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「サリア!逝くときは共にと…約束したではないか!」
カムラの悲痛な叫び。サリアは先ほどから彼の方を見ようとしない。
「このような魔物と共に逝くなど、戯言も大概になさいませ。元より私はあなたが先に死んでも、この姿になり進める所まで進む予定だったのです。あなたと共に逝くつもりなど最初から…。」
「それでも!私はお前が先に逝くなど耐えられぬ!
御子様…どうかこの憐れな男を、妻と共に世界の礎とさせてください。」
えー…もう、茶番は他所でやってくれよな。なぜそんな大事なやり取りを先に済ませておかないのか理解に苦しむ。
「あるじ様、ここは妾に任せて少し席を外してもらえるか?」
俺のわずかな苛立ちを感じ取ったのか、エリンがにこやかに提案する。ハイエルフは感情の機微に疎いとエリンは語っていたが、そういう本人はどちらかというと気遣い屋だよな。
配下に気遣わせてしまうなんて主人としては情けないが、ここは歳の功に甘えよう。
俺の心の声を読んだのかジト目のエリンに見送られ、未だ愛だの罪だの言ってる二人に背を向けた。
──あるじ様、終わったのじゃ。こちらに戻ってくれぬか。
世界樹が俺に囁いたのは、リビングでロノと戯れ出してから一刻ほど経った頃だ。
裏庭に行くとそこにはエリンとアラクネのままのサリアだけが立っていた。サリアの前には人間の赤子ほどの大きさの卵が並んでいる。
「もう良いのですか?」
俺はカムラの不在には触れずにサリアに訊ねる。
卵にほとんど生命エネルギーを送り込んだのだろう。もういつ魂が離れてもおかしくないほどだ。
「御子様、お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。よろしければ力無き私に代わり、この子らを御子様の配下にお加えください。
蜘蛛型にしかなれぬ未熟な子らですが、森ではそれなりに有用です。また糸を紡いで布を織ることもできます。必ずや御子様のお役に立てるでしょう。」
エリンに何を吹き込まれたのかそう言って卵を差し出すサリア。…まぁ森に放すくらいならいいけど。服はライブラリからでも出せるしな。
「受け取りましょう。我が森で繁栄することを許します。
またこの子らを対価にご同行の皆様が無事に森を出られるよう尽すことをお約束します。」
頼んできたカムラはもういないけどそれに関しては仕方ないな。あーあ、俺ってばお人好し。
「おお御子様。ありがとうございます。ありがとうございます。」
感謝の言葉を延々と述べながら、サリアは涙を流して消えていった。もはや肉体を保つエネルギーも残っていなかったのだろう。文字通り全てと引き換えに卵を産んだのだ。
まぁ生命エネルギーはしっかり回収したけどな!
舌の肥えた俺のダンジョンは今さら搾りかすみたいなアラクネで腹は満たされない。だというのにわずかに震えるような歓喜に違和感を覚えてライブラリを確認した。
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【魔人アラクネ】50000pt
【強さ】並
【特徴】アラクネの魔人体。人型とアラクネ型の両方の形態をもつ。ダンジョンマスターに魂を捧げたため召喚可能。
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…魂を捧げられた覚えはないんだけどなぁ。
「子どもらを自分の代わりに配下にと頼んでいたではないか。魂を捧げたも同然なのじゃ。」
「そういうもんか。」
…ところで俺は忘れていたことがある。相談に行ったはずの夫婦が戻ってこない場合、残された同行者がどう考えるか、という問題だ。
神の子だと思われてるから大丈夫かもしれないが、普通に考えてめちゃくちゃ怪しくないか?
主人やら依頼者が顔も出さずに、彼らに頼まれたからって俺が森の外に出る手助けをするのも、考えようによっては都合が悪いから追い出したように見える…よな。
というわけで召喚可能をこれ幸いと俺はサリアを呼び出すことにした。
一人でもいるなら体裁は保てるはずだ。
今回は特に変更したいこともないのでサクッと『魔人アラクネ』をタップする。お、なんか卵を使えばカスタマイズ出来そうな感覚があるな。
ん?これは…。
そして、卵の一つから一体のアラクネが生まれた。
上半身は相変わらずサリアと同じ顔立ちの女。白い髪と赤い眼は人間と交わる前のアラクネの姿だろうか。元は五十代頃に見えていたのが二十代に若返っている。
下半身の代わりに見上げるほどに大きな琥珀色の蜘蛛。瑪瑙のような眼には理知の光を湛えている。
「『ご主人様。この度は格別のご厚意、誠にありがとうございます。我々は未来永劫ご主人様に忠誠を誓います。』」
人の口と蜘蛛の口から同時に発せられる声。蜘蛛の口とか発声方法どうなってるんだ。
『ご主人様、私の魂までお使い頂き感謝の極みです。これで妻と永遠に共にいられます。』
「サリアが望まなければ叶わなかったことだ。礼はサリアに言うんだな。」
『それでも…ご主人様のご慈悲に感謝します。』
そう。このアラクネにはサリアとカムラ、二人の魂が使われているのだ。人型部分はサリア、蜘蛛型部分はカムラという感じなのかな。なんと人型になる際はサリアとカムラ、どちらにもなれるのだ。同時に二人はさすがに無理だけどな。
カムラにも伝えた通り、サリアが強く望み魂が深く結びついていなければカムラの魂はそのままダンジョンに吸収されただろう。
俺から見るとサリアはカムラにあまり関心がなさそうに見えたが、人の心は分からないものだな。
「あるじ様は女心に疎いのじゃ。」
うるせ。




