攻撃対守備
森山のフォワードがボールに触り試合が始まる。
相手フォワードが下げたボールを相手ボランチの選手が相手右サイドハーフの選手にパスを出す。
相手右サイドハーフは前を向いてドリブルで進んで来る。
丸山が距離を詰めると、すぐに左サイドにサイドチェンジする。
それを左サイドハーフを追い越してきた川嶋がトラップしドリブル、大島がプレッシャーをかけに行くと、アーリークロスを入れられた。
9番が小柳と競り合い、中途半端に飛び出した坪谷の後ろを狙ってヘディングでふわりと浮かせたが、ゴール脇に外れた。
前半早々ピンチを作られたが、それからは唐冲がボールを支配し始めた。
しっかりとパスを回し、相手にカウンターをさせる隙を作らず、右サイドハーフの藤原を中心に攻める。
しかし、森山はボランチとセンターバックの漆原が攻撃の中心となる大石をマンマークでぴったりとくっついているため、唐冲はなかなか綺麗に攻撃の形を作れない。
漆原は背の小ささを跳躍力とタイミング、ポジショニングの良さでカバーし、大石とも互角だ。
何とかシュートまでこぎつけても、打ったシュートを全て木島に止められ、なかなかゴールを奪えない。
森山高校の応援の声を掻き消すように、ピッチ内では指示が飛ぶが、逆にベンチに座った両監督は全く動かず、選手達に任せている。
一つのミスが命取りになる、まるで我慢比べのような試合展開となる。
そのミスは前半終了5分前、一番気をつけないといけないタイミングで唐冲に出た。
阿部からのパスを藤原がトラップミスし、川嶋に奪われてしまう。
川嶋は一気に加速し、サイドを独走、対面した大島も抜き、フリーでセンタリングを上げるが、精度が低く、山井がヘディングでクリアする。
相変わらず山井の空中戦の強さは際だっている。
ルーズボールを北条がクリアするが、クリアが小さく、相手の右サイドハーフが拾い、スペースに鋭いロングパスを出す。
そのスペースに、左サイドハーフ抜け出していた。
坪谷は前に出るか出ないかの判断を迷い、中途半端なポジショニングになってしまう。
相手左サイドハーフは右足に当て、坪谷の頭の上を狙う。
ボールはふわりと浮いたまま、ゴールに吸い込まれた。
前半終了5分前に気をつけていたはずのカウンターのサイドアタックで失点してしまう。
その後、唐冲は攻め込んだものの、得点が奪えず、最悪な展開のまま前半終了の笛がなってしまった。
観客席、ピッチの周りでは森山高校の応援が続いてる。
中には暴言に近い声も聞こえる。
「なんか気分悪いわ‥」
試合を見ていた数少ない唐冲生が呟く。
「確かに‥‥なんかムカつくわ」
隣に座っていた少女も呟く。
試合中、応援するでもなく、ただ見ているだけではあったが、そんな彼女達にも少しの変化があったようだ。
「本間は、どう思ってるの?」
最初に発言した少女がビデオカメラで試合を撮影していた本間に聞く。
身長の低い彼女は台の上に乗って試合を撮影していた。
「外野は関係ないですから‥今のチームは、何点差つけられたって逆転してくれるような期待感があるんです」
「それは、大石君が入ったから?」
真鈴が本間に尋ねる。
「それもあると思うけど‥今のチームは一つでまとまってるからだと思う。昔はばらばらでチームワークなんて無かったから」
「そっか‥‥そうだよね、やっぱり」
「ねぇ、私達も応援しない?」
久保が皆に言う。
唐冲を取り巻く環境も、好転しつつある。
1点負けている唐冲だが、空気は意外なほど明るかった。
その空気を作り出しているのは岡本だ。
岡本は持ち前の明るい笑顔と言葉で疲れた選手達を鼓舞する。
しかし、そんな中一人暗い表情をしている選手がいた。
坪谷だった。
「浮かない顔してるな、坪谷」
大石が隣に座り、話しかけた。
「やっぱり俺では‥‥ダメなんす」
坪谷が大石に呟くように話し掛ける。
「‥‥ゴールキーパーに俺は向いてないんす。背が小さいし、手も小さい、ゴールキーパーに必要な物なんてないんす」
「んなことねぇよ」
大石が坪谷を叱咤するように言う。
「確かに身長が高い方が有利だけどな、ホルヘ・カンポスみたいに身長が低くてもジャンプ力と判断力によってそれをカバーし、世界レベルのゴールキーパーとなった選手もいるんだ。お前は‥‥ゴールキーパーに必要な技術、集中力、身長の低さをカバーするジャンプ力と判断力もある。お前に足りないものは身長じゃない、勇敢さと思い切りの良さ‥つまり勇気がお前には足りないんだ」
「勇気‥?」
「前半開始直後の時も、失点の時も、中途半端に前に出たからピンチを招いたんだ。前に出るならリスクを恐れず前に出ることが必要だ。迷いがあれば、余計に危険が増す。何だってそうだ。チャレンジする時は迷わず前に進まなきゃいけない。お前はガンガン前に飛び出せ。後ろはディフェンス陣に任せるぐらいの気持ちでいい」
「なに勝手に決めてんだ、ディフェンスをまとめるのは俺の役目だ」
聞いていた小柳が言った。
「坪谷、お前次第だ。お前がやるなら俺達は全力でフォローする。やらないなら今まで通りだ。さぁ、どうする?」
小柳は坪谷に聞いた。
「‥‥やります。フォロー、お願いします」
「だとよ、山井」
山井は静かに頷く。
「やると言った以上、徹底的にやってもらうぞ」
「はい、任せて下さい」
坪谷は力強く頷いた。
一方、森山ベンチは後半の戦い方を確認していた。
「相手は川嶋がいる左サイドを多く攻めてる。それも不自然なほどなくらい‥」
棚橋が発言すると、梅沢も頷いた。
「なにか企んでる気がする」
「ただ単に川嶋の裏のスペースでも狙ってるじゃない? 相手の弱点を狙うのは常套手段だし」
漆原はそう言って、「だから川嶋は後半は攻めるのを控え目にね」と続けた。
選手達が再びピッチに姿を現す。
今度は唐冲の2トップがセンターサークル内に入る。
審判の笛がなり、後半が始まる。
唐冲は前半と同じく右サイドを中心にして攻めるが、森山はハーフタイムの話通り左サイドバックの川嶋が前半より前に上がってこなくなっていて、決定的な場面を作れない。
試合は前半より唐冲がボールを支配する、と言うよりも持たされていると言ったほうが正しいだろう。
ただ時間ばかりが過ぎて行くが、何故か唐冲の選手達に焦りはない。
森山の選手達からすれば奇妙な程、落ち着いていた。
カウンターを恐れず、ディフェンスラインを高くし、攻撃的な姿勢を貫く。
ボールを奪ったら右サイドにパスを出し、そこから攻めて行く。
それが森山の選手達にとって不気味に思えた。
ここまで徹底的に右サイドアタックをしてくると、梅沢の言う通り何か企んでいるのに違いない。
だが何を企んでいるのかが分からない。
それが不気味で、それが選手達の意識のズレを生む。
もう一点取って勝利を確実な物にしたい選手とこの一点を守りきりたい選手、考えの違いが連携ミスを生む。
だが、その中でも唐冲のピンチが生まれる。
梅沢がインターセプトしたボールを大きく前に蹴りだす。
ラインを高く保っていた唐冲のディフェンスの裏のスペースを狙われた。
足の速い相手の9番がディフェンスの裏に抜け出している。
絶対絶命のピンチを迎える。
しかし、蹴り出された瞬間に前に飛び出していた坪谷がダイレクトで右サイドにクリアした。
森山の選手達はこのワンプレーで理解した。
坪谷のプレースタイルの変化が今の唐冲の余裕をもたらしていると。
坪谷はその後も持ち前の身体能力の高さを生かして積極的に前に出てボールを処理する。
小柳も坪谷が前に出た時は後ろをカバーするために走る。
流れは唐冲に傾いて行く。
しかし、相変わらず攻めは右サイド中心の攻めだ。
森山も余裕を持って対処していく。
周りの応援も、まるで勝ちを確信したかのような応援になっていた。
残り時間30分を切った時、下村がこの試合初めてベンチから立ち上がった。
選手交代だ。
これまで右サイドアタックの中心だった藤原のフォローをこなしていた大島に代えてフォワード登録の志賀が投入される。
小柄な彼を見て、観客はざわめく。
しかしこの後、観客は別な意味でざわめくことになる。
志賀は丸山のいた左サイドハーフに入り、ゴールキーパー以外全てのポジションをこなせる丸山が右サイドバックの位置に移動する。
それが、反撃の合図だった。
小柳が相手フォワードから奪うと山井に横パスを出す。
山井が得意のロングフィードを、この試合数える程しかなかった左サイドに出す。
志賀が足元でボールをトラップし、ドリブルで突き進む。
今の彼にとって、対面する相手は人形とさほど変わらなかった。
まるでドリブル練習のようにすいすいと抜いて行く。
相手右サイドバックの棚橋を抜いた時、観客がどよめいた。
それは志賀が投入された際のどよめきとは違った。
棚橋をよく知る人間なら、あの小さな少女のような選手に、棚橋が抜かれることが信じられないのだ。
この試合、初めて棚橋が抜かれ、ようやく唐冲はチャンスを掴んだ。
志賀はすかさずセンタリングを上げ、誰かがフリーで跳ぶ。
大石だった。
今まで二人にマークを受け、殆どプレーに参加していなかった大石がいとも簡単にマークを外し、フリーでヘディングシュートを狙った。
ボールは木島の脇を抜けたが、マークを外された漆原がぎりぎりのところでクリアした。
ボールはゴールラインを越え、コーナーキックに変わる。
「今まで手ぇ抜いてやってたのか‥ナメやがって」
漆原は今まで見せたことのない、怒りに支配された表情になる。
「手を抜いてたわけじゃない。前半、俺という存在を徹底的にゲームから消し、後半、ここ一番のチャンスで結果を残す。それが俺の、『MAKE MIRACLE MAN』のやり方だ」
「『MAKE MIRACLE MAN』‥奇跡の作り手、奇跡の男のやり方‥か」
漆原の顔から怒りが消える。
「ごめんね。チャンス潰しちゃって」
「心にもないことを‥」
大石が苦笑する。
「でも、またチャンスはある‥少なくても一回はね。お前達は術中に嵌まってる」
「術中‥?」
背番号10をつけた阿部がコーナーキックを蹴ったが、梅沢にクリアされ、カウンターを仕掛けて来る。
ボールを持った左サイドバックの棚橋がドリブルで進み、志賀を抜いて先制点を奪った左サイドハーフにボールを託す。
左サイドハーフはボールを持ってつっかけたが、北条を抜けず、ボールを奪われた。
北条はすかさず山井にボールを渡し、山井が右サイドにパスを出す。
今日何度も繰り返された局面、しかし、この時は若干違った。
大石のプレーで浮足立った森山の選手は攻撃への意識が高まりすぎ、カウンターの際に選手が前に出過ぎていた。
そして山井のフィードは、今回だけ精度より威力を重視していた。
つまり、カウンターのカウンターとなり、藤原と川嶋の走力勝負となる。
本来なら藤原より川嶋の方が僅かに速かった。
しかし、唐冲が右サイドアタックを繰り返したことで川嶋は普段以上に消耗し、その体に、足に、猛烈な負担がかかっていた。
藤原が、ボールを胸でトラップし、足元に落とす。
川嶋の目には大石が二人のマークを外し、藤原のセンタリングをどんぴしゃで合わせる光景が見えた。
覚悟を決め、手を伸ばし藤原のユニフォームを掴んだ。
藤原は後ろから引っ張られて倒れ、笛が鳴った。
藤原を見ると、疲労からか呼吸が乱れている。
繰り返しの右サイドアタックで藤原も疲労していた。
大石の方を見ると、きっちりとマークが二人ついていた。
よく考えてみれば、ここまで疲労している藤原が精度のいいセンタリングを上げることは困難で、仮に上げたとしても二人マークを同時に振り切るのはいくら大石といえども容易ではない。
それに空中戦に強い梅沢もいた。
それでも相手のユニフォーム掴む、というディフェンダーとしては苦肉の策を選んでしまったのは、リードしてる側が感じなくていいはずの焦りが原因だった。
その焦りを生んだのは、間違いなく先程のプレーだった。
外見では分からないように取り繕い、藤原に手を差し延べた川嶋だったが、本心は腸が煮えくり返る思いだった。
フリーキックを蹴るのは阿部だ。
直接狙うには遠すぎるためが、壁は一人しかいない。
森山の選手は9番ただ一人を残し全員戻り、唐冲も丸山、大竹、坪谷以外は上がっている。
応援に熱が入る。
殆ど森山の応援で、木島コールが鳴り止まない。
だがそんな中、唐冲を応援する声が聞こえた。
本間も入れて僅かに6人、それでも彼女達の声は選手達に届いていた。
応援は、選手達の力に変わる。
審判の笛が鳴り、阿部が短い助走から蹴った。
ボールは一直線に飛んで行く。
誰よりも早く、ボールに触ったのは小柳だった。
小柳はゴールに背を向けたまま、ヘディングでボールを浮かせる。
ボールはふわりと浮き、木島は予想外の弾道に反応が遅れる。
必死に手を伸ばしたが届かず、ボールはゴールに吸い込まれた。
「っしゃあ!」
普段はクールな小柳がガッツポーズを繰り返す。
観客は静まり返る、いや、僅か6人の唐冲生は盛り上がっている。
小柳はよほど嬉しいのか、珍しく唐冲生がいる方を指差す、という気障な真似をする。
「やられたね‥前半の右サイドアタックはこのための布石か」
漆原が苦虫を潰したような顔になる。
「正解。それにあんたらは川嶋という攻撃パターンを失うしな」
「だけどお前らの右サイドハーフも疲弊してる。条件は一緒だ」
「どうかな‥見てみな」
藤原は既にピッチの外に出ていて、代わりに木村が入っていた。
「藤原に悪いけど、藤原はこのチームにとって絶対的存在じゃない‥このチームに絶対的存在はいないんだ」
「そう‥」
漆原はそう言うと大石から離れ、左サイドに走って行った。
試合を再開するため、森山の選手が二人、センターサークル内に入る。
一人は9番、そしてもう一人は川嶋だった。
スタミナの切れかかっている川嶋をフォワードとして起用し、カウンターに専念するためだ。
川嶋がいた左サイドバックには漆原が、漆原がいたセンターバックにはボランチが入り、とポジションをスライドした。
再開しても森山は積極的には攻めてこない。
ボールを回して唐冲ペースで進んでいた試合を落ち着かせようとする。
しかし、途中交代で元気いっぱいの志賀、木村のサイドハーフと永田に代わって入ったポストプレーヤーの滝田、ストライカーの大石と4トップ気味のシステムの前に圧倒される。
森山も疲労の見えるサイドハーフとボランチを代えたが、あまり効果的な采配ではない。
圧倒的に攻める唐冲、その攻撃を担っているのは大竹と阿部だった。
阿部は一人でボランチとしてピッチを走り回りカバーに入り、攻めでは相手の嫌なところにパスを出す。
大竹は体からは想像つかない体の強さを発揮し、中盤の王様として攻撃の指揮を振るう。
完全に唐冲ペースであり、後は得点を決めるだけだった。
しかし、その得点が入らない。
さらに、時間が経つにつれ、森山がカウンターでチャンスを作るシーンも増えて来る。
どちらが勝ってもおかしくない状況の中、ロスタイムに突入した。
森山は延長覚悟のプレーとなる。
左サイドハーフへのパスが木村が一瞬触れたことでズレ、トラップミスとなりラインを割った。
スローインとなり、張り詰めていた集中の糸が切れたためか、はたまた延長を意識しているためか、ともかく森山の選手達は全力で戻ろうとはしなかった。
その隙を、丸山は見逃さなかった。
急いでボールを拾うと、下がっていた滝田に向けてスローインをする。
滝田はボールをヘッドで大竹の足元にパスを出した。
相手がボールを追い掛けてきたが、大竹は腕を上手く使ってボールを確保し、ワンバウンドしたボールをスルーパスを出した。
そこにはボールがラインを割った瞬間前に走り出した木村の姿があった。
森山の選手は疲労からか戻り切れていない。
森山のお株を奪うカウンターだ。
木村が森山の選手を引き離し、倒れ込みながらもダイレクトでセンタリングを上げた。
中に走りこんでいたのは大石だった。
大石を応援する声が微かに聞こえた。
大石は相手のマークを引き離し、木島の前で、フリーでシュートを放った。
シュートは木島に当たったが、勢いがついたボールを止められず、ゴールに突き刺さった。
ついに、逆転した。
森山の選手、応援、全てが沈黙に包まれる。
ゴールを決めた大石は僅かな唐冲生に向けて腕を突き上げるパフォーマンスを見せていたが、すぐに後ろから木村が抱き着いてきた。
選手が次々に木村の元に集まる。
既に森山に反撃する体力は残ってなかったが、誰一人諦めていなかった。
ボールを拾い、センターサークルに戻す。
試合が再開され、川嶋がドリブルで突き進む。
森山最後の攻撃を川嶋に託した。
川嶋は木村に一対一を挑む。
スピードに乗ったドリブルで一度木村を抜いた。
しかし、追い縋る木村は足をボールに当てた。
ボールがこぼれたが、川嶋が走ってボールを拾い、でたらめにセンタリングを上げた。
ボールはペナルティーエリア内に入って行く。
山井と9番が競り合い、ボールがこぼれた。
坪谷がボールを取りにいったがそれより先にオーバーラップしていた棚橋がシュートを打った。
ボールはがら空きのゴールに入る一一一
そのはずだった。
しかし、小柳がなんとかクリアした。
小柳は見事に坪谷との約束を果たした。
クリアと同時に審判の笛が鳴った。
試合終了を告げる笛が鳴った。
激闘が終了した。
試合終了の笛が鳴った時、唐冲のベンチは騒然としていた。
最後にセンタリングを上げた川嶋がベンチに突っ込み、なかなか立ち上がらないからだ。
「川嶋、大丈夫!?」
石川が応急処置の道具の入った箱を持って川嶋に近付く。
「大丈夫‥疲れただけだ」
川嶋は起き上がろうとしたが、石川が足を掴むと、やはり痛めているのか、顔をしかめる。
「やっぱり痛めてるじゃない‥はい、応急処置するよ、足出して」
「相変わらず凄いな‥見ただけで傷めてる場所と程度が分かるんだ」
「ただの癖だよ‥はい、足出して」
渋々川嶋は足を出す。
「腕と背中は打撲だから大丈夫だけど‥足は捻ったでしょ」
石川は素早く的確な処置をしていく。
「‥‥お前らのやり方の方が正しかったな」
処置の間、川嶋がぽつりと呟いた。
「そんなの分かんないよ‥今日勝てたのは私達だけど、去年までだったら川嶋達のやり方が正しかったでしょう?」
石川は処置をしながら答えた。
「はい、出来たよ。早めにお医者さんに行ってね」
「サンキュ‥じゃあな」
川嶋は立ち上がると、近くに来た棚橋の肩を借りて歩いて行く。
「川嶋達のやり方って‥どうゆうこと?」
岡本が石川に聞く。
「川嶋達は私達と別のやり方で鈴木先生を有名にしようとしたの。私達はこの学校を有名にして、鈴木選手のやり方を全国に伝えようとしてるけど、川嶋達はある程度有名な高校に入って活躍して全国に伝えようとしたの」
「そんなこと‥! 信じられない!」
「去年、川嶋達に雑誌の取材が来たの。その時川嶋達はあの時みんなで決めた時のことを言ってたよ‥『中学の時の教えが、自分達を作っている』って‥」
「そんな‥」
岡本は相当ショックのようだ。
「仕方ないよ、このことは私と木村、北条しか知らなかったんだから」
「なんで言ってくれなかったの!?」
「川嶋達に口止めされてたの‥小柳や丸山は憎む相手がいた方が力を発揮するって。実際そうでしょ。小柳は坪谷のカバーを完璧にこなして点までとったんだから」
岡本が黙ってしまった。
選手達が戻って来る。
「みんな戻って来たよ、岡本‥」
「うん‥私の仕事だから、頑張るよ」
そう言って、いつもの明るい表情を作り、みんなを迎えた。
「2次予選、頑張ってね」
ベンチに戻ろうとした大石に漆原が声をかけた。
「俺らはこんなところで立ち止まってられないんだ」
大石が真剣な表情で漆原に言う。
なぜか、そこには悲壮な覚悟が感じ取れた。
「大石君は色々と大変だね。やる事が大きいと、苦労が絶えなさそうだ」
「俺のこと知ってるのか?」
「ちょこっと調べたんだ‥君の過去や父親、妹のこと‥‥君くらい有名なら現地でなくてインターネットでもわかることはあったよ。まぁ君の父親のことはイギリスの友人から聞いたんだけどね」
「趣味悪いな、お前」
漆原は答える代わりに微笑む。
「じゃあね‥変えてくれよ、日本を」
漆原は去って行った。
唐冲の選手達がベンチに戻ると、控えの選手達や下村に拍手で迎えられた。
下村が選手一人一人に声をかける。
「お疲れ様でした。ナイスゴールでしたよ」
大石にはそう声をかけた。
「ありがとうございます」
大石が頭を下げて礼を言う。
応援していた久保達も集まって来た。
「おめでとう、みんな」
久保が大石と喋っている時とは違う、冷静な口調で話す。
「おう、ありがと」
北条がそっけない態度で言葉少なめに言う。
「これも俺のおかげだな」
「何もしとないよ、お前」
滝田に大竹がツッコむ。
「誰がお前にパス出したっけ」
「誰だっけ?」
「オイ!」
笑いが起きる。
いつも明るさを忘れない面々だ。
「おめでとう、大石」
応援していた真鈴が大石に声をかける。
「あぁ、ありがと。えっと‥」
「赤塚真鈴。よろしくね」
「ああ、うん。応援ありがと、赤塚」
「ううん、面白い試合見せてもらったから、おあいこだよ。このチーム凄いんだね。最後すごい綺麗な形だったよ」
「サッカーやったことあるの?」
「あんまりやらないけど‥弟がサッカーやってるんだ」
「赤塚って弟いたっけ?」
丸山が赤塚に聞いた。
「うん、学校は違うんだけど、双子の弟がいるよ」
「そうなんだ‥あのさ、ずっと気になってたんだけど」
大石が赤塚に聞く。
「何?」
「なんでそんな鬼○郎みたいな髪型なの?」
赤塚は片側だけ目にかかるくらい伸ばし、逆は目にかからないようにしている。
「そこで聞くか、普通?」
大竹がツッコむ。
「なんでお前鬼○郎知ってるんだ?」
丸山が大石に尋ねる。
「父親の実家が鳥取だから‥」
「おしゃれのつもりだったんだけど‥変かな?」
「いや、可愛いよ」
大石が笑いかけると赤塚の頬が少し赤らむ。
(‥さすがイギリス育ち)
(照れがないね、褒めに)
阿部と大竹が脳内で感心する。
そのやり取りを石川が複雑そうな顔で見ている。
「嫉妬してるの?」
「そんなんじゃないよ!」
「はいはい」
「本当に違うからね!?」
「はいはい」
岡本はまるで相手にしていない。
「水飲んで来るね、ちょっと」
大竹が空になったボトルを置いて歩き始める。
「あ、俺も」
「俺も〜」
大石と木村が大竹を追いかけて走って行った。
「何もなければいいけど‥」
石川が心配そうに言う。
「何が?」
岡本が大竹の置いていった空のボトルを拾いながら聞く。
「ここ、三笠高でしょう?」
「そうだよ‥あぁ、そういうこと」
大竹達3人は水飲み場を探していた。
「なかなか見つからないね〜」
「もう校舎の中入ったほうが早くないか?」
三人が話していると、前に学生服を来た男がいた。
「あの人に聞いてみようか〜」
木村が男に近付いていくと、こちらに気付いたのか振り向いた。
「ん? あれ?」
大石が大竹と見比べる。
「顔が一緒‥」
「兄貴だよ、そいつ」
大竹が答える。
「久しぶりだな美薗、相変わらずモヤシだなぁ、おい。ちゃんと食ってんのか?」
「うるせぇよ脳筋」
会うなり口喧嘩が始まる。
「仲悪いのか?」
「さぁね〜」
大石と木村がひそひそ話し合う。
「あの男もサッカーやってるのか?」
「うん、県内では有名な人だよ。神奈川の四強の一つ、三笠高校のキャプテン大竹英美さん〜。暴走機関車と呼ばれるサイドハーフ〜」
「暴走機関車、ねぇ」
「体格の良さと抜群のスピードがウリ〜」
「そゆこと」
英美が会話に入って来た。
「試合見せてもらったよ。『MAKE MIRACLE MAN』っつうウチからのオファー断った男がどんな奴か見てみたかったからな。あんただろ、大石未華瑠って」
英美は大石の方を向いて言う。
大石が頷くと英美はため息をついた。
「勿体ないと思わなかったのか? こんな奴らとやってたらお前の才能は枯れるぜ? せっかく天才に生まれたんだ、有効に使わなきゃ勿体ないだろ?」
英美がにやけながら大石に話し続けた。
「それって、質問? それなら答えるまでもないことばかりだけど」
「あ?」
「別に俺は自分が天才だなんて思ったことなんかないよ。ヨーロッパには俺くらいの選手はごろごろいたからね。イングランドには俺は必要ない、だから俺は日本に来たんだ。あんた達の学校よりも、他の学校よりも、こいつらは俺を必要としていた。だからこの学校に来たんだ。それだけの話だよ」
「だとしても、だ。そいつらじゃお前を活かしてくれやしない」
「なら俺が活かしてやればいいだけだよ。弱小を強豪にして行くのが面白いんだろ? 俺はこいつらと全国優勝する」
「言うのはタダだからな」
「俺はサッカーのことについては嘘をつかない」
大石が微笑む。
「そうかい‥なら、楽しみにしてるよ」
英美はそう言い残し、3人に背を向け去っていった。
「‥あ、水道どこにあるか聞くの忘れてた‥」