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運ばれた老人らはアナンシが来たときに作った宿舎で寝泊まりしている。
ダンジョンは生命エネルギーを吸収する。健康な者であれば特に問題にならない睡眠時に吸収される生命エネルギーも、寿命間近な者であれば致命的だ。
だからいくらエリンの薬湯で身体の痛みなどは緩和できても、死期は早まるのが現実だ。寿命が近い者だけを迎え入れていることもあり、早ければ来たその晩、長くても三日のうちには身罷っている。
もちろんここは介護施設ではないから俺たちにとってそれは都合が良い。そして死を待つ者たちも、人生の最期を痛みもなく精霊の気に満ちた夢のような場所で過ごせてハッピー。
お互いにwin-winというわけだ。
富める者も貧しい者も皆一様に迎えられ、安らかな眠りにつくように息を引き取り、その生命は世界に還元される死出の家。
世界樹やハイエルフ、聖獣の存在がそれを裏付ける。さらに妻を看取り感謝の意と自らも同じく還元されたいがために、終生俺に奉仕すると語るカムラの存在がさらに信憑性を持たせていた。
───世界樹の森の死を待つ者の家
いつしかそう呼ばれていた俺のダンジョンの来訪者は、初めのうちは数日おきだったのがほぼ毎日になり、今では一日に数人になる日もあるほどだ。
当然そうなると不届な者も出てくる。
あまりの居心地の良さに死にたくないと騒ぐ者。問答無用でご臨終頂いた。
金は払うから待遇を良くしろと怒鳴り散らす者。エリンの威圧を込めた笑顔で大人しくなった。
森の入り口でピンピンしてるのに迎えはまだかと喚く者。当然迎えなど行かずにアナンシの子蜘蛛をけしかけて追い返した。
大切な人を看取りたいと着いて来たがる者。あまりしつこいと死期の近い本人も連れて行かないよう徹底している。
宿舎が手狭になって来たので俺の住まいから少し離れた場所に新しい建物を造ることにした。
エリン監修の古い時代のホテルをイメージした建物…もうホテルでいいか。石造りの五階建て、完全個室で浴室トイレ付き。俺の記憶だとちょっと高めのリゾートホテルといったイメージだろうか。食事も部屋で取れるようにサービスルーム付きだ。
まあ言ってしまえば部屋から一歩も出るなという様式だな。トラブルの元だ。身の回りのことは専属のブラウニーが世話してくれる。
部屋はエリンの強い勧めで百室からなる。半円形の建物で、全室から精霊の戯れる中庭が見える。庭という半分森だよな。建物にもエリンの力で植物を蔦わせたり世界樹の葉を落とし、窓のすぐ近くまで精霊が寄ってくるようにしてあるので、一日二日なら見てるだけで退屈はしないだろう。
俺の住居からは獣道すら繋がっていないので、完全に隔離した形だ。
エリンは結局俺の手を借りたことを謝っていたが、俺のダンジョンだし子どもたちが俺のためにしてくれていることだ。嫌ならハッキリ拒否してるしな。
ダンジョンは既に迷いの森を全て呑み込んでいる。けれど環境はなるべく変えず、とくに森の浅い部分は魔物を減らさず、気軽に森には立ち入れない状態を維持している。
もっと広げる事もできるが、特に必要ともしていないし、今はこんなものでいいだろう。
迷いの森に点在していた毒の沼などがダンジョン化の影響で浄化されて、水の精霊ウンディーネや風と森の精霊シルフィなども召喚できるようになった。ダンジョン化で清浄になるというのもおかしな話であるが。様々な種類の精霊がいた方がバランスは良いというので適当に放出している。
俺は毎日何をしているかというと、大抵読書だ。ライブラリの情報が多すぎて項目を把握するだけでも大変なのだ。もちろん必要な情報であれば直接アクセス出来る。
だが情報の種類によっては知っていれば選択肢が広がるが、存在を知らなければ必要になることは絶対にない、というものもあるからな。
現在の閲覧レベルⅢではこの世界の開示されている全ての情報にアクセスできる。多くは人間社会に於けるものだ。大まかな項目だけでも目を通そうと思っても、つい興味のある魔道具や過去の英雄譚に気が行っちゃって読み込んじゃうんだよな。ネットサーフィンで夜明けを迎える感じが懐かしいな。
さて、ライブラリも現在の閲覧レベルをようやく制覇できたし、そろそろお客さんを迎える準備をしますか。
ダンジョンの範囲が広がったため中継がなくても近くの農村や街くらいならライブラリで様子を見られるようになった。
近頃そこに映る物々しい騎士や兵士たち。
この国になんと話を通したのやら、他国の戦力が最寄りの街に集まっている。と言っても兵の大半は街の周りで野営しているのだが。
街の人間などは迷惑そうにしているが、自分たちに攻撃される心配をしている様子はない。
旅の人間はほとんど驚いているがな。
神への叛逆者の元へ行くなら斬るとか言い出しているため、最近はダンジョンに来る人間は減っている。ヘイトスピーチやめてもらえませんかね。
騎士は先日国に着いたロノの徴を与えた少年の映像で見た第二皇子
の勢力。そしてどうやら協力関係にあるらしいもう一つの武装集団。
…ソードライト王国って確かじーさんの出身地だよな。ルクシア教国の情報源はそこだったのか。
相変わらずロノを狙って来たのか、じーさんと装備を魔素にした俺に報復に来たのかは分からないが、こちらに攻め込む気でいるのは確かなようだ。
ここまで物騒な様子でお話に来ましたって言われてもさすがに信じないぞ。
やれやれ。
人間とはやり合わない方針で行きたかったがそうもいかないものかな。




