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公爵夫人の胸の内(クレア)①

クレアが「ルパート自身より詳しく話せる」ことと、彼女が「伯爵家の女のくせに云々」と言われる理由についてです。

裏話的な内容なので、本編に比べるとやや重かったり、黒かったりします。お気をつけください。

 メリーがとうとう婚約した。


 メリーはすでに17歳。学園を卒業してすぐに結婚したという夫婦も多い社交界の常識からすれば遅いくらいなのだが、やはり我が娘に関しては「ようやく」ではなく「とうとう」という感じだ。

 メリーは彼女自身が望んだ相手と婚約したのだから、もちろん喜ばしいことなのだが、1年後にはあの娘を手放すのだと思うと寂しさが拭えない。


 もっとも、メリーの嫁ぎ先は私の実家よりも近い場所にあるし、夫となるルパートもそのご両親のマクニール侯爵夫妻も、嫁が実家と交流することを快く許してくれる人たちだ。

 おかげで、セディも予想していたよりずっとすんなり愛娘の婚約を受け入れてくれた。




 それにしても、レイラから、メリーがルパートと会いたがっていると聞いた時は本当に驚いたものだ。


 私がルパートと初めて会ったのはレイラとユージンの結婚式だった。セディと再会する少し前のことだから、私は自分の娘を産むより先に将来の娘婿に出会っていたわけだ。

 当時ルパートは3つか4つくらいで、これといった特徴のない子どもだった。姉ふたりに挟まれて大人しくしていられる子、というのがせいぜいの印象だ。


 やがて私はセディと結婚し、すぐにメリーが生まれた。

 しばらくしてセディがメリーをずっと手元に置きたいあまりに婿候補を探そうとしたのだが、私はそれを止めた。


 しかし数年後、私も密かにそれと同じことをした。私が探したのはメリーを嫁がせる相手だったが。

 その時、私が作成したリストの中に、実はルパート・マクニールの名もあった。

 上位貴族の嫡男であることは当然で、家柄、本人や家族の人柄、領地経営の状況、他家との関係、それに我が家からの距離などなど、事細かに調べた結果、リストに残った決して多くない子息たちの中でも、ルパートはかなり有力な候補と言えた。


 だが、私はできあがったリストを誰にも見せずに処分した。

 そのリストを作ることは、私にとってコーウェン家の力を使って他家の情報を集める訓練の一環という側面が大きかったのだ。




 私がルパートの婚約を知ったのは、リストを棄てた直後だった。気の毒としか言えない経緯に、惜しいことをしたかともチラリと考えた。


 だが私が耳を疑ったのは、ルパートの婚約者の名前を聞いた時だ。

 ジェニー・ウィリス子爵令嬢。「ウィリス」はかつて私が婚約破棄した相手の家名だった。


 一応、庶民になった元婚約者とその妻に関してはそれなりに現状を把握していた。最初にそのあたりを調べていたのはお義父様だ。

 正直、2度と関わりたくない人たちだったが、そういう相手こそいざという時こちらが先に対処できるよう把握しておくべきだと、お義父様から教えられた。

 私が元婚約者の婿入り先の家名と妻の名をきちんと知ったのもその時だったのだから、今思えばかなり恥ずかしい。もっとも、彼らはとっくにその家名を失い、妻が修道院に送られたため強制的に離縁になっていた。


 一方、同じ貴族社会にいるウィリス家については、ある程度の情報は勝手に耳に入ってきた。

 長男が婚約破棄され、相手方つまり私の実家に慰謝料を支払ったウィリス家はかなりの資産と信用を失った。

 数年後、子爵が急死し、次男が爵位を継いだ。


 まもなく、困窮が続く子爵家にひとりの令嬢が引き取られた。市井育ちの令嬢は前子爵の庶子で、現子爵にとっては歳の離れた異母妹だった。それがジェニー嬢だ。元婚約者が女性関係にだらしなかったのは父親の影響があったのかもしれない。

 前子爵が子どもを産ませたくらいだから、庶民とはいえジェニー嬢の母親は美しい人だったのだろう。ジェニー嬢もその容姿を受け継いでいたようだ。


 実父はすでに亡く、神経質なその本妻は健在の子爵家で、ジェニー嬢がどんな風に扱われていたかは想像するしかないが、少なくとも現子爵にとってジェニー嬢は社交界でのし上がるための駒でしかなかった。

 そしてジェニー嬢は己の役割をおそらくは子爵の期待以上の形で果たしたのだ。侯爵家の中でも名家と言われるマクニール家の嫡男の婚約者に収まったのだから。


 ジェニー嬢を引き取っただけで父兄としての責任はまったく放棄していた子爵に代わり、マクニール侯爵夫妻はそれこそもうひとり娘を育てるくらいの出費をしたはずだ。

 おかげでジェニー嬢は貴族令嬢を名乗って恥ずかしくないだけの身形や礼儀、教養、そして健康的な体を手に入れたうえで、学園に入学できた。


 ジェニー嬢がマクニール家では常に俯き加減で暗い表情をしていたのは、侯爵夫妻やルパートに対して後ろめたい気持ちがあったから、かもしれない。

 学園での彼女は明るく朗らかで、たくさんの友人に囲まれていたというのは、ウィリス家からもマクニール家からも離れた場所で解放感を味わっていたため、かもしれない。

 ジェニー嬢はさらなる自由を求めてしまった、のかもしれない。このあたりはあくまで好意的な解釈だ。


 そう言えば、ルパートは社交界デビューのタイミングをジェニー嬢に合わせたはずなのに、セディと私のところに婚約者を伴わずに挨拶にやって来た。

 兄と同じで、妹も婚約者を放り出して好き勝手にフラフラしていたのだろう。ジェニー嬢が3つ歳上の駆け落ち相手と出会ったのも社交の場だったはずだ。


 ともかく、ジェニー嬢はある日突然姿を消した。

 私がそれをレイラから聞いたのはしばらくたってからで、すでにマクニール侯爵はジェニー嬢と同じ日に某伯爵家の嫡男も消えたことまでは掴んだところで行き詰まっていた。


 私は昔の因縁もあって知らぬ振りを通す気になれず、余計なことと承知しながらも伯爵家に接触してみた。

 やはり、伯爵家の嫡男は病気療養などしておらず、失踪していた。おそらくジェニー嬢が一緒であろうことも伯爵は把握していた。

 伯爵家が素早く手を打っていたのは、ジェニー嬢がマクニール侯爵家の嫡男の婚約者だったからだ。有力貴族であるマクニール家を敵に回すことの恐ろしさを、伯爵家はよく理解していた。

 だからこそ、マクニール家はコーウェン家とも繋がっているぞと仄めかせば、すぐに事実を明かしたのだ。


 しかし、マクニール侯爵夫妻はこちらが歯痒く感じるほどに人が良かった。

 恐れを知らぬウィリス子爵に対してマクニール侯爵が突きつけたのは婚約破棄のみで、慰謝料は一切要求しなかった。婚約破棄の理由が駆け落ちであることさえ他言しなかった。

 それだけジェニー嬢に情も湧いていたのだろう。


 それを良いことに、ウィリス家はジェニー嬢がマクニール家から与えられたドレスやアクセサリー、本などを何1つ返さなかった。

 とても駆け落ちする者の荷物に収まる量ではない。子爵が換金でもしたのだろう。

 昔は父親や兄よりはまともな人間かと思っていたが、やはり弟もどうしようもなかった。恩を仇で返した妹も同じ。


 とはいえ、正常な思考力のある貴族なら、婚約破棄の理由がジェニー嬢の病ではないことくらい勘づいただろうし、マクニール家とウィリス家ではどちらに付くべきかなど考える必要もない。

 2度目の婚約破棄により、ウィリス子爵家はいよいよ風前の灯火になった。


 ルパートに関するあの噂はおそらくジェニー嬢の友人の誰かが最初に口にしたのだろう。若い世代には面白おかしく広がったようだが、少しでもマクニール家を知る人間にとっては眉唾ものだった。

 マクニール家は代々勤勉で堅実な家柄で、他家からの信用は高い。その気になれば、ルパートにはいくらでも新しい婚約者が見つかったはずだ。

 何にせよ、ウィリス家と縁を切れたのはマクニール家にとっては間違いなく良いことだったのだ。


 ちなみに、ルパートの婚約破棄についてセディに説明するにあたり、相手の名前は省いた。よく考えれば、セディは私の元婚約者の家名までは知らなかったのだけど。

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