男の子だとばかり思っていた幼馴染に数年ぶりに再会したら催眠種付けおじさんだった
この作品を読むときは、IQを下げてお読み下さい。
山間から覗く青い空、湧きたつように昇る入道雲。
来週からは夏休みも明けるというこの暑い時期、ボクは生まれ故郷である山間の小さな町に帰ってきた。
「リン、元気にしてるかなあ」
ボクはスマホの画面を見て、チャットアプリの画面を見ながら自然と頬が緩む。高2のこんな時期にわざわざ編入試験まで受けて東京から地元にボクが帰って来た理由は、もちろん一番は家の事情だけれど、子供の頃一緒に遊んでたリンに再会できるってのが一番大きかった。
友達のあまりいなかったボクと唯一一緒に遊んでくれていた男の子、リン。色白で線が細くて、でも元気いっぱいで僕を引っ張って野山を一緒に駆けまわった一番仲のいい友達だ。
離れ離れになってからはチャットアプリで会話するだけで、会うのも7年ぶり。その間写真とかも見せて貰ってないから、どういう少年に育ったか凄く楽しみだ。逆にリンの方もボクの写真を見てないから、びっくりするかなあ?
二人の家の丁度中間にある小さな日よけ屋根のあるバス停。ここがいつもの待ち合わせ場所だった。
「あ、メッセージが」
通知音に気付いてボクがメッセージを見ると、もう彼もここに着くそうだ。うう、緊張してきた。
ドス、ドス、ドス、と足音が聞こえる。
「ん?」
道の向こうから異様な巨漢が歩いて近づいてくる。身長は2メートルくらいありそうで、体重も軽く百キロ台後半はありそうなスキンヘッドの男……なんだろう、ソップ型の力士みたいな奴だ。
ん? なんだ? こっちに向かって手を振ってるぞ……ボクは後ろを振り向いてみるけれど、他に人はいない。
という事はやはりボクに向かって手を振ってるのか……しかし誰だ? 全く心当たりがない。
なんとなくボクはちらりと自分の手元を見た。手にはまださっきのチャットアプリの画面を開いたままのスマホが握られている。
ん? いやまさか。
巨漢はもうボクのすぐ目の前まで来て、にこやかに話しかける。
「アキラくん、久しぶり!」
「…………へ?」
言葉を失ってしまった。
確かに『アキラ』はボクの名前ではあるけれど……この男は……まさか。
「リ……リン?」
違っててくれ。
否定してくれ。
そう願ったのだが。
「アハハ、もしかして見違えて分からなかった?」
野太い声でそう答える。
いや……
いや、ええ?
はち切れそうな筋肉を覆う脂肪の層。丸太のような手足に落ちくぼんで表情の読めない眼差し。半袖に短パンという格好は田舎の高校生としては別段珍しくもないのだが、妙に股間の辺りが大仰に膨らんでいるように見える。というか高校生というよりは中年男性にしか見えない。
「こんなの……」
太陽に輝くスキンヘッドを見上げながらボクは呟く。
「種付けおじさんじゃん」
なんなのこれ。会わなかった七年の間にいったい何があったの。密かに心の中じゃ十歳の時はただの美少年にしか見えなかったけど、本当は女の子で、七年後の今は立派な巨乳美少女に成長。二人はひと夏の経験を……なんて妄想していたのに、こんなのあまりにあんまりだよ。
「アキラ、大きくなったね。最初誰だか分からなかったよ」
そう言ってリンはぽんぽんと僕の頭を撫でる。誰だか分かんないのも大きくなったのもお前の方だよ。
ああ、でもなんだか彼に触れられると安心する。自分と違って圧倒的な強者の存在。こんな雄を前にしたら、ボクは……ボクはもう………
「でも『種付けおじさん』は酷いなあ。僕は『おじさん』じゃないよ」
「おじさんじゃない……」
「そう。種付けもしない」
「種付けもしない……」
「僕は君の味方だよ。僕を信じて」
「リンはボクの味方……リンを信じィやあっ!!」
僕は大声を上げながらバク転をして距離を取る。
なんだ? 今の不思議な感覚は? リンに話しかけられると、すさまじい安心感に包まれて、囁かれる言葉は全てがボクにとっての真実として心臓に刻まれていくような感覚。……まさか。
ボクはその場にうずくまり、顔だけを上げてリンを見た。相変わらず眼窩が陰になっていて表情は読めないが、笑顔でこちらを見ている。
「ただの『種付けおじさん』じゃなく、『催眠種付けおじさん』なのか……?」
― 催眠種付けおじさん ―
― 『種付けおじさん』の上位種。
― 婦女子に種付けを実行することを至上の命題とする点では一般的に広く分布している種付けおじさんと同じであるが、『催眠術』による優位性を持つ。
― 元々生命力と繁殖力に優れる種付けおじさんであるが、この催眠術により自然界にはほとんど天敵は存在しないと言ってよく、生態系の頂点に君臨し、特にメスガキに対して強い優位性を持ち、分からせる。
― 少子化の進む日本でこのような生物が進化の結果として現れたのは種の遺伝的多様性を保つためという命題に対して指向性が高すぎるという指摘もあり、今後の研究が期待される分野である。
「どうしたの? アキラ。さっきから意味の分からない事をぶつぶつ言ってるけど。僕はそんな『催眠種付けおじさん』なんかじゃないよ。第一アキラと同い年だから『おじさん』じゃないでしょ」
ま、まあ、それはそうなんだけど。元々小柄で身長も百五十センチしかなくて華奢なボクと並ぶとその大きさは一層際立つ。腕だけでボクのウエストくらいある様な気がする。
こんな『雄度』を見せられたら、ボクみたいな中途半端な人間はもう……メスになるしかないような気がしてくる。
「まあ、『おじさん』じゃないのだけは間違いないよね……」
外見は完全におじさんだけど。七年で人間ってこんなに変わるものなのか?
「そうだよ。それにアキラは男なんだから種付けなんかできないでしょ?」
「そ、そうだね。種付けなんかできるわけないよね」
「そう。僕とアキラがセッ〇スしても種付けはできない」
「セッ〇スしても種付けは出来ない……」
「だからセッ〇スしても大丈夫」
「セッ〇スしても大丈……あああぁぁッ!!」
僕はその場で飛び上がり、きりもみ回転をしながら腕立て伏せの姿勢で着地した。
「今完全にボクに催眠かけようとしてただろう!!」
「そ、そんなことしてないよ! 濡れ衣だよ!」
「そんなことしてない……濡れ衣……」
おっと。ボクは腕立て伏せの姿勢からしゃがんだ状態になって首を左右に振る。なんかアレだ。リンの言葉を復唱するのはヤバいサインだ。
正直言うと、ボクがここまでリンの事を警戒するのには秘密がある。いずれは言うつもりだったけど、リンにはずっと隠していた秘密が。
「お~い、アキラ! やっぱり帰ってきてたんだな」
遠くからかけられた青年の声に二人は思わず振り返る。そこには長身で少し髪の長い、如何にもチャラそうな男が立っていた。
「ユウジ……」
「おいおい、婚約者の俺に声もかけずにこんなところで油売ってるってどういうことだよ」
にやにやといやらしい笑みを浮かべながらユウジはボクの肩に手をかける。
このクソボンボンが、いきなりバラしやがった。
「えっ!? 婚約者って、アキラ、まさか女の子だったの!?」
リンが驚きの声を上げる。
その通りだ。胸も小さくて髪も短いからよく間違えられるけど、ボクは実は女だ。だから子供のころから一緒に遊んでて、大好きだったリンと会うのが楽しみだったし、もしあの頃中性的な少年だったリンが実は女の子だったとしても『普通どっちか男だろう! 両方女じゃ話が進まないじゃん!!』ってオチがつけられると思っていたのに。
まさか催眠種付けおじさんにメガ進化しているなんて。
「ど、どういうことなの、アキラ。それに『婚約者』って!!」
まあ、当然そこにも反応するよね。
ボクはユウジと距離を取ってリンに耳打ちするように小さな声で話す。
実を言うとボクの家は随分と借金があって、その返済をユウジの実家、九重建設の社長に肩代わりしてもらっていたんだ。少しずつその借金は返してはいたんだけど、九重家の方から「ユウジとアキラが結婚すれば借金を返済する必要もなくなる」という提案があって、ボクにも特定の付き合ってる異性もいないし、この申し出を受けることになったんだけど。
でも、ボクは、本当は子供の頃に一緒に遊んだリンの事が忘れられずに……
いたんだけどさ……
ちらりとリンの表情を見る。
うん、キツイ。
むせかえる様なオスの匂い。
体重差は多分百キロ以上あるし、身長差も五十センチ近くある。
同じ生物と思えない体格差。
こうやって見つめてると、何もかもが自分の生きてきた世界とは違い過ぎる。
ああ、なんだかこうやってじっと見つめてると、頭がぼうっとしてきて……あれ? なんだかいい男に見えてきたような。
いや、なんか冷静に考えてみたらリン、結構いい男なんじゃないのかな? ボクに対する態度も紳士的だったしさ。なんかこう、この男の子を孕みたいっていうか……
「うおああッ!!」
ボクは大声を上げて首を左右にぶんぶんと振る。
危ない危ない! また催眠術にやられるところだった。
「そんな婚約、良くないよ」
少しかがんでボクの話を聞いていたリンは僕の叫び声を気にせずにユウジの方に向き直った。泰然自若なところも格好いい気がしてきた。
「なんだリン。何が良くないってんだ?」
相変わらずユウジはにやにやと下卑た笑いを浮かべている。嫌な男だ。リンを見習え。リンの男らしい態度と繁殖力の強そうなところを。
「借金のために結婚するなんておかしいよ。そういうのはお互いが好き合って、するもんだろう?」
「オイオイ、俺は別に強制はしてないぜ? 借金は普通に働いて返せばいいだけだろうが。俺とアキラは愛し合ってるんだよ!」
ユウジはリンのシャツの襟首を掴んで凄む。体格差があり過ぎて夫のネクタイを直す妻みたいだけど。
「それともおめえ、俺に文句があるのか? この町で九重家に逆らおうってのか!?」
そうだ。九重建設の経営者の九重家はこの町で絶対的な強者。従業員の数も多いし、その中には素行の悪い人間も多い。この小さな町で睨まれたら、生きていけないんだ。
「君の言う通り、結婚は愛し合っている者同士でするべきだ」
「だろう? 結婚は愛し合ってる者同士でするべきだ。よく分かってるじゃねえか」
「強制するのは良くない」
「強制するのはよくない……」
「今日はとても暑いね」
「きょうは、あつい……」
「家に帰ってマスでもかいてろ」
「いえ……かえる……」
リンと話している間にユウジの目はどんどん虚ろになっていき、ついにはそのまま回れ右して家に帰っていった。
「凄いな……第三者視点で見るとこんな感じなんだ……」
正直恐怖しかない。この町の生態系の頂点はやっぱり催眠種付けおじさんだった。
「よくわかんないけど急用ができたみたいで帰っちゃったね。それにしてもアキラが女の子だったなんて本当にびっくりしたなあ」
ああ、一番知られちゃいけないような気がする人に知られてしまった。これ……種付けされてしまうのでは? いや、リンはそんなことしないって信じてる。仮にされるにしてもアレだ。種付けおじさんに種付けされるのは自然な事なんじゃないかな? なんかそんな気がしてきた。頭がぼ~っとしてくる。暑さのせいかな。
「アキラ! あらリン君も一緒にいたのね。そろそろお昼よ。一緒にご飯どう?」
二人で何をするでもなく道に立ってると声をかける女性が……っていうかお母さんか。地元に帰ってきて家に帰るより先にリンに会いに来たから実はお母さんに会うのも久しぶりだ。
お父さんの単身赴任に付き添って東京に行って、地元に残ったお母さんとは別居状態だったから、会うのも1年ぶりだったりする。
「久しぶり、ただいま。お母さ……」
ボクは言葉を失ってしまった。
「お……おか……そのお腹、は?」
お腹が大きい……明らかに太ったとかじゃない。これは、妊娠してる? 初めて聞いたんだけど。
え? ちょっと待って? お父さんはずっと私と東京にいたはずだし、子供をつくる暇なんて……え? 誰の……?
「おばさん、身重なのにそんなに歩き回って大丈夫なんですか?」
「あら、知らないの? 妊婦はたくさん歩いた方がいいのよ」
親し気に会話を交わす二人。「親し気に」っていうか、リンがお母さんの肩を抱き寄せてるんですけど?
え? まさか? 種付……なんでメスの顔してるのこの女は?
暑さのせいだけじゃない。ボクの顔からだらだらと噴水の如く汗が流れ出る。呼吸も荒くなってくる。これはいったい、どういうこと?
「お、お母さん、そのお腹……いったい、誰の……子なの?」
「誰って、お父さん以外いないじゃないの。何言いだすのよこの子は」
そう言って屈託ない笑顔を見せる母。まるで後ろ暗いところはないといった表情だが、いや、確かに彼女の『認識』の中ではそうなっているのかもしれない。でもそんなことはあり得ないってボクは分かる。だってお父さんもこの一年地元に帰ってないんだよ?
そしてボクはリンの顔を見上げる。
つまり、本人はお父さんとの子だと認識していて、でも実際にはそんなはずはなくって。そんなことができる人間はこの町にただ一人……
「お、何だみんなおそろいで? リン君もいるのか」
思わずびくりとボクは肩を震わせる。お父さんの声だ。振り返るとまだ引っ越しの荷物を満載にしたままの車の窓を下げて車中から笑顔を見せるお父さんがいた。ボクは慌ててお母さんの前に姿を遮って隠すように立ってしまった。
「これからみんなでお昼でも……あれ? 母さん、そのお腹は……」
でも線の細いボクの体で隠せるはずがなかった。お父さんはすぐにお母さんの体形の変化に気付いた。
「お前、太っ……いや、妊娠? でも、なんで……」
「『なんで』ってなによ。アキラと年が離れすぎだからって今更なかったことにする気?」
やはり笑いながら話すお母さんだけど、しかしお父さんは戸惑いを隠せない。当然だ。
「だ……誰の子……」
ポンッ、と、車から出しているお父さんの右肩に力強く手が置かれる。リンだ。
「何言ってるんです? おじさんの子以外にないでしょう?」
「え……? おれの……?」
たちまちお父さんの瞳が濁る。
「でも……おれ、さいきん、かえってな……」
「二人の愛の結晶ですよ。無事に生まれるといいですね」
耳元で囁くように話しかけるリン。お父さんの目の焦点は、合っていない。
「そうか……そういえばそうだな。あいのけっしょうだ……」
マジかこれ。
お父さんはそのままお母さんを助手席に乗せて家に帰っていった。真実は闇の中。
「リン……君はいったい何を」
「くおぉらあぁぁ、リン!! アキラ!!」
この声はユウジ? もう戻ってきたのか!?
「なんで俺家に帰ろうとしてたんだ! お前ら何かしやがったな!?」
怒りの表情を見せている。催眠術が不完全だったのか?
「ユウジ君……」
「リン、てめえ人の女に手を出そうとしてんじゃねえだろうな!?」
勝手な事いいやがって。ボクは誰のものでもないっていうのに!
リンはボクを庇うように前に立ってユウジに応対する。頼りになるけど……なんか怖いんだよな。
「ユウジ君、人間は誰のものでもないよ」
「にんげんは、だれのものでも……ううッ!!」
表情から力が抜けかけたユウジだったけど、慌てて顔を左右にぶんぶんと振る。やっぱり、あいつも催眠術に気付いてるのか?
「うるせえ! 俺に説教なんかすんじゃねえ!!」
「可哀そうに、ユウジ君。この町で好き放題に育ったから、誰も君に注意をする人がいなかったんだね」
「カワイソウ……俺が?」
ハマった! あと一歩だ。
「どうやら君は、まず『わからせ』てあげなきゃいけないみたいだ」
「わからせ……?」
「そう、わからせる」
そう言ってリンはユウジの肩を抱き寄せて、掘っ立て小屋みたいになってるバス停の方に連れていく。一体何をするつもりなの?
「体にわからせなきゃね。さあ、来るんだ、ユウジ君。痛くしないから」
「いたく、しない?」
そのまま二人はバス停の中に消えていく。
ボクは恐怖から、その場を動くことすらできなかった。
「アッ―――――!!」
山間の里に、野太い声がこだました。