手料理、そして衝撃
部室の壁にもたれ、鞄を両腕で抱いて待ってくれていた佳純に声を掛け、とりあえず帰路につく。
「どこに行こうか」
「駅前に新しいカフェができたらしいんだけど行ってみない?」
「練習後にカフェかー。微妙だな」
練習後にパンケーキみたいな甘いものは体が受け付けない。
「じゃあどこが良いの?」
「なんでもいい」
「最悪。じゃあカフェでいいじゃん」
「やだ」
「もういい、スーパー行こ」
「は?弁当でも買うの?」
その時僕は、本気で弁当とかお総菜を買うのだと思っていた。
けれど、地元のスーパーに着いて、彼女が向かったのはお総菜コーナーではなかった。
「どれがいい?」
訊いてきたのはパスタのソースだ。
まさか家で作ってくれるというのか。
僕はそれを訊かず、迷わず普通のトマトソースを指さした。
佳純の家に着いてからというもの、彼女は手を洗ってからすぐにキッチンへ向かいパスタの準備を始めた。
僕は、そこに座っててと言われたダイニングの木製の椅子に腰を掛けて彼女のパスタの完成を待つことにした。
幼なじみと言ってもお互い年頃だし、女の子の家など普段いかないから何をしていいかも分からず、ただ黙って時間が経つのを待つしかなかった。
普段ならこんな時間、ゲームして潰すのに。
だが、パスタが完成するのにそう時間はかからなかった。
黄色と赤の色彩はいつ見ても食欲を増進させる。
ガーリックの香りもまたそれを助長する。
「お待たせ。なんだかんだでこんな時間になっちゃったけど」
白い壁に架かるアナログ時計は、もう二時を指そうとしている。
「仕方ないよ。作ってくれてありがとう」
「私が作りたかったから。ほら、食べよ」
僕は、いただきますと言い、フォークで麺にソースをしっかりと絡ませ、フォークに巻いて口に運んだ。
家で母が作ってくれる味と同じだ。
そりゃあ市販のトマトソースを使っているのだし当たり前かもしれないが、どこか安心感のようなものを感じた。
「美味しい?」
佳純はまだ自分の食事には手を付けず、僕が食べるのを待っていた。
「うん、めっちゃ美味しい」
「良かった。いただきまーす」
佳純も食べ始め、そこから二人が食べ終わるまでまた沈黙の時間が訪れた。
意識することって実はとんでもない力が秘められてるのかもしれない。
前を歩く男子高校生は、絶対に新川零斗なのだ。
私も彼も成長し、顔も体つきも変わってしまった。
けれど、私には分かる。
直感が言っている。彼は新川零斗だと。
だが、彼を見ることができて嬉しいとは思えなかった。
彼の隣には女の子がいて、私は彼女のことも知っている。