24
「それでは貴方方のうちのお一人にだけ、白龍からの祝福を授けましょう。手の甲に徴を残します。十分な証になるでしょう。」
さすがに白龍を聖獣と崇める宗教国家で祝福を知らぬ者はないらしい。喜色を浮かべる騎士どもに、俺はにこりと笑いかける。
こっそりとダンジョンの環境操作で『気象トラップ:高揚の霧』を選択、実行。
罠機能はアナンシを取り込んだ際に一部開放されていたのだが、必要なかったので放置していたのだ。森の魔物が罠に掛かっても可哀想だし。
位階的には罠機能の開放には足りてないが、アラクネの性質を取り込んで一部の罠が使えるようになったのだろう。
高揚の霧はなんてことはない、気分を高揚させて多少判断力を鈍らせる程度のトラップだ。
落ち込んでいる人間を元気にするほどの作用はないから、戦闘などでハイになってるところに仕掛けて普通なら進まない場所へ誘導する使い方などが良さそうだ。
そう、こんな風に。
「白龍からの祝福が得られたとなると第二皇子殿もきっとお喜びになるでしょう。貴方方も危険を冒してここまで来られたご苦労が報われるというものです。」
俺は騎士の一人一人に目を合わせて微笑みかける。
ロノ誘拐の命令を出したという第二皇子ドルトイスタとやらにはきっちりと落とし前をつけて貰わねばな。トップや皇太子じゃないあたりにキナ臭いものを感じるじゃないか。
大方後継者争いにロノを利用しようというのだろう。許すまじ。
「しかし白龍の祝福は誰にでも、という訳にはいきません。心が清く魔力の高い者。白龍との相性もありますので…。そうですね、そちらの方なら可能でしょう。」
「ボ…いえ、私、ですか?」
「ええ。うちの白龍はまだ幼い。年若い貴方が一番相性が良さそうです。」
俺は騎士の中で一番若い、まだ少年と言っても良さそうな男を選ぶ。
嫉妬、羨望、怒り、喜び、様々な感情がその場に入り乱れる。ふうん、これだけの人数がいれば大きな感情のうねりもなかなか美味い生命エネルギーになるんだな。
「し、しかし、知られざる神よ。その者はまだ若すぎでは…。」
「話を聞いていましたか?白龍が彼を選んだのです。彼では不都合だと言うのならそのままお帰りください。」
食い下がるリーダーをぴしゃりと跳ね除ける。
帰った後に俺も俺もと祝福を強請るやつに押し掛けられても困ることだし、誰でもいいと思われるわけにはいかない。
リーダーも渋々引き下がった。
「それではそちらの少年に白龍からの祝福を与えます。対価として祝福される者の剣を頂戴することとしましょう。よろしいですね?」
「えっ…それは…。」
剣は騎士の命にも等しいと聞く。少年は驚き拒もうとするが、選ばれなかった周りの者はそれで溜飲を下げることにしたようだ。断ることを許さない圧力を少年にかける。
少年は一瞬常に左右を固める騎士らに視線を送るが、その二人もまた熱に浮かされたように剣を捧げるよう迫る。少年は諦めたように下を向いた。
ロノがクルルルと高らかに鳴きながら少年の周りをくるりと飛び、その手の甲に前脚を乗せる。キラキラと輝く光がロノから少年に吸い込まれて行った。
ロノが触れた部分にはロノの手形…いや、もう少しカッコいい紋章のような痣が残っている。
騎士どもはそれを見てどよめき、何やら有り難がってるけど…やっぱり手形じゃないのか?
お、位階も上がったようだし、強さも一段階上がっている。
━━━━━━━━━━━━━━━━
【レオンハルト・マミヤ・ルクシア】Level68
【人族】神聖ルクシア教国騎士団所属
【強さ】並
【称号】神聖ルクシア教国第七皇子
【特徴】勇者マミヤの血を受け継ぐ者。ルクシア教国法皇の庶子。白龍ロノの祝福を受けし者。
━━━━━━━━━━━━━━━━
くくく、美味しそうな餌の出来上がりだ。
周りの反応からしてこの少年は身分を隠して騎士団にいたようだな。
第二皇子の命令で動いているこの隊で、庶子だろうが皇族だと知られていたらああも簡単に祝福を受けさせるはずがない。
ちなみに強さの基準は人間の練度の高い戦士で『並』。少し鍛えた新兵程度で『弱い』というレベルのようだ。幅はかなり大きいが。
最初は俺も『弱い』で落ち込んだものだが、人間基準では並〜強いの間ぐらいだったんだな。『並』の今ならそこのリーダーとタイマンなら互角くらいだろうか。
人間で並より上はじーさんしか見たことない。しかもあれは『非常に強い』だった。道理で人間離れしてるはずだよ。
少年は祝福を受けたことで強さが弱いから並に上がった。位階はまだ見られないが感覚的に上がっているはずだ。
第二皇子を連れてくるから待ってろだとか、少年では絶対にダメだとか、剣を渡すなんて無理とか言われないように一応高揚トラップを発動してみたが、必要なかったかもな。
特に少年の護衛あたりが剣を出し渋るかと思ったが、案外本人も護衛も剣の価値を知らなかったのかもしれない。
━━━━━━━━━━━━━━━━
【マミヤの剣】
強い対魔の力を持つ聖剣。魔王討伐のため主神ルクシアが勇者マミヤに授けた。
━━━━━━━━━━━━━━━━
神の因子ゲットだ。
後でダンジョンに吸収させよう。
さてさて、聖獣からの祝福を受けた第七皇子が帰還したら、この剣を持たせた者はどう動くかな?
庶子とはいえ護衛付きの騎士に勇者の剣を持たせといて、何も考えてませんって訳はないだろう。
新たな火種になって第二皇子を追い落とすならそれも良し。第二皇子の陣営に入るようなら改めて策を練ろう。
そのためにロノの祝福の徴にそっと触れた。
「これは白龍からの祝福の証。白龍に恥じない──になるのですよ。」
ハッと俺を見上げ傅く少年。仕込みは済んだ。
まあせいぜいがんばってくれ。




