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残り火  作者: 天笠愛雅
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再燃

ご覧頂きありがとうございます。

このお話は比較的短いものです。

是非お付き合い頂けると嬉しいです。

懐かしい顔。

忘れるはずもない、私が想い続けた彼。

永遠に忘れ去られようとしていたその想いは、再び燃え始めた。

 高校からの帰り、電車に揺られながらぼーっとスマホをいじって最寄り駅に着くまでの暇を潰していた。

スマホの左上に表示されている時計は十九時五十分を示している。

部活の後の上、外はすっかり暗くなったこの時間、さすがに疲れは隠せない。

この時間帯の上りの電車は空いていて、端っこの席に座れるのが幸いだ。

もしそうでなかったら、隣の知らない人の肩にお世話になることになる。

最寄りはもうすぐなのだが睡魔が襲ってくる。

睡魔に負けないよう、インスタを必死に見漁るのが私の日課だ。

そして、朦朧とする意識の中、私は運命を変える投稿を見ることになる。

見覚えのある、というレベルじゃない。

私が小学生のころずっと好きだった男の子。

名前は、新川零斗(しんかわれいと)

とてもスポーツができて、格好良く、女の子にかなりモテていた。

私のことなど見向きもしてくれていなかっただろうけど。

その彼と、私がなんとなくフォローしている人が、写真を撮って投稿していた。

小学校の卒業式、私は彼に告白することを決めていた。

最後の年は奇跡的に同じクラスだった。

彼とは遠い存在と思われるかもしれないいが、私と彼はかなり仲が良かったと思う。

喧嘩とかもよくしたけれど、たくさん話をしたり遊んだりもした。普段から男女の友達として遊んでいた。

五年生の時、運動会で活躍する彼を見て初めて気づいた自分の想い。

それをぶつけるのは卒業式。それしかないのだ。

私は中学受験をした。合格してとても嬉しかった。

だけど彼と離れてしまうことが、嬉しい気持ちを上回って悲しかった。

気持ちを抱き続けて悲しいと思うのなら、当たって砕けた方が良い。

当時の私はそう考えていた。

想いを伝えるため、式が終わってみんなが泣いたり笑ったり思い出を語ったりする中、私は彼を探した。

いつもいる男子のグループにいるだろうと思っていたのだけれど、そこに姿はなかった。

教室中を見渡しても彼の姿はなかった。

どこかに行っているのかなと思って廊下に出てみた。

すると、廊下の突き当り、階段の前に彼はいた。

だが、一人ではなかった。

「ずっと好きでした!」

数教室分離れていた私の耳にもはっきりと聞こえる彼の声がそう言っていた。

彼が、零斗が、隣のクラスの女の子に…。

それからの彼らを見ていた記憶はない。

その現実から目を背けたかった私がその場から逃げたのかもしれないし、あまりのショックで本能的に忘れたのかもしれない。

他の女の子、しかも可愛くてモテる女の子のことが好きだった男の子に告白する勇気はない。

私は教室の自分の席に座り泣いた。別れを惜しんで泣くふりをした。

正確に言えば別れは惜しいのだ。彼との、新川零斗との。

「なに泣いてるの?」

「うっさい」

それが彼との最後の会話だった。

 あれから五年ちょっと経った。今となっては思い出に過ぎない。

けれど想いは冷めることなく燻り続けていたのだろう。

すぐに再燃した。

火はとても危ない。完全に鎮火しなければ、どれほど小さな火種でもいとも簡単に大きくなる。

小学生で時が止まっていた彼の姿は、高校生らしく格好良く大人びていた。

彼のアカウントが投稿にタグ付けされていて、それを見てもはや眠気など気にするまでもないほど鼓動が速くなっていた。

高校生にしては珍しくアカウントに鍵が掛かっていない。

プロフィールには県内でも有数のスポーツ校の名と学年、陸上競技の文字が書かれている。

投稿は、友達との写真や大会の報告など、私が彼のことを知らなかった間のことが詰め込まれていた。

まだ会ってもいないのに、私の中では勝手に再会したような気でいた。

落ち着いて一つ一つの投稿を見ればいいものを、私はまるでビュッフェで少しずつたくさんのものを取り、収拾のつかなくなった皿のようになっていた。

彼の画像に釘付けになっていた私を、電車のアナウンスは現実に引き戻す。

スマホの画面から目を引き剥がし、電車から降りる準備をする。

リュックを持つ手がおぼつかない。

彼のことで頭がいっぱいになっているから。

電車から降りると、目が勝手にいるはずもない彼のことを探していた。

いたとしても私のことなど覚えているかも分からないのに。

改札を出て、いつもの駅からの帰路も、どこか、というより全く違う道や景色のように見えた。

彼のことを考えていると関係ない人まで彼のように見えてくる。友達との待ち合わせでもよくあることだ。

部活終わりっぽい男子や、駅のロータリーに集まるグループ、カフェにいるカップルの高校生を目が勝手に追う。

そんなことをしていると、いつもは疲れていて長く感じる帰路も一瞬だった。

「ただいまぁ」

家に着くと母が二階から「おかえりー」と言ってくれた。

いつもは料理の支度をしていて下に下りてはこないのだがなぜか今日は下りてきた。

「おかえり…。なんかあった?」

母というものは子の変化に敏感なのだろう。

「別に」

特に母が嫌だった訳でもないが素っ気なくなってしまった。

母は、「そう、なら良いんだけど」と寂しそうに言って戻って行った。

申し訳ない言い方だったが母にわざわざ言うことでもない。

湯船に浸かりながら、私は彼の写真を改めて見た。

投稿を見る限り、彼は中学時代に陸上でかなりいい成績だったらしく、それで陸上の強い高校に進学したようだ。

「すごいなぁ」

風呂場で一人呟いた。

私は、再来した眠気とお湯の温かさと彼への気持ちがブレンドされて催眠状態のようになり、何を思ったかアカウントをフォローしていた。

よく考えれば好意を寄せる男子のアカウントをフォローするという行為はとんでもないのだけれど、それよりも私は、眠気で湯船にスマホを落としそうになっていたので、頭を振りながら「やばいやばい」と言って体を洗いお風呂を出た。


懐かしい顔。

最後見たのは小学生の頃の顔。

女子高生らしく、大人っぽく、そして美人になっていた。

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