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「其方、あるじ様にお仕えすると簡単に口にするが、あるじ様のために一体何が出来るのじゃ。」
エリンが聖女を睥睨して問いかける。
まぁ確かに人手は足りてるしな。
人質を差し出されたからと受け取る筋合いもない。
俺の身の回りのことはブラウニーやエリンがしたがるし、聖女のお家芸ともいえる癒しの力はそれこそ俺やロノの魔法、エリンの精霊術と使い手に事欠かないんだよな。
それなりに位階は高いようだがこれは戦闘より人間を救ったことで上がったものだろう。特にルクシアは人間の数に拘っているフシがあるから、人間の救済に対する評価は高そうだ。
「それは…。」
聖女は返す言葉が見つからない様子で下を向く。
「能無しは要らぬぞ。あるじ様のお役に立てぬなら居ね。」
「お、お待ちください!私はルクシア教の聖女として顔を知られております。私がクムリ神様の巫女として信仰を説きましたら、きっとクムリ神様の信徒も増えるはずです。」
「…それは、ルクシア神を信仰する者を、ルクシアの名を借りて私に宗旨替えさせるという発言にも捉えられますよ?滅多なことを口にするのではありません。」
こっわ!何てことを言うんだこの聖女は。
魔王より先にルクシアに消されたらどうしてくれる。
「おお、義理固き神よ。神でありながら人の心が分かる尊き貴方様にお仕えするにはどうすれば良いのですか。」
うーん、実は結構気になっていることがあるんだが、試してみても良いんだろうか?
脈々と『名』だけを受け継いできた聖女ルクレツィア。それだけ強い神の息吹が込められているだろう。
その名を取り込めば、俺に名を付ける聖力にならないだろうか。
俺はそれを聖女に聞かれないようにエリンに相談してみた。
「なるほどの。確かに聖女ルクレツィアの名にはルクシアの息吹が強く込められているやもなのじゃ。
しかしそれであるじ様の名付けが出来るかは五分五分…。最悪の場合ルクシアに真名を握られる可能性もあるぞ。」
なるほど。ルクシアの息吹をそのまま使えば真名を握られることもあるのか。取り込んで俺の聖力に変換できるかどうかが分かれ目だな。
魔王に真名を握られたままではいざ喰われようってときに戦うことすらできない。真名を取り返せる可能性があるならやるだけやってみよう。
「それでは対価として貴方のお名前を頂きましょう、聖女ルクレツィア。『聖女ルクレツィア』の名を捧げ、永久に私に仕えて頂けますか?」
「なんと慈悲深い…ありがとうございます。ありがとうございます。
私はクムリ・レスノヴァ神様に聖女ルクレツィアの名を捧げ、生命ある限りお仕えすることを誓います。」
その瞬間、強いエネルギーが聖女から俺へと流れ込んだ。
コアを経由しない純粋な神の息吹。ルクシアのそれに塗り替えられそうな俺を構成する核となる部分を、俺の持つすべての聖力を掻き集めるつもりで必死に守る。
代々の聖女の記憶が俺をすり抜けていく。幾人かの力の強い聖女は一瞬俺に気付いたような素振りを見せることもあったが、そのまま素通りしていった。
最後に俺の前に立つ、どこかで見たような顔立ちでありながら無機質な表情のこの女を残して。
「お前が聖女ルクレツィア?ルクシアじゃないのか?」
「私はルクシア神ではありません。されど母たるルクシア神は、私を最も母によく似た人形であると愛でられました。」
ルクシアを母と呼ぶと言うことは、聖女は生殖で増えた人間ではなくルクシアが自ら手掛けた人形なのか。魔王といい聖女といい、どいつもこいつも同じ顔をしているな。
「ルクシア教国の皇族が神の子孫といわれるくらいだから、勇者の方がルクシアの縁者かと思っていたんだがな。」
「勇者マミヤは他の神々との協働で異世界から呼び寄せた者。様々な神から祝福を授けられ、その力で魔王を討ち果たしました。
皇族がルクシア神の子孫と呼ばれるのは、初代法皇が私と勇者の子であったからでしょう。」
おいおい、色々ぶっ込んできたな。勇者は違う女と結婚したんじゃなかったか。
いや、今はそれよりも気になることがある。
「わざわざ異世界から呼び出したのは何故だ。」
「この世界の者では、神も含めて魔王を倒せないからです。我々地上の者は存在する限り瘴気を吐き出し、また神は我々をお創りになる際に息吹を吹き込みました。魔王はこの世界のすべての神々の息吹を保有し、その力を用いて己の身を守っているのです。
魔王の持たぬ力、そして瘴気を吐き出さぬ存在。勇者にはそれが求められたため、条件を満たす者を異世界から召喚する運びとなりました。」
「…勇者マミヤはこの世界で生まれ変わることがあるのか?」
「それは有り得ません。勇者マミヤの魂は、この世界での死後強制的に元の世界に帰されました。勇者マミヤの子でさえ彼の因子を引き継ぐことは出来ませんでしたから、この世界で勇者マミヤに纏わる魂が再び生命を紡ぐことはありません。」
なるほどな。俺の異界の知識は勇者マミヤの影響かとも思ったがそれはなさそうだ。
だとしたら…俺は何者なんだろうか。
「…それで、あんたは何故ここに?」
「今代の聖女ルクレツィアがその名を貴方様に捧げたからです。
聖女ルクレツィアの名は母たるルクシア神から授かった特別な名。いつか再び魔王がその力を増したときに、聖女ルクレツィアの名が私の依代となるはずでした。
しかし名を貴方様に喰われてしまった今、聖女ルクレツィアとして顕現することが不可能となりました。よって私は貴方様に依代を所望します。」
「断る。」
「……。」
いや、むしろ逆になんで依代を貰えると思ったんだよ。




