森山高校
ツインタワー‥‥身長が高いフォワードでツートップを組んだフォーメーションのこと。
ワンハンドキャッチ‥‥シュートを片手でキャッチすること。
ロングボール‥‥ロングパスのこと。
一回戦を12−0で快勝した唐冲は2回戦の片浜工業高校を1点に押さえ、8−1で勝利、そのまま3回戦も7−0で勝利。
現在、森山高校のグラウンドで準決勝の相手の用命高校との試合を行っている。
しかし、残り5分で3−0とほとんど勝利を手中におさめていると言える。
相手のサイドミットフィルダーが苦し紛れにセンタリングを上げる。
相手フォワードが北条のマークを外し、フリーでヘディングシュートを放つ。
ボールは坪谷の手をかすめ、ゴールに吸い込まれるように入った。
残り5分で1点を失ったが、唐冲ディフェンダーは慌てはしない。
きっちりと攻撃を跳ね返し、3−1で勝利した。
試合終了後、森山の選手達とすれ違った。
漆原と梅沢、そして別な二人の男が話し掛けてくる。
二人共175センチくらいで一人は黒髪で短髪、一人は茶髪で短髪だ。
「おめでとーございますってか」
茶髪のほうが冷やかすように言う。
「やっぱり決勝まで来たね、俺の予想通り。だから言っただろ、川嶋」
「黙るか死ぬかしろよ」
漆原が黒髪の男の肩を叩くと男は吐き捨てるように言う。
「なんだよ、つれないな。あ、大石君は二人知らないんだっけ。茶髪が棚橋天人、黒髪が川嶋響。二人共サイドバックだよ」
漆原が丁寧にポジションまで説明してくれる。
漆原達は森山のキャプテンに呼ばれ、その場を去って行った。
もう一つの準決勝が始まろうとしていた。
唐冲の選手達の内大石、大竹、丸山、坪谷、本間の5人は決勝戦の対策のため、試合をすぐ近くから見る。
試合が始まるまえに円陣を組んでいる。
「相手のゴールキーパーはでかいね、誰?」
森山のゴールキーパーがゴールの前に立つと対比でゴールが小さく見える。
「木島竜太、森山中学出身の1年生で身長は2メートル近くあるそうですよ。神奈川だけじゃなくて日本でもあのサイズはいないでしょうね」
本間が詳しく説明してくれる。
「森山中学ってことは、坪谷の同級生か?」
丸山の問いに坪谷は静かに頷く。
「全然違うね、同じ歳なのに」
大竹が冷やかすように言う。
坪谷は黙ったままだった。
「牛乳飲まないからな、お前は」
「日本人には酵素がないので、牛乳飲んでも栄養摂取出来ないそうですよ」
大竹が冷やかすのを遮るように、本間が雑学を披露する。
「へぇー」
丸山がボタンを叩くように手で腿を叩く。
「古いよ、そのリアクション」
大竹は呆れ顔だ。
試合が始まった。
「森山は4−4−2のシステムで、背の高いフォワードを二人並べたツインタワーです。守備を固めてカウンターを仕掛けるのが得点パターンです」
森山は確かに守備型のチームのようで、ピンチらしいピンチもないが、チャンスらしいチャンスもなく、ボール保持率は相手のほうが高い。
左サイドバックの川嶋がボールをインターセプトした。
そこから一気にカウンターを仕掛けた。
川嶋を誰も止めることが出来ずに、簡単にセンタリングを上げられる。
センタリングの精度は悪く、ニアサイドにいた森山の長身フォワードには届かなかったが、たまたまファーサイドにいたもう一人の長身フォワードがヘディングシュートを決めた。
「川嶋はテクニックはアレですけど‥‥足の速さとフィジカルの強さを併せ持つ左サイドバックです。強引にボールを奪う守備も得意ですよ」
本間が説明する。
森山は先制してから守備の時間が長くなる。
しかし、センターバックの梅沢と漆原のコンビがことごとくボールを跳ね返す。
「梅沢は空中戦、漆原はスピードがウリのセンターバックです。二人で互いの弱点を補っています。右サイドバックの棚橋は豊富なスタミナと衰えないスピードで右サイドを走り続けます」
相手はなかなかシュートまでいけず、焦りと苛立ちが表情に出ている。
相手フォワードがミドルシュートを放つ。
まぐれなのか、ゴール右隅にぎりぎり入るくらいのシュートになったが、木島はゆっくりとした動きで飛び込んでワンハンドキャッチしてみせた。
立ち上がって前に蹴り出すと、ハーフウェイラインを大きく越えたところでバウンドして相手フォワードがトラップする。
相手は攻撃に人数をかけすぎて守備がおろそかになっていた。
森山のフォワードが強引なドリブルで前に進む。
相手ゴールキーパーとの1対1を決め、2−0とリードを広げた。
「こうやって守りながらコツコツ点を取って勝つのが森山の基本的な戦法です。今年は木島が入ったことでカウンターがさらに鋭くなったようですね」
「相変わらずつまらないサッカーだな」
丸山が吐き捨てるように言う。
「こだわった結果だろ、勝利に」
大竹は試合を食い入るように見ている。
「めんどくさいな、とりあえず。あんなに守備固いと」
相手は攻めあぐねている。
前線にロングボールを入れるが梅沢にクリアされ、カウンターが始まる。
「あのカウンターなら北条達なら止めてくれるでしょ、なぁ大石」
丸山が大石に話しをふる。
だが、大石は黙っている。
少し前、石川の話したことを思い出していた。
『‥‥それはちょっと言いすぎじゃない?』
『日本のレベルはそんなに低くないよ』
「甘く見すぎてたかも‥‥」
「何がですか?」
本間が尋ねたが大石はごまかして答えなかった。