、あまりにマヌケな言葉の羅列だけ。
私は身も心も手ぶら状態のまま、ゆっくりと席を立つ。
すると、
「……小宅さん、問3はその次のページだよ」
「きゃ、キャサリーン。ありがとっ」
隣の席から助け船を出してくれたおかげで、クラス全員の前でまた恥をかくことは、どうにか回避できそうだ。
私はキャサリーンに向かって小さく手を合わせてから、教科書のページを一枚めくった。
「はい、えーっと。『ちょっと失礼じゃないの……』って、なんだこれ?」
私が答える問題があるはずのページに異変に気づき、読み進める声が止まる。
そこには、こんなことが書かれていた。
――ちょっと失礼じゃないのー? 我が信者獲得のことしか考えてないとか。
我だっていろいろ考えた上で、君を五十嵐とちゃんと話させようって思ったんだよ。
五十嵐が嫌われたままだと放っておけないっていう、キャラクターたちの親としての立場からもそうだし。
どんなに嫌いな相手でも、しっかり相手を知ろうとすれば良い部分は必ずあるよってアドバイスがしたかった、ちょっとばかし長生きな小説家の先輩の立場からもねー。
もちろん、新しいアイデアの源は大歓迎だけど。
「あの神様、私が思ったことまで分かるんだ……」
声には出していないはずの信者獲得のくだりが書かれていることも驚いたが、もっと心に響いたのは、その次の部分。
クラス中が私に注目する中、私は隣のキャサリーンにすら聞こえないくらいの小声で呟く。
「ありがとね、エリッキ」
大事なことを教えてくれた神様に感謝を伝えるべく、あえて声に出して。
そして、こっちの方は心の中で。
(でも、『お手紙』を私の問3に上書きした件については覚えておいてよ)
「……すみません、答えも式も問題も、何もかも分かりません」
「そ、そうか。これは中学の復習問題だから解けて欲しかったが……。じゃあ榊原」
「はい。マイナス2かけるマイナス1=2……です」
「正解。ありがとう榊原。小宅もいつまでも立ってないで、そろそろ座りなさい」
…………それくらい、私でも分かったもん。
こっちに初めて来てから何度も経験した『赤っ恥』を感じながら、私は静かに椅子に座り直した。
次回更新は10月4日(水)を予定しています。
ただ、私事によりまた更新が遅れてしまう可能性もあります。遅れても完結までは必ず執筆いたしますので、どうかお付き合いいただければ幸いです。