side ハイエルフの末裔 エリン
永きときを生きた。
我らハイエルフは世界樹の股より生まれ出で、死した肉体は新たな世界樹となる。
だがこの万年ほどは世界に漂う魔素が減り続け、同胞ら世界樹の若木は成長を待たずに枯れていった。
世界樹は瘴気を吸い上げ純粋なマナへと変換して拡散させる魔素の循環装置。
蓄えたマナで新たなハイエルフを生み出すため、魔素の減少著しい現代においては約一万年前に生まれた妾が最も年若いハイエルフになる。
人間やエルフからはハイエルフは神の代理人などと言われているがそんなに上等のものではない。
ハイエルフは生まれ落ちたその瞬間からその身を削って世界を浄化しながら、自らの世界樹が根を張る土地を探して放浪する定めなのだ。
今この世界に存在する世界樹は妾が生まれた一樹のみ。
妾が何処かの土地に根付けなければ、いずれこの世界から世界樹は失われてしまうだろう。さすればいくら魔素の枯渇が危惧されるこの世界といえど、溢れる瘴気を浄化するすべがなくなり魔物に埋め尽くされた魔境と化し、新たな生命が生まれることなく滅んでゆくことは避けられない。
寿命などないに等しいハイエルフといえど、一万年も生きればガタがくる。魔素の少ない土地を放浪し続けていればなおさらだ。
妾は自分の命の灯が燃え尽きようとするのを感じながら、何年も放浪を続けていた。
その森に足を踏み入れたのは、もはや命が尽き果てる寸前のことであった。
この身体に蓄えられていたマナも尽きようとしている。そうすればこの肉体は魔素に分解されて世界樹へと作り変わる。
新たなる世界樹の若木が育つ可能性はとても低い。それでもわずかでもその可能性を高めようと彷徨い、ようやく比較的瘴気の濃い森にたどり着いたのだ。
この場所であればもしかしたら根付くことが出来るかもしれない。
妾は一縷の望みをかけてより瘴気の濃い森の奥へと向かった。歩を進めるたび髪がハラハラと抜け、地面に落ちる前に葉に変わる。その葉も雪に溶けて魔素へと還る。
もう世界樹化が始まっているのだ。急がなければ。少しでも奥へ。
森の最奥ともいえる場所。そこには瘴気などなかった。
完全に浄化された純粋で清浄なマナ。まるで世界樹そのもののような…家?いや、ダンジョン?
まさか。
ダンジョンは妾が生まれる少し前にこの世界に突如現れだした、ある種の魔物だ。
魔素溜まりに生まれあらゆる生物を呑み込む食虫植物のような魔物。それがダンジョン。
世界樹が浄化したマナを拡散して循環させるのと違い、ダンジョンは瘴気を凝固させてダンジョンコアに蓄える、世界樹とは対極となる存在。
人間がダンジョンコアを砕いてエネルギー源とすることで多少は循環されるが、ダンジョンが吸収した魔素の総量を考えると微々たるものだ。残りはどこに消えているのか、魔素に詳しいハイエルフであっても分からない。
この世界の魔素が減り続けているのはダンジョンが原因であるのは確かだし、世界樹が育つのと同じような環境を好むため、世界樹が育たなくなった一因でもある。
そう、ダンジョンはハイエルフの天敵、世界の害悪なのだ。
しかしこのダンジョンはどうだろう。
驚くべきことに庭先ではノームやサラマンダーが彷徨っているのが見える。他にも精霊の気配がする。
ダンジョンは魔素を瘴気に変えるため体内で飼うのは魔物と相場が決まっておる。清浄なマナを好む精霊がダンジョンに飼われるなど聞いたこともない。
これはダンジョンではないのか?だが不自然に凝固した魔素を感じる。やはりダンジョンコアの気配だろう。
…しかしダンジョンコアにしては固まり具合が緩いというか、ゆらぎがあるの。丸めた土塊から少しずつ土を掘りだしているような。ゆえに固まりきらぬのか。
妾はその不可思議なダンジョンらしきものを前に、もはや一歩も動けなくなってしまった。足先の分解が始まっている。ここに根を張るしかないのか。
木の柵に取り付けられた入口の前で立ち尽くす妾の前に、その御方は降臨された。
世界樹のような清廉なマナを纏い、創造神様と同じ髪と瞳の色を持つ存在。間違いない、神の御子だ。
我らハイエルフのような紛い物ではなく、本当の神の御使い。
聖なる白龍を従えて精霊の集う森に立つ御姿は神代の世界もかくあらん。
「神の御子よ。御前で立ち尽くす非礼をお詫び申し上げます。ハイエルフ族のエリン、この場で世界樹へと変態させていただきます。意識あるうちに貴方様にお会いできた幸運に感謝いたします。」
本来なら平伏するところであるが、もはやこの身体ではそれも叶わぬ。
それでも神の御子は慈愛に満ちた眼差しを妾に向けてくださった。
「ハイエルフ殿。このような場所ではなんですから、ひとまず中に入りませんか。失礼ながら抱き上げてもよろしいでしょうか。」
まさか生きているうちに神の御子に触れていただける日が来るなど、誰が想像できたろうか。
妾はこの幸運に打ち震え、ただなされるがまま、あたたかな腕に身を委ねた。
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