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カムラ一行が俺のログハウスに辿り着いたのは、それから四日後のことだった。
ロノを供に付けた割りには遅かったと思うが、ダンジョンの精霊やマナの豊富さにいちいち驚いたり、すぐ近くを歩く魔物にいちいち警戒したりしていたから仕方ないか。
ロノの言葉が分かればまだマシだったかもしれないな。鳴き声しか聞こえないようだったし。
俺はその間にログハウスから少し離れたところに新たな建物を建てておいた。こちらもベースはログハウスだが、俺の家のように快適さと居心地重視にしたものではない。イメージは学生寮といった感じだな。
三階建てのナチュラルハウス。一人部屋と二人部屋の個室が各階に各五部屋ずつ、バストイレ付の広めの部屋が三つずつ。各階に共用の大浴場とトイレがあり、一応二階が男性用、三階が女性用としたが夫婦もいることだし必要に応じて変えればいいだろう。
一階はキッチンや食堂、談話室などの共用スペース。ちなみに暖炉には炎型のイフリート、家事はすべて新たに呼び出したブラウニーがしてくれる。
俺のログハウスじゃ狭すぎるし、これだけの人数が俺の生活スペースの中にいることはちょっと耐えられそうになかったので、ポイントは余計に必要だが増築よりは新築することを選んだ。
そういえばログハウスはせっかく宿屋風にしたのに、じーさんしか泊まったことないな。エリンは寝るときは世界樹に帰るし。ロノはもちろん俺と一緒に寝ている。モフモフとさらさらすべすべが混在する最高の抱き枕だ。
客が来たのでエリンは俺の護衛のため一緒に寝ると張り切っている。護衛はロノで事足りるので丁重にお断りする所存だ。
だいたいあいつ世界樹なんだから、枝葉の届く範囲ならすべて見えてるし転移も自由だ。一緒に寝る意味ないだろ。
ちなみに俺はダンジョン内すべてでそれが可能だ。
なんてエリン相手に意味のないマウント取ってないで、客を迎えに行こうかね。
「おかえり、ロノ。案内ありがとう。」
姿が見える前からソワソワしていたロノは、人間どもが俺たちを目視出来る距離に来た途端に俺に向かって突進してきた。
『父ちゃん、ただいま!ただいま父ちゃん!会いたかった寂しかったよー!』
パタパタと飛び回りながら頭を擦り付けてきたり俺の全身に身体を擦り付けて来たりと忙しない。…マーキングされてるな、これ。
会ってない間に俺からロノの匂いが消えてしまったのだろうか。
俺はロノに好きにさせつつちゃっかりモフモフを堪能する。
人間どもはこちらを見て驚愕の表情を浮かべていた。まぁ予想通りだな。この辺りはもう世界樹の陰の中。何なら落葉が始まっていて足元も世界樹の葉だらけだ。
世界樹は葉の一枚さえ霊薬として使われるくらいだから、ぞんざいに踏まれていればそれは驚くだろう。
「お疲れ様でした。宿泊施設をご用意しておきました。あちらの建物はご自由にお使いください。下働きをする妖精がおりますので身の回りのことは任せてくださって大丈夫です。
あちらの建物は私たちのプライベートスペースですので立ち入りはご遠慮ください。世界樹を近くで見たいなど、ご用の際は妖精に言付けましたら取り継ぎます。」
ポカンとしているが今は俺を押し倒さんばかりに甘えたがっているロノのケアが先だ。いつも魔狼の子らと遊んでいるからか、段々トカゲというより犬に見えてきたな。そんなに尻尾をブンブン振ったら抜けそうで心配になるぞ。
「本日はお疲れでしょうから、ひとまずそれぞれお部屋を決めてお寛ぎください。食事はお好きな時間にどうぞ。それでは。」
「あ…あの、御子様。」
「ああ、世界樹の葉で明るいですが、夜はきちんと消灯させておりますのでご安心ください。」
「み、御子様。」
「…何か。」
有無を言わせず立ち去ろうとしたのにカムラに引き留められる。…空気読めよな、ロノが俺の頬をチロチロ舐め始めてるだろ。
「重ね重ねありがとうございます。皆をゆっくり休ませてやれます。
今後についてご相談させて頂きたいので明日お時間を頂けますでしょうか。」
「…では明日午後にそちらに伺います。他に何かございますか?」
「いえ、お急ぎの所失礼いたしました。ご厚意に感謝いたします。白龍様もありがとうございました。」
俺は今度こそ足早にログハウスに戻り、ロノを思い切りわしゃわしゃしたりブラッシングしてやる。
目を細めて気持ち良さそうにとろけるロノと、それを羨ましそうに眺めるエリン。
『父ちゃん、父ちゃん。ボク早く帰ってきて父ちゃんに会いたかったけどがんばったよ。』
「そうだな、よく頑張ってくれたな。ありがとう、ロノ。」
「あるじ様、妾も宿舎造りの手伝いをがんばったのじゃ。それにあやつらの前ではハイエルフらしくがんばって威厳を出しておるのじゃ。妾もがんばっておるのじゃ。」
エリンのあまりの必死さに思わず笑いつつ、頭をポンと撫でた。
「ああ、エリンも頑張ってくれてるよ。いつも色々教えてくれてありがとな。」
俺が守るべきはこいつらが最優先だ。
魔物に殺されそうになったときは思わず助けてしまったが、人間どもが目的の世界樹を前にどんな行動に出るか分からない。特にあれは何を考えているのか…。
うちの子たちが傷つけられる事態になれば躊躇わずにその命を奪うと、俺は改めて心に刻んだ。




