領地にて
学園もお父様のお仕事も休暇に入り、王都のお屋敷をお祖父様とお祖母様にお任せして、私たちは領地へと出発した。
家族は7人と多いが、1台の馬車に皆で乗った。メイの席は、たいてい誰かの膝の上だ。
使用人たちがもう1台の馬車に乗っていた。
都から領地までは、のんびり向かって2泊3日の旅だ。
都の城壁を出れば、道中の大部分は畑や果樹園、野原などで、その向こうに森や川、山脈が見えるような光景が続く。
3日目の昼過ぎには、領主館に無事到着した。領地で領主代理として実際の経営にあたっているお父様の従兄モーリス伯父様とその家族、そして領主館の使用人たちに迎えられ、1年振りの再会を喜びあった。
翌日から、お父様とお母様は領地の現状把握のためにモーリス伯父様のほかたくさんの方々からお話を聞いたり、あちこちに視察に出かけたりと精力的に働きはじめた。
ノアも自ら志願して、次期公爵として領主の仕事を学ぶべく、お父様とお母様についてお仕事の様子を見学していた。
その間、私とロッティ、アリス、メイはお散歩をしたり、近くの小川で水遊びをしたり、木陰で本を読んだり、近所に住む子どもたちと交流したりとのんびり過ごしていた。
お父様とお母様がお仕事を休める日には、水辺や山など涼しい場所に行ってピクニックをした。
木陰に大きな敷物を広げて、家族で食べるサンドイッチはとても美味しかった。
食べ終わると、ロッティとアリスがそれぞれにお父様の手を取った。
「お父様、遊びましょう」
「お父様、あっちに行きましょ」
「ああ、うん、何するの?」
ふたりに手を引かれるまま立ち上がろうとしたお父様の背に、メイも飛びついた。
「僕も行く」
「わあ、メイ、落ちないようにしっかり掴まってね」
お屋敷にいる時には皆でお母様に群がるが、この時ばかりはお父様が大人気だ。お父様は子どもと一緒に本気で遊ぶから。虫や魚を見つけるのでも、花冠を作るのでも。
この日は野原で追いかけっこが始まった。お父様はメイを背負ったまま、ロッティとアリスを追いかけていた。
明るくはしゃぐ4人を眺めながら、私は尋ねた。
「ノアは一緒にやらないの?」
「僕はいいです。それよりも、姉上こそ行ったほうがいいのでは?」
「どうしてよ?」
「だって、もうすぐ僕たちと一緒に領地に来ることもなくなってしまうのでしょうから」
「な……」
私が絶句するうちに、お母様が口を開いた。
「もう、ノアったら。それは考えないようにしてたのに。寂しくなっちゃうじゃない」
「ああ、申し訳ありません、母上」
「お母様まで……」
ふいにお母様が立ち上がった。
「いいわ。メリーとノアはここで見ていなさい」
そう言って、お母様はドレスのスカートを摘んで裾を上げると、4人のほうへと駆け出した。
「ええ、お母様?」
「待ってください。僕も行きます」
私とノアは慌ててお母様を追った。
結局、家族全員で追いかけっこをした。疲れたあとで食べたマフィンとレモネードのおやつはとびきり美味しかった。
私はお祖母様の刺繍道具を領主館に持ち込んでいた。
ノアに頼まれた分は、都にいるうちにできあがっていた。普段着用のシャツの胸元に家紋やイニシャルを刺繍してあげたのだ。
ところが、それを知ったロッティとアリスに「私もしてほしい」「私も」と言われてしまい、領地に来てからふたりのリボンに花柄模様を刺繍した。
さらに、喜ぶふたりの姿を羨ましそうに見ていたメイのシャツの胸元には葉っぱを刺繍した。
滞在期間が半ば過ぎた頃、領主館に領内の名士たちを招いてパーティが開かれた。
都でのパーティのように形式ばって堅苦しいものではなく、子どもたちも大勢やって来た。我が家も全員参加。メイまでがおめかしして来客を迎えた。
もちろん、私たちの衣装はお父様が決めたものだ。お母様と私、ロッティ、アリスは白いドレス。リボンや刺繍などに緑色を使った。お父様、ノア、メイはサマースーツをグリーン系で揃えた。
参加者たちの衣装は洗練されているとは言い難いが、皆が精一杯お洒落してきたのがわかった。
大広間には館の料理人たちが腕によりをかけた料理が並んだ。
乾杯の前には主催者としてお父様が短い挨拶をされた。日々の労をねぎらい、これからも共にやっていこうと呼びかけるような内容だ。
お父様は堂々とした立ち姿で立派な領主のふりをしていたが、隣に寄り添うお母様の手をしっかり握っていたことは、おそらくその場にいた誰もが気づいていただろう。
パーティの途中からは庭で旅芸人一座によるショーが披露された。
こちらは館の近辺に住む人たちにも開放され、彼らにも軽食が振舞われた。パーティというよりは、お祭といった賑やかな雰囲気だった。
ショーの後には、人形劇も上演された。『戦場のライラック』というその劇を、私はたくさんの子どもたちの後ろで観ることにした。
偶然出会った令嬢と騎士が恋に落ちるが、騎士の正体は敵国の王子だった。ふたりは離ればなれになり、令嬢は親の決めた婚約者と結婚させられることになる。だが、令嬢は家出して兵士に身をやつし、苦難の末に戦場で恋人と再会。ふたりは手を取り合って遠い国へと逃げていく。
すべてを捨てて愛する人を選ぶという結末は恋愛劇としては感動的なものだったけど、もし自分だったらと考えると釈然としなかった。
私はきっと、どんなに好きになった方のためであっても、この選択はできないに違いない。
「『戦場のライラック』って、こんな最後じゃなかったよね」
子どもたちが拍手している中、お父様の声が聞こえて振り向くと、いつの間にか私のすぐそばにお父様とお母様が並んで立っていた。
「本来の終わり方では子どもも観る人形劇には向かないから変えたのでしょう」
「このお話、知っていたのですか?」
「昔、オペラで人気の演目だったのよ。ちょうど私たちが結婚した頃ね」
ということは、デートで観に行ったりしたのだろうか。
「本当はどんな最後なのですか?」
私の問いに、お母様はどう言おうかと迷う様子を見せた。
「再会してすぐにふたりとも死んじゃうんだよ」
お父様はあっさりそう言いつつ、顔を歪めた。
「セディはあれを観た時、呆然としていたわね」
「やっと再会できて良かったって喜んでたら、あれなんだもん」
「それは確かに、子どもが観るには辛いお話ですね。でも、ふたりで逃げるのも悲劇ですよね」
「そうなの?」
お父様が不思議そうに首を傾げた。
「だって、お父様やお母様に2度と会えないなんて、どんな理由があれ私は耐えられません」
お父様が目を丸くし、次には潤ませて、お母様のほうを向いた。
「クレア、僕たちの娘がすごく良い子だよ」
「今さら何を言ってるの。そんなこと、ずっと前から知っていたでしょう」
「そうだけど……」
おふたりの会話を聞いているうちに、自分がとても恥ずかしいことを言ってしまったような気がしてきた。
パーティのあとは、お父様とお母様のお仕事もひと段落ついて、私たちと過ごされる時間が増えた。
お父様と弟妹たち皆に刺繍をしてあげた以上、お母様に差し上げないわけにはいかない。私はハンカチに赤い花を刺繍しはじめた。
すると、私の刺繍する様子をいつも興味深そうに見ていたお父様が尋ねた。
「それは誰にあげるの?」
「お母様です」
「ふうん、クレアにか……。ねえ、僕にもやらせて?」
私は針を動かす手を止めて、お父様を見つめた。驚くよりも、いよいよ来たな、という感じだった。
私は、自分がお祖母様から最初に教わった時のように、道具の使い方や何種類かのステッチの縫い方をお父様に説明した。
お祖母様と違いまだまだ初心者な私のたどたどしい説明を聞きながら、お父様は恐る恐る練習用の布に針を刺していった。できあがったステッチは初めてにしてはなかなか綺麗だった。
私はハンカチの刺繍の葉っぱの部分をお父様に刺繍してもらった。時間はかかったけれど、おそらく、言わなければお父様が縫ったなんてわからないだろう出来だった。
私はそのハンカチをお母様に差し上げた。お父様がそばをウロウロしながらチラチラとこちらを伺っていた。
「ありがとう、メリー。嬉しいわ」
「この葉っぱはお父様が縫われたのですよ」
お父様が刺繍に挑戦したことは、すでに家族皆の知るところとなっていた。
「へえ。思っていたとおりね」
刺繍はお母様よりもお父様のほうが得意そう、と仰っていたことだろう。
「セディもありがとう」
お母様がそう声をかけると、お父様は表情を崩して頷いた。
私はこうなったら都にいらっしゃるお祖父様お祖母様へもハンカチに刺繍して差し上げようと決めた。お祖父様には家紋、お祖母様にはピンク色の花を。
一方、お父様もご自分のお部屋に道具を持っていって、何やら刺繍をされているようだった。
「何を縫われているのですか?」
「できあがるまでのお楽しみだよ」
余計に気になった。
都に帰る日が近づいたある夜、お父様が私の部屋にやって来た。
「ほら、できたよ」
そう言ってお父様が私に見せてくださったハンカチには、3本の木が刺繍されていた。私がお父様に贈ったものと違うのは、その木に赤い丸が点々と散っていること。
「この赤いのは、お花が咲いているのですか?」
「そうだよ。いいでしょ?」
「はい、とっても」
「良かった。じゃあ、これ使ってね」
お父様の言葉に、私は目を瞬いた。
「これはお母様に差し上げるのではないのですか?」
「クレアにはメリーがもうあげたでしょ。メリーは皆にあげるばっかりで、自分の分は作ってないみたいだったから」
「ありがとうございます」
私はハンカチを受け取って、赤い花のついた3本の木をじっくりと見つめた。
私の刺繍を人に自慢したがっていたお父様の気持ちが少しわかった気がして、自然と笑みがこぼれた。
こうして、領地での生活は楽しくも穏やかに過ぎていった。
だけどその間も、私の心の中にはルパート様に早く会いたいという想いが常に存在していたのだ。