彼からの提案
お屋敷に帰ると、居間にはまだメイ以外の家族が揃っていた。
「お帰りなさい。ご苦労だったわね」
お母様の言葉で、私は自分がウォルフォード家を訪問した名目を思い出した。
「叔父様と叔母様がよろしくと仰ってました。それから、今度は皆で来てねって」
「そう言えば、皆ではしばらくないわね」
「私も行きたい」
「私も」
「そうね。近いうちに伺いたいわね」
お母様たちがそんな風に盛り上がる中で、お父様だけは私の顔をジッと見つめていた。
「ずいぶん表情が明るいけど、何か良いことがあったの?」
お父様、こういうことは鋭いのよね。
「多分、あちらで楽しくお食事できたからではないでしょうか」
「ふうん。それは良かったね」
「そう言えば、マクニール侯爵子息もいらっしゃって、ご一緒したんです」
このくらいはお父様のお耳にも入れておくべきだろう。
「マクニール? どこだっけ?」
お父様はお母様のほうを向いた。
「ユージンのお姉様の婚家よ」
「ああ、そうだった」
幸いなことに、お父様のマクニール家への興味はそこで止まった。
私が着替えを済ませた頃に、お母様が部屋にやって来た。
「どうやら、はっきりしたみたいね」
「はい」
私はしっかりと頷いた。結論がどちらかなんて、言わずともお母様はお見通しだろう。
「それで、これからどうするつもり?」
「またお会いしたいとはお伝えしました。ですが、婚約もしていないのに簡単には会えませんよね」
「そうね。お父様のお許しがないうちに家に招くわけにもいかないし、今後もレイラとユージンに協力してもらうしかないかしら」
確かに、お父様の許可がいただければ話は早くなるのだが、私とルパート様の間にはまだ何もないのだから、お父様に報告なんてできるはずもない。
それに報告できたとしても、お父様は許可なんてくださるのかしら。むしろ、会うことを禁止されてしまいそうだ。
お母様に共犯になっていただいているようでもあり、どちらに対しても心苦しい。だけど、私はもうルパート様に会いたくなっているのだ。
ルパート様とお会いする3度目の機会は、意外に早く訪れた。
シーズン最後に出席した夜会は、お父様とお母様はやはり色々な方との挨拶で忙しそうだった。私はこの日はヘンリー叔父様とエマ叔母様に預けられた。
ルパート様への気持ちをはっきり自覚した私は、他の男性とダンスをするのは気が進まなかった。だけれど、男性方はこの夜も私を誘いにやって来た。
まだ正式なパートナーがいない以上、すべてを断ることもできず、私は貴族の娘の義務として誘いを受けることにした。
ところが、3人目の方とのダンスを終え、少し休むつもりでおふたりのところに戻ろうとした私は、その途中で目を瞠った。ヘンリー叔父様の隣にルパート様が立っていた。
お会いできると思っていなかった場で会えたことへの喜びとともに、他の男性と踊ったことに後ろめたさを感じた。とはいえ、それに関してルパート様に謝ったり言い訳したりするのもおかしな話だろう。
ギクシャクした気分で近づいた私に対し、ルパート様は相変わらず優しい表情を向けてくださった。すると今度は、私が気にするほどには気にしてもらえていないようで、哀しくなった。
「こんばんは、コーウェン公爵令嬢」
「こんばんは、マクニール侯爵子息」
心中は穏やかでなくても、淑女の礼は完璧にこなせることに自分で感心する。
「お疲れでなければ、私とも踊っていただけますか?」
ルパート様が気遣うように仰ったけれど、私に断れるはずがない。
「ええ、喜んで」
ルパート様に手を取られれば、先ほどまで感じていた疲れも忘れた。ルパート様のリードはやはりお上手で、私も軽やかに動けた。
「夜会でお会いするのは初めてお会いした時以来ですよね。またお誘いいただけて嬉しいです」
私が素直に言うと、ルパート様はちょっと困ったように笑った。
「実は、今夜はあなたがいらっしゃると聞いて急遽参加することにしたんです。あの時の言葉を社交辞令だとは思われたくなかったので」
私は束の間、呼吸を忘れた。鼓動が早まり、体温が上がった気がする。
ユージン叔父様が、ルパート様は社交の場が苦手だと仰っていた。それなのに私に会うために来てくださったなんて、少しは自惚れて良いのだろうか。
「それは、ありがとうございます」
私がお礼を口にすると、ルパート様は優しく微笑んだ。
「やはり来て良かったです。今日のドレスもよく似合っていますね。そちらも公爵が選ばれたのですか?」
私の身を包んでいるのは、ふんわりとしたシルエットの黄色のドレス。
デビューの時はとても大人っぽいドレスだったのに、それ以降は年相応と言うか、何となくお父様の作為を感じるデザインのものばかりだった。もちろんどれも素敵だし、間違いなく私に似合っていたと思うけれど。
「ええ、そうです」
「とても可愛らしいですね」
「子どもっぽいですか?」
つい、先日と同じことを尋ねてしまうと、ルパート様は目を細めて笑った。
「いえ。私には、あなたは立派な淑女に見えます」
私は安堵した。ルパート様は落ち着いた雰囲気のせいか、5つという歳の差以上に大人びて見えるから。
曲が終わり、私はルパート様とともにヘンリー叔父様たちのところに戻った。
「バートン伯爵、コーウェン公爵令嬢ともう少しお話ししたいのですが、バルコニーにお誘いしても構いませんか?」
ルパート様の申し出に対し、叔父様の返事はすげなかった。
「却下だ。話すのは構わないが、俺の目が届く場所にしろ。それから、会話の内容はすべて姉上に報告するからそのつもりでな」
私はがっかりしたものの、叔父様の言葉には特に驚かなかった。
ルパート様は苦笑した。
「もちろん、公爵夫人に聞かれて困るようなことを話すつもりはありません」
そう言ってから、ルパート様は私を見つめた。
「では、ここで話しましょう。よろしいですか?」
「はい」
私がしっかり頷くと、ルパート様はゆっくりと口を開いた。
「ええと、私は宮廷では内務官を務めておりまして……」
「こんなところで仕事の話は硬すぎないか?」
余計な口を挟むヘンリー叔父様に苦情を言おうとしたが、それより早くエマ叔母様が窘めてくださったので、私はルパート様との会話に集中することにした。
「ヘンリー叔父様と同僚でいらっしゃるのですね。どうりで、親しそうだと思いました」
「それ以前も叔父の家で会ったことはありましたが、最近は特にお世話になっています。ただ、同僚と言っても担当が違います。バートン伯爵は戸籍の管理など人に関わること、私は都市整備など環境面を担当しています」
「内務官のお仕事は多岐にわたると教わりました」
「そのとおりです。さらに私の仕事の場合、宮廷の外へ視察に出る機会も多いです。視察にも色々ありますが、1人で赴くような場合だと割と融通がききます。例えば、あなたが学園から帰る頃に叔父の家で休憩を取ることも可能です」
なぜルパート様が突然お仕事の話をされたのか、その理由が見えてきて、私は期待に胸を膨らませた。
「来週の木曜日、叔父の家でお会いできますか?」
「はい、是非」
私が間髪入れずに答えると、ルパート様は慌てて付け足した。
「あくまで休憩なのであまり長い時間は取れませんが、それでも構いませんか?」
「もちろんです。楽しみにしています」
私は顔が緩みそうになるのを何とか堪えた。
「それは良かった。万が一、仕事の予定が変わったら、早めにご連絡します。バートン伯爵、このこと宮廷では黙っておいてもらえますか?」
「ルパートが仕事の休憩中に逢い引きしてるくらい、誰も気にしないとは思うが、メリーのために黙っておいてやろう」
「ありがとうございます」
ルパート様はヘンリー叔父様に軽く頭を下げた。
「今夜は彼も来ていたのね」
ヘンリー叔父様から報告が行く前にお母様にお話ししておこうと思っていたのに、お屋敷に戻ってふたりきりになると、お母様のほうから先にそう切り出された。
「はい。……お母様はあの方をご存知だったのですか?」
「ええ、もちろんよ。初めて会ったのはレイラの結婚式だから、ルパートはまだ3つか4つだったのかしら」
私が生まれる前どころか、お母様が帰国したお父様と再会して求婚されるよりさらに昔のことだ。
「社交界デビューした時にも挨拶を受けたわね。あの時はセディも一緒にいたはずなんだけど」
1度顔を合わせたくらいでは、お父様は相手のことを覚えていない可能性が高い。
「マクニール侯爵子息と、来週の木曜日にユージン叔父様のお屋敷でお会いする約束をしました」
「それはメリーから?」
「いえ、あちらから仰っていただいて」
「あら、脈ありなんじゃない」
「そう思って良いのでしょうか?」
お母様がクスリと笑った。
「そんな嬉しそうな顔して、お父様には見せられないわね」
私は思わず両手を頬に当てたけれど、笑みは勝手に漏れ出してしまった。