練習試合終了
ダイブ‥‥審判を欺いてわざとファウルを受けたように倒れること。
審判の笛が鳴り響く。
試合終了と共に何人も選手が倒れ込む。
とても一試合を終えただけとは思えない光景だ。
チームメイトが肩をかし、手を差し延べ、立たせる。
試合終了後の礼が終わっていないからだ。
ピッチ中央に集まると、僅かな観客が拍手をくれた。
しばらく勝利の余韻に浸る。
そんな中最後にスライディングをしかけてきた相手のDFが大石に話しかけて来た。
「足、大丈夫か?」
「ああ、今はな」
「悪いな、試合になると熱くなっちまうんだ。俺、松田直志っつうんだ。よろしくな」
「ん、ああ」
松田が差し出して来た右手を握り握手をかわした。
「何やってるの〜?」
木村が現れた。
さっきの気迫は消え去り、のほほんとしている。
「てめぇ、ダイブしやがって!」
松田が掴みかかるのではないかというぐらいの勢いで喋る。
「足、引っ掛かったもん〜」
「お前が勝手に引っ掛けたんだろうが!」
それもサッカーでしょ〜?」
木村が全く気にせずのほほんと言う。
「なんてスポーツマンシップに欠けるやつだ‥‥」
大石は呆れ顔だ。
「松田、何やってるんだ」
井原が松田を呼んだ。
「すいません、今行きます!」
松田が行く前に城ともう一人、今日の右サイドでプレーしていた男が近づいて来た。
「9番、一つ聞いていいか?」
9番は大石の背番号だ。
「いくつでもどうぞ」
「最後のプレー‥‥なんで4番のオーバーラップに気がついた?」
4番は北条の背番号だ。
「‥‥」
「しばらく試合しないんだ、教えても問題なしだろ?」
「無理っすよ城さん‥‥」
「波戸は口閉じてろ」
「じゃあなんで連れて来たんだ‥」
波戸は小さな声で文句を言う。
「‥‥北条は182センチあるけど50メートル5秒9で走れる。阿部がロングボール蹴った瞬間から走り出してた。あの時の阿部のロングボールのスピードと北条の足の速さなら俺の位置までならぎりぎり間に合うと信じたんだ」
「信じた‥か。そんな不確定要素だらけの博打だったのか」
「そんなに分の悪い博打じゃないさ。仮に北条が間に合わなくても木村が走れりこんでた。シュートがキーパーやポストに当たっても阿部が蹴った時にはウチの選手みんな走り始めてたからだれか間に合ってた。中村にプレッシャーかけてた滝田も6秒1で走れるから間に合うだろうし、藤原も5秒8で走れるって本人言ってたし、志賀なんか5秒0で走れるからね」
「全部覚えてるんですか‥‥?」
波戸が驚いている。
「うん。サッカー部のチームメイトの身長、体重、瞬発力、跳躍力、持久力etc。まぁ秘めてるポテンシャルはどこにも負けないよ」
「凄すぎ‥」
「‥‥ふ、ははは!」
城が笑い出す。
「城さん? どうしたんすか?」
「ま、まさかこんな奴がいるなんてな! マジありえねー!」
「城さん! 失礼っすよ」
「だ、だってありえねーだろ!」
「もう‥すいません」
「いや、いいよ別に」
「俺、波戸孝弘って言います」
「俺は大石未華瑠」
「未華瑠君ですか。よろしくお願いします」
「ああ」
波戸と握手をする。
「波戸、城、さっさと行くぞ」
「あ、はい!」
「オーケー」
城と波戸が戻って行った。
松田もいなくなっていた。
唐冲の選手はバスに乗り込んだ。
勝利したが疲労からかバスの中は異常に静かだ。
しかし、行きでは前は生え抜き組、後ろはユース組というようにまるで溝のように分かれていたのがなくなっていた。
進歩は少なからずあった。
「北条、どうだった〜? 考え方、変わった〜?」
「勝たなきゃ意味ないってことに、やっと気がついた。いや気がついてないフリをしてきたのかもな。あいつら抜きでやらなきゃって気持ちが先走り過ぎてた」
「気付いたなら、大丈夫だよ〜。ここから新生唐冲サッカー部の快進撃の始まりだよ〜」
「そうだな‥‥そろそろ渡辺と前田も戻って来る。インターハイ予選、必ず突破してユース組と戦う切符を手に入れなきゃな、大竹と阿部のためにも」