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ロノを狙い、あまつさえ傷を負わせた人間。俺自身で燃やし尽くしたい気持ちもあるが、グランは俺の剣。俺が斬り伏せるのと同義だ。
グランの祖国の者でもある。ロノも応援していることだし、ここはグランに任せることにした。
「久しいな、騎士ゲイルよ。」
そう言えばじーさんに傷を負わせた相手だとロノが言っていたな。当然知り合いであったらしい。
周りの騎士やら傭兵やらは皆、影も残さず消え去ったというのに一人生き残っているあたりは、じーさんとやり合えただけあると素直に感心する。
しばらく愕然とグランを見ていた呪術師は、やがてよろよろと立ち上がった。
「騎士グラン…本物なのか?だがその肉体は人間ではない…。」
ほう、分かるのか。
俺が配下として召喚している以上、どうしたってダンジョンのモンスターであることには変わりない。外見は以前のままでも、その肉体は物質化した魔素でしかないからな。
記憶を引き継ぐから考え方は大きく変わらないが、魂さえも一度俺に取り込まれたことで俺の影響を受けて以前と全く同じではない。
多少魔素が見える者なら違いは明らかだろう。
ロノが最近大きくなったり小さくなったりするのも、構成している魔素配置を変えているだけの話なのだ。
「ふ、我が神クムリ・レスノヴァ様に与えて頂いた肉体である。ヒトであるかどうかなど些末。」
「神…。」
ううむ、呪術師の俺を見る目に崇拝を超えた狂気を感じるんだが…。人智を超えた所業への畏怖はあるが、神と思う者に対する畏敬ではない。狂信者とも言えるし、マッドサイエンティストが獲物をロックオンしている目とも言えるような、そんな狂気じみた視線だ。
グランが俺に向けられるヤバイ視線を遮るようにさりげなく立ち位置を変える。
「我が神の森を荒らした罪、その命を持って償って貰おう。」
「ま、待て。我もお主のようにはして貰えぬか。ちゅ、忠誠を誓えというのなら誓う。我もお主の神の僕と…。」
呪術師が最後まで言葉を発する前にグランが瞬時に肉薄し斬り掛かった。辛うじて反応したことで右腕を切り落とされることを防いだ呪術師だが、その腕はダラリと力無く垂れ下がっている。
「軽々しく我が神の僕だなどと口にするでない。儂が主殿の騎士とさせて頂くのに、どれほどの想いを掛けたことか。」
グランの怒りで周りの空気の温度が上がっている。
…それに関してはすまん。俺がビビリなばっかりに、装備に宿ったロノだとか後から来たエリンやアナンシを先んじて、グランを今まで召喚しなかったことは悪かったと思っている。
とはいえさっきコアに呑まれそうだった俺を正気に戻せたのはグランがまだコアにいたからだし、結果オーライだな、うん。
もちろんだからと言ってこちらの事情を知らない呪術師なんぞにグランの想いを穢されたことを許す理由にはならない。
続け様剣戟を振るうグランから必死に距離を取ろうとする呪術師。グランの剣が呪術師の命に届きそうになる度に、呪術師の身体から黒い煙が上がり不自然に致命を逃れる。
なるほど、あれが呪術か。魔素を活用する魔術や魔法と違い、呪術は代償を必要とする。通常は相応しい位階の素材を加工しておき、使う呪術に応じて代償の代替とするのだろう。
しかし呪術師はグランに何度も致命の一撃を食らい代替が尽きたのか、自らの存在そのものを代償として命を長らえているのだ。
存在を代償とすれば位階が下がり生命エネルギーは希薄になる。むむ、これは美味くないぞ。
だが手を出さないと約束したからな。
グランも生命エネルギーが減っていることが分かったのか呪術師が剣技で対応できる程度に手数を抑え出した。距離を取って下手に呪術を発動されても面倒だしな。
呪術師も一瞬怪訝な顔をしたものの僅かに出来た余裕で右腕を治癒する。呪術は代償という制限がある分、代償次第で出来ることの範囲は広そうだ。
「お願いです、まつろわぬ神よ。貴方様の手足となり天の神にも牙を剥きましょう。どうか我を貴方様の僕にしてください。」
やれやれ。お喋りをする余裕まであるとはな。
俺が主神に反逆を企てている神だとでも思ったのか、検討外れの自己アピールをする。
その言葉はグランの更なる怒りを買ったようだ。
一瞬の溜め。激しい戦闘の最中だというのに、静寂を観た。
次の瞬間、白い焔が呪術師を襲った。眩い光の中、呪術を使う間も無くバターのように袈裟斬りにされる呪術師の生命が失われて行くのを感じる。ん?まだ何か手を隠し持っているのか。
起死回生の手を打たれるのはさすがに付き合いきれん。何かの呪術を発動しようとする呪術師に瞬時にとどめを刺し、ダンジョンに吸収する。
グランには悪いが美味しいとこだけ貰ったぜ。
餌をたらふく喰らったダンジョンが、デザートまでペロリと平らげ嗤った気がした。




