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side 聖女ルクレツィア

りーん、りーん、と魔除けの鈴の音が響いております。

本来ならば教皇様の移動の際にしか使われない貴重な魔道具をわたくしのために使って頂ける日が来るなど、想像したこともございませんでした。


クムリ神様に恭順の意を示すために、私はほんの数人の共を連れてかの森に向かっております。

皇族の不始末のためとはいえ、このような老体に鞭打つような真似をさせることからも、教国の『聖女』に対する扱いがわかるというものです。


私のような老いた聖女に何の価値がありましょう。だというのに、ほんの僅かな望みだと知っていながらも、私は最後のお役目としてクムリ神様の元へ行かねばならないのです。



我が神聖ルクシア教国で呼ばれる聖女とは、古の真なる聖女様の名を継ぐ女という意味です。

勇者様と共に魔王を討った聖女様は、勇者様がルクシア教国を興した後に姿を御隠しになりました。

真なる聖女様は癒しの力と魔王の瘴気を浄化する力を持つと伝え聞きますが、私たち力無き聖女には僅かな癒しの力があるのみです。


教国に生まれた女子は名付けの洗礼の前に聖力のあるなしで聖別され、聖力のある女子はそのまま神殿で聖女候補として皆等しく育てられます。

それは皇族であろうと孤児であろうと変わらぬ規律であり、聖女候補として神殿に入った赤子はその家では生まれなかった者として扱われるのです。


聖女候補に名を付けることは許されません。聖女候補は癒しの力を扱えるようになると須く(すべからく)『聖女ルクレツィア』の名を賜るのです。

しかし大抵の聖女候補はそれ以前に気が触れてしまい幼くして儚くなります。

聖女ルクレツィアを名乗れるようになるのはよほど心の強い者か、癒しの力の発現が早い優秀な者…ルクシア神様のご加護の強い者だけなのです。

年に一人か二人は聖力を持った女子が神殿に迎え入れられますが、聖女となれるのは数十年に一人。聖力を持つ者の短命さがよく分かりますね。


幸い私は五歳の折りに癒しの力を発現することが出来、聖女ルクレツィアの名を頂きました。

あれから六十年以上、神殿でひたすら人々を癒す日々を送っておりましたが、このところ体調が思わしくなく、お努めに出られない日もあるほどです。


現在聖女を名乗っているのは私と今年十七歳になる年若い者の二名。

神の怒りに触れた皇族の代替となる生贄としてどちらを差し出すかは明白でした。



私が旅立つ前の日、最近新たに皇族と発表された第七皇子レオンハルト様がお見えになりました。

レオンハルト様は皇族ということを隠してお育ちになりましたが、幼少の頃はよく神殿にいらして私に古の聖女様のお話をねだられたものです。子を持ったこともない私ですが、僭越ながら孫のような心持ちでご成長を見守ったものでございます。


「聖女ルクレツィア様。精霊の森に行かれると聞きました。」


「はい、レオンハルト皇子殿下。残り僅かなわたくしの生命ではありますが、クムリ神様に祈りを捧げて生涯を終える所存でございます。」


「クムリ・レスノヴァ神様…。僕に力がないばかりに、ドルトイスタ兄上の愚行を止めることが出来ませんでした。出来ることならば僕もクムリ神様の元で終生を過ごしたい。

 けれど僕には為すべきことがあります。二度とこの国の者がクムリ神様と白龍様に非礼を働けないよう、僕はこの教国を掌握します。」


私は驚きのあまり息を呑みました。それは、つまり…。

しかしレオンハルト様の御髪と瞳の色を見れば、それも不可能ではないと思われます。才覚よりも神に近い色を持つお方が法皇になるべき、と主張する層は一定数おりますし、ましてやレオンハルト様は幼い頃からとても賢いお方でした。


だからこそ、レオンハルト様のそのお言葉はあまりにも重く、私には口にすることも憚られます。


「聖女ルクレツィア様。クムリ神様は世界の礎と還った者を生き返らせることが出来ると伺いました。

 現に死期を間近に消息を絶ったソードライト王国の龍騎士様や、クムリ神様の元で身罷られたはずの元領主夫人の姿が目撃されています。」


「何ということでしょう…。レオンハルト皇子殿下、それは生命の定めに逆らう行為、決してあってはならぬことです。」


「いいえ、聖女ルクレツィア様。他でもない神の所業です。

 僕は一度クムリ神様に拝謁が許されました。あの神々しさ、浄化された空気、よほど神格の高い神に間違いありません。

 もちろん何かしらの対価だとか、クムリ神様にお認め頂くとか、無条件ではないでしょう。されど、聖女ルクレツィア様。僕は貴方にクムリ神様の元で復活を果たして欲しいのです。

 それも聖女として、大々的に。」



レオンハルト様の頼みに頷くことが出来ないままに、私は旅立ちました。

恐らくかの皇子は私の聖女としての立場を利用してクムリ神様のご威光をさらに広く喧伝し、また教国を治めたのち国ごとクムリ神様に捧げる橋渡しとして働いてほしいのでしょう。


それは明確に聖ルクシア教…いえ、ルクシア神様に対する背信行為です。私がそのお手伝いをするなど…迷うべきもありません。



ああ、それなのに。


以前は迷いの森と呼ばれていたと聞く、現在は精霊の姿がそこかしこに見える森。

その入り口で私を待ち構えていたかのようにその御姿を現されたクムリ神様に、私はすべてを懺悔せずにはいられませんでした。


僅かな聖力を持つ私には、クムリ神様から溢れ出る聖なる気配に圧倒され、教国の思惑も、レオンハルト様から頼まれたことも、全てポロポロとこぼれ落ちてしまったのです。

私はルクシア神に魂を捧げるべく生きてきました。クムリ神様に私の全てを捧げることは出来ませんが、なんとしてもクムリ神様にお仕えしたいと、生まれて初めて心から渇望したのです。


クムリ神様は慈愛に満ちた眼差しで一切を御許しになりました。



「それでは対価として貴方のお名前を頂きましょう、聖女ルクレツィア。『聖女ルクレツィア』の名を捧げ、永久とこしえに私に仕えて頂けますか?」


クムリ神様への誓いを胸に、私はかの御方の御許で最期の時を迎えました。






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