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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アリのアリスとキリギリスのキリー

作者: いくた☆なお

 ある日、働きアリのアリスが食べ物を仲間たちと一緒に運んでいると、とても美しいヴァイオリンの響きが聞こえてきました。

 アリスは、食べ物を持ちながら仲間たちの列を離れ、その音の方に向かいました。

 そこには、キリギリスがいました。

「こんにちは、キリギリスさん」

 そのキリギリスはアリスの声を聞くと演奏を止め、返事をしました。

「こんにちは、アリのお嬢さん」

 そう返事をもらったアリスはあまりにも嬉しくて、さらに話を続けました。

「キリギリスさん、とてもきれいな音色ですね」

 ヴァイオリンの腕を褒められたキリギリスは答えました。

「ありがとう。私の名前はキリー。あなたの名前は?」

「私? 私はアリス」

「アリスちゃんか、暑い中大変だね」

「みんながやってることだから。それよりも、キリーさん。ごはんを貯めなくて大丈夫なんですか?」

「ごはん? そんなものいくらでもそこらじゅうにあるじゃないか」

 キリーの答に、アリスは返しました。

「でも、冬になったら、ごはんはなくなっちゃうんじゃ?」

「その時はその時さ。それよりもヴァイオリンの腕を磨かなくっちゃ」

 そう言って、キリーはまたヴァイオリンを弾き始めました。

 アリスはその音色を聞くとさっきまでの質問がどうでも良いような気がしてきました。

「じゃあ、キリーさん。私おうちに帰るね」

 そう言って、声を掛けるとアリスは仲間たちの列に戻っていきました。


 ある日、アリスはまたキリーのいる草地のそばを通っていました。その日は、ヴァイオリンの音色は聞こえてきませんでした。

 どうしてるのだろう? 単純な好奇心でアリスはキリーとこの前会った辺りまで草地の中に入っていきました。

 ごそごそ、という音が聞こえる方に行くと、そこにキリーがいました。キリーは食事をしている途中でした。キリーが食べていたのは、キリーと同じ種類のキリギリス、そしてアリの死骸でした。

 アリスはなんだか見てはいけないものを見てしまったかの様に感じて、キリーに気付かれないように帰っていきました。


 それからアリスは、キリーがヴァイオリンの演奏をしているときだけ行くことにしました。キリーのヴァイオリンの演奏技術は徐々に高まっていき、至高の領域に近づいていました。しかし、一方で秋が深まるにつれキリーは演奏する体力にも事欠くようになり、だんだん途中で演奏をやめることが多くなっていきました。


 ある日、アリスが巣を出ようとすると、キリーが出口のすぐ側まで来ていました。

「すまないが、食べ物を分けてもらえないだろうか。もう演奏する体力も殆どないんだ」

 アリスはその申し出にしばらく考えた後、仲間を呼び巣に連れ帰りました。


 キリーが連れて行かれたのは、昆虫たちの死骸が多く保存されたところでした。

「ありがとう。これでまた演奏できる」

 そう言って、キリーは周りの死骸を食べました。全部食べるほどの体力は既にありませんでしたが、食べた後にヴァイオリンの演奏ができる程度には空腹を満たせたようでした。

 巣の中の暗闇でヴァイオリンを演奏するのはキリーにとっては何でも無いことでした。草地でも夜にだって演奏していたのだから、暗闇であることはキリーにとってハンディキャップではありませんでした。

 キリーは、演奏をし、空腹になればまた周りの死骸を食べ演奏ました。


 しかし、四回目の演奏をした後、キリーは口にした死骸を飲み込めませんでした。すでに口がちゃんと動かないほど衰えていたのです。キリーはしかたがなく、とりあえず眠ることにしました。



 キリーは、足先のかゆみで目を覚ましました。暗闇の中だから足先は見えないけれども、確かに足先がかゆいのでした。キリーは腕を伸ばして足を掻こうとしました。しかし、その手はむなしく空を切りました。

 しばらくして、キリーの目が暗闇に慣れてきた頃、その違和感の正体に気がつきました。


 脚がない。


 周りを見回すと、働きアリたちが自分の周りに集まり、自分を見つめていることが分かりました。その中から一匹のアリがキリーの側にやってきました。アリスでした。

「演奏ありがとうございました。みんな久しぶりの生餌だから興奮しています。ありがたく頂戴しますね」

 そう言うと、アリスはキリーの唯一残っていた前脚をもぎ取りました。既に壊死しかけていたのか、キリーには痛みもありませんでした。


 そうか、そうだよな。

 キリーの意識は徐々に遠のいていきました。

 そして、永遠にその意識が戻ることはありませんでした。


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