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マヨイドが来る

作者: 葦名 伊織

 これは数年前のお盆。俺と、同い年の親戚であるBが体験した話。

 俺の名前は分かりやすくAとしよう。

 俺はまだ大学生で実家に帰省して両親と婆ちゃんでお盆を過ごしていた。

 その年は冷夏で気温は低く涼しいのに、重く粘つくような湿度が漂っていたのを覚えている。

 その日は隣町から父の弟夫婦と、夫婦の息子のBが来る事になっていて、退屈していた俺はようやく遊び相手が出来ると到着を待ちわびていた。

 しかし到着した車に肝心のBの姿がない。B父の叔父さんに話しを聞いてみると、夕釣りをする為に川へ行っており後から合流するという事だった。『お盆にまで釣りかよ・・・』と正直思ったが、Bが最近釣りに夢中なのはSNSの投稿から知っていた。最近は釣果や釣りをしている自撮りばかりをアップしている。

「お盆に水場に行くとお袋が怒るから秘密な」

 叔父さんはそう言って家の中に入っていった。

 叔父さんのお袋、つまり俺の婆ちゃんの話しを思いだす。





「マヨイドは水場に集まりやすいんだ。お盆の間は海、川みたいな水場に絶対近づいちゃいけねぇぞ。連れていかれるか、憑いてこられるか。どっちにしろ良くないことさ」


 『マヨイド』


 お盆の期間中に海や川に行きたいとせがむ俺を説教する時に、必ずと言っていいほど婆ちゃんが使う言葉。

 初めて『マヨイド』を聞いた時、どんなモノなのか婆ちゃんに尋ねたのをボンヤリとだが覚えている。たしかお盆中に海や川に出る妖怪みたいなものだったと思う。子供を躾けるための『寝ないと来る鬼やお化け』の類だと思っていたが、俺が高校生になっても大学生になってからもずっと『マヨイド』は婆ちゃんの説教に登場した。

「大丈夫だって。俺だってもう子供じゃないんだから」

「マヨイドに大人も子供もない」

 別に俺は『マヨイド』を信じているわけではない。けど子供の頃から口酸っぱく言われているので、お盆の時はなるべく水場を避けるように過ごしていた。




 叔父さん一家といつもより豪華な夕食と世間話を楽しんでいると、思ったよりも時間は早く過ぎていた。もう21時を過ぎているのにまだBは来ていない。困ったことに電話にも出なかった。

 さすがに心配になったBの両親だったが、すでに酒を飲んでいるため車で様子を見に行くことは出来ない。そこで酒を飲んでいなかった俺がB家の車を借りてBの様子を見に行くことになった。

「Bは何処に行ってるの? 」

「A悪いな。■■川の●●橋にいるはず、ほらあの一番海に近い橋」

「え、近所じゃん。山の中とかじゃないんだ」

 Bが釣りをしているのは場所こそ校外だが、町を通っている川に架かる普通の橋だった。どおりで叔父さんもあまり心配してないはずだ。

 俺は携帯と財布だけを持って車に出す。真夏だが21時では流石に辺りは夜の帳が下りている。目的地へ向けて車を走らせていくと、郊外へ向かっていることもあってどんどん町明かりは少なくなり、街灯だけがが照らす静かで暗い道路になっていく。何回か角を曲がり道路が川にぶつかったのでBがいる河口方面へ向かって川沿いを走る。Bがいるのは昼間でこそ人通りはあるものの、夜になれば殆ど人も車も通らない町境だ。

 Bがいるであろう橋が見える所まで来る。●●橋は道幅が広く、車道の両脇に広い歩道が設けられていて、橋の中央に一本の街灯が立っている。周辺の街灯とは距離があって橋の周りは真っ暗だ。ここは河口が近くて少し下流に行けばもう海に出る。少し潮の匂いがした。

 もうすぐ橋だ。橋の街灯の下に釣竿を持って立つ人影が見える。川に目をやると水面に赤く光る物体が浮かんでいた。おそらくBの釣り浮きだろう。

 俺は側道から曲がって橋に入る。Bは橋の真ん中にある街灯の下で自転車を停めて、折り畳み椅子とクーラーボックス、釣り道具を置いて海側に向かって釣り糸を垂らしていた。端に寄せているとはいえ当然全て歩道の上だ。

「あんな所で・・・アイツにはモラルがないのか」

 俺は呆れながら川を向いて立つBの背後に車を止め、ププーっとクラクションを鳴らした。窓を開けて呼びかける。

「おいB! もう21時だ、そろそろ帰ろうぜ! 」

「……」

 Bは全く反応しない。

「B! おーい!」

 さらに声を張るがBはピクリとも動かない。

 イヤホンで音楽でも聴いてるのか? 俺は車を降りてBの肩を叩く。その時Bの耳にはイヤホンなどは付いていないのが見えた。

 何だよ、無視してただけか。

「何で無視すんだよ。帰ろうぜ。婆ちゃんにバレたら怒られるぞ」

「……」

 また無反応。これには流石にイラっときてBの顔を覗き込む。

「もういいって! さっさとかえ―――」

「……」



 Bは生気のない目で川を見ていた。



「B? 」

 口はだらしなく半開きで身体は弛緩しきっている。

「おい大丈夫か! 」

 しかし何故か両手だけは血の気が引いて真っ白くなるほど力を込めて釣竿を握りしめいていた。明らかに異様な状態だ。

 俺は完全にパニックになってBの身体を揺さぶった。

 Bは全く反応しない。ぼんやりと川を覗いているだけだ。

「しっかりしろよ! おい! 」

 『まさか脳卒中とかなんじゃ・・・』と、もう自分には対処しきれないと感じた俺が救急車を呼ぼうと携帯を取り出した、その時―――


 釣り糸がグイっと強く引っ張られて、竿が大きくしなった


 変な動き方だ。俺も釣りはしたことがある。魚がかかった時は振動した様に感じたり、引っ張る力も強くなったり弱くなったりするものだ。でも今は一方向に強く、弱まることなく引かれ続けている。

 俺は思わず釣り糸を目で追った。辿った先にはあの赤く光る浮きがある。水面についているはずの浮きが宙に浮いている。

「え?」

 思わず俺は目を凝らした。いや、浮いてるんじゃない。

「・・・あ」




 川の中で、誰かが浮きを持っている。





 暗闇が満たす何も見えないはずの川に、そのシルエットははっきりと浮かび上がっていた。川のど真ん中に人影が立っている。水面から上半身だけを出してBの浮きを持ち、きっとこっちを見ている。



 アレの所為だ。



 Bがおかしいのはアイツが原因だ、俺の本能がそう告げる。

 幽霊? 妖怪? いやもうどうでもいい。ここは危険だ。もしアイツが人間だとしてもまともな奴じゃない。早くここを離れなければいけない。

「B! 頼むからしっかりしてくれ! 」

 その一心で俺はBを乱暴に揺さぶり、強めの平手打ちを見舞った。

「っ……!」

 それが効いたのか虚ろだったBの目に意識が戻る。

「お、A? いつの間に来たんだお前」

 Bはとぼけたような声で言った。状況を飲み込めていないようだ。でも話しが通じるならいい、一刻も早くここを立ち去るだけだ。

「帰るぞ! 早く! 」

「何そんなに焦って―――おっと!」

 俺は乱暴にBの服を引っ張った。それと同時に釣り糸が強く引っ張られて、Bが川の方につんのめる。視線が川に落ちて、Bの表情が一瞬にして凍り付いた。

「アイツ……」

 Bが固唾を呑む。

「そうだ、アイツ、いきなりに川の中から出てきて……」

 俺の視線も再度川へ戻る。



 こちらを指さしている。


 

 俺たちに対して何かしらの『意思』を感じるその動作に寒気がした。完全に固まってしまった俺達だったが、その数秒間の静寂を水音が破る。

 奴の隣で水面が揺れている。

 その波紋の中心から人の腕が突き出した。

「おい・・・嘘だろ」

 まるで沼から這い出すように、藻掻きながら水面をかき分けて、もう一人の人影が水面から現れた。ソイツも上半身だけを水面から出してこっちを見ている。

 川の人影が二人になった。

 俺達は思わず息を飲んだが、それは始まりに過ぎなかった。

 まるで生け簀の鯉が餌欲しさに水面をかき乱すように、川の水面が騒々しい水音を立てて泡立っていく。そして数多の波紋から、数多の人影が這い出した。

 あっちでも、向こうでも、次々と際限などないように。奴らは川を埋め尽くそうとしていた。

 


 その圧倒されるほどの光景に、俺たちの恐怖も限界を超える。

「早く釣竿を離せよ! ヤバいって! 」

 死に物狂いでBの身体を引っ張り、車に乗せようとするがBが釣竿を離さない。

「竿を離せねぇんだよ! 」

「なんでだよ! さっさと離せ!」

 Bの手は石のように固く強く釣竿を握っていて、俺達はどうやってもその握り拳を開くことが出来なかった。

 その間にもどんどん川の人影は増えていく。

 川を越えて、海を埋め尽くしてしまいそうだった。

「くそっ! じゃあ引っ張るぞ! 」

 俺達は釣竿から手を離すのを諦めて思いっきり釣竿を引っ張った。釣り糸を引きちぎるか、あの人影から浮きを取り上げるために。

 喚き散らしながら渾身の力で思いっきり。必死だった。血管が浮き出て、恐怖で寒気を感じていた身体から熱い汗が噴き出すくらいの力を出す。

「うおっ! 」

 すると突然ふっと、釣り糸を引っ張る力が抜けて、反動でBが地面に転がった。

 俺も転びそうになるが、なんとか態勢を保って川を見る。浮きが宙を舞っている。アイツが手を離した。Bの手からも力が抜けてすぐに竿を投げ捨てる。

「……」

「おいA! 早く逃げるぞ」

「お、おう!」

 Bは顔面蒼白で絶句してた俺を促して、荷物もそのままに逃げ出した。

 途中何度も後ろを確認した。家に着くまで何度も何度も。






 家に着いて出迎えてくれた婆ちゃんに事情を話すと、俺たちは塩をぶっかけられて大説教を食らった。

「盆は家族や先祖様が帰ってくる大事な日だ。でもあの世から帰ってくる魂に混じって、この世で迷ってる『マヨイド』が人里に近づいてくる。正しく供養して貰えなかった魂だ。先祖様たちは家族が用意した乗り物や迎え火を目印に戻ってくるが、迷ってる奴らにはそれがない。だから隙を見つけて誰かに憑いて入り込もうとするんだ」

 婆ちゃんに言われた『マヨイドに大人も子供もない』とは、まさにその通りだった。


 俺達は翌日早朝に婆ちゃんに連れられ、お寺でお祓いを受けた。お盆で忙しいにも関わらず住職はすぐに対応してくれて、不安だろうからとお札を書いて渡してくれた。俺とBは婆ちゃんと住職に深くお礼をした。


 今のところ、特に心霊現象などは起こっていない。


















 八月の終わり頃、Bから川へ遊びに行こうと誘いがきた。●●橋の川とは違った山を流れる綺麗な所だ。もうお盆ではないとはいえ、あんな事があったのに肝が据わった奴だ。

 俺は別の用事があるからと、その誘いを断った。

 Bはいいな。きっとアレを見てないからだろう。

 俺は忘れられそうにない。もう川には近づけないかもしれない。住職から貰ったお札がもう手放せないんだ。



 アイツが浮きを手放した時、宙を舞った浮きの光がアイツの顔を照らしたんだ。

 ハッキリ顔が見えて目が合った。口の動きで分かったよ。





 アイツ俺のこと恨めしそうに睨んで言ってた。

 「覚えたぞ」って。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


お盆でなくても夜の川には行かない様にしましょう。


ご興味があれば他のエピソードも是非。

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