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お母様へ報告

 しばらくルパート様とふたりでお庭を歩いた。足元がふわふわしていた。

 気恥ずかしくてルパート様のほうを見られず、ほとんど言葉も交わさなかったけれど、玄関に戻るまで手は繋いだままだった。


 それからレイラ叔母様のいらっしゃっる居間にいった。

 ルパート様と私の関係の変化に叔母様はすぐに気づいたようで、「私たちへの報告は両親の後でいいわよ」と笑った。


 叔母様にご挨拶してお屋敷を出た。

 まだ離れがたいけれど、ルパート様は宮廷でのお仕事に戻らなければならなかった。珍しくルパート様もウォルフォード家まで馬車でいらしていたので、本当はとてもお忙しいのかもしれない。


「できるだけ早くあなたのご両親にご挨拶をしたいのですが、今週末の予定はいかがでしょうか?」


「すぐに確認して、お知らせします」


「お願いします」


 とうとう、お父様にルパート様を紹介するのだ。お父様はどんな反応をされるのだろう。先日の夜会でのこともあるので、少し心配になった。

 そして、私もルパート様のご両親に改めてお会いするのだ。レイラ叔母様は「大歓迎したいはず」と言っていたけれど、やはりドキドキする。


「今まであなたを待たせてしまった私が言うのもおかしいのですが、何だか気持ちが急いてしまって。早くきちんと形にして公表したいです」


 ルパート様は照れたように笑った。


「でも、あなたを焦らせるつもりはありません。やりたいことはやってほしいですし、何か私に言いたいことがあれば言ってください。もちろん結婚してからもです」


 やはりルパート様は優しい方だ。

 私は「今は特にない」と言いかけて、ふとあることが頭に浮かんだ。


「では、少し気の早いことなのですが、お聞きいただけますか?」


「ええ、何でしょう?」


「ウェディングドレスのデザインは父に決めてもらってもよろしいでしょうか?」


「ああ、それは是非。どんなウェディングドレスになるのか、今から楽しみですね」


「はい」


 私たちは笑顔を交わした。

 結婚式はまだまだ先になるだろうけど、私たちの間には確かな約束ができた。


 コーウェン家の馬車の近くまで来たところで、「少し待っていてください」と言って、ルパート様はマクニール家の馬車へと向かわれた。

 すぐにこちらに戻ってきたルパート様の手にされていたものに、私は目を見開いた。


「すみません。さすがにこれを先にお渡しするのは、どうかと思ったもので。受け取っていただけますか?」


 ルパート様が私に差し出したのは、深紅の薔薇の花束だった。しかも、かなり大きなものだ。

 確かにいつも約束して会う時にはいただいていた花束をこの日はいただいていなかったけれど、それもお忙しいからだと思っていた。まさか、これを隠しておくための馬車だったなんて。


「ありがとうございます」


 感動してまた涙ぐんだせいで、声が震えた。ルパート様の指がそっと私の目尻に触れた。




 私は夢見心地で帰宅すると花束をカーラに預け、執務室のお母様のもとに向かった。


「お帰りなさい。いったい何があったのかしら?」


 お母様は私の顔を一目見ただけでそう尋ねたのだから、私は貴族の娘にあるまじき緩んだ表情をしていたのだろう。

 そういえば、帰路の馬車の中でカーラが繰り返し何か言っていたけれど、私の耳には入ってこなかった。きっと、表情を締めろと注意されていたのだ。

 でも今の私が気にするのは、ルパート様の前では変な顔をしていなかったかということだけだった。


「ただいま戻りました。お母様、私、求婚されました」


 一息に言った私に、お母様はフッと笑った。


「やっぱり、それしかないわよね。おめでとう、メリー」


「ありがとうございます」


 またまた目に涙を浮かべた私を、お母様がそばに来て抱きしめてくださった。私もしっかりと抱きついた。


「何だか、セディの求婚を承諾した時を思い出すわ」


 私は少しだけ考えて訊いた。


「今の私が、その時のお父様のようなのですね?」


「そのとおりよ」


「お父様もとても幸せな気分だったのでしょうね」


 それが今の私には容易に想像できた。

 だけど、娘が求婚を承諾したと聞いたら、お父様は何を思うのだろうか?


 私はお母様から離れて尋ねた。


「お父様にはどのように報告すれば良いのでしょうか?」


「そうねえ」


 お母様も首を捻った。


「今まで蚊帳の外に置いてしまったけど、求婚くらいは私と一緒に報告を受けるほうがいいわね。となると、夕食後に皆で集まっている時かしら」


「お母様にもそこで初めて伝えるように演技するということですか?」


 お母様は何でもないお顔で頷いた。


「求婚てなあに?」


 突然、メイの声が割って入った。執務室にはメイと乳母、それからトニーもいたのだ。


「結婚しましょうって、お願いされることよ」


 お母様が答えると、メイはさらに首を傾げた。


「結婚て?」


「ふたりで新しく家族を作ることね」


「姉上は誰と結婚するの?」


「ルパート様よ」


 今度は私が答えた。


「じゃあ、ルパート様もお家で一緒に暮らすの?」


「いいえ、私がルパート様のお家に行くのよ」


「姉上、いなくなっちゃうの?」


 メイが寂しそうな表情になった。


「大丈夫。ルパート様のお家はそんなに遠くないからいつでも会えるわ。それに、私はずっとメイの姉上だし、これからはルパート様がメイの兄上になってくださるのよ。メイはルパート様好きでしょう?」


「うん。好き」


 忽ち上機嫌になったメイに、お母様がゆっくりと言い含めた。


「メイ、父上が帰ってきたら姉上がルパート様のことを父上にもお話するから、その時にメイもルパート様好きって父上に教えてあげてね」


「うん、わかった」


 お母様は笑顔で頷いてから、トニーとメイの乳母を順に見ながら言った。


「そういうことで、頼むわね」


「はい。では、私たちからのお祝いは旦那様の後にします」


 トニーはわずかに口元を緩ませてそう言った。

 お父様の前で何も知らない顔をするくらい、トニーにとっては造作もないことだろう。




 執務室を出て自室に戻る途中で、ノアに会った。ノアは私の顔を見て言った。


「さっきカーラが薔薇の花束を運んでいたからもしやと思ったんですけど、やはりそういうことでしたか」


「そういうことって何よ?」


「ルパート様とお友達ではなくなったのでしょう?」


「……ノアは本当に鋭いわね」


「姉上がわかりやすいんだと思いますけど」


 執務室にいる間にだいぶ平静になったと思っていたのに、まだそんな表情をしていたのだろうか。


「お父様には夕食の後にお話するから、ノアも知らない振りをしていてちょうだい」


「わかりました。ルパート様がお相手なら僕に反対する理由はありません。他の皆も同じでしょうし、皆が賛成なら父上だって許してくださるでしょう」


 ノアはにっこり笑った。


 部屋に戻ると、カーラが花瓶に薔薇を飾ってくれていた。花瓶は到底1つでは足りず、いくつか用意してくれたようだ。

 つい緩みそうになる頬を叱咤していると、扉がノックされた。「どうぞ」と声をかけると、扉から顔を覗かせたのはロッティとアリスだった。


「お姉様、今日はお菓子のお土産はないの?」


「そんなことを訊くのははしたないわよ」


 叱るべき場面だけど、言葉に相応しい表情は作れなかった。


「だって、ルパート様と会ってたんでしょ?」


「……お菓子はないけれど、薔薇をたくさんいただいたから、お裾分けしてあげるわ」


「薔薇? わあ、すごい」


「こんなにいっぱいもらったの? 何で今日?」


 ロッティやアリスにとって、薔薇とはお誕生日にもらうものという認識なのだろう。毎年、お父様がお母様のお誕生日に贈っているから。


「今日はルパート様と私にとっては大切な日だからよ」


 私の言葉に、ロッティとアリスはよくわからないという顔をした。


 ふたりは花瓶に挿した薔薇を大事そうに抱えてそれぞれの部屋に運んでいった。

お読みいただきありがとうございます。


登場人物まとめ③


バートン伯爵家

父 ヘンリー 37 クレアの弟、内務官

母 エマ 37

長女 セシリア 17

長男、次男

祖父 ジョセフ 59 前伯爵、元財務官

祖母 アメリア 享年34


コーウェン公爵家

祖父 ウィル(ウィルフレッド) 67 前公爵、元外交官

祖母 リーナ(カトリーナ) 55 前陛下の妹、アメリアの親友

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