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…神の家ってなんだ。ここはダンジョンだよ。


などと口に出せるはずもない。どういう意図があるのか分からず、俺は返答の替わりに曖昧に微笑むに留めた。

なんかじーさん拝み始めてるし。懺悔とかされても神父じゃねーぞ。

とりあえずいきなり攻撃されることはなさそうだ。…神の家という話は否定しないでおこう。


「怪我をしているのですね。このようなところではなんですから、どうぞお入りください。」


「よ…よろしいのですか。」


舌を噛みそうな丁寧な言葉を意識して、じーさんをダンジョンに招き入れる。

ありがたやーとか言っちゃってるし、本当に大丈夫か、このじーさん。

ダンジョンだとバレないようにといろいろと画策していたが、まさか神の家だと思われるとは考えもしなかった。この世界では精霊は神に近い存在というのは知っていたが、俺が思う以上に希少なのかもしれないな。


じーさんがダンジョンの敷地に入った途端、俺のダンジョンマスターとしての細胞がザワザワと歓喜した。これは極上の獲物だ。喰いたい。

はっ。危ない危ない。落ち着け俺。こんな恐ろしいじーさんに手を出したら一瞬で返り打ちだ。

言動はちょっとよく分からないが、なにせ『強さ:非常に強い(ステータス低下中)』だぞ。ステータス低下していても非常に強いってどうなってるんだよ。


あまりにもボロボロで汚いので玄関に入る前にライブラリ経由で浄化の魔法とついでに治癒の魔法もかけて、すっきりさせてからログハウスの中に案内する。あ、驚かせてごめんな、魔法を発動する前に声掛けるべきだったかな。


リビングのソファに座らせて、イフリートにお湯を沸かしてもらう。さすが、一瞬だな。

二匹のブラウニーがお茶を淹れたり茶菓子を出したりとパタパタと駆け回っている。

どうやらじーさんにはこいつ等がはっきりとは見えていないみたいで、いちいち驚いたり慌てて振り返ったりしていて面白い。


「なんと!精霊様に振舞っていただくなど恐れ多い!ここは私めが…。」

「ブラウニーは屋敷妖精です。家事が好きなのでさせてあげてください。」


「これは…まさか霊薬?」

「いえいえ、うちの庭で採れた薬草を煮出したハーブティーですよ。」


「おおお。なんだこの甘味は。美味すぎる。これが神の国の食べ物でしょうか。」

「ただのクッキーです。」


そろそろなんでやねん、とか突っ込んだ方が良いんだろうか。いちいち大騒ぎするじーさんの相手も疲れてきたぞ。

俺はライブラリで読み取ったじーさんの情報を頭の中で確認した。


━━━━━━━━━━━━━━━━

【龍騎士 グラン】Level796

【人族】ソードライト王国騎士団所属

【強さ】非常に強い(ステータス低下中)

【称号】ドラゴンスレイヤー

【特徴】討取ったドラゴンに認められその装備を身に着ける者。国を出奔し追われている。

━━━━━━━━━━━━━━━━


レベル…高すぎだろ。俺なんてまだレベル1だぞ。


「ところで龍騎士殿はなぜこの森に?」


俺の問いに、それまでどこかはしゃいでいるようにも見えたじーさんが居住まいを正す。


「お恥ずかしい話ですが、死場を求めて参りました。」



───なるほどなぁ。

じーさんの話を聞いた俺は深い息をついた。じーさん、弱っていると思ったら寿命だったのか。

しかしこれはある意味都合が良い。俺の手を下さずダンジョンの中で死んでくれるのであれば…。


そう、俺は必死に人間と戦わなくてすむ方法を考えていたけれど、結局は人間を殺すことが怖いのだ。

ホーンラビットを殺すときだって忌避感があったが、イフリートに焼いてもらうことで我慢できた。


ダンジョンマスターとしての感覚では、生命エネルギーを吸収することへの愉悦も確かにあるのだ。

だからこの忌避感は、元人間(多分)としての俺の倫理感なのかもしれない。

ダンジョンマスターとしての本能に身を委ねてしまえば楽になれるかもしれないが、それをしてしまうと俺はもう俺ではなくなってしまう気がする。それが怖いのだ。


老衰だとしたら生命エネルギーはだいぶ衰えているだろうが、これだけ強いじーさんだ。俺が直接手を下すことへのストレスに比べたら誤差の範囲だろう。

問題は死に場所を探しているじーさんを、どうやってここで死ぬ気にさせるかだな。

確かじーさんはうちの配下を精霊様と呼んでいた。精霊信仰を持っているならこんな方向はどうだろうか。


「それでしたら、この家を終の棲家とするのはいかがですか。

 幸いここには精霊もおります。誇り高き龍騎士殿を看取るにはふさわしい場所かと。」


精霊信仰とは、国や地域によって多少の違いはあっても概ね『精霊に会えたら天国に行ける』とか『精霊のいる土地で死ぬと神の御許に行ける』といったものだ。

精霊に看取られるというのはその中でも最上の功徳じゃないだろうか。


「な…なんと…。もったいないことでございます。儂など神の御子のおわすこの森で、その辺りの雪にでも埋もれて臨終を迎えられれば僥倖。」


「ご冗談を。龍騎士殿のような位階の高いお方にその辺りで身罷られては魔物が発生して困ります。どうかこの家で。ここでならあらゆる存在は世界の礎に還ります。」


魔物が発生しても何も困らないけど!世界の礎って言っても魔素に変換されるって話だけど!この世界は魔素で出来ていると言っても過言じゃないので嘘ではないよ。そのままダンジョンに吸収されるだけで!

俺は詐欺師さながらに内面の必死さを押し隠してにこやかに語り掛ける。


「しかし…。私には追手がおります。御子様にご迷惑が…。」


「ふふふ。ここは迷いの森。どれだけの追手がここまで辿り着けるでしょうね。」


追手は面倒だがじーさんを喰らうのはそれに余りある。絶対に逃さんぞ。


「それに…。お望みとあらばその龍の魂もご一緒に…誰の手も届かない世界の礎に還ることもできますよ。

 いくら王とて存在しないものを持ち帰ることは叶いますまい。」






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