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「アラクネ?」
「ああ、あの夫婦のご婦人の方はアラクネ…魔人だ。」
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【サリア・ムルスイ】Level25
【魔人】アラクネ
【強さ】非常に弱い(ステータス低下中)
【称号】ムルスイ里の長
【特徴】ムルスイの里を代々治めるアラクネ族最後の長。人族ムルスイ領元領主の妻。
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翌朝、俺はエリンとロノにライブラリで知ったサリアの情報を共有する。こういうことは黙っていると何か不測の事態になったときに命取りになるからな。無駄なフラグは立てるべからず。
アラクネ族は上半身が人間の女性、下半身が巨大な蜘蛛という魔物の一種で賢く狡猾だとされる。
ライブラリによるとムルスイの里というのは元々女系の長が治める土地だったのが、二百年ほど前に今の王国の支配を受け入れたことでムルスイ領となったようだ。それでも代々王国から派遣された貴族がムルスイの里の長の娘と婚姻を結び領主を務めている。
ムルスイの里の血族の男子はなぜか生まれた土地から皆離れており、カムラが長男に領主の地位を譲ったことは異例中の異例だったようだ。
サリアの特徴にある『アラクネ族最後の長』という文言と関係ありそうだな。
そんな彼女のたっての希望で世界樹まで旅することになったようだし、何かカムラにも伝えていない目的がありそうだ。
敵意は感じなかったが警戒は強めておく。
「ふむう、生きている魔人がまだ居ったとはな。最後に魔人を見たのは何千年前になるかの。居っても魔の領域の向こう側かと思うていたのじゃ。」
「魔の領域の向こう側には魔人がいるのか?」
「むむ、妾が生まれたばかりの頃は、まだあちら側にも世界樹やハイエルフがおって様子も伝わっていたのじゃが…。そもそもその頃は魔の領域とも呼ばれておらぬしの。
ある時急に魔人らがあちら側に集まり始めたかと思えば、急激に魔素が減っていって世界樹もハイエルフもすべて枯れてしまったのじゃ。それゆえ今はあちら側の情報は何もないのじゃ。」
なんだかきな臭い話だな。魔素がないのに魔の領域とはこれ如何に。
「魔人と魔物はどう違うんだ?魔物のアラクネもいるんだよな?」
「魔物の中でもヒト型で知能が高いものは稀に魔人に進化するのじゃ。知能も魔素量も目に見えて高くなる。大きな違いは完全にヒト型になれるかどうかなのじゃ。
そうすると群れのリーダーとなって社会性を持ち始める。魔人の率いる群れは、代を重ねるうちすべてが魔人に変わっていくのが常じゃ。ムルスイの里はそうやって人間の里に擬態した魔人の里だったのじゃろ。」
なるほど。そうするとムルスイのアラクネは、エリンの言う魔人らが魔の領域のあちら側に移動した後に魔人化したのかもしれないな。
「魔人は世界樹と敵対関係というわけではないんだよな?」
「この世に生きている者が世界樹に敵意を抱く理由などないのじゃ。」
俺自身もダンジョンマスターだし人間に擬態しているあたりに親近感を感じなくもない。魔人であることを隠しているのは警戒を煽るが、元々人間として過ごしてきたのなら特に俺やエリンを騙そうとしているわけでもないのだろう。
そこまで警戒する必要もないとは思うが、小心者の俺は何があっても対応できるように考えすぎてしまう。
「何にせよ話を聞くのが先なのじゃ。アラクネを含めあの人間どもではあるじ様に傷ひとつ付けられぬ。妾もおるゆえ安心するのじゃ。」
『ボクもいるよ!父ちゃんを守るんだ!』
「二人とも、頼りにしてるよ。よろしくな。」
午前中は甘えたになったロノを腕にくっつけながらいつものようにのんびり過ごし、宿泊所の方の面々が昼食を終え一息ついた頃を見計らって訪問する。
旅の疲れもあるだろうから俺としてはもう少しゆっくりでも良かったんだが、朝から時間を気にしてソワソワしているのが可哀そうになったのだ。建物からも出ようとしないし、昨日の説明は言葉足らずだったなと反省する。まぁロノが優先だから仕方ないよな。
「こんにちは。昨夜はよく眠れましたか。」
神の子だか遣いだかの仮面を被ってにこやかに顔を出す。俺が名乗ってるわけじゃないから、相手がどう呼ぼうとそのままなのだ。
さて、カムラの話を聞こうかね。ひとまずカムラ夫妻が代表して話したいというので俺のログハウスの方に行くことにした。部下たちにはあまり聞かれたくないようだし。
サリアにも夫君と一緒で大丈夫か確認したがそれで良いようだ。
「この柵のこちら側であれば魔物は入ってきません。私の家以外の場所はご自由に行動していただいて構いませんよ。
世界樹の素材は、世界樹が認めたものしか持ち帰れないようです。ご希望の方はお帰りの際に世界樹に交渉してみますので、勝手に傷つけたりしないようお願いいたしますね。」
カムラの部下たちに言い残して夫妻をログハウスに案内する。
世界樹の葉は積もるほどに落ちているが手に取ると魔素に還って消えてしまう。世界樹の素材を持ち帰れば一攫千金だろうがそれを目的に人間が押し寄せても煩わしいので、本当に必要な場合のみ持ち帰らせると昨日のうちにエリンと相談して決めてある。
思いつめた顔して物欲しそうに世界樹を見つめている冒険者もいることだし、一応釘を刺しておこう。




