やって来た男達
学校に帰ると小柄な男と大柄な男の二人組が、まるで大石達が帰って来るのを待っているかのように、校門前に立っていた。
「お、やっと来たね」
小柄な男が近付いて来る。
「久しぶりだね、阿部」
小柄な男はなぜかニヤついている。
「‥‥ああ、一年と一ヶ月ぶりだ」
「懐かしいなー、この校舎。棚橋がぶっこわした電気のスイッチそのまま?」
「‥‥何しに来た、漆原」
阿部が質問に答えずに漆原に聞く。
「別にたいしたことじゃないよ。ただ決勝で戦うことになったから気になって見に来ただけ」
「まだ1試合もしてませんけど‥‥」
「横浜ユースに勝ったチームが1次予選決勝までこないわけないでしょ?」
「なんで知ってるんですか?」
「内緒」
本間に聞かれた漆原は笑いながらそう答えた。
「‥‥お前らは勝てんのか?」
「俺らはこんなところで負けられないよ」
漆原が笑う。
「ところで‥そこの外人さんは1年生?」
今まで黙ってた大柄な俺が本間に聞く。
大石くらいの背の高さだ。
「転入生の大石未華瑠君です。日本人ですよ」
「へぇ〜ごめんね、大石君。俺、漆原隆也。こっちのでかい奴が梅沢司。決勝よろしくな」
そう言って漆原が笑う。
「うちの守備からは6点もとれないからさ、君も覚えておいたほうがいいよ」
二人は帰っていった。
「あの二人、何者?」
「二人共私達の同級生だったんです‥‥この学校に通ってて、二人ともサッカー部でした」
「そうなの?」
「森山高校の4バックは全員唐冲生で、あの二人はセンターバックなんです」
「‥‥俺らがまだユースだった時な」
「じゃあ知り合いなんだ」
「‥‥友達だったよ、サッカー関係なくね」
阿部が先に校舎に入る。
「阿部君、漆原さんが結構淋しがってたみたいなんです。だから内心嬉しいんですよ」
「感情の起伏が見えにくい奴だな‥‥」
大石達の教室に入ると、ミーティングの途中だった。
今日は職員会議のため下村がいない。
「遅いよ三人共! 何してたの!?」
岡本が教壇に立っている。
黒板にはフォーメーション図が書かれている。
「‥‥校門の前で漆原達に会った」
阿部がそう説明すると岡本の表情が変わる。
「あいつら、来てたんだ‥‥」
「4人共、全員か?」
北条が本間に聞く。
「漆原さんと梅沢さんだけです」
「そうか‥‥」
チーム全体の雰囲気が悪くなる。
「ま、次の試合勝たないとあいつらと戦えないし、次の試合、頑張りましょ!」
岡本がわざと明るく振る舞っている。
「はい、阿部達も座って、ミーティング再開するよ!」
ミーティングは初戦の相手の話題になる。
「斎藤のチームか‥‥絶対に勝ちたいな」
北条が呟くようにぽつりと言った。
「斎藤って誰なんだよ?」
「前のこの学校のサッカー部顧問だった人らしいです。俺達1年は知らないけど‥‥」
大島が大石に説明する。
「無能だった」
永田の言い方はいちいち辛辣だ。
「人間的にも教師としても指導者としても」
「いくら事実でも言い過ぎだろ」
小柳の発言を丸山が注意する。
「まぁあのサッカーは流行ってるからな。あいつだけがやってるわけじゃないし」
「流行ってるって、どんなサッカー? どんなチームにしたんだ?」
滝田の言葉に対して大石が質問する。
「‥‥走るサッカー」
「走るサッカー?」
「イビチャ・オシムって知ってる〜?」
「ユーゴスラビア代表の最後の監督」
木村の問いに大石が答えると渡辺が説明の続きを喋り始めた。
「うん、その人。その人が日本代表の監督になってからメディアに出て来たのは『考えて走るサッカー』。後は‥‥全員攻撃、全員守備、つまりハードワークかな? で、ほとんどの指導者はオシムに右に倣えしたんだよ」
「まずいのか? 別にいいと思うけど」
その大石の問いには坪谷が答える。
「オシムのサッカー自体はいいんす。けど大多数の日本人は自分で答えを見つけるって発想が欠落しているんす。だから‥‥」
「オシムのサッカーをマスコミが『走る』だけ強調したせいで日本全体で走れない選手は使えないと刷り込まれて、一部の指導者は選手をひたすら走らせるようになったんです。それにオシムは攻撃的なディフェンダーと守備的なフォワードを起用したんで、指導者もそれを模倣しました」
「それで斎藤はうちらのチームでその『走るサッカー』をしようとした」
坪谷の言葉に藤原、小柳が続く。
「でも、上手くいかなかった‥‥試合前に走らせるんだぜ? 試合で走れなくなるのは当たり前だ」
「斎藤は試合に勝てないのは走り足りないからって、さらに走らせた‥‥悪循環だったな」
「藍星怪我した、そのせいで」
「で、危ないからサッカー部に新しい先生呼んだの〜。それが下村監督〜」
津田、滝田、大竹、木村が締めた。
「で、斎藤って人はあの高校に行ったんだ」
「そゆこと」
「で、斎藤のやり方が変わってなければ、簡単に勝つ方法がある」
大石がそう言うと皆頷いた。
言わずとも、理解しているようだった。
ミーティングが終わり、みんなが帰って行く。
大石は石川、滝田、本間、丸山、小柳、津田、大島、藤原と共に帰る。
「じゃあね〜」
木村達とは校門で別れた。
全員自転車で漕ぎ続ける。
「なぁ、なんで漆原って奴のこと聞いた時、なんでみんな黙ったんだ?」
「あいつらは俺達を裏切ったんだ」
小柳が答えた。
「裏切った?」
「漆原達4人も鈴木先生の元で練習を積み、そして成長していった。唐冲のスタメンの4バックだったんだ。だけどあいつらは俺達と鈴木先生の指導が正しかったって証明するって決めた翌日、森山高校を推薦で受験したんだ」
津田が説明してくれた。
「森山高校は神奈川県内のダイヤの原石を見つけて磨くチームなんだよ。強豪ってわけじゃないからそうしなきゃいけないって面もあるけどな」
滝田がさらに説明する。
「それで、裏切りか‥‥」
「だから、あいつらには負けるわけにはいかないんだよ‥‥俺達が間違ってなかったって証明するためにも」
丸山の気持ちが言葉の端々に見えかくれする。
「なるほどね‥‥」