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過去

神奈川県高等学校総合体育大会1次予選Bグループ決勝戦は圧倒的な攻撃力で決勝まで上がって来た無名の唐冲と鉄壁の守備で相手を零封しながら勝ちあがってきた森山高校の対戦となった。


決勝戦前日、唐冲高校は翌日に疲労を残さないように軽目の練習で汗を流している。


フリーキックやコーナーキックといったセットプレーの練習も行っている。


ペナルティーエリア脇から、阿部センタリングを入れる。


ゴールキーパーの坪谷は飛び出さず、ディフェンダーに任せたが、大石がフリーてヘディングシュートを狙う。


ボールは坪谷の右手をかすめ、ゴールに吸い込まれた。


坪谷が北条に怒鳴られる。


セットプレーに限らず、サイドからのセンタリングは唐冲の弱点になっていた。


片浜工業高校戦はコーナーキックからの守備陣の連携ミス、用命高校戦はサイドからのセンタリングを合わせられて失点している。


練習が終わり、グラウンドを整備する。


大石は、叱られてしょんぼりとしている坪谷に話し掛けた。


「まぁ、気にするな‥‥守備の連携はすぐに出来るわけじゃないからな」


「でもあいつなら一一一木島なら、簡単に止められるんす」


「木島って、森山のゴールキーパーか? まぁ同級生だったんだから張り合う気持ちもわからなくもないけど‥‥」


「俺はいつも、木島より一歩先に行ってたっす。サッカーも身長も、俺は木島に勝ってたっす。でも中2の時からあいつが急に身長が伸びだして、立場が逆転したっす。それまで俺がいたゴールキーパーのレギュラーはあいつに取られたっす。俺がこの学校に来たのは、いつまでも木島のリザーブ、控えになるのが嫌だったからっす。だから俺は次の試合、勝ってあいつより上だって証明したいんす」


「証明‥‥ね」


大石が複雑な表情になる。


「ま、悪くないけどな、そういうネガティブな感情」


「え?」


「『ネガティブは時にしてポジティブに勝る』って言ってたし」


「イングランドの諺かなんかっすか?」


「いや、久保が言ってた。でも真実だ。コンプレックスや挫折をバネに人は強くなるから」


「強く‥‥なってるといいんすけど」


坪谷は不安そうだ。




着替え終わり、大石が阿部、木村、大島、藤原、石川、岡本の6人と一緒に校門に行くと、棚橋、川嶋、漆原、梅沢が立っていた。


「お前達、わりと暇なんだな」


「まぁな。どうせ試合前の練習なんて休み同然だし」


棚橋が答える。


「それより唐冲の練習見てたほうがいいかなって」


梅沢がニコリと笑う。


「面白そうな練習してたね、阿部」


「‥‥まぁな」


「あんな練習だったら俺達も残れば良かったかな」


「勝手に出てったくせに‥いまさら何言ってんのよ!」


岡本がそう言うと、岡本が殴りかかろうとする。


阿部と木村が必死に止めると、棚橋が声を出して笑った。


「何が可笑しいの!?」


「いや、それもそうだなって思ってさ。ま、頑張ろうや」


棚橋が右手をひらひら振って歩き出した。


梅沢もそれについて行く。


大石達も駐輪場に向けて歩き出した。


「何なのよあいつら!」


「そんな怒るなって〜」


「怒らないでいられるかっての! もう、大石、明日ケチョンケチョンにしてやってよ!」


「‥‥今日びケチョンケチョンなんて言わないだろ」


阿部が呟く。


「なんで俺なの?」


「あいつら、大石のプレーまだあまり見てないでしょ? 大石のこと知らなかったって奈由未が言ってたし‥‥」


「いや、俺のこと一目見ただけで外国人って言ってたから、ちょっとは知ってるみたいだけど?」


「それに、知ってても知らなくても、あいつらは1試合見たらすぐに対策出来るだけの力があるでしょ〜」


木村がいつも通りのんびりとした口調で喋る。


「あいつら自身を認めなくても、実力は認めなきゃ」


岡本は黙ってしまった。




木村、岡本、阿部と別れ、4人はまだ明るい中、黙って自転車を漕いでいた。


「石川、ちょっと聞いていいか?」


大石が隣にいた石川に尋ねる。


「何?」


「なんで岡本はあんなに怒ってるんだ? 岡本だけじゃない、丸山や小柳も結構怒ってたし‥‥いくら別な高校行ったからって、あんなふうにはならないだろ?」


「あ、それ俺も気になってたです」


藤原が石川の後ろから声をかける。


「北条さんとか、なんかやたら前の監督にこだわってましたからね。あのサッカー部に何があったんですか?」


大石の後ろから大島が聞く。


「うーん‥‥結構プライベートな話だからな‥‥」


「駄目か?」


大石が石川の顔を覗き込むように見る。


「えっと‥‥まぁいいか」


石川はそう言って話し始めた。




「塚野浦と試合したとき、塚野浦の監督か『問題児ばかりでさぞかし大変でしょう?』って言ってたでしょ?」


「‥‥‥ああ、うん言ってた」


「思い出せてないんですね、大石先輩」


「うるせ」


大石が急ブレーキをかけ、大島にぶつかりに行く。


「危ねっ! ってか仕返しがしょぼいんですけど!?」


「‥続き話していい?」


「どうぞです」


藤原が先に進めさせる。


「あの人が言ってたこと、ホントなの」


「ホントって‥‥?」


「うーん‥‥いわゆる不良って奴、かな。サッカー部にはそういう人が多いの。北条とか滝田とか‥‥瀬恋もね。結構グレてて、他の教員もお手上げだったんだけど、木村達がサッカー部に誘ってくれて、鈴木先生がひたすら個性を伸ばしてくれたの。ここら辺は木村から聞いたんだっけ?」


「その人の教えを受けた人だけで勝とうとしたんだって言ってたけど、木村達がサッカー部に誘った云々ってのは知らないな」


石川達に追い付いた大石が答える。


「そっか‥‥言ってないんだ‥‥」


石川が呟くように言う。


「うちのサッカー部ね、木村達が作ったの。入学した年にね」


「じゃあウチのサッカー部に3年がいないのは一一一」


「最初っからいなかったの。その時1年生、つまり私達の学年なんだけど、それが川嶋達も含めて17人しかいなかったんだ。それに練習がきついって去年川嶋達以外にも4人辞めて、11人になっちゃたから、今年1年生や大石達が入って来なかったら結構やばかったんだ」


石川が苦笑いする。


「それでも、みんな木村や鈴木先生に感謝してたから、なんとか残ってサッカー続けてたの」


「感謝‥‥ですか」


「うん。みんな、教師に見捨てられてた人ばかりだから。悪さはしてなかったけど、丸山や小柳も教師から見てあまりいい生徒じゃなかったし」


「他の奴らは? 山井とか渡辺とか永田とか」


「渡辺と永田は友達だから助けてやるって言ってたし、山井は‥‥あの人、全然喋らないからあまり詳しくは知らないけど、イジメられてたのを木村が助けてあげたみたい。だからサッカー続けて、木村の役に立ちたいって思ってるんじゃないかな」


「で、森山の選手達とどう繋がるんですか?」


藤原が尋ねる。


「川嶋や棚橋達も結構不真面目な生徒で‥‥特に棚橋は警察のお世話になるくらいね。そんな時にサッカー部に木村達が誘って、鈴木先生があいつらの個性を伸ばしてったの。それなのに、私達の敵になるのが許せないんだと思うよ」


石川が暗い顔をする。


「石川は、あいつらのことどう思ってるんだ? 岡本達と同じで許せないと思ってるのか?」


大石が石川に尋ねる。


「私は‥‥分からない」


「分からないって、どうしてです?」


藤原が不思議そうに聞く。


「許せない気持ちより‥‥なんだか分からないけど、喪失感っていうか、なんかそんな感じが‥‥ごめん、良く分かんないよね」


「いや、なんとなくですけど分かりますよ。俺もユース辞めて仲間がいなくなった時はそんなでしたから」


大島が答える。


「そういう相手と戦うのは‥‥正直辛いんですよね」


「うん‥‥でも、戦わなきゃいけない」


石川の顔が引き締まる。


「私達は‥‥ピッチで試合するわけにはいかないから、皆に託すしかないの。皆‥‥勝ってくれる?」


「勝つさ」


大石が即答する。


「あいつらにはこんなところで立ち止まるわけには行かないんだ」


「そうです」


藤原が続き、大島も黙って頷く。


「ホント、頼もしいね」


石川が微笑んだ。




その頃、棚橋、川嶋、漆原、梅沢の4人は森山高校へと歩いていた。


梅沢の手にはビデオカメラが握られている。


「ま、色々撮れたし、成功かな?」


「大石って奴のプレーもじっくり見たかったけどね」


「あの帰国子女、そんな凄いのか?」


棚橋が梅沢に尋ねる。


「イングランドの日本人が万年最下位の弱小チームをサッカーの大会で優勝させたって話、知らないのか?」


梅沢ではなく、川嶋が答える。


「ああ、インターネットの掲示板に出てたやつだろ? あれ、デマっつうか都市伝説みたいなモンだろ?」


「まぁ、あの話は大袈裟だけど、あながち嘘ではないんだ。何年もかけてチームを強化し、チームを優勝候補の一角まで成長させた。メンバー表みれば分かるよ。ミゲル・オオイシなんて名前、多分イングランドであいつ一人だよ」


「大石には気をつけなきゃだね」


「まぁ大丈夫だろ‥‥唐冲には致命的な弱点がある。俺達は負けられないんだ‥‥鈴木先生のためにも」



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