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第5章 リスタート

 「――ん、小宅さーん、そろそろ起きてー」

 「……んんっ」

 すぐ近くから発せられる声が頭の中にまで響き、意識が覚醒した。

 なぜだか分からないけど、すごく目覚めが悪い。

 これはベッドではなく、椅子に座って寝ていたことが原因か?

 ……えっ、なんで私、椅子に座ってんの? 

 「それに、なんかひどい悪夢を見たような……」

 「二回目の、おっはようございまーす」

 目を開けた瞬間、すぐ近くにあった顔と目が合った。その頭はツルツルで、髭は剛毛。

 「あのプロレスラーだぁぁ!」

 「ちょっと待ってもう気絶しないで! 気絶されちゃうと我でも待つしかできなくなるから、今すぐこの容姿に見慣れて!」

 再びショックで意識が飛びかけたが、それは丸太のような太い腕でがっしりと肩を掴まれたことによって防がれる。

 しかも、同時に至近距離での強面フェイス鑑賞を強制され、

 「もう見慣れた! 見慣れたから! だから放してぇぇぇ‼」

 私が絶叫しながら白旗を揚げるまでそれは延々と続いた。

 「はぁ、はぁ……。あなた、誰⁉ それにここどこ⁉」

 息を整えながら周りを見渡してみると、そこは一面真っ黒で、どこからが天井でどこからが床なのかすら分からない異様な空間だった。

光源の類いは見当たらないのになぜか明るさを感じる、果てのない漆黒。私が座らされている白い椅子と、目の前の髭面マッチョ以外は何も見えない。

 なのでいくら怪しかろうと怖かろうと、今の私が縋れるのはこの人だけだ。

 「いやー、さっきは君と落ち着いて話をするためにここを君の部屋風にアレンジしたんだけど、日常の景色に我みたいな非日常の塊がいたもんだから、余計怖がらせてちゃったね。反省反省。なので今回は、加工無しすっぴん状態の『神空間』にお出迎えでーす」

 「か、かみくうかん……? えっと、それはどういう……」

 「簡単に言うと、我のような神が普段過ごしてる世界だね。普通の人間は生きてる間はもちろん、生まれる前も死んじゃった後も来る機会なんてないから、超激レア体験だよ!」

 「ますます分からなくなった……。そ、それであなたは?」

 「おっと、失礼。まだ名乗ってすらなかったね」

見た目に合わないチャラい口調で話す大男はそう言うと、自分の分厚い胸板をドンと叩いてみせた。

「我の名前はエリッキ! ……どう? 自分が信仰する神様に会えて嬉しい?」

 「エリッキ……」

 その名前はどこかで聞いたことがある。

それに、勝手に信者扱いされるこの理不尽さにも覚えが……

 「そうだ! 私を『悪ワタ』の世界に連れて来た人だ!」

 この瞬間、私は全て思い出した。健くんやキャサリーンと過ごした日々が、夢などではなくて紛れもない現実だったということを。

 「人じゃなくて神ね! あと、あんまり指とかささないで! 人にやって失礼なことは大体神にやっても失礼だから!」

 「あっ、さーせん」

 大男、もといエリッキからごもっともな指摘を受け、私は腕を引っ込める。

 ただ、チャラい口調や砕けた雰囲気のおかげか、神様から怒られるという身が縮む思いをしそうな出来事を経験してもケロッとしていられた。

 この神様は顔こそ結構怖いが、威厳というものは全く感じない。

赤黒の格子柄が目立つシャツに下はジーパンと、着ている服も至ってラフだ。

好きなラノベの世界に入るなんていう超常現象を経験していなければ、この神様が言ってることもきっと信じられなかっただろう。

 「……それで、私は何で急にこんな場所に呼ばれたんでしょう? 確か私って、健くんと喋ってる最中でしたよね?」

 「そうだ、それで急遽呼び出したんだった!」

 私が気絶するなんていうイレギュラーのせいで本来の目的を忘れていたのか、エリッキは一瞬だけ虚を突かれたような表情を浮かべた。

しかしその動揺を一瞬で消し飛ばし、気を取り直して私をビシッと指さした。

「ちょっと君、告白してきたイケメン主人公をぶん殴るってどういうこと⁉ 我も自由に楽しんでとは言ったけど、ちょっと自由すぎじゃないの⁉」

「あのー、とりあえず指さすのはやめてください。失礼なんで」

「あっ、ごめん」

私が繰り出した意趣返しに神様であるはずのエリッキ、素直に謝る。

「って、ちがーう! そんなことは今どうでもいいから!」

ただ、そんな小手先の誤魔化しはすぐに突破され、私にとって耳の痛い話が再開される。

「ねえねえ、我がせっかく諸々セッティングしてあげたのに、なんで殴っちゃうかなー? あの子別に悪いことなんてしてないじゃんか」

「そ、そりゃあ道徳的な意味の『悪いこと』はしてませんよ? 実際に話してみても、健くんはやっぱり心優しい爽やかイケメンだったし……」

「じゃあ何? あの熱弁してた『推しカプ』がどうとかってのが、そんな完璧男子をぶん殴るぐらい重要なことだったってこと?」

「あぁ、そういえば私の声は聞こえてるとか書いてあったなあ」

古文の授業で回されてきた怪文書を思い返すと、確かそんな内容があったはず。

「そうですよ! 私にとっての推しは、人生における最優先事項と言っても過言じゃないですから! そんな命くらい大事な推しを守るためだったら、推し本人だってぶん殴ってやりますよ!」

「推しを守るために推しを殴るって……、なんか矛盾してない?」

「してません! あの拳は推しを本来の推しに戻すための、正義の鉄槌なので」

「う、うーん。一応神として言わせてもらうと、それはちょっと正義とは違うよ」

神様の審判の結果、どうやら私は有罪らしい。

ちょっと納得ができないけど、これはどこに控訴すればいいんだろう?

「……まあでも、その気持ちは分からんでもないなー。我も好きなキャラが急に変なのに告白しだしたら、三日は寝込む自信あるもん」

「いや、誰が変なのじゃい! そりゃあ私は陰キャのオタク女だけど……えっ⁉ 神様も好きなキャラとかいるの⁉ ……いや、いらっしゃるの?」

「そりゃあ神様だって好きなキャラの一人や二人くらいいるよー。だって我、自慢じゃないけど日本のアニメは毎クール10本は見てるからね」

「10本⁉ ほぼ私じゃん!」

驚きのあまり、神様と知ってからは一応くっつけていた敬語が完全にはがれ落ちた。

日本アニメの海外人気の高さは知っていたけど、まさか神様にまで普及していたなんて。恐るべし、日本アニメのパワー。

「えっと、根本的な疑問なんですけど、神様のアニメ視聴環境ってどんな感じなんです? アニメ見る時は、わざわざ人間の世界に行ったりするんですか?」

「いや、そういう時もあるけど、見るのはほとんどこっちの神空間でだね。こっちでもいろいろと環境を整えさえすれば、大抵の人間文化は楽しめるから。それこそ、小説の執筆も投稿もこっちでやってるんだよー」

「しょ、小説⁉ 神様も小説書いてるんですか⁉」

「そりゃあ当然……って、ああそっか。ペンネームの方はまだ伝えてなかったよねー。ごめんごめん」

エリッキはそう言って軽く手を合わせると、次の瞬間。

「日頃から私の作品、『悪役令嬢であるワタクシが転生いたしましたら日本の女子高生だったのですけれど』をご愛読いただき、ありがとうございます!」 

満面の笑みを浮かべながら、突如変わった口調で意味の分からないことを口走り始めた。

『悪ワタ』がエリッキの作品……?

「そ、それってつまり……」

「我を〝神〟作家と崇拝する敬虔なる信徒よ、我こそが大神少年だーーー‼」

高らかな宣言が、この神空間に響いた。



 2

 神様からの突然の爆弾発言に、私は返す言葉を失う。

 今目の前にいる頭ツルツル髭面マッチョおじさんが大神少年先生?

 いやいやいやいや……

 「そ、そんな冗談を……。だって神様、全然少年じゃないし……」

 「ええー、ペンネームにそんなリアリティいらないでしょ? だって君も、将棋のルールすら知らないのに、ペンネームでは棋士を名乗ってるじゃん」

 「なぜ私のペンネームを⁉」

 「そりゃあ我は神なんだから、自分を信仰する信者のことは全てお見通しなんだよねー」

 「だから私は無宗教で……はっ!」

 そういえば、『悪ワタ』を読んでた時はいつも口癖のように神神言ってたわ。もちろんそれは、このムキムキの神様じゃなくて、作者の大神少年先生に向けてだったけど。

 ……えっ⁉ じゃあ本当にエリッキ=大神少年先生⁉

 だとすると、私はそんなオタクの戯れ言で勝手に信者登録されたってことになるけど、そんな理不尽なことってある⁉

 「……いやあ、やっぱりまだ信じられないなあ」

 「うそーん!」

 エリッキは漫画みたいに両手で頭を抱え、漫画でしか聞いたことのない『うそーん』で驚きを表す。

 やっぱりこんな面白キャラが、緻密な人間描写光る『悪ワタ』の作者なはずがない。

 「うーん、参ったねえ。我が漫画家ならこういう時はちゃちゃっとイラストでも描いて証明ができるんだけど、小説家はそうもいかないからなー。……でも、我も何回か君にお手紙書いたでしょ? 作品ファンの君なら何か感じるものがあったんじゃないの?」

 「えぇ、あの変なやつですか? そんな感じるものとか言われても……」

 あれ? でも確か、最初にあれを読んだ時、その文体に既視感を覚えたような気がする。

 でもあんなチャラい文章、『悪ワタ』の本編には出てこないし、他に心当たりなんて……

 「あっ!」

 一つだけあった。

 『悪ワタ』が更新されるたび、最後に必ず載っている作者あとがき。

 本編とはギャップのある軽い文体で大神先生の近況なんかが書かれていたけど、そこでのノリは今ちょうど話をしているエリッキとほぼ一緒だった。

 ……ということは、つまり。

 「おっ、その顔を見ると、どうやら気づいちゃったようだね! もう、しょうがないなー。頼めばサインの一枚くらいは書いても――」

 「先生! 今までの無礼な言動を、どうかお許しください‼」

 「うわっ⁉ ちょっ、どしたの急に⁉」

 ずっと憧れを抱いていた大先生が書いたものを『怪文書』だの『変なやつ』呼ばわりする、他多数。

 私は自分が犯した罪に耐えきれず、五十嵐の姿を見て今後は自重しようと考えていた禁忌、土下座を、生身の自分の体を用いて実行した。

 「まさかあなた様が大神少年先生だとはつゆ知らず、散々生意気な態度をとってしまい――」「別にそんな謝らなくていいって! それに我が神だって打ち明けた時はたいして驚きもしなかったのに今はこれって、神的にはちょっと複雑なんだけど!」

 『どうどう』と何度も呟く大神先生によって、半ば強引に椅子に座り直させられる私。

どうしよう、また先生にいらぬ手間をとらせてしまった。

「ほんと、これまた大神少年先生にはご迷惑を……」

「いやそれはいいんだけどー、その『大神少年先生』って呼び方どうにかならない? ほぼ悪ノリで決めたペンネームだから、面と向かって言われるとちょっと恥ずかしいんだよねー。あと単純に長い」

「で、では、どういう風にお呼びすれば?」

「普通にー、エリッキでいいよ」

「エリッキ⁉ 呼び捨て⁉」

 ついさっきまでは心の中で気軽にそう呼んでいたけど、自分の大好きな作品の作者様だと知った今となっては、本名呼び捨てはちょっとハードルが高い。

「考えてみれば、神と信者って関係では我が上だけど、作家と読者さんの関係だと君が上になるからねー。あとがきでも敬語使ってるでしょ? だから相殺ってやつだよ」

「いやいやいや! 相殺なんて言われても……」

 私が呼び捨てなんて余りにおこがましい。

 最後にそう言おうとしたのだが、

 「まあ、どうしても嫌だって言うなら『エリッキ様』でもいいかなー。やっぱ我って、偉いエラい神様だから! はっはっはっ!」

 唾を散らしながらしゃくに障る高笑いをする大神先生……、いやエリッキがふと視界に入り、こんな考えが急に湧き上がった。

 (何か、これに敬語とか使うの嫌だな……)

 一度冷静になってみると、私の大好きな小説の作者様という肩書きよりも、プロレスラー風の見た目や、尊大かつ軽薄な態度の方がだいぶ気になる。

 この機を逃すと、ずっとこのノリに下から付き合わないといけないのか……。

 それは結構しんどいな。

 「おーやけちゃん! 試しに一回、我のことを『エリッキさまーん』と呼んで――」

 「じゃあお言葉に甘えて、リスペクトを込めつつエリッキって呼ばせてもらうね。ところでエリッキ、私の『悪ワタ』生活が途中で止められちゃったけど、またあの世界に戻れるの?」

 「いや急ー⁉ 一体この一瞬で何が起きたの⁉ エリッキ呼びどころか、許可した覚えのないタメ口まで解禁されちゃってるけど⁉」

 「それとも、ゲームオーバーでもとの世界に強制送還とか……?」

 「そして無視! ……まあ、別にタメ口でも全然いいんだけどね。さっきの『相殺理論』が我の考えだ……し?」

 私の手のひら返しに怒ってはいないものの、呆れた様子のエリッキ。

漏らす声に自然とため息が混じるが、その最後が不自然に尻すぼみになった。

 「いや、これはチャンスか」

 次の瞬間、モジャモジャ髭に覆われた口をニヤリと歪ませる。

 「ん? どうしたの?」

 「いやー、別に何も。ただちょっとぉ……」

 そしてもったいぶるような間が少し空けられ、

 「そうやってタメ口を使いたいなら、その引き換えに我の頼みを一個聞いてもらおっかなー!」

 最高にうざったらしい口調で、よく分からない交換条件が持ちかけられた。

 ……めんどくさっ!

 「我と少しでも仲良くなりたいっていう気持ちは分かるけど、やっぱ我は神なわけで。何の対価もなしに軽―くタメ口を使うのは、ちょっと問題があるんだよねー。分かる?」

 「分かりました。これからはエリッキ様とお呼びしますので勘弁してください。すみませんでした」

 「その通り! だからこそ我の頼みを……って違う! なんですぐ引き下がるの⁉ 神が与える試練に挑戦しなよ!」

 「なんか話が面倒くさい方向に進みそうだったので、敬語だけでそれが回避できるなら万々歳です。まあ、ちょっと癪ですけど」

 「しゃ、癪⁉ ねえ口調は丁寧になったけど、言ってる内容はどんどん失礼になってるよ!」

 エリッキは心外とばかりに抗議の声を上げているが、抗議したいのはむしろこっちの方だ。

 こうなったら、私も言いたいことははっきりと言わせてもらおう。

 「ていうか! これ以上私の『大神少年』像を壊すのはやめてもらえる⁉」

 「はいー? 像もなにも、我こそが本家本元なんですけどー?」

 「私の中の『大神少年』はそんな小学生みたいな煽りはしないの! 知的なのはもちろん、落ち着いた紳士的な人で、おまけにイケメン……。それが『大神少年』のあるべき姿だから!」

 「ちょっと待って。その言い方だと、まるで我にその要素が全く入ってないみたいな……」

 「……入ってないじゃん」

 「ああ怒ったー! 君もう信者勘当ねー!」

 ついに堪忍袋の緒が切れたらしいエリッキは、おもむろに両方の掌を私の方に向け、何かを念じるようにギュッと目をつぶった。

 すると、

 「うわっ、光った! ほんとに神様っぽい!」

 「ぽいじゃなくて本物! ちょっと待ってよ、今から君を楽しい楽しい小説の世界じゃなくて、嫌なことだらけの人間世界に強制送還するから」

 エリッキはそんな風にぶつくさ言いながら、着々と光の範囲を広げていく。

 最初は手のひらに収まっていた光が、あっという間に私を包み込まんばかりの大きさにまで巨大化してきた。

 「ふふーんだ。君はもう我の信者じゃないから、二度とあの世界には戻れないからねー。悔しい? ねえ悔しい?」

目を閉じながらも器用に顔を左右に振って私を煽るエリッキ。

……うん、まじでむかつく。

 「別に。私好みの展開にはならなかったから、むしろスッキリって感じ。……なんなら、そっちの方が心配なぐらい。そんなちゃらんぽらんな態度でいたら、どうせ信者の数も大したことないんでしょ? なんなら、私を勘当したらいっそ信者がゼロになるんじゃ――」

 もとの世界に飛ばされる前に皮肉に一つでも言ってやろう。

そう思い、考えつく限りの減らず口を次々に叩いていると、不意に目の前から光が消えた。

 それはエリッキが突然腕を力なく下ろしたからで……。

 「えっ、まじでゼロになるの? エリッキの信者って、勝手に信者扱いしてる私一人?」

 すぐに答えは返ってこなかったが、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしたその表情が全てを物語っていた。

 「……お、小宅さーん。ここはいったんお互い水に流して、さっきの『頼み』の話に戻りたいんだけどー」

 エリッキはポンと手を叩くと、精一杯の優しい笑顔を私に向ける。

 「ちょっとー、我の信者獲得のお手伝いをしてくれない?」

 今までとは打って変わった、下から目線の丁寧な(エリッキ比)お願い。

 それに対する私の答えはもちろん。

 「めんどそうだから、やだ」

 私はさっきのエリッキに負けないくらいの優しい笑顔を返した。



 3

 思い返してみれば、私が『悪ワタ』の世界で過ごした数日間は、おおむね素晴らしいものだった。

 あんな終わり方になってしまったのは残念だけど、普通に生きていては絶対にできない経験ができたんだ。あまり贅沢は言わないでおこう。

 「……ねえねえ、やだとか言わないでよー。もしも信者が増えたら、君も仲間が増えて楽しいでしょー」

 まあ、何の罪もないキャサリーンにきちんと別れの挨拶をしていないのは心残りだけど。

 「おーい、聞いてる? な、何でそんな悟りを開いたみたいな清々しい顔してるの?」

 ここら辺がきっと、私にとっての潮時だ。

 「……エリッキ?」

 「おっ、とうとう我に協力する気が――」

 「『上がり』。 ……これでいいんだっけ?」

 「いやそれ帰る時の合い言葉―! ちょ、ちょっと待って!」

 「ありがとう、みんな……」

 「遠い目をして感謝を伝えるのも禁止! お願いだから我の話を聞いてーーー‼」

 「あぁうるさい! 何⁉」

 できるだけ関わらないでおこうと考えてずっと無視していたが、あまりのアピールの激しさに、思わず反応してしまった。

 本当にこの人、神様なの? 

図体だけはでかいけど、中身はまんま子供なんだけど!

「早くもとの世界に帰してよ! これ以上ここに留まればろくでもないことに巻き込まれるって、私の本能が訴えかけてるんだから!」

「ここには君と全知全能の神しかいないから、ろくでもないことなんて起きませーん。そんなことより、君は可哀想だと思わないの⁉ こんな立派な神に信者が一人しかついてないなんて」

 「そんなの妥当オブ妥当でしょ。ていうか私は自分から進んで信者なったわけじゃないから、もうすでに実質ゼロだからね」

 「だから君に頼んでるんじゃん! ……そうだ、こうなったら最後の手段をとろう。これさえすれば、君も我に協力せざるを得なくなるよー」

 そう言うとエリッキは、私の足下を見るような嫌味な目をこちらに向けてきた。

 こ、こいつまさか……

 「ちょっと! もしかして『協力しない限りもとの世界に帰さない』とか言うんじゃないでしょうね⁉」

 「ん? 違う違う。そんな悪党まがいのこと、我はしないよ」

 「……えっ? それじゃあ一体何を……?」

 その問いに対する答えは、すぐに返ってきた。それも、全く予想していなかったものが。

 「それじゃあ聞いて欲しい。あのエリッキに悲しい過去……」

 「最近の悪党がよくやるやつじゃん!」



 4

 ――あれは我がまだ初々しい駆け出し神だった頃の話。

 我はアメリカ大陸に位置する一つの小高い山を司っていた。

 木々が生い茂り、小川が流れ、動物や鳥たちがそこで命を育む。そんな自然豊かな山だ。

 そして、信者の方も。

 「エリッキ様……。今日もまた我らにお恵みを与えてくださり、ありがとうございました」

 当時は近くの村の人間はみんな我を信仰していて、世界中に信者を擁するスーパースターとはほど遠いものの、それなりの数の人間が我を神として認めてくれていた。

 狩りをせんと山に入る者は必ず我に許しを請い、食事の際には山からの恵みに感謝を捧げる。

 そんな生活を送る信者たちを、我は神として温かく見守っていた。

 慎ましくも、神として充実していた日々。


 「へぇ、エリッキってアメリカの方の神様だったんだ。だからランバージャックシャツ着てるんだね」

 「え? 今の話で抱いた感想がそれ?」

 「あぁごめん。続けて」

 「まったく……、話を聞いてくれるのはありがたいけど、もうちょい真面目にお願いねー。それで、そこまでは良かったんだけど……」


 ――しかし、人間というものは良くも悪くも進化を遂げる生き物だ。

 我が何百年と見守っていくにつれ、山に暮らす人間の生活はどんどんと変わっていった。

 狩りの道具に銃が使われるようになったり、村の明かりが松明から電気に変わったり、山のすぐそばに高速道路が建てられたり、というように。

 そんな変化は人間にとってはありがたいものなんだろうが、我にとっては違う。

 なにしろ、仕事も夢もある都市部は村の人間をどんどんと奪っていき、陽気なポップミュージックやテレビドラマは祈りや信仰の時間を奪っていく。

人間風に言うと、『商売上がったり』だ。

そうして一人また一人と信者が減っていき、ついに――

我を神と認めるのは、村の長の家系である、フーバー家のみになってしまった。


「それが今から五十年くらい前かなー。結構最近でしょ?」

「いや全然。私は余裕で生まれてないから」

「ははっ! これ、悠久の時を生きる神だけに許された神ジョークね。いやー、人間にこれ言うとウケるって聞いたけど、本当に面白いなー」

「真面目にとか自分で言ってたくせに……。それで、そのフーバー家ってのはどうなったの?」

 「あっ、そうだった。こっからが『悲しい過去』の本題だから、心して聞いてよー」

 「……聞くには聞くけどさ、情緒やばくない?」


 ――山の麓の丸太小屋に暮らすフーバー家の家族構成は全部で四人。両親と子供二人、そして祖父のブレイ・フーバーだ。

 子供たちに関してはテレビで流れる野球の試合や友達との遊びに夢中で信仰心というものはほとんどなかったが、両親とブレイは村の伝統に従い、朝と夕には我に向けて必ず祈りを捧げる熱心な信者だった。

 子供たちも祈りに参加して欲しいなー。できれば村の他の人にも広めて欲しいなー。

 そんな風に思いながらも、我は数少ない信者のため、恵みや加護を精一杯フーバー家に与えて神としての務めを果たしていた。

 しかし、ある日突然事件が起こる。

 特に熱心に祈りを捧げてくれていたブレイが……。


 「えっ⁉ も、もしかして、死んじゃったの……?」

 「いや、それなら悲しくも自然の理として受け入れられただろうけど、あの時はとてもじゃないけど平静を保てなかった。なにせブレイだけじゃなく両親や子供たちまで……」

 エリッキは悔しそうに唇を噛みながら、赤くなった目を乱暴に手で拭った。

 まるで、救うことのできなかった自分のふがいなさを呪うかのように。

 「嘘⁉ まさか何か事件に巻き込まれて一家まるごと――」

 「あいつら、山をまるごと不動産会社に売っ払ったんだよー! そんなの、信じられる⁉」

 「……えっ?」

 山を売った? 別にそれって事件じゃなくない?

 そんな疑問が頭に浮かんだが、エンジンのかかったエリッキの話は止まらない。

 「ブレイは最近よく街に出てるなー、なんて思ってた矢先! 家族全員、荷物まとめてあの丸太小屋から出て行ったの! しかもその時ブレイがなんて言ったと思う? ひどいんだよー。ブレイはさ、『やっと売り先が見つかったぞ! これで親父の遺言で意味も分からずやってたあの謎儀式ともお別れじゃ! みんな、とりあえず売った金でビーチでバカンスに行くぞー!』とか言うわけ!」

 「そ、そうなんだ……」

 「あの時は温厚な我も思わず声を荒げたよねー、『クソジジイ! 信じてなかったんなら与えてきた加護とか返せー!』って」

 なるほど。想像してたジャンルとはちょっと違ったけど、これはある意味『悲しい過去』かもしれない。

 「……で、その後売られた山には高速道路を走る車に向けた巨大広告が作られて、その内容がハンバーガーとポテトのセット! そんなもん作られたらいよいよお手上げだよねー。だって巨大なハンバーガーの写真が鎮座してるんだよ? そんな山に誰が神秘を感じるのって話」

 「ッ……。多分だけど、感じるのはせいぜい空腹感ぐらいだと思う」

 確かに神様の立場からすれば大問題なんだろうけど、漫談テイストで話すのはやめてほしい。

 答える時、ちょっと笑いそうになっちゃったじゃん。

 「そゆこと。それから君が神とか言い出すまでずっーっと、我の信者はまたっくのゼロ、穀潰しのプー太郎神様になっちゃったってわけ」

 エリッキは一通り話し終えて疲れたのか、一つ大きく息を吐く。

「そんな暇になった時間のおかげで日本のアニメに出会えたってのもあるんだけど、その話はまた別の機会に……。どう? あまりに悲惨な過去でしょー?」

 「……まあ、少しは同情できる内容だったけど、それで協力する気になったかというと……」

 「おっ、さっきよりはいくらか前向きになってるねー。さすがは悲しい過去。ノルマ化してるだけあるけど、これじゃあまだ足りないからダメ押しさせてもらうよー」

 エリッキは私の方に歩み寄ると、椅子に座る私の耳元へゆっくりと顔を近づけてきた。

 「ノルマ言うなっ、て……えっ、なになになに⁉ ちょっと待っ――」

 「信者獲得=『悪ワタ』アニメ化。この式が成り立つとしたら、やる気も出てくるんじゃないのー?」

 私にとって魅力的な言葉をささやきかけてきた。

 「……その話、もっと詳しく」

 「そうこなくっちゃ。……あっ、あと『悪ワタ』って略称いいねー、公式採用」

 「それはいいから、アニメ化の話を聞かせて!」

 「はいはーい。まあ、簡単に言えば君みたいな信者、もといファンを増やすって話なんだけどー……」

 そうしてエリッキが語り始めた信者獲得作戦の内容は、だいたいこんな感じ。

 まず私がやる『協力』というのは、もう一度『悪ワタ』の世界に戻ってメインキャラとできるだけ関わっていくという至って簡単なものだ。

ただし暴力沙汰はNGという条件つきで。

 なんでも、私をあの世界に呼んだのは本当にただの家族サービスならぬ信者サービスだったんだけど、私と主人公二人の絡みを見ているうちに、『これは話のテコ入れになるような新しいアイデアにつながるのでは?』とか思うようになったらしい。

 例えば、『丸っきり私と同じにしないにしても、二人の友人キャラを新たに作ってみる』といような具合に。

 つまりは、

①私が『悪ワタ』の世界で、人を殴らないことだけ気をつけて楽しむ。

②その様子を観察するエリッキが、新たな展開に関するインスピレーションを受ける。

③それを基に『悪ワタ』の続編が書かれ、新要素がウケて書籍化、さらにはアニメ化するほど大人気に。

④私みたいな神神うるさいオタクが増えて信者を大量ゲット!

こんなサクセスストーリーをエリッキは描いているようだ。

「……確かに、それだと私にもメリットはあるか」

一通りの説明が終わり、私は一人つぶやく。

エリッキの方はというと、さっきの悲しい過去の吐露に続く熱弁を終え、真っ黒な床にあぐらを組んで息を整えている。

「でもエリッキの性格はともかく、大神少年として書いた作品はすごいんだから、普通に書いてりゃ自然に人気も出てくるんじゃないの?」

「……いやさあ、君は我の信者だからそう言うけどー、我が投稿しても閲覧数は毎回二桁に乗るか乗らないかぐらいなんだよ? しかも、投稿作品を全部読んでくれてるって君だけだから」

「だけなの⁉ まじで人気ないじゃん!」

「い、言ってくれるねー。否定しようのない事実なんだけど」

厳しい現実を真正面からぶつけられ、エリッキは思わず苦笑い。

確かに閲覧数が全然伸びてないとは知ってたけど、まさか皆勤賞が私一人だけだったとは。

他にも同士が二、三人はいると思ってたのに。

「信者がいなくなったことがきっかけで日本のアニメ見るようになり、暇がこじれて小説を書き始めたのが約三十年前」

「……ん?」

苦笑をかみ殺したエリッキは、おもむろに立ち上がる。

「投稿サイトなるものが人間社会に生まれ、そこに書いたものを送るようになったのが約十年前。その間に他のペンネームでも小説を世に出してきたけど、我の話を面白いと言ってくれたのは君一人だけ」

「なんか、私の未来を見てるようで切ないんだけど……」

私は新人賞にしか応募したことないけど、投稿サイトに鞍替えしたらこうなりそうで本当に怖い。怖すぎる。

だってその姿が簡単に想像できるもん!

 「――だから我と我の作品には、神的な成長が必要ってわけなんだよねー」

 目を開けながら悪夢にうなされていると、悪夢とは縁遠そうなお気楽な声が聞こえてきた。

 その声によって我に返ると、エリッキの深緑の瞳とバッチリ目が合った。

 「てなわけで、さっきの信者獲得大作戦に協力してくれるよね?」

 「……まあ、あっちの世界ではすでに実写化まで見たとはいえ、現実の世界で書籍・アニメ化される『悪ワタ』は見てみたいし」

 あるいはエリッキに対して、私と同じ『創作活動にもがき苦しむ小説家』としての仲間意識を感じたからかもしれない。

 「わ、私が役に立つのかは分からないけど、『悪ワタ』がヒットするための協力はする……よ」

 照れのせいで陥落したツンデレ女子みたいな口調になってしまったのは置いといて、私はエリッキの誘いを受け入れた。

 ついさっきまでは断る気満々だったけど、気分は案外悪くない。むしろ、ちょっとだけワクワクしているのは気のせいだろうか。

少し熱を帯びた頬が、少し緩んでいるのを感じる。

さっきの二人の声も良かったけど、アニメ化されたら声優さんがつくんだよなぁ……。

「よいしょ! そうと決まれば善は急げ。早速君には、時間が巻き戻ったあっちの世界にかえってもらうよー」

「声優は高田李奈ちゃんと江藤壮也くんがいいな……って、もう⁉ てか、巻き戻し⁉」

理想のCVを想像していたところ、エリッキから告げられた唐突な作戦開始宣言。

「そ、その巻き戻しってどうやるの? もしかして、一回死なないと巻き戻らないとか……」

「いやいや、うちはそんな物騒な設定でやってないから。我がちゃちゃっと儀式をやっちゃえば、自分が作った世界の時間くらい自由自在だよー。ささっ、じゃあまずは立ち上がって、くるっとこっちに背中向けてねー」

「あっ、ちょっ」

私は戸惑う暇もなく、されるがままに『儀式』とやらの準備を整えられていく。

「椅子はこっちに寄せてっと。もうすぐ目の前にでっかい光が現われるから、その瞬間に光に飛び込んでね。そうしたらまた『悪ワタ』の世界に戻れるから。オッケー?」

「お、オッケー……じゃないよ! もとの世界って、あの健くんをぶん殴ったシーンから再開するってことでいいの?」

「いやー、それだと展開がバイオレンスかつドロドロになっちゃいそうだから、もっと前に戻すよー。巻き戻しも初挑戦だからうまくいくか自信ないけど、予定では榊原が嫌がらせを受けてるんじゃないのかって君が指摘したあたりに戻すことにしてるから、その辺はよろしく!」

「け、結構な時間巻き戻るじゃん……」

と思ったけど、よく考えればそのあたりから『告白事件』へとつながる駄目なズレが生まれだしたし、結構ちょうどいいラインかもしれない。

さすがは大神少年。話の展開を読む力はあるということか。

すると、私の前方にあった『無の空間』が、思わず目を逸らしてしまうほどの目映い光を放ち始めた。

 「おっ、来たよ来たよー! じゃあ一応最後の確認として言っておくね。基本的に自由にキャラたちと交流してもらっていいけど、暴力はナシで。あとさっきは君と榊原の恋愛発展を見せてもらったし、できれば友情か親愛発展のコースになるよう誘導してくれるとありがたいかなー。それプラス五十嵐もメインキャラの一人だから、あの子ともしっかり絡んでねー」

 「五十嵐とも⁉ ちょっと待って、なんで直前になってそんな……」

 「もちろん、文句を受け付けないためだよーん。いってらっしゃーーい!」

 その瞬間、背中をポンと押されて体が光の中へ。

 押された衝撃と水の中にいるような浮遊感によってバランスがくずれ、一瞬だけエリッキの顔が見えたのだが、その表情はまさに『したり顔』だった。

 「何かあったらまたお手紙書いて連絡するから、君は君らしく楽しんでねー」

 「何が神様だ! この詐欺――」

 クレームをつけられそうな内容は、契約成立後の別れる直前に伝えるという悪徳商法。

その実行犯に向けた怨嗟の言葉を言い切るよりも、謎の光が私の全身を包み込む方がわずかに早かった。

……さっきまであったワクワク感が、突如湧き出た底なしの不安によって塗りつぶされたのは言うまでもない。



眩しい光を直視した後は、目がくらんで何も見えなくなる。

その基本原理は、神空間と『悪ワタ』の世界をつなぐゲートとなった謎の光でも同じようで、私は一時的に使い物にならなくなった目を慣らすのに悪戦苦闘していた。

足の方はしっかりと固い何かを踏みしめているので、転移自体はすでに完了していると思う。

(にしても、五十嵐ともしっかり絡めって……。前みたいに物語から強制退場なんかさせたら駄目だよなぁ)

手持ち無沙汰の状態で頭に浮かぶのは、やはりあの発言。

五十嵐は原作の最新の更新部分でもしっかり登場してるんだから、他のキャラと同じように私との会話のサンプルが必要なのは分かる。

ただ、ここで問題なのは私が根っからの五十嵐アンチなことだ。

多分だけど普通に仲良く会話なんてできないし、次もできることならキャサリーンと健くんからあいつを遠ざけたい。

でも、エリッキに協力をすると約束したのは一応事実。

エリッキからのリクエストをこなしつつ、私のオタクとしての矜持を守るには……。

(よし! まずはしっかり五十嵐と話して、その後に話から追い出そう)

ひとまずの方針が定まり、私はほっと胸をなで下ろす。これで目的が変わった『悪ワタ』生活二回目もなんとかやっていけそうだ。

そうして見通しが立ってくると、物理的な意味での視界もだんだん開けてきた。

さあ、エリッキの信者獲得……はいいとして、『悪ワタ』のアニメ化に向けて頑張るぞ!

「――先生な、騒ぐのもいい加減にしろって怒ろうと思ってたんだよ……」

「……は?」

こっちの世界に戻ってきて早々、私の目に飛び込んできたのは、教室中から突き刺さる恐怖混じりの冷え切った視線。これには見覚えしかない。

そういえばあのポンコツ神、『時間の巻き戻しは自信ない』とか言ってたっけ。

「でも小宅、そこまでいくとさすがに怖いぞ!」

この展開の後には、〝あれ〟が待っているのも脳裏にしっかりと焼き付いている。

「もう! またカウンセリング三時間コースじゃん!」


最後まで読んでいただきありがとうございます。

次回は8月20日(日)の更新を予定しています。

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