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1次予選決勝

セットプレー‥‥フリーキック、コーナーキック、ペナルティーキックの総称

サイドアタック‥‥サイドから攻める戦術

トップ下‥‥オフェンシブミッドフィルダーのこと

セントラルミッドフィルダー‥‥4-4-2などの中盤を1列で構成したときに中央に配置されるポジション。

攻撃的MFと守備的MFを兼ねるようなポジションで攻守両面にわたる総合的な能力と豊富な運動量を求められる。

ボランチ‥‥セントラルミッドフィルダーのこと


今度からディフェンシブミッドフィルダーをボランチ、オフェンシブミッドフィルダーをトップ下と表記します。

神奈川県高等学校総合体育大会1次予選Bグループ決勝戦当日を迎えた。


唐冲サッカー部の面々は皆試合会場となる私立三笠高等学校を目指していた。




「ってかさ、こういう時って普通バスじゃね?」


渡辺、志賀、山井と共に自転車を漕いでいた前田が文句を言う。


「いいアップになっていいんじゃない?」


志賀がそう答えても前田は不満顔だ。


その会話の途中、渡辺も山井も黙っている。


もっとも、山井の場合はいつものことではあるが。


「ずいぶんと静かだな、先輩達」


「緊張してるんでしょ、因縁の相手らしいし‥」


「あんまり私情挟むと勝てる試合も勝てなくなるっつうのに‥」


前田は心配そうな表情になる。


「ま、お前の場合試合に出れるかを心配した方がいいと思うけど」


志賀が前田に聞こえないように、静かに小さな声で呟いた。




小柳が自宅のドアを開けると、自転車に乗った丸山が待っていた。


「野郎に朝早く起こしに来てもらうってのは味気ないな。こういう時は幼なじみの美少女に」


「漫画の見すぎだろ」


丸山がそっけなく答える。


小柳が大きな欠伸をする。


「また夜更かしか? 今日の試合のこと忘れてたってか?」


「なかなか寝付けなくてな‥‥決勝戦だし、なによりあいつらとの試合だからな」


小柳のその一言で丸山の表情が変わる。


「あの4バックの凄さは共に切磋琢磨してきた俺達ディフェンス陣が一番よく分かってるつもりだ」


小柳もようやく自転車にまたがる。


「だからと言って、俺達を裏切ったあいつに負けるわけにはいかないだろ」


丸山の顔と声から苛立っているのが分かる。


「ああ、分かってる。俺はこんなところで負けるわけにはいかないんだ」


二人は、静かにペダルに力を入れた。




その頃永田もまた、家から出るところだった。


しかし小柳とは異なり、サッカー部員は誰も待ってはいなかった。


代わりに、彼を見送る一人の女性がいた。


「いってらっしゃいませ、怜來様」


永田がこくんと頷きながら靴を履く。


「その‥あまりご無理をなさらないように」


女性は心配そうな声と表情になっているが、永田は何も返事をしないでドアを閉め、車に乗り込んだ。


「良いのですか? 返事をしないで‥‥」


運転手の男はアクセスを踏むと同時に聞いた。


「無理をしないなんて無理だから‥あの時から出来ない約束はしないことにしてる」


いつも無表情な永田が悲しそうな顔になる。


「そうでございますか‥申し訳ございません」


男もまた悲しそうな顔をした。


「いや、気にしないでくれ。今日はちょっとだけ、別なことを考えていたかったから」


永田はそう言ったきり、目をつむり、男も再び話し掛けることはなかった。




木村がシャワーを浴び終わると、彼の母親が「友達が呼びに来たよ」と教える。


「うん、分かった」


木村はそう返事すると、ユニフォームに着替え、玄関に置いてある道具一式が入ったバッグを肩にかけ、ドアを開けた。


「ごめん岡本、遅くなった」


「まだ髪乾ききってないじゃん、ちょっと待ってなさいよ」


岡本はそう言ってタオルを取り出し、木村の頭を拭く。


「ちょ、ほっといたら乾くって‥‥」


「じっとしてなさい!」


岡本に少し強い語調で言われ、素直に従う。


「今日の試合、絶対勝ってよね! あいつらだけには負けるわけにはいかないんだから!」


「努力するよ」


「努力じゃなくて絶対――」


そこまで言って、岡本はしまった、という顔になる。


「‥ごめん」


「そんなに気にしなくてもいいから‥終わった?」


「あ、うん」


岡本が拭くのをやめ、手で軽く整えた。


「サンキュ。じゃ、行こうか」




石川、滝田、本間の三人は大石の家に来ていた。


ドアホンを押すと、起きたばかりの大石が出て来た。


「まだ着替えてなかったのかよ!」


「早くしないと、遅れますよ‥」


滝田は焦り、本間は呆れている。


5分後‥‥


「悪い」


大石が準備を済ませ、家から出て来た。


「そんなにぐっすり眠れるなんて、ずいぶん余裕なんだな。試合見て結構ビビってたって奈由未から聞いたけど?」


「ちょっと、滝田!」


本間が慌てて取り消させようとするが、もはやどうしようもない。


「うーん‥まぁ、ビビったっちゃあビビったな。阿部は1次予選レベルだって言ってたけど、十分な守備力もあったし、あのカウンターも脅威だ。でも勝てない相手じゃない。坪谷がきちんと自分の力に気付けたら、の話だけど」


「自分の力?」


石川が大石に聞くと、大石が頷いた。


「坪谷は一流のゴールキーパーになれるだけのポテンシャルを秘めてる。それに坪谷が気付けば、このチームは劇的に変わる―――攻撃も守備もね。この試合、あいつ次第で難易度が変わる」


「もし、気付かない時はどうするの?」


石川が大石に聞く。


「その時は‥俺達が点を取る。とりあえず相手より1点多くとれば勝てるからな」


「そんな簡単に‥うまくいくの?」


「うまくいくかって言うか、最終的には相手より多く点を取ってなきゃ駄目なんだから、やらなきゃ駄目なんだよ。チャレンジする前から迷ってたら、うまくいかなくなる」


大石が石川に微笑みかけた。


「うん‥そうだね」


石川が少し顔を赤らめながら答える。


「そろそろ行かないと、時間やばいぞ?」


滝田が時計を見ながら言う。


「うわっ、もうこんな時間!? 急がなきゃ!」


四人は急いで自転車を漕ぎ始める。


「あのさ‥」


石川が隣にいた大石に、小さな声で話し掛けた。


「ん、何?」


「勝ったら‥みんなで集まってお祝いしない?」


「そっか、このチーム、まだ1次予選突破したことなかったんだっけ‥そうだな。明日、みんなで集まって打ち上げしよう」


「だから、今日の試合、絶対勝ってね」


「ああ、約束する。今日の試合全力で戦って、勝って明日、皆でバカ騒ぎしよう。石川達も、サポート頼む」


「うん、任せて」


石川が力強く頷いた。




三笠高校に唐冲の面々が集まった時には、既に森山高校を応援する人々が揃い、森山高校に声援を送っていた。


もはや慣れっこになった完全アウェーの状態だ。


が、今日は久保と鶴巻以外にも、試合を見に来ている唐冲生がいた。


「珍しいな、普通の生徒が見にくるなんて」


大竹が驚いている。


「岡本達が呼んだの〜?」


木村が岡本に聞く。


二人きりの時とは違う、彼のいつも通りの喋り方だ。


「私達っていうか‥絵実香がね‥」




決勝戦前々日‥‥


「え、サッカー部?」


「うん、1次予選決勝まで行ったの! 見に来てよ!」


岡本と石川が数人の女子を誘っている。


「え〜でも‥あのサッカー部でしょ? 怖そうだし‥」


「普通、そういうこと関係者の前で言う?」


岡本がツッコミをいれる。


「それに、どうせ負けそうだし‥」


「だから普通、そういうこと関係者の前で言わないでしょ!?」


「本当のことじゃん。どうせ弱小高ばっかのグループだったんでしょ?」


「違うって、2次予選常連高も倒して一一」


「私は、見に行ってもいいよ」


ツインテールの小柄な少女が言う。


「絵実香に誘われてたんだけど、ちょっと迷ってたんだ」


「ホント真鈴!? ありがと!」


岡本が少女を抱きしめる。


「岡本、苦しい‥」


「瀬恋、首に入ってるって!」




「と、まぁこんなことがありまして‥」


「他人の首を絞めちゃった、と」


「そっち!? いや絞めちゃったけど!」


渡辺に岡本がツッコミを入れ、笑いが起こる。


「今のでだいぶリラックスしたみたいだな」


大石が阿部に言うと阿部が頷く。


「‥‥力んでたけど、直った」


「観客もいるから、力んでもしかたない場面だけど〜」


木村が二人の会話に参加して来た。


「どうせなら、来てる人を感動させられる勝利が欲しいね〜」


阿部が頷く。


「‥‥手抜きは許されない」


「今までしてたんだ‥」




試合前のアップを終え、スタメンが発表される。


相手のサイド攻撃に対応するため、今日はオフェンシブミッドフィルダー一一トップ下を置く、いわゆるダイヤモンド型や菱形と言われる形の4−4−2のフォーメーションとなり、右サイドバックには大島が、左サイドバックには左利きの北条が入り、センターバックには山井、小柳の二人が、セントラルミッドフィルダー一一いわゆるボランチには阿部が、トップ下には大竹が入る。


それ以外はいつもと変わらず、ゴールキーパーに坪谷、右サイドハーフ藤原、左サイドハーフ丸山、フォワード永田、大石となっている。


「北条、お前左サイドバックなんてやったことあるのか?」


大石が北条に聞くと、首を横に振った。


「まぁやれること、出来ることを120パーセントでやるだけだ」


北条が不敵な笑みを浮かべ、まるで何かを楽しみにしているかのような口調で答えた。


この試合にかける意気込みが、小柳や丸山のように、裏切った奴を倒す、と言うようなものでなく、ただ久しぶりにあった相手と楽しみたい、そんなふうに見える。


「北条は‥漆原達のこと、許してるのか?」


北条は少し考えてから、あいつらにも理由があるんだ、と呟く。


下村が手を叩く。


ミーティングの合図だ。


「森山高校は今までとは明らかに違います。守備はシード校並の、かなり高いレベルにあります。ただ、攻める際に三つのパターンしか持っていません。カウンター、セットプレー、そしてもう一つは相手の両サイドバックの突破から生まれる、サイドアタックです。特に左サイドバックは日本には類を見ない、攻撃的なサイドバックです。ここを止めることがこの試合のポイントです。藤原君、大島君、お願いします」


藤原と大島が頷く。


「ゲームプランとしては前半0−0で折り返して後半、選手交代で攻撃のギアを上げて行こうと思っています。とにかくカウンターとセットプレーには注意して下さい」


試合前の最後のミーティングが終わった。


後は実際にプレーするだけだ。




唐冲の11人と森山の11人が、これまでと同様に前半40分、後半40分の試合の開始に向けピッチに散らばる。


センターサークルの中に森山のフォワードの9番と11番が入る。


主審が笛を吹き、次のステージ進出をかけた戦いが始まった。


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