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両親への挨拶

 ウォルフォード家を介したやり取りの結果、ルパート様は日曜日の午後に我が家にいらっしゃることになった。


「これであなたたちの間に立つこともなくなると思うと、何だか寂しいわね」


 しみじみと仰ったレイラ叔母様に、私は頭を下げた。


「本当に色々とお世話になって、ありがとうごさいました」


「いいのよ。可愛い甥と姪のためだもの」


 ちなみに、私たちからウォルフォード家への正式な報告はまだだ。「お互いの両親に挨拶が済んでから、ふたり揃って来てね」と言われている。

 とはいえ、「コーウェン公爵夫人派」の間にはすでに知れ渡っているようで、セシリアやアシュリーからは意味ありげな笑みを向けられた。




 そして、日曜日。


 ルパート様は少し硬いお顔で我が家に現れた。


「やはり、かなり緊張するものですね」


 玄関で出迎えた私に、ルパート様はぎこちなく笑った。その表情は何だか可愛いらしく見えた。


 実は待ち構えているお父様のほうが緊張していて、お母様が何とか落ち着かせようと苦慮していた、とお伝えすればルパート様のお気持ちは解れるかもしれないけれど、娘としてはお父様の名誉はまだ守るべきだろう。

 夜会の時の件でルパート様もコーウェン公爵の真の姿に気づいてしまったかもしれないし、もうすぐすべてを知られるとしても。


 ルパート様を応接間に案内した。

 部屋の扉を開けると、中でお母様とお父様が立ち上がった。


 ルパート様のお顔を見たお父様は、何度か瞬きした。


「あれ、この前の、マクニール侯爵子息、だよね?」


「はい、お父様。こちらがルパート・マクニール侯爵子息です」


「本日は訪問をお許しいただきありがとうございます。改めて、どうぞよろしくお願いいたします」


 深く頭を下げたルパート様を見つめて、お父様は再び数回瞬きをした。それから何かを悟った表情になり、さらには拗ねたように顔を顰めた。


「何だ。やっぱり君は僕から大事な子どもを奪っていく人間だったんじゃないか」


「セディ」


「お父様」


 お母様と私が同時に咎める声をあげると、お父様はますます不貞腐れた様子で視線を逸らした。

 私が謝ろうとルパート様を見上げると、それに気づいたルパート様は必要ないというように首を振ってからお父様に向き直った。


「公爵の仰るとおり、私は公爵の大事なご令嬢をいただきたく、こちらに参りました。まずは、今までアメリア嬢と隠れて会っていたことを謝罪いたします。申し訳ありませんでした」


 ルパート様は再び頭を下げた。


「ふうん、隠れて会ってたんだ」


 私は慌てて口を開いた。


「私からお願いしたことです」


「いえ、責任はすべて私にあります」


 私は反論しようとしたけれど、お母様のほうが早かった。


「とりあえず、座ってお茶を飲みましょう。話の続きはその後で」


 私たちはお母様の言葉に従った。


 紅茶を飲むうちに、心が凪いだ気がした。お父様のほうを伺うと、やはり先ほどよりも表情が穏やかに見えた。


「さて、それでは続きを始めるわね。セディ」


 カップを置いたお母様は、お父様と向き合った。


「ふたりは隠れて会っていたわけではないわ。私が許したの。あなたに黙っていたことは謝るから、責任云々はすべて私に言ってちょうだい」


 お母様の言葉にお父様は怯んだ。

 それはそうだろう。お父様がお母様に責任を取らせるなんて、どういう形であれお父様ご自身の首を絞めることに繋がる気がする。


「別に、僕はそんなつもりは……」


 歯切れの悪い言葉だったけれど、お母様はすぐに拾った。


「ありがとう。セディは本当に心が広いわね。ルパート、他にもあるのかしら?」


 勢いでポンと次に進めたお母様に、ルパート様の反応は少しだけ遅れた。


「あ、はい。おふたりもすでに噂などで耳にされていると思いますが、私の以前の婚約とその解消について説明を……」


 ルパート様の言葉は、お父様に遮られた。


「それ要らない」


「お父様」


「だって、この前クレアに聞いたばかりだし、繰り返し聞きたい話じゃなかったよ」


 今度は私が瞬いた。


「やはりお母様はご存知だったのですね」


「ルパートの婚約解消の話は、噂より先にユージンとレイラに聞いていたわ。メリーの気持ちを知ってから改めて調べさせてもらったから、もしかしたらルパート自身より詳しく話せるかもしれないわね」


 フフと笑ったお母様を見て、私の隣でルパート様がわずかに身を固くされたようだった。


「メリーに話さなかったのは、こういうことは本人の口から聞くべきだと思ったからよ。レイラやユージンも同意してくれたわ。一時はどうなるかと思ったけれど、ルパートは誠意を見せてくれたし、メリーが噂などに惑わされないこともわかって良かったわ」


 思い返せば、私がハンプソン侯爵令嬢たちからルパート様の噂を聞かされることも、お母様には予想がついていたのだろう。

 私にルパート様と向き合って話をするよう仰ったのは、私たちの婚約を許可するかどうかの最終試験のつもりだったのかもしれない。


「1度婚約を解消し、あのような噂を流される男でも、認めていただけるのでしょうか?」


 ルパート様の問いに、お父様が答えた。


「君も色々大変だったみたいだし、同情はするけど、それだけで簡単に認められると思ったら大間違いだよ」


「すみません」


 隣のルパート様は身を縮めたが、私は首を傾げた。

 お父様の言い方だと、採点における減点要素と見做されそうなルパート様の経験が、まるで加点事項のように聞こえる。

 噂を流されることに関してはお母様も私もあるのだからわかる。婚約破棄も理由がわかったから構わないということだろうか。


 私の疑問に気づいたのか、お母様が苦笑を浮かべながら言った。


「どちらも我が家では反対の理由にできないわね。私がセディの妻として認められたのだから」


「え?」


「本当は、メリーにこの話をしたくなくてルパートのことを黙っていた部分もあるのだけど、私も婚約破棄したの」


「ええ?」


 私はお母様を、それからお父様も見つめた。


「お父様と結婚するために、ですか?」


「残念ながら違うわ。セディと再会したのは婚約破棄の後よ」


「それなら、どうして?」


 お母様が眉を寄せた横で、お父様はサラッと答えを口にした。


「元婚約者に何人もお付き合いしてる相手がいたんだって」


 お母様が娘の前で言い渋ったのも納得の理由だった。


「その方は、今も社交界にいらっしゃるのですか?」


 知らないうちにすれ違っていたかもしれないと思うと、複雑な気持ちだ。


「いいえ、今は平民として暮らしているわ。婚約破棄が原因で実家を廃嫡されて、他家に婿養子に入ったのだけど、そちらの家は爵位返上になってしまったの」


「爵位返上……」


 それは、罪を犯した貴族に対して与えられる罰に他ならない。いったいどんな罪を……?


「その人の奥さんがナイフで僕を切ったんだよ」


 私が考える間もなく、またもお父様が軽い口調で仰った。無意識になのか、お腹を撫でている。

 あのあたりを切られたということなのだろう。まだ傷痕が残っているのかもしれない。

 お父様の裸のお姿なんて見たことがないから、まったく知らなかった。昔、領地で川遊びをした時に、脚に傷痕があるのは見たけれど。


「そんな大変なことがあったのですか」


「本当に大変だったんだよ。おかげで結婚式が延期になっちゃって、クレアのウェディングドレス姿がなかなか見られなかったんだから」


 お父様らしいですけど、他に大変なことはなかったのですか?


「もう、セディ」


 お母様は呆れたように嘆息した。


「とにかく、そういうことだから、別に婚約を解消したくらいで気にする必要はないわ。どうぞ、本題に入ってちょうだい」


 呆気にとられた様子だったルパート様が、お母様の言葉で慌てて背筋を伸ばした。


「はい、では。公爵、公爵夫人、どうかアメリア嬢との結婚をお許しください。微力ながら、おふたりに代わって私がアメリア嬢をお守りいたします」


 ルパート様が深く頭を下げるのに、私も倣った。


「お父様、お母様、お願いいたします」


 しばらくたってから私たちが顔を上げても、お父様は無言のままだった。膝の上にあるご自分の手を見ているようだ。

 お母様はお父様が答えを出すのをじっと待っていた。


 やがて、お父様はゆっくりと口を開いた。


「メリーがルパートを選んで、クレアが賛成して、ノアもロッティもアリスもメイも、それからヘンリーやユージンも、皆ルパートは良い人だって言って。それなら僕が反対する理由は、僕の我儘しかないよ」


 お父様は視線を上げて、ルパート様をまっすぐに見つめた。


「メリーを守るって言ったの、絶対に忘れないでよ。必要なら僕たちを頼ったって構わないから。それと、メリーを傷つけたり悲しませたりしたら、いつでも連れ戻すから。それと、僕たちがメリーに会いたくなったらいつでも会わせてね。もちろん逆も……」


 段々、お父様の声が震えてきた。


 お母様が片手をお父様の手に重ね、もう一方の手でお父様の背中をそっと撫でた。

 お父様が俯くと、その手に水滴が落ちるのが見えた。


「セディ、大丈夫よ。ルパートはちゃんとわかってくれているわ」


 お母様も涙声で、私も堪えきれずに涙を零した。


「もちろん、すべてお約束します。これからも何かあれば仰ってください」


 ルパート様まで声が掠れていた。


「メリーを、よろしくお願いします」


 お父様は俯いたまま頭を下げた。


「どうかよろしくね、ルパート」


 お母様も続き、ルパート様ももう1度頭を下げた。


「それじゃあ、お茶を淹れなおしてもらいましょうか。あなたたちも入ってきていいわよ」


 お母様が部屋の外に声をかけると、すぐに扉が開いて弟妹たちが姿を見せた。いつの間に待機していたの。


「ルパート様、姉上をよろしくお願いします」


「ルパート様、これからいっぱい家に来てね」


「この前のお菓子美味しかった」


「兄上、遊ぼ」


 ノア、ロッティ、アリスがルパート様を囲み、おまけにメイがルパート様の膝の上によじ登るのを見て、お父様がムッとした表情になった。


「ルパート、許したのはメリーだけだからね。他の子はあげないよ」


 私はお母様と顔を合わせ、一緒に吹き出してしまった。

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