スポーツテスト
朝練が終わり、昨日のように机に座っていると、久保が手に袋をもってやって来た。
「おっはよ! ハイ、これ」
大石に袋を手渡した。
「何これ?」
「体操着。今日使うからね」
「体育あったっけ?」
「今日スポーツテストだよ」
「スポーツテスト?」
初めて聞いた気がする。
「うん。今日の午後からだから、あまりお腹いっぱい食べないでね」
「分かった」
昼食は石川が作ってくる、と言ったがとりあえず家の近くのコンビニで買ってあった。
さして量はない。
久保は手を振って自分のクラスに戻る。
「絵実香とはどういう関係?」
前に座っていた岡本が聞いてきた。
「どうって‥‥ただの幼なじみ」
別に隠すものでもないので正直に答える。
「じゃ付き合ってるわけじゃないんだ」
「当たり前じゃん」
「そっか」
岡本が笑った。
今日も退屈な授業が進み、昼食になる。
岡本達は今日も昨日と同じ席に座る。
石川は二つ弁当を持っている。
「はい、お弁当。美味しいといいんだけど‥‥」
弁当を受け取り、蓋を開ける。
色合いも良く、旨そうだ。
「いただきます」
玉子焼きを箸で掴んで口に運ぶ。
「どう?」
石川が不安そうな表情で見つめる。
「うん、美味しいよ」
本当に美味しかった。
石川は安堵の表情を浮かべる。
「よかったね、麻美」
岡本が笑いながら肩をゆする。
大石が石川が揺すられる間に色々な物を食べている。
あっという間に平らげた。
「ごちそうさまでした。美味しかったよ」
「ありがとう、大石」
石川の顔が赤くなる。
「麻美照れてるの?」
「そ、そんなんじゃないから!」
石川が少し大きな声を出す。
教室にいたみんなが石川の方を見る。
ちょっと気まずい雰囲気になる。
「どうしたの〜?」
ちょうど良いタイミングで木村、阿部山井がやって来た。
場の雰囲気が少し良くなった。
スポーツテストを受ける時間になった。
体育館に移動し、用紙を渡される。
身長や体重を書いて、紙を折り畳んだ。
久保が前に出て指示を出す。
いつもの感じはまるでなく、きびきびと指示を出している。
「ね、大石の時とは違うでしょ?」
前にいる岡本が振り返って言う。
「絵実香って、大石のこと好きなの?」
「俺に聞くなよ‥」
大石の顔が熱くなる。
「照れてるの?」
「そんなんじゃない」
「またまた〜」
「木村みたいな言い方するなよ」
その後準備体操を行い、クラス毎に種目別に別れた。
大石達のクラスは立ち幅跳びからだった。
大石が指定された場所に立つ。
「じゃ、跳んでいいよ」
計測役の生徒に言われる。
勢いをつけ、跳ぶ。
空中にしばらく浮遊し、見事に着地を決める。
「2メートル75センチ!」
周りがざわめく。
「‥‥凄いな」
隣にいた阿部に言われる。
「そうなの?」
「2,65メートル跳ぶと最高点です」
阿部の隣にいた藤原が言う。
「‥‥まぁ、この種目であいつに勝つ人はいないと思うけど」
阿部が指差す方には滝田がいた。
「2メートル85センチ!!」
周りがさっきよりざわめく。
「‥‥化け物だ」
その言葉が聞こえたのか滝田は豪快に笑っている。
「跳躍力`は´凄い」
いつの間にか大石の隣にいた永田が呟く。
「`は´ってなんだよ!」
滝田が永田に言う。
滝田の近くにいた何人かのおそらく下級生がビビっている。
「怖がられてる、滝田」
永田は笑いもせずに次の種目に向かった。
次の種目は50メートル走だった。
大石はクラウチングスタートの体勢を取る。
ピストルの音で走り始める。
他の三人をすぐに引き離し、一着でゴールした。
タイムは5秒2だった。
「凄いね、大石‥‥陸上選手並」
石川が驚いている。
「今日は調子が良かっただけだよ」
大石が少し照れた様子を見せながら答える。
次の木村がいるグループが走り出し、木村が一着でゴール、タイムは5秒1だった。
「足速いな、お前」
「ありがと〜」
木村が笑った。
「100メートル持たないんだけどね」
「バラすなよ〜」
「スタミナないんだな、お前」
再びピストルがなる。
志賀が走っていた。
あっという間にゴールする。
「5秒0!」
「お前より速いな、木村」
「っていうか速過ぎ〜」
「ありがとございます」
志賀は顔だけでなく声も少女のようだ。
「5秒ジャストなんてトップクラスの陸上選手の速度だよ」
石川が褒めると、志賀が顔を赤くした。
「顔真っ赤だよ〜」
木村がからかう。
「は、走ったからです」
志賀は目線を下にして言う。
木村がニヤついている。
その後、大石は握力50キロ(トップは坪谷の72キロ)、上体起こし38回(トップは北条の41回)、長座体前屈65センチ(トップは阿部の72センチ)、反復横跳びは65回(トップは木村の71回)、ハンドボール投げは37メートル(トップは坪谷の49メートル)、シャトルランは172回(トップは永田の194回)だった。
「大石全部10点!? 凄すぎだって」
得点は握力が56キロ以上、上体起こし35回以上、長座体前屈64センチ以上、反復横とび63回以上、50m走6.6秒以下、立ち幅とび2メートル65センチ以上、ハンドボール投げ37メートル以上、シャトルランが125回以上が10点だ。
「でも一番じゃないし」
「一番は無理だよ、あいつらおかしいもん」
「誰がおかしいって〜?」
岡本の後ろに木村がいた。
「あんた達以外に誰がいるの?」
岡本と木村が口喧嘩を始める。
「あの二人仲悪いの?」
岡本の隣にいた石川に聞くと、首を横に振る。
「本当に仲悪かったら、喧嘩なんかしないよ。喧嘩するってことは、相手になんらかの関心を抱いてるってことだから」
「そっか」
大石はそう言うと石川の手に持っていた2、3枚の紙を見る。
「それ、何?」
「2年生の成績」
「ちょっと見せて」
「えっ、ダメだよ、個人情報だから‥‥」
「頼む、ちょっとだけだから」
大石が手を顔の前で合わせる。
「まぁちょっとだけなら‥‥」
石川が紙を渡す。
大石が5、6秒紙を見て石川にすぐに渡す。
「ありがと」
「うん‥‥何が見たかったの?」
「サッカー部の成績。笑えるぐらいに一長一短だったけどね。跳躍力はあるけどスタミナが少ない奴、足は速いけどスタミナがない奴、体柔らかいけど足が遅い奴、力はあるけど足遅い奴‥‥でもだからおもしろい」
「おもしろい?」
「この個性を殺さずチームを作れれば、この国のサッカーを変えられるかもしれない」
大石が微笑む。
「俺はそのために来たんだから」
「大石‥‥」
「変えられるかも、じゃなくて変える、でしょ!?」
岡本が口を挟む。
「あぁ、そうだな」
「じゃ、がんばりますか〜」