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私の家族と彼

 予定を変更して、2枚目のハンカチにはコーウェン家の家紋を刺繍した。1枚目に比べるとかなり複雑な図案になってしまったけれど、お祖母様の助言を受けて丁寧に作業を進めていくと、満足のいく仕上がりになった。

 それを再びお父様に贈ると、今度もやはり喜んでくれた。


「本当に、前のよりもっと綺麗にできてる。メリーは有言実行だね」


 それを言うなら、3本の木を宮廷でたくさんの方の目に晒したらしいお父様も、有言実行ですね。




 翌週の土曜日の昼すぎにも、ウォルフォード家を訪問することになった。今回はお母様や弟妹たちも一緒だ。

 お父様だけは宮廷に行かれた。もうすぐたくさんの方が長期休暇を取り、都を離れる方も多くなるので、毎年この時期は片付けるべきお仕事が山積みらしい。


 ウォルフォード家では、家族揃って出迎えてくれた。ユージン叔父様のお仕事は史書編纂なので、あまり時期は関係ないのだそう。


 ルパート様のお仕事はどちらなのかしら。やはり忙しいのだろうか。

 そんなことを考えながら居間へ行くと、当のルパート様がいらっしゃって、私は心臓が止まりそうになった。もちろん、今日は約束していない。


「こんにちは、コーウェン公爵夫人。お久しぶりです。ご子息ご令嬢方もこんにちは。アメリア嬢以外は初めまして、ですね」


 ルパート様は立ち上がり、お母様、さらには私たちにも挨拶をなさった。

 お母様も微笑んで応えた。


「久しぶりね、マクニール次期侯爵。最近、あなたのお話は色々聞いていたから、そんな気がしないのだけど。昔のように、ルパートと呼んでもいいかしら?」


「ええ、そのほうがありがたいです」


 ロッティとアリスがルパート様を見つめながら「誰?」と囁き合うのに、ノアが口を挟んだ。


「ほら、この前、母上たちがお話していただろう。ユージン叔父上の姉上のご子息だよ」


 私は密かに目を瞠った。ノアの記憶力はお父様より良さそうだ。


「お姉様が一緒に楽しくお食事した人ね」


 アリスがよく通る声で言うので、私は慌てたけれど、ルパート様は優しく笑った。


「そうだよ。今日は皆で楽しくお茶を飲むって聞いたんだけど、私も一緒にいいかな?」


「はい、どうぞ」


 アリス、それにロッティもにっこり笑った。


「ありがとう」


 そのままの流れで、ロッティとアリスがルパート様を挟んでソファに座ってしまった。私は少し離れた場所に腰を下ろした。


 お茶会はルパート様のお言葉どおり楽しく和やかな雰囲気で進んだ。

 話題の中心は長期休暇の過ごし方。我が家もウォルフォード家も、一家でそれぞれの領地に向かう予定だ。

 一方、ルパート様は都に残るのだという。


「昨年まで3年近く領地にいましたし、宮廷に入ったばかりでまだまだ勉強不足な面が多くて、休暇中に少しでもそれを埋められたらと考えています」


「相変わらず生真面目だな。休暇なんだから休むことも考えろよ」


「領地に行くのだって、貴族にとっては仕事のひとつでしょう」


「気分転換にもなるわ」


「そうですね。でも、私はまだ気分転換が必要なほどの仕事をできていませんから」


 お母様の様子を伺うと、ルパート様に好もしい印象を抱いているらしいのがわかり、私はホッとした。


 大人たちが会話をしているうちに、お母様にくっついているメイ以外の子どもたちはお庭へと出ていった。

 その背中を見送ってから、ルパート様がお母様に尋ねた。


「公爵夫人、ご令嬢を庭にお誘いしてもよろしいでしょうか?」


「構わないわよ」


 お母様の許可がもらえたので、私はルパート様と並んでお庭に出た。


「この時期の宮廷はお忙しいと聞いていますが、ルパート様はいかがですか?」


「実は今日も午前中に視察があって、その帰りにここに寄ったんですが、あなたも来られるとは幸運でした。公爵夫人にもお会いできましたし」


「でも、妹たちが騒がしくて申し訳ありません」


「いえ、仲良くなれたようで良かったです。それに、あんな風にはしゃぐ子どもの姿を見るのも好きなんです」


 ルパート様が少し離れた場所で戯れあっている子どもたちのほうに視線を送った。私はその穏やかな横顔をそっと見上げた。

 ルパート様の声も好きだけど、この方の隣なら沈黙も心地良いのだと、初めて気がついた。




 3枚目のハンカチには、薄い水色の花を刺繍していった。心を込めて一針一針縫っているので、その分時間がかかる。

 居間で針を動かしていると、いつの間にかお父様に後ろから覗き込まれていた。


「メリー、それは誰にあげるの? この前、男性への贈り物は何がいいかって聞いたのは、僕にくれるためだったのかと思ってたんだけど、もしかしてそうじゃなかったの?」


「……お父様に贈るために刺繍を始めてみましたが、すっかり楽しくなってしまったんです。これは、お友達に贈るつもりです」


「そうなんだ。お花なら、女の人が喜びそうだもんね」


 確かに、あまり男性に贈るのに相応しい図案ではなかったかもしれない。でも私がこれを選んだ理由は、きっとルパート様には伝わるはず。


 お父様が離れていったかと思うと、今度はノアがやって来て隣に座った。


「ルパート様は、まだお友達なんですか?」


 私は驚いて針で指を刺しそうになった。


「え?」


 ノアのほうに視線を向けると、ノアは目を瞬いた。


「急に刺繍なんて始めたのは、あの方のためなんでしょう?」


「な、何でそれを……」


 そう口にしてから、これでは肯定しているのと同じだと気づく。


 まだ11歳だというのに、我が弟は本当に優秀だ。

 兄弟の中でもっとも顔立ちがお母様に似ているのがノア。鋭いのはお父様譲りかもしれないけれど、得た情報を正しい方向に処理できるのは、やはりお母様から受け継いだ賢さゆえだろう。

 嫡男がこれならコーウェン家は将来安泰だけど、隣にいる姉の動揺は激しいわ。


「だって、最近の姉上は何となく様子がおかしかったし、マクニール侯爵子息がその原因らしいことはすぐにわかりました。実際にお会いして、良い方だったので安心しました」


 ノアが微笑んだ。


「まだ、お父様には……」


「母上が黙っていることを、僕から話したりしませんよ」


 判断力もちゃんとありそうね。


「あ、僕も姉上に刺繍してほしいです。ハンカチじゃなくて、何か別のものがいいな」


 それから、交渉力も。




 水色の花の刺繍は、約束の火曜日に間に合った。私はハンカチを丁寧に包装し、ウォルフォード家へと向かった。


 この日も私の到着のほうが早く、居間でレイラ叔母様と一緒にルパート様が来られるのを待った。


「あなたたちの様子を話したら、お姉様がちょっと懐かしんでいたわ」


「懐かしむ? 何をですか?」


「セディも休憩時間を利用して、宮廷服のままお姉様に会いに来ていたから。求婚してから毎日ね」


「毎日、ですか。さすがお父様」


 今でも、ほぼ毎日お昼休みには帰宅して、お母様と一緒に昼食をとっている。


「花とかお菓子とか、贈り物も欠かさなかったらしいわよ。私もエマから聞いた話だけど」


 以前、お母様が言っていた「セディの思い込みが強すぎて」という言葉が思い出された。それは確かに断り難い状況かもしれない。

 でも、お母様はお父様と結婚して幸せだと笑っているのだから、結果的には良かったのだろう。


 私もいつか素敵な誰かに求婚されたい。

 1年前にはそう考えていたけれど、今の私にとって「素敵な誰か」はひとりだけ。あの方に求婚される日は来るのだろうか。


 そんなことを考えて頬を熱くしたところで、ルパート様がいらっしゃった。入れ替わりにレイラ叔母様が居間を出て行かれた。


「アメリア嬢、お待たせしました。こちらをどうぞ」


 ルパート様はそう言って、小さな花束を差し出した。可愛らしい黄色の花に、私の頬が緩んだ。


「ありがとうございます」


 さらにルパート様は、手にしていた包みも私に差し出した。


「こちらはご家族でどうぞ。この前とは別の店のものですが、美味しいと思います」


「まあ、こんなにたくさんありがとうございます。あの、私もあるんです」


 私はいただいたものを一旦傍に置くと、用意してきた贈り物を取り出した。


「良かったら使ってください」


 ルパート様は少し驚いた様子で受け取ってくださった。


「どうもありがとうございます。開けても良いですか?」


「はい」


 ソファに腰を落ち着けてから、ルパート様は丁寧に包みを開けた。私もその向かいに座って、ドキドキしながら見守った。

 中からハンカチが現れると、それを見つめたままルパート様が口を開いた。


「これは、前回私が贈った花ですね」


「そうです」


「使うのがもったいないようですが、大切に使わせていただきます」


 ルパート様のお顔には、柔らかい笑みが浮かんでいた。




 やはりお仕事が忙しいそうで、ルパート様はあまりゆっくりとはできなかった。


「次にお会いできるのは、おそらく休暇明けですね」


 ルパート様の言葉に私は頷いた。家族で領地へと出発する日も目前だった。


「どうかお元気で」


 涙が溢れそうだったけれど、どうにか堪えて微笑んだ。

 もしも会えない間にルパート様が私を思い出す瞬間があるのなら、泣き顔よりも笑顔がいい。


「あなたも」


 ルパート様も笑顔を見せてくださった。

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