理由
「中等部の時、あいつらがめっちゃ尊敬してる鈴木良太っていう監督が居たんだよ〜。まぁ「居た」ってか今も中等部にいるけど〜」
「尊敬?」
「唐冲ってチームは個性豊かな選手達で構成されてるんだよ〜」
「ああ、日本人は個性ってやつを嫌うんだっけか」
「そうだよ〜。スポーツは教育を映す鏡だからね〜。『日本』という国なんだよ〜。『平等』や『普通』が評価される国なんだ〜」
木村が苦笑いする。
「でも鈴木監督は個性を活かしたチーム作りをしてくれたのさ〜」
「それで?」
「そのサッカーは楽しかったよ〜。でもあんまり勝てなかったんだ〜。いったん劣勢になると修正出来なかったんだよね〜」
木村の走るペースが少し落ちる。
「鈴木監督は育成に特化した監督で、試合を見る目には欠けてたんだよね〜」
「ふぅん‥‥」
「ま、それはそれでよかったんだけど〜。高校に上がって問題が起きたんだよね〜」
木村の顔が険しくなる。
「高校になってからジュニアユースからユースに昇格出来なかった選手がチームに入ったんだよね〜。あ、ジュニアユースは中学生が、ユースは高校生が所属するプロの下部組織だよ〜。ざっくりとしてるでしょ〜」
「日本にも下部組織ってあるんだ‥‥」
「あるよ〜。日本の場合ほとんどのチームが大多数の選手をジュニアユースからユースに昇格させるんだけどね〜」
「それで?」
「最初からいた奴らはユースから来た奴らの力を使わずに勝利しようとしたんだよね〜。それにプラスして監督の力不足もあってチームが全然上手く行かなかったんだ〜。なんとかしようと思って方法を探してたら大石が日本に帰って来るって久保に聞いたんだ〜」
「俺のこと、知ってたのか?」
「たまたまね〜。前にインターネットのニュースに名前出てたって久保に聞いたんだよ〜。日本ではそんなに有名じゃないよ〜」
木村は全く悪びれもせず、屈託のない笑顔で言い放つ。
「‥‥あ、そう」
「そこで大石に頼みがあるんだよ〜」
「頼み? なんとかしてほしいってこと?」
「当たり〜」
木村が笑う。
「頼んだよ〜。大石なら出来るでしょ〜? イングランドで弱小チームを強豪にした、『奇跡の男』なんだから〜」
木村が微笑みながら大石の顔を覗く。
「まぁ、そのために来たようなもんだから‥‥いいけどね」
その時、ちょうど1周終わった。
「よし、終わり〜」
木村が準備運動を始める。
「まだ1周しかしてないけど」
「大石はなんで唐冲に来たの〜?」
「俺の話スルーかよ」
大石はそう言いながら準備運動を始めた。
「大石なら他のチームからも声かかったでしょ〜? いくら認知度低くてもサッカー関係者なら何人かは知ってるはずなのに〜」
「お前軽くヒドイこと言ってるからね、心にナイフ突き立ててるからね」
「教えてよ〜」
大石は何を言っても無駄だと思ったからか、一つため息をつくと話を始めた。
「‥‥初めから計画してたことだから」
「?」
「俺が初めて日本サッカーを知ったのは、5歳の時だ。たまたま親父の友達が持って来たビデオに日本のサッカーの試合のビデオが混ざってた。プロの試合かアマチュアの試合かは忘れてたけど‥‥単純につまらなかったよ。スリリングさに欠けた試合だった」
「日本に来ようと思ったのはその時から〜?」
「いや、その時は単純におもしろくないなって思っただけ。実際に計画を立て始めたのは6歳の時、親父に日本から15歳以下の代表コーチ就任の要請の話が来た時だ。」
「大石の父親ってサッカーのコーチなの〜?」
「その時はイングランドでコーチしてた。元プロ選手なんだよ。そんなに活躍しなかったし、すぐに辞めちゃったからほとんどの人が知らないだろうけど‥‥」
「へ〜」
「その時の話を聞いてたんだ。親父に依頼されたのは選手を育てることだった。でも理由は知らないけど親父は断ったんだよね。だから俺が代わりにやろうと、あのつまらない試合を変えようと思った。だけどあの試合だけで日本のサッカーをつまらないサッカーだと決めるわけにはいかないから情報を集めた。親父の友達に頼んで日本のプロとアマチュアの試合を何十試合かテープに撮って来てもらった。
「何十試合?」
木村が驚く。
「一試合じゃわからないじゃん。まぁテープの試合は5歳の時見た試合とあまり変わらなかったんだけどね。どのチームも同じような作戦で同じような選手しかいなかった。しかもその人が送ってくれた手紙には日本のサッカーに対する国民性について書いてあった」
「国民性?」
「『個性を嫌う』、『模範を提示すると盲目的に突っ走る』、『リスクをとりたがらない』、『心配性』。だから面白くないサッカーになるんだって思った」
「‥‥耳が痛いね〜」
木村が苦笑いする。
「で、日本のサッカーを変えるための準備を始めた。まず俺自身力をつけなきゃ話にならないからイングランドで力をつけながら計画を実行していった」
「実行?」
「まず一つはイングランドで所属してたチームを優勝させること。もう一つは俺が小学校を卒業すること。」
「なんで〜?」
「小学生だったら監督に意見言えないし、プロになったら日本を変えるには遅すぎると思ったから。まぁイングランドで優勝するのに時間がかかったんだけど‥‥」
「で、なんで唐冲なの〜?」
「イングランドで優勝した時、久保に相談したんだ。んでいくつか高校を紹介された。その中で一番成績が悪い高校を選んだ」
「何で〜?」
「常勝軍団みたいなチームだと意見いいにくいじゃん」
大石が準備体操を終える。
「だから俺はこのチームを全国に連れて行く。日本を変えるよ、俺は」
「楽しみだね〜」
「ところでお二人さん」
後ろから女の声がした。
「いつになったら練習始めるのかな?」
「お、岡本〜」
木村の顔がひきつる。
後ろを振り向くと、180センチ近い身長の、長い黒髪を後ろで束ねたジャージ姿の女性が仁王立ちで立っている。
目の色は茶色で、かなりのプロポーションだ。
「さっさと練習始めろっ!」
「はーいっ!」
木村が大石の手を掴んで走る。
「だ、誰?」
「岡本瀬恋、ここのマネージャーの一人だよ〜」
木村が走りながら説明した。
「さて‥‥練習だ」
木村の口調が変わる。
「お前の力見せてもらうよ、大石」
木村の顔は先程までとは違い真剣そのものだ。
「ちゃちゃっと入れ!」
北条に怒鳴られる。
「今から試合するから、右のチームに入って」
木村がそう言いながら大石の手を掴んでチームの方に走る。
「いきなり試合? 日本はそんな練習ばかりなのか?」
「今年のウチは特別なんだよ。ま、相手は守備、こっちは攻撃だけの試合だから。こっちはゴール決めれば勝ち、相手はクリアしたら勝ち。じゃ、力試させてもらうよ、大石」