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「ロノっ!!!」
呪術師の剣は間に転移した俺を素通りし、ロノの羽を掠った。鮮血が飛び散る。視界が怒りで赤く染まる。
ロノに向かって飛んできた網をライブラリから発現させた炎で燃やす。その炎はそのまま呪術師と網を投げた兵士を飲み込まんと激しく燃え上がった。
「ひぃっ!」
ロノに傷を負わせてしまった。俺の慢心だ。網を用意していたのか。最初からロノを攫う気で?
俺はロノにすぐさま癒しと浄化の魔法を掛け、結界を幾重にも施す。
「ロノ、大丈夫か。」
『父ちゃん、ボク何ともないよ!助けてくれてありがとう!』
グツグツグツと腹の奥でイフリートの炎が煮えたぎっているようだ。ロノが無事だったからと到底許せるものではない。ロノを狙った者も、大切な仲間を守ろうとせず敵に手心を加えてしまった俺自身も。
ダンジョンは俺の感情に呼応するようにグラグラと揺れ、あちらこちらで地割れが起こり、兵士が飲み込まれる。視界に入る逃げ惑う兵士の肉体が、俺の怒りに耐えられずに次々燃えた。
真っ先に崩壊した地下階層で数千人の人間の生命が散っていく。悲鳴も怒号も生命と共にまるごとダンジョンが呑み込んだ。
恐怖、怒り、悲しみ、憎しみ…。怨嗟の感情が渦を巻くように生命エネルギーとなり、それもまたダンジョンに吸収される。
もっと、もっとだ。憤怒し、愁嘆し、絶望せよ。その魂を喰らってやる。
ドクン
ダンジョンが歓喜に震える。そうだ、こんなに簡単に喰らえるというのに、なぜ今まで喰らわなかったのだろう。
ドクン
ダンジョンが膨らみ、広がる。俺の意志を汲み取りダンジョンの領域がぐんぐん広がっていく。迷いの森のさらに先、人間の世界を呑み込んでしまおう。ロノを狙った、この兵士どもを送り込んできた連中がいるところまで。途中すべての生命を喰らい続ければエネルギーも問題ない。殺せ、喰らえ、蹂躙せよ。
「ぐっっぅ。」
突然の激しい頭痛。割れるような痛みに、真っ赤に燃えていた視界が一瞬ブラックアウトする。
顔を上げると、そこには泣きそうなエリンとロノの顔があった。
「あるじ様、正気に返ったのか?」
『父ちゃん、ごめんね。ボクが勝手なことしちゃったばっかりに、父ちゃんを悲しませてごめんね。』
「エリン…ロノ…。」
頭痛が和らぎ頭の中で意思が響く。
──これ以上はやめてくだされ。御子様の心が泣いております。
この声は…。
──どうか儂に自らの仇を取る機会を与えてくだされ。御子様のお力で憎き仇敵を儂の手で討ち取らせてはくださらぬか。
「じーさん…か。」
先程の頭痛はじーさんの強い意思か。ダンジョンコアに呑まれそうになっていた俺の意識を、コアから飛び出さんばかりに強く溢れたじーさんの意思が弾いたのだ。
俺の呟きでエリンは何事か悟ったようだ。地獄のように燃え盛る周りの炎を気にもせず、エリンが俺の手を取る。
「あるじ様。魂を捧げるというのは、生半可な想いではない。
あるじ様を神と思うて捧げたわけでもなく、最大の感謝しているからと無条件に魂を捧げる訳もなし。あるじ様にすべてを捧げたいと心の底から思うたから、妾はあるじ様の所有物になったのじゃ。
あるじ様のそばにいられるだけで、妾はあるじ様に創造してもらえて幸せじゃ。龍騎士殿にはその幸せを与えてはやらぬのか?」
エリンの言葉は俺の迷いを取り除いた。
俺を信頼し、子供のように純粋な畏敬の眼差しを向けてくれていたじーさんに、騙されたと詰られるのが怖いなんて。じーさんにも失礼だったよな。
俺はライブラリを開き【龍騎士グラン】の召喚を選択する。
じーさん、だいぶ待たせちまってすまないな。
ダンジョン内を暴れまくっていた魔素がじーさんの召喚のために収束する。力を求めるじーさんの想いが形になるかのように魔素が人影を取る。
「おお、御子様。いや、主殿。ようやくお目見え叶った。この日をどれだけ待ち侘びたことか。
儂の声を聞き届けてくださり感謝仕ります。」
「龍騎士グラン。俺はお前を…。」
この後に及んで謝罪を口にしそうになりその言葉を飲み込む。
「騙されたなどと思うてはおりませぬ。儂はずっと見ておりましたぞ。ですから主殿の苦悩も分かり申す。
それでも儂は、主殿に魂を捧げたことを誇りに思うております。これからは主殿の剣となりて主殿の敵を討ちましょうぞ。どうか儂を主殿の騎士にしてくだされ。」
「そうか…。
ありがとう、グラン。よろしく頼む。」
俺はライブラリに保管していたじーさんの遺した龍の剣を取り出した。
グランは重々しくその場に傅く。
「龍騎士グラン。俺の盾となり、剣となり、俺の大切なものを共に護ってくれ。」
ライブラリで騎士の誓いは知ってはいても、格好良い台詞なんて咄嗟には出てこない。俺はグランの肩に剣先を向けて、シンプルに望むことを告げる。
「賜りました。我が神、クムリ・レスノヴァ。」
ロノの前身であった龍の剣が再び龍騎士の手に戻る。
グランは立ち上がり、鞘を腰に穿くと、先程から這いつくばったままこちらの様子を窺っている呪術師を睥睨した。




