彼女の父と(ルパート)
その後は、初めて参加したコーウェン家の夜会で公爵から人攫いと間違えられたり、バートン前伯爵を子や孫が揃って囲む中に呼んでもらったりしたものの、アメリア嬢とゆっくり話せる時間はとれなかった。
しばらくして、本当に久しぶりにアメリア嬢とウォルフォード家で会えることになった。
いつものように花屋に寄った私は、迷うことなく赤い薔薇を選んだ。アメリア嬢が私の過去を受け入れてくれたなら、その場で求婚するつもりだった。
結果として、アメリア嬢は私のすべてを受け入れてくれた。
私はいつもどおりの宮廷服で、彼女も学園の制服で、求婚するに相応しい格好とは言えなかったが、私たちらしくはあっただろう。
私の手をぎゅっと握って涙を零しながら頷いたアメリア嬢はあまりに可愛いらしくて、できれば抱きしめたかった。だが、まだ彼女のご両親の許可を得ていないので何とか堪えた。
そうして、いよいよ私はアメリア嬢のご両親に彼女との結婚の許可をいただくため、コーウェン家を訪れた。とにかく緊張した。
私は公爵から怒鳴りつけられようと、殴り飛ばされようと、きちんと私の気持ちを伝え、認められるまで頭を下げ続けるのみだと思い定めていた。
しかし、まさか公爵に泣かれたうえ、逆に頭を下げられるとは予想もしていなかった。
私はもらい泣きしそうになる一方、自分の背負うことになった責任の重さを改めてひしひしと感じたのだった。
あの公爵夫人も婚約破棄をしていたことには驚いた。
それにしても、公爵夫妻の力関係を垣間見るに、「コーウェン公爵は伯爵家の娘に転がされている」などという噂はまったくの嘘でもなかったようだ。
まあ、どちらにせよ女性には敬意を払うべきだ。
とにもかくにも、私の両親とついでに姉たちにも無事アメリア嬢を紹介し、彼女と私の仲は両家公認のものとなった。
私たちは駆け落ちなど考える必要もなく、そう遠くない未来、家族からの祝福の中で結婚できるのだ。
「ルパート様のご両親にも私の両親にもすぐに認めてもらえて安心しました。これからは、今までよりもたくさん会えますよね?」
強請るように小首を傾げたアメリア嬢に、私は急いで頷いた。
「はい」
「嬉しいです」
アメリア嬢は甘えるように私の腕に自分の腕を絡めて、にっこりと笑った。
「……嬉しいのは私のほうです」
やっぱり早く結婚したい。いや、焦るな。
休日のたび、私は胸を張ってアメリア嬢に会うためにコーウェン家を訪ねるようになった。
ふたりで庭を歩いていると、時おり屋敷の窓や木立の陰から視線を感じた。コーウェン公爵だった。
「婚約の許可を取り消す理由でも探していらっしゃるのでしょうか?」
私が弱気になって尋ねると、アメリア嬢は苦笑した。
「いいえ。おそらくルパート様と仲良くなるきっかけを探しているんです」
「はあ……」
公爵は私が挨拶したり、話しかけたりすれば無視はしないが、あちらからは特に何もなかった。
そこは気長にやるしかないのだろうが、公爵が見ているかもしれないと思うと、アメリア嬢と手も繋ぎにくい。まあ、繋ぐけど。
正式に婚約を結ぶ日が近くなったある休日、私がアメリア嬢に会いにコーウェン家を訪れ、やはりふたりで庭に出た後で、アメリア嬢が私に小さな包みを差し出した。
すでに見覚えのあるそれを開くと、やはり中から出てきたのはハンカチだった。刺繍されていたのはアメリア嬢にしては珍しいモチーフに思えた。
「剣、ですね」
私より先にアメリア嬢がそう口にしたので、不思議に思ってその顔を見つめると、彼女は可笑しそうに口元を綻ばせた。
「実はこれ、父からなんです。私もさっき初めて知って、ハンカチだろうとはわかったのですけれど、何を刺繍したのかは教えてもらえなくて」
「公爵が、私のために?」
私は目を見開いて、改めてハンカチの刺繍を見つめた。この剣は、しっかりアメリア嬢を守れという意味なのだろうか?
「今のところ、父は家族のためにしか刺繍していませんよ」
ふと視線を感じて見上げると、2階の窓で人影が動いた。
私は深く息を吸って、そちらに向けて声をあげた。
「義父上、どうもありがとうございます。絶対に大切にします」
あなたの娘も、ハンカチも。
それから間もなく、アメリア嬢と私は正式に婚約を結んだ。
「ルパート様、どうぞこれからは『メリー』と呼んでください」
愛しい婚約者からの初めてのお願いを叶えてあげるのに、私は条件をつけた。
「それならば、メリーも私をただ『ルパート』と呼んでください」
「……ルパート」
頬を赤く染めて私の名を呼んだメリーを、私は初めて抱きしめた。
気がつけば、義父のほうからも私に話しかけてくださるようになった。
「ルパート、どっち?」
義父がそう言って私に見せたのは、2枚のデザイン画だった。メリーの夜会用のドレスだ。
私はじっくりと見比べた。スカートがふんわりしたドレスと、全体的に細身なドレス。
メリーならどちらでも似合いそうだが、もちろんそんな答えでは彼女の婚約者として失格だ。
私は悩みに悩み、ふんわりを選んだ。
「こちらで」
「ふうん。じゃあ、色はどれ?」
正確とは言ってくださらないが、色を選ぶ段階に進めたのだからそういうことでいいのだろう。しかし、次に私の前に現れたのは、膨大な量の布見本だった。
私はしばらく考えてピンクがいいのではと思ったが、ピンクだけでも微妙に色味の違うものが何十と並ぶ。
「これで」
私はようやくのことでその中から1つに決めて指差した。義父の眉が寄った。
「へえ、僕はこっちだな」
義父が示したのはやはりピンクだったが、私が選んだ甘やかな色よりもやや青みがかっていた。確かにメリーに良く似合いそうな色だ。
私はがっくりと肩を落とした。
「まだまだだね。そんなことじゃ、いつまでたってもメリーのドレスを任せられないよ」
「すみません。もっと精進します」
最初に同じ問いを投げられた時には、間違えたら2度とコーウェン家の敷居を跨げないのではないかと思ったが、そんなことはなかった。
宮廷でコーウェン公爵に挨拶した時に感じた「冷たい」という印象が私の勘違いでしかなかったことはもう理解している。
周囲が親しみを込めて「セディ」と呼ぶこの方は、やはり愛妻家で子煩悩。
その本質をだいぶ知った今となっては、可愛い婚約者とよく似た容貌も相まって、冷たいとも怖いとも思わなくなった。緊張はするが。
とはいえ、義父に敵う日はまだまだ遠そうだ。
とりあえず、卒業パーティーでメリーが身につけるアクセサリーは私が贈ることになったが、いつかドレスを贈れる日は来るのだろうか?
ここまでお読みいただきありがとうございます。
メリーとルパートの物語はとりあえず終了し、残りは補足的なお話になります。ご興味がありましたら、あと2話もよろしくお願いいたします。