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えーっと。困ったな。
俺は目の前で平伏している人々を前に途方に暮れていた。
多分また神の遣いだと勘違いしてるんだと思うけど、その設定で行くにしてもこんな状況でどう反応したらいいんだ。
エリンとロノは俺の出方を見てか黙っている。
とりあえず怪我人はロノが全員治してくれたようだ。誰も死んでいなくて良かった。俺が行こうとしたら目的も分からないままでは危険だってエリンに止められたんだよな。
うーん仕方ないな。
「顔を上げてください。」
頭を地面につけた状態じゃ話もできないでしょ。お奉行様じゃないんだから。
全員に言ったつもりだったけど、顔を上げたのは一人だった。老夫婦の夫君の方だな。以前来た傭兵もそうだったけど、こういう時はリーダーが一人出てくるという不文律でもあるのかもしれない。
「この森が危険なことはご存知のはず。この先に何か用ですか?」
少し言葉がきつくなってしまったかもしれない。確かに従者に真っ先にポーションかけてやったり優しい主かもしれないけど。
だからこそ、主の我儘で従う者を無理させて死なせちゃうとか、どんな事情なら許されるって言うんだ。
「わ、私はムルスイ領元領主のカムラ、こちらは妻のサリアです。老い先短い我々の往生場として世界樹様の元を希望して参りました。神の御子様がお住まいとはつゆ知らず、騒がせてしまいましたことをお詫び申し上げます。
そ、それから、彼らの傷を治していただけましたこと、感謝の言葉もございません。本当にありがとうございます。」
「貴方方が世界樹の元で生を終えたいというお気持ちは分かりました。では周りの方々は?まだ世を儚むような御歳でもないはず。己の命を懸けてでも主君の命を守ろうと?」
俺の言葉から非難の色を感じ取ったカムラの顔色が変わる。ところが周りの付き人や護衛がカタカタ震えながらも手を挙げた。
「みみみ御子様、ぶ、無礼とは存じますが発言してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。」
「私はムルスイ領から護衛として同行しておりますトリトンと申します。こちらのカムラ様は、この迷いの森に入る前に我々使用人に領に戻るよう申し付けられました。こちらまで同行させていただいたのは、敬愛する主と最期を共にしたかった我々の我儘でございます。
カムラ様とサリア様が我々を無理に同行させたわけではないこと、どうかお分かりいただきたく存じます。」
「わ、私からもよろしいでしょうか。」
冒険者は3つほどのグループが共同で依頼を受けたようだが、その中でも年嵩の男が発言を求める。いや、普通に話していいんだけど。
「…どうぞ。」
「我々はここから南に位置するイサンドラの街の冒険者です。我々もそれぞれの事情と覚悟を持ってここまで参りました。命を懸けても世界樹様をその目で見たかった者、迷いの森に親兄弟を呑まれても入らずにはいられない者、カムラ様とサリア様のお人柄に惹かれてここまで来た者。
カムラ様とサリア様は、我々をけして使い捨ての駒だとか、ご自身の目的のために金子で思い通りにしようなどと考える御方ではございません。もしも命を軽率に扱うとお怒りであれば、それは我々自身に向けていただきたく存じます。」
他にも手を挙げて主を擁護しそうな様子だったのを、俺は白けた気持ちで手を振って遮った。別に俺がイラつこうとこいつらには関係ないというのに、何をそんなにムキになるのか。あ、俺が神の子を騙っているからか。自分で云ったことはないけれど。
なんか自己嫌悪というか、俺が悪者みたいじゃないか。いや、俺ダンジョンマスターだったわ。人間からすれば悪者か。
「皆さんの言い分は分かりました。各々が望んでの結果であれば私から申し上げることはございません。
世界樹はこの先…貴方方の歩みであれば数日でたどり着けるでしょう。この先は魔物もより強力になるのでお気を付けくださいね。」
「あるじ様、お住まいにこの者らを招き入れるのですか?」
エリンが俺の神の子モードに合わせてか大人のときのような話し方で人間どもに聞こえるように問いかけてくる。
「拒む理由もありません。…貴方は良いのですか、エリン。」
そういえば物見遊山な人間はイヤだと言っていたな。そう思い一応エリンに確認すると、エリンはうっすらと微笑んだ。
「あるじ様が許すのであれば否やはございません。もっとも、その者らが魔物に喰われる前に妾の元まで辿り着ければ、ですが。」
あー…。この先の魔物相手ではどうやっても無理だろうなぁ。今ロノがこの人間どもを狙った魔物を止めたことが多少の抑止力にはなるかもしれないが、そこまで賢くなくて食欲だけで徘徊しているような魔物もいるからな。
そう考えると以前来た傭兵たちは俺のログハウスまで来ただけじゃなく街まで無事に戻ったようだし、かなり優秀だったんだな。じーさんの命を狙うくらいだから当然か。
「ロノ、道案内を頼めますか。」
俺はため息交じりにロノに頼む。ロノが同行していれば森の魔物は手を出してこないだろう。あーでも俺の癒しが。
『わかったよ、父ちゃん。』
ロノはきゅうと可愛く鳴いて俺の頬を一舐めし、人間どもの頭上をパタパタと飛び回った後、サリアの頭にちょこんと止まった。
…えー。
「こほん。その白龍のロノが世界樹の元まで案内します。私の大切な家族です。くれぐれも傷つけぬよう。」
唖然としていた人間どもは、俺の言葉にハッとしたように改めて平伏した。
「案内までしていただけるとは…。御子様、重ね重ねありがとうございます。聖獣様に乱暴を働くことなどけしてございません。聖獣様、よろしくお願いいたします。」




