転校二日目
翌日、学校に行く途中で昨日別れた道で石川に会った。
今日は自転車に乗っている。
石川がブレーキをかけて止まる。
「おはよう。今日は自転車なんだね」
大石が右手をあげて挨拶する。
「うん。昨日はたまたま歩いただけなの」
石川がそう言って自転車から降りる。
「あ、降りなくてもいいよ。走って追いかけるから」
「え、でも‥‥」
「大丈夫だって、ほら、物は試しって言うだろ?」
「う、うん‥‥」
石川は再び自転車に跨がった。
「ふぅ」
「‥‥凄いね、2キロ位あるのに‥‥」
石川が驚いている。
あれから本当に大石は石川の自転車と同じ速度で走っていた。
それも話しながら。
「毎日のトレーニング?」
石川が尋ねると大石は首を振る。
「身の回りの物殆ど持ってないんだよ。こっちで調達する予定だったから‥‥」
大石がそう言いながら時計を見る。
「で、何でこんな早く来させられたの?」
現在7時。
昨日木村に「朝7時に集合」言われ、来させられた。
「今から朝練だよ」
「マジでか‥‥」
フィジカルトレーニングや基本練習を中心とした朝練が終わり、教室に行く。
昨日は何の気無しに見ていたが、練習でサッカー部のメンバーを知った今は誰がどこにいるのか気にするようになっていた。
阿部が一番廊下側の最前列、石川はその後ろ。
その列の一番後ろが大石だがその前に岡本がいた。
そういえば昨日一番多く質問してきたのは岡本だった気がする。
大竹は阿部の隣、木村は大石の斜め前、それから山井が一番窓際の一番後ろの席にいる。
自分の席に着いて、イングランドから持って来た数少ない持ち物であるMP3でお気に入りのJ−POPをヘッドフォンで聴く。
しばらくすると登校してきた人間が増えたせいか周りがうるさくなる。
そんな時、横から早百合に肩を叩かれた。
MP3を止めて、ヘッドフォンを外す。
「ねぇ、昨日石川と帰ったって本当?」
「帰ったけど‥‥それが?」
「それがって‥‥石川が唐冲のマドンナだって知ってるの?」
「あぁ‥‥誰かが言ってたな」
「そんな奴と二人きりで帰ったんだよ、みんな噂してるよ」
「何を?」
「付き合ってるのかって‥‥」
「んな訳ないじゃん、昨日会ったばっかなのに。だいたい女の子一人じゃ危ないだろ、それだけの理由だよ」
「まぁそうなんだろうけども‥‥気をつけてね、ただでさえ転校生っていうだけで目立つのに、そんな子と二人きりで帰れば噂になるよ」
「わかった。気をつけるよ」
「それに、大石かっこいいし」
「べ、別にかっこよくは‥‥」
大石が褒められて照れる。
「可愛いね、大石」
早百合は笑った。
ふと石川の方を見ると、周りに何人かの女子が囲んで話をしている。
どうも昨日のことについて話をしているらしく、あまり楽しそうには見えない。
「悪い事したかな‥‥」
午前中の授業は至極退屈で、朝練の疲れもあってか睡魔に襲われながらもなんとか無事に授業を終えた。
昼休み、周りではおいしそうな匂いが立ち込める。
「大石君、ご飯食べないの?」
弁当片手に岡本が大石に質問する。
木村の席に石川が、岡本の机の右側に隣のクラスから来た本間が椅子だけ借りて、岡本の机の上に弁当を置いて座っている。
大石は「大石でいいから」と前置きしてから答えだす。
「食べるさ、そりゃ‥‥」
大石が自分のスポーツバッグからコンビニのビニール袋を取り出す。
「お弁当じゃないんだね」
「俺料理出来ないから」
「料理出来ないって‥‥両親は?」
「親は仕事あるからイギリスにいるよ」
「そうなの? でもコンビニだけだとバランス悪くない?」
「ま、そうだけど」
大石がそう言うと岡本が何かを思いついたらしく、顔が綻ぶ。
「麻美に作ってもらえば?」
石川が驚いて食べていた物を喉に詰まらせて咳込む。
「大丈夫!?」
岡本が石川の背中を叩く。
「う、うん‥‥ってか変なこと言わないでよ!」
「だって麻美の作るご飯美味しいじゃん」
「自分で弁当作ってるの?」
大石が聞く。
「うん、まぁ‥‥」
「ほら作ってあげなって! 大石もそっちの方がいいでしょ?」
勿論作ってもらうに越したことはないのだが、今朝の早百合の話を聞いているし、あまり気の進む話ではない。
かと言って強く拒否する訳にもいかない。
「うーん‥‥まぁ作ってもらえれば有り難いけど‥‥」
大石的にはやんわりと拒否したつもりだった。
「‥‥うん、作ってくる」
目論みは外れた。
「よかったね、大石!」
その時、飴をくわえながら木村が戻って来た。
後ろに阿部が立っている。
バンダナを外すと髪で目が見えない。
木村が早百合の席に座り、阿部は地べたに座った。
そのまま談笑を始めた。
午後の授業も退屈で、前に座っている岡本は熟睡、木村も眠そうだ。
早百合は携帯を使って何かをしている。
大石もあくびをしながらなんとか睡魔に堪えている。
早百合から手紙を渡される。
中を見ると『次の授業屋上行かない?』と書いてある。
大石が頷く。
しばらくしてからチャイムがなり、だらだらと立ち上がり、早百合と共に屋上に来た。
屋上には既に人がいた。
3台並んだベンチのうち一つに久保が座っていて、その隣に長い茶髪を後ろで束ね、前髪をピンで止めている140センチ位の男の子がハンカチを目の上に置いてスヤスヤ寝ている。
「寝ちゃったんだ、楓人」
早百合が久保に聞く。
「うん。待ちきれなかったみたい」
「‥誰?」
早百合に聞く。
「私の弟の志賀楓人。昨日会わなかった?」
早百合がハンカチを取る。
すると、少女のような顔が現れた。
昨日の練習で相手側のフォワードだった奴だ。
「可愛いよね‥‥食べちゃいたいくらい」
「ちょっと、絵実香、勝手に手を出さないでよ」
「冗談よ、冗談」
久保が笑っていると、ドアが開く音がした。
そこには身長190センチくらいの金髪で、ブレザーのボタンを全部外した昨日の練習で木村、志賀と共にフォワードをしていた大柄な男と、本間が入って来た。
「ちょっと滝田、またサボる気!?」
本間が大石や岡本達と話す時とは違う口調で滝田を咎める。
「うっせーな‥‥お母さんかお前は」
「ほら、授業受けなきゃ留年するよ」
「まだ大丈夫だって!」
「そういうのが一番危ないの!」
本間の説得を聞かず、滝田はベンチに座ろうとした時、大石と目が合った。
「おっと‥‥まだ自己紹介してなかったな。滝田剛史だ、よろしく、転校生」
「大石未華瑠だ。大石でいいよ」
滝田はそれを聞くと満足したようで、ベンチに寝転んだ。
滝田の身長では足が少しはみ出す。
本間が滝田を連れていくのを諦め、自分の教室に戻った。
「で、何で俺は連れて来られたんだ?」
「暇だったから‥‥相手してよ」
「ふざけんな」
そう言うと早百合が不満そうな顔をする。
春の風が肌をくすぐる。
グラウンドからは体育の授業を行っているのか、がやがやと騒いでいる音がする。
のどかな日常の風景だ。
「ま、いいか今日ぐらい」