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荒れ果てた森に木々が生い茂り、エリンやアナンシが過ごしやすいように手を加え、ロノ主体で魔物らが新しい縄張りに落ち着いた頃。
またしてもルクシア教国からの来客か。今度は聖女ときたものだ。
今回は聖女の出立前にロノの加護を与えた少年と会っていたこともあり、先に事情を知れたことは大きい。
ちなみに第二皇子の出兵の際には少年がまだ皇城に住んでいなかったし、さすがに皇族の周りは小さな蜘蛛一匹でも退治されてしまうこともあり事前の情報は掴めなかったのだ。街の噂程度で派兵の話がちらりと聞こえた程度か。
教国の情報はほぼ少年周りに限られるが、あるのとないのでは大違いだからな。
教国は俺に敵対したことで主神と崇めるルクシアに神罰をくらった第二皇子を国から除名し、詫びの生贄として聖女を差し出すつもりらしい。
空に浮かぶ魔王の姿は遠く離れた人間からも何故か明瞭に見えたようで、人間の多くはその容姿からルクシアと認識したようだ。王国に雇われた傭兵の一部はあれは悪魔か魔王に違いないと騒いだが、不信心だと処刑されそうになり口を噤んだ。
残念ながら間違いなく魔王だぞ。
人間の口などいい加減なもので、聖獣を傷付けられてキレた俺をルクシアが諌めて第二皇子の生命で落とし前を付けた説、心優しいクムリ神が人間に攻め込まれて困っているのをルクシアが助けた説などいくつかのパターンで語り継がれている。
どうも俺を敵視するような噂は教国の密偵に握りつぶされているようだ。十中八九少年の差し金だろう。
そんな流れの中、教国の法皇は聖女を生贄として差し出すことを決め、当然の如く老い先短い方を選んだ。少年はそれを逆手に取り、俺の力を喧伝するために聖女の命を利用しようと暗躍している。
とはいえ俺が少年の思惑に乗ってやる必要もないわけだが。
どうもあの少年は俺を主神に据えようとしているようだ。意味が分からん。
「あるじ様のことを心底盲信しておるのであろう。ルクシアが救わぬ弱き者の救済に現れた現人神、などと嘯いて信者を増やしておったのじゃ。」
「実際は神ですらないんだけどな。」
「当初の計画を完遂するのならば都合は良いのじゃ。グランめが仔犬のように走り回るゆえその復活は知られた話になったことであるしの。今に復活を期待した人間どもが押し寄せてくるぞ。」
エリンがくくくと悪そうな笑みを漏らす。
「む、儂は主殿の領土をこの目で確認したまでである。主殿の剣として自らの主戦場の地形は把握しなければならぬであろう。」
そう、グランはこの数日で俺のダンジョンの範囲内を隈無く確認して周り、人間に姿を目撃されている。どうやら龍騎士グランはそれなりに有名だった上に行方を追ってきた傭兵が世界の礎になったと言いふらしたようで、死んだはずの龍騎士グランが走り回っていると一時は怪談話になったほどだ。
それを上手い具合に俺を神とする証左にしてしまうんだから、少年の密偵はなかなか優秀だよな。
「しかし今回の事で、神はあるがままで神なのだと悟ったよ。俺のように聖人君子の振りなんかで印象操作をしなくても、ルクシアの行為と思えばそれだけで正当化されちまう。
あれだけ殺しても、信仰する神の行為なら人間はなんだかんだ理屈をこねて納得しちまうんだな。」
「ふうむ、そこに胡座を掻くのは危険ではあるが、やはり信仰は強いのじゃ。」
やはり俺のスタンスとしては神の振りをしておいて、普段は友好的に、だが敵対するなら容赦せずだな。
人間と大々的に敵対するメリットとリスクを天秤に掛けるとリスクが上回る。人間などいくら軍勢を率いても取るに足らんが、喰らいすぎると魔王に狙われると分かったのは僥倖だ。
だが魔王に対抗するためには力を付ける必要もあるんだよな。当面は魔王にとって食べ頃にならない程度に細々と喰らいながら家畜の身分から下剋上するための作戦を練っていくしかないだろう。
さて、来客に話を戻そうか。
実際は近くの街もすでに俺のダンジョンの範囲内なのだが、人間の認識としては俺の領域は森だということになっている。手の内をすべて見せるつもりはないから事実を伝える必要はない。
俺たちは聖女一行が森に入る前に森の外で出迎えた。聖女に同行してきた者らは俺が森の外にいることに驚いたようだ。
見ようによっては歓迎しているようにも警戒しているようにも捉えられるだろう。
「こんにちは。聖女殿。私に何かご用向きですか?」
肩にロノを乗せ、隣にハイエルフらしく着飾ったエリンを、一歩後方に従者を装ったサリアを、そして護衛としてグランが前に立ち分かりやすく威圧する。
教国に慮る気にもなれず、まだるっこしいやり取りを省いて単刀直入に語りかけた。どうせ聖女の用件は分かっているのだ。こちらの計画通りに進ませてもらおう。
「ク…クムリ・レスノヴァ神様。私の罪を告白いたします。」
お、おう。いきなりどうした。
聖女は土下座せんばかりに傅き、涙ながらに懺悔を始めた。
曰く、ルクシアに信仰を捧げたまま俺に仕えようとしたこと。
教国からは俺の様子を知らせるように密命を受けていたこと。
第七皇子から俺の神としての知名度を上げるための計画に協力するよう命じられたが、返事を保留にしていること。
「こうして目の当たりにするまでクムリ神様のご威光を信じられなかった私が愚かでした。
今ならレオンハルト皇子殿下の仰ることが分かります。クムリ神様こそ衆生の救い。どうぞ私の生命ある限り貴方様にお仕えすることをお許しください。」
この時期多忙につき更新頻度落ちていて申し訳ありません。
しばらくのんびり更新になります。




